エンジニア(精製士)の憂鬱

蒼衣翼

文字の大きさ
上 下
75 / 233
蠱毒の壷

その二

しおりを挟む
 パララッパララッ!
 独特な警告音を鳴り響かせながらモンスターバイクが交差点を駆け抜ける。

「な、なんだ!」
「あれだろ、迷宮探索の冒険者」
「ああ……」

 なんというか、当初の予想通り冒険者が大挙して押し寄せた訳だが、意外にも現在の所は一般人との間にさほど摩擦は起きていなかった。
 しかし、だからといって両者の間が良好である訳ではない。
 一番の問題は、俺も時々感じるお互いの常識の違いだろうな。
 今のように、冒険者の多くはゴツいマシンを所持していることが多い。
 なぜなら彼らが行く探索地の多くが人里離れた荒野であり、そういう場所でモンスターや野生動物を相手にするために馬力のある乗り物が必須となるのだ。
 そしてまた、連中の多くは他人を見ると無自覚で威嚇して来る。
 新しいショバでは必ずやる儀式のようなもので、どうやらそれで序列を確認しているらしい。
 野生動物かよ。

 まあ、俺の冒険者に関する知識は、そのほとんどがハンター協会とかうちの家族とか故郷の元ハンター連中とかからの受け売りなんだけどな。
 そんなほとんど別の生き物のような都民と冒険者連中との間に摩擦を起こさせないために政府が取った手段は単純な物だった。
 物理的に住空間を隔離したのである。
 政府は迷宮ゲート管理のためにその周辺区画を買い上げたのだが、その区画を迷宮特区として、迷宮探索者はその中で行動することが義務付けられたのだ。
 届け出があれば外出も出来るから完全な隔離ではないが、少なくとも日常的に顔を合わせる事は回避されている。

「冒険者さんは嫌われていますね」

 伊藤さんがどこか寂しそうに言った。
 あー、そうだよな、伊藤さんのお父さん元冒険者だもんな。

「違う環境で生きて来た相手だから急に馴染めないのは仕方ないさ。とりあえず大きなトラブルさえなけりゃしばらくしたらお互い馴染むんじゃないかな?」

 しかし、伊藤さんは俺のフォローに頬を膨らませた。
 伊藤さんってこうやって拗ねてる時が凶悪に可愛いんだよな。
 いやいやそうじゃなくて。

「どうしたの?」
「私を慰めるために自分が信じてもいないことを口にするのはどうかと思います」

 なん……だと、心を読まれただと……。

「違いますよ! 私が鋭いんじゃありません、木村さんがわかりやすすぎるんです。そういう所凄く心配です」

 おおう、うん、よく周囲の人間から言われます。

「大丈夫、腹芸が必要な営業じゃないんだし。うちでは考えていることがバレバレでも問題ないよ」

 否定出来ない自分が悲しい。

「そっちじゃありません。もう一方のほうです。また、あそこに行くんでしょう?」

 ええっ! なんで知ってるんだ?
 さすがにその情報は一般人に入手出来るような物じゃないよな。
 いくら俺が顔に出る性質たちだからってピンポイントにバレるような話じゃない。
 あ、お父さんを通して冒険者協会から情報を入手したとかかな?
 待てよ、由美子という線もあるぞ。
 別にこの情報に関して緘口令が敷かれたという訳じゃないからな。

「いや、そっちはもっと心配無いですよ。なにしろ怪異は嘘を吐かない存在ですからね」

 伊藤さんは俺をぎろりと睨む。
 なんだ?

「私、調べたんです。人間に関わった怪異は人を騙すことがあるって。それに……」

 伊藤さんは一瞬言い淀んだが言葉を続けた。

「昔、あの酒呑童子を曲がりなりにも封印出来たのは、人間が騙し討ちをしたからなんでしょう?」

 やばい、伊藤さん、やたら怪異関係に詳しくなってるぞ。
 もしかして勉強してるのか?
 この分だと経験以外の知識はいずれ追い越されるんじゃね?

「そんな心配しなくても大丈夫だよ。とりあえず二層目と三層目の地図が必要なだけだし。奴とやり合う訳じゃないんだから」

 俺は汗だくで言い訳をした。
 嘘が通じる相手ではないのだから全部本当のことだ。

「それより、ほら、早く買い出しして来ないと、みんな待ってるし」

 伊藤さんは俺の言葉にハッとしたように周りを見回した。
 横断歩道の片側に止まったまま三回程信号をやりすごした俺達は、人にジロジロ見られはしたが、みんな青信号で渡ってしまうので全ての会話を聞いていた物好きな通行人はいない。
 尤も誰もが帰宅を急ぐ時間帯だ、他人に長々構おうなどと思ったりはしないんだろうな。
 みんな早く帰ってゆっくりしたいんだろう。
 俺も出来るならそうしたいよ。

 そう、こんな時間に買い出しをしている俺達は、というかうちの課は、本日は残業なのだ。

「あ、信号変わりました。渡りましょう」

 伊藤さんが俺の言葉に慌てたのか、逆に俺を急かして来た。
 弁当と飲み物六人分、それが買い出しの内容だ。

「あのさ、伊藤さんは弁当食べたら帰っていいんじゃないか?」

 事務方の他の二人は既に仕事を終えて退社している。
 お局様は家庭があるし、御池さんは仕事がないので残る必要がないからだ。
 そもそも女性を夜まで(下手すると朝まで)残業させるとか、色々とマズいだろ。

「でも、こないだ私抜きで残業したら、資料捜しで余計な手間が掛かったって佐藤さんが」

 おのれ佐藤、後で覚えてろよ。

「まあ、それはそうだけど」
「仕事に男とか女とか関係ないですよ。社会人なんだからやるべき仕事はちゃんとやらないと」

 うーん、確かにそうなんだけど、今回は明らかにキツそうだぞ?
 納期が既におかしいし。
 しかもこの商品、くだんの冒険者向けなんだよな。
 うちは家電メーカーなんじゃなかったのか、と。

 ことの発端はこうだ。
 迷宮特区内に大型ショッピングモールを作った政府が、公募で中に入るショップを募って、審査と抽選で選ばれた中にうちが力を入れている家電チェーン店があった訳なんだが、そこが集客のための目玉を各メーカーに依頼して来たのだ。
 無茶振りすぎんだろ。
 なにしろ箱は既に出来ていて、開店まで二か月切ってんだぞ?
 アホかと。
 まあ客にそんなこと言えない営業は、安請け合いをしてこっちに丸投げしたのである。
 逆算すると三日で製品の仕様、基礎設計デザインを完成させなければならないのだ。
 草案無しでいきなり完成品とか、ヤバすぎるだろ。
 間違ってもリコール品を出さないためには今までの製品のバリエーションで行くしかない。
 そう方向性のコンセプトだけは決まっていた。

「まあ、伊藤さんがいてくれたほうが心強いのは確かだけど、駄目だろやっぱり。男だらけの中に年頃の女の子一人で深夜近くまでって、内外的に拙すぎるよ」
「じゃあ資料を抽出してその一覧を作ったら帰りますから、それまではいいですよね」 

 まあ妥協点かな?
 てかよく考えたら本来俺がそんなこと言う権利は無いんだよな。
 言うとしたら課長だ。
 でも、なんか俺に責任がある気がするんだよ。
 うちの連中、何かと言えば俺と伊藤さんをセットで行動させるし、今回の買い出しだってそうだ。

「仕方ないか」
「お弁当分は働かないと食い逃げになりますからね」
「食い逃げって」

 俺は苦笑して足を早めた。
 時間が無いので遅れを取り戻す必要があったのだ。

「あ、そうだ」

 ふと思い出して今の内に言っておこうと俺は口を開いた。

「今度引っ越すから」
「えっ?」

 伊藤さんはまるで鳩が豆鉄砲食らったような顔で俺を見る。
 いや、そんなに驚くことかな?
 そしてなんでそんなに不安そうにしてるんだ?

「ほら、ハンターとして活動もしてるだろ? 全員でのミーティングに俺んちを使う訳だけど、今の状態だと手狭なんでうちの弟に強制的に決められてしまったんだよね。社宅手続きしてるから変更が面倒なんだけど」

 俺の言葉に伊藤さんはホッとしたような表情になる。
 何を心配してたんだろう? 女心ってさっぱりわからんな。

「そっか、そうですよね。そういえば会社側がOKを出してくれたんでしょう? よかったです」
「ほんとに。課長と社長には感謝してます」

 決算のバタバタが終わって通常業務に戻った頃に、こっそりと、ハンターとして活動せざるを得なくなったことを課長に相談したんだが、課長は驚きながらもちゃんと話を聞いてくれて、社長に掛けあってくれたのだ。
 社長の言うことには開発の服務規程は主に情報漏えいを警戒しての物なので、国家政策に絡んだ物ならば仕方が無いということで特例として認めて貰えたのである。
 しかし、条件として通常業務に支障をきたさないことと、社内で俺がハンターであることを公言しないことを約束させられた。
 いや、それはむしろ俺が頼みたいぐらいだったので、ありがたいけどね。

「でも、無理はしないでくださいね。本当に」

 ありがとう、伊藤さん。
 そういう風に普通に心配してくれるのって貴女ぐらいですよ。

 会社に戻ると、なぜかみんながニヤニヤしていた。

「なんだ、もっとゆっくりして来てもよかったんだぞ?」

 などと佐藤が馬鹿なことを言って来たのでとりあえず軽く膝蹴りを食らわしておく。
 なんかもう、悩みが増えすぎて俺の脳の処理速度ではおっつかなくなって来たな。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

久野市さんは忍びたい

白い彗星
青春
一人暮らしの瀬戸原 木葉の下に現れた女の子。忍びの家系である久野市 忍はある使命のため、木葉と一緒に暮らすことに。同年代の女子との生活に戸惑う木葉だが……? 木葉を「主様」と慕う忍は、しかし現代生活に慣れておらず、結局木葉が忍の世話をすることに? 日常やトラブルを乗り越え、お互いに生活していく中で、二人の中でその関係性に変化が生まれていく。 「胸がぽかぽかする……この気持ちは、いったいなんでしょう」 これは使命感? それとも…… 現代世界に現れた古き忍びくノ一は、果たして己の使命をまっとうできるのか!? 木葉の周囲の人々とも徐々に関わりを持っていく……ドタバタ生活が始まる! 小説家になろう、ノベルピア、カクヨムでも連載しています!

〈完結〉どうやら私は二十歳で死んでしまうようです

ごろごろみかん。
キャラ文芸
高二の春。 皆本葉月はある日、妙な生き物と出会う。 「僕は花の妖精、フラワーフープなんだもん。きみが目覚めるのをずっと待っていたんだもん!」 変な語尾をつけて話すのは、ショッキングピンクのうさぎのぬいぐるみ。 「なんだこいつ……」 葉月は、夢だと思ったが、どうやら夢ではないらしい。 ぬいぐるみ──フラワーフープはさらに言葉を続ける。 「きみは20歳で死んじゃうんだもん。あまりにも不憫で可哀想だから、僕が助けてあげるんだもん!」 これは、寂しいと素直に言えない女子高生と、その寂しさに寄り添った友達のお話。

お犬様のお世話係りになったはずなんだけど………

ブラックベリィ
キャラ文芸
俺、神咲 和輝(かんざき かずき)は不幸のどん底に突き落とされました。 父親を失い、バイトもクビになって、早晩双子の妹、真奈と優奈を抱えてあわや路頭に………。そんな暗い未来陥る寸前に出会った少女の名は桜………。 そして、俺の新しいバイト先は決まったんだが………。

外れスキル《コピー》を授かったけど「無能」と言われて家を追放された~ だけど発動条件を満たせば"魔族のスキル"を発動することができるようだ~

そらら
ファンタジー
「鑑定ミスではありません。この子のスキルは《コピー》です。正直、稀に見る外れスキルですね、何せ発動条件が今だ未解明なのですから」 「何てことなの……」 「全く期待はずれだ」 私の名前はラゼル、十五歳になったんだけども、人生最悪のピンチに立たされている。 このファンタジックな世界では、15歳になった際、スキル鑑定を医者に受けさせられるんだが、困ったことに私は外れスキル《コピー》を当ててしまったらしい。 そして数年が経ち……案の定、私は家族から疎ましく感じられてーーついに追放されてしまう。 だけど私のスキルは発動条件を満たすことで、魔族のスキルをコピーできるようだ。 そして、私の能力が《外れスキル》ではなく、恐ろしい能力だということに気づく。 そんでこの能力を使いこなしていると、知らないうちに英雄と呼ばれていたんだけど? 私を追放した家族が戻ってきてほしいって泣きついてきたんだけど、もう戻らん。 私は最高の仲間と最強を目指すから。

いずれ最強の錬金術師?

小狐丸
ファンタジー
 テンプレのごとく勇者召喚に巻き込まれたアラフォーサラリーマン入間 巧。何の因果か、女神様に勇者とは別口で異世界へと送られる事になる。  女神様の過保護なサポートで若返り、外見も日本人とはかけ離れたイケメンとなって異世界へと降り立つ。  けれど男の希望は生産職を営みながらのスローライフ。それを許さない女神特性の身体と能力。  はたして巧は異世界で平穏な生活を送れるのか。 **************  本編終了しました。  只今、暇つぶしに蛇足をツラツラ書き殴っています。  お暇でしたらどうぞ。  書籍版一巻〜七巻発売中です。  コミック版一巻〜二巻発売中です。  よろしくお願いします。 **************

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

陰の行者が参る!

書仙凡人
キャラ文芸
三上幸太郎、24歳。この物語の主人公である。 筋金入りのアホの子じゃった子供時代、こ奴はしてはならぬ事をして疫病神に憑りつかれた。 それ以降、こ奴の周りになぜか陰の気が集まり、不幸が襲い掛かる人生となったのじゃ。 見かねた疫病神は、陰の気を祓う為、幸太郎に呪術を授けた。 そして、幸太郎の不幸改善する呪術行脚が始まったのである。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

処理中です...