エンジニア(精製士)の憂鬱

蒼衣翼

文字の大きさ
上 下
64 / 233
迷宮狂騒曲

その九

しおりを挟む
 まいった。
 何がまいったかというと、女性を泣かし掛けている現在の状況である。

「木村さん、どこからどう見ても具合悪そうにしか見えませんよ。やっぱり昨夜のカレーか紅茶の香辛料が悪かったんでしょう?」

 朝からずっと社内の視線を集めてるなあとは思ってたんだよな。
 そしたら昼休みに伊藤さんの襲撃にあいました。
 そんなに酷い顔してるんかな? 俺。

 困った。
 さすがに昨夜眠れなかった理由は話せないし。
 機密情報だらけだしな!
 しかし隠し事をしないと言った昨日の今日に話せないような話が飛び込んで来るというのは、運命というやつの悪意を感じるな。
 なんというか俺の目指していたはずの一般人から大きく逸脱している気がする。
 うん、いや、俺だってわかってはいるんだ。
 ハンターに復帰した時点で、もう一般人の道を大きく踏み外してしまったということは。
 だけど、だからと言って、はいそうですかと悪足掻きしないでそれを受け入れられる程俺は出来た人間じゃない。

「ほんと、俺、香辛料平気ですから。昨夜あの後あっちの仕事関係で嫌なことがあったんです。それだけです」

 言い訳は辛い。
 しかも内容を丸々隠したままってのが酷い。
 なるべくなら出来るだけ正直にいきたいと思ってもそれは叶わないことだ。
 そういう気持ちは単に楽をしたいだけなのかもしれないとも思うけど、こうやって心配してくれる人に対しては出来るだけ誠実でありたいと思うのは、極々普通のことだと思う。
 俺は俺の出来るだけの誠実さでもって答えたつもりだけど、それをどう受け止めるかは相手次第。
 正直、愛想つかされてもおかしくないと思うんだよな。
 伊藤さんも無理に俺に付き合う必要はない。
 そんなことを頭の表面では考えながらも、俺は不安でいっぱいになって彼女を見ていた。

 風が伊藤さんの顔に髪を吹き寄せてしまって彼女の表情が読めない。
 俺はどきどきしながら沙汰待ちの罪人のように神妙にしていた。
 大丈夫、どんな罵倒でもどんと来いだ。
 伊藤さんはふいに顔を上げると、ちょっと拗ねたような上目遣いで俺の顔を窺う。
 うっ、無意識なんだろうけど、そういうのは反則だと思います。

「そうだったんですね。そうですよね、話せないことありますよね。困らせてしまってごめんなさい。なんか、私、いつもこうやってよけいなことをしでかしてはただ木村さんにご迷惑を掛けているだけみたいで、自分が嫌になります。少しでも何かのお役に立ちたいと思ってやっていること全てが裏目に出てるみたいで、こんなんじゃ押し掛け恩返しじゃなくて、押し掛け迷惑ですよね」

 怒られるかと思ったら、逆に落ち込んでしまった伊藤さんに、俺は慌てて言葉を掛けた。

「そんなことありません。昨日来てくださって凄く嬉しかったですよ。賑やかな食事なんて久し振りでしたし、それに、あれが無かったら、俺はもっと落ち込んでどつぼに嵌まっていたと思います」

 実際、あの部屋に二人の気配が残っていたことでどれだけ救われたかわからない。
 朝方、痛む頭を抱えて冷蔵庫を開けたら『温めて食べてください』とメモの貼られた保管容器を発見して、どれだけ励まされたか。

「ほんとうに?」

 おおう、だから不意打ちみたいにまっすぐ目を見つめるのをやめて欲しいです!
 特に二人きりでいるシチュエーションはヤバいから、マジで。
 まあ二人きりとはいえ、またくだんの屋上庭園な訳で、ちょっと離れた場所からの視線が痛い程あるんですけどね。
 いくら気持ちが弱っていても、この場で変なこととかやりようもない。やったら間違いなく社会的に殺される。
 女性陣の絶対防御の視線がすごく怖いです。

「本当に。正直言うとですね、こうやって伊藤さんに弱音みたいなのを吐いているほうが、実は精神的に辛いというか、男としてですね、見栄を張りたいというか。ええっと、我が儘ですみません」

 こう、女の子の前では格好良くいきたいなと思うじゃないですか。
 情けない自分をさらけ出すってのは、けっこう辛いものなのです。

「我が儘なら私も負けませんよ。本当は木村さんに弱音を吐いて頼ってもらいたいだけなのかもしれませんよ。だからこうやって困らせてしまうのかも。ほら、我が儘でしょう?」

 まいった。
 本当に勝てないな。
 いや、勝負ごとじゃないんだから勝ち負けもなにも最初から無い訳で。

「あの、ですね」

 伊藤さんが遠慮がちに次の言葉を探すように俺を見る。

「今思いついたんですけど、もしよかったら、二人でたまに、叶えなくていい我が儘の言い合いっこをしませんか?」
「え?」

 意味が分からずキョドる俺に伊藤さんは真っ赤になりながら説明した。

「我が儘って案外聞いて貰えるだけですっきりしたりするでしょう? だから、聞き届けないこと、叶えないを前提にお互いに言い合うんです」

 赤くなりながらきちんと言うべきことを言って、伊藤さんは俺の顔を伺い見た。
 なにそれ、すごく高度なプレイですか? って、何考えてるんだ? 俺。

「叶えない前提でも叶えたいと思った我儘は叶えてしまってもいいんでしょうか?」
「えっ?」

 俺の口走った言葉にますます赤くなった伊藤さんは大変可愛らしかった。

―― ◇ ◇ ◇ ――

「これが格差社会というものか」

 伊藤さんとのほのぼのとした時間を経験した俺が、週末、可愛らしいお誘いをお断りして出頭したら遭遇した男臭い連中に、思わずそう口走ったことを誰が責められよう。
 傍らにいたゴツさのキングオブキングのような奴がぎろりと俺を睨む。
 チキンなハートの俺にはしんどい状況だった。

「上層部の考えはともかく、俺は貴様らがこの作戦に必要だとは思っておらん。だが、むざと仲間を勝算の見えぬ場に送り出したやつらを処罰したのはお前達のチーム入りを提唱した一派だ。その働きには報いたくてあえて反対はしなかった。しかし、迷宮の、しかも最下層のみというこの条件にハンターの手を借りたとあっては、我が国の武威を疑われる事態となろう。ゆえに俺は貴様らと迷宮に潜るつもりはない」

 キッパリとした宣言。
 軍部がこっちを嫌っているのは最初から明らか過ぎる程だったが、これで逆に俺の気持ちは楽になった。
 もし彼等が俺達を頼るようなら、共に迷宮入りするのは元から限り無く無謀な作戦でしかなかっただろう。

「ええ、俺もあなた方のみで作戦を決行したほうが成功率は上がると思いますよ。人数に制限がある以上、軍隊らしい戦い方は異分子を抱えてではやり辛いでしょうし」

 俺の言葉に、傍らの男は、ぐわっと目を剥いて迫って来た。
 こわっ!
 俺もさんざん強面とか言われて来たけど、このおっさんは格が違った。

「わかっているならなぜ引き受けた? しがらみか? 首輪付きは主人の命に逆らえんか?」

 首輪付きというのはハンターとしての立場にではなく、血統に対する揶揄だろう。
 わかりやすすぎる挑発だ。
 色々手配があるとかで由美子も浩二も今日は来ていないが、こういうご挨拶があるのなら来なくて正解だったろうな。
 二人がバックレたと知った時にはちょっとショックだったけど。
 気心が知れてるからって、予定を直前に言わなくてもいいんじゃね? 一応打ち合わせぐらいしようぜ? と思うのは、俺の贅沢なのだろうか?

「あなたは先程勝算の見えぬ場で仲間を失ったとおっしゃいました。それは情報の意味を知っての言葉と思いましたが、それは思い違いで、あなたも同じ轍を踏むつもりなのですか? 情報の価値を認めないと?」
「そのようなことはない。貴様の持つ情報をないがしろにするつもりではない。しかしなるほど、貴様も旧世代の猟犬のくせにただ吠えるだけではないという訳だな」

 ええっと、このおっさんは俺を怒らせたいのかな?
 俺としてはいい加減ブリーフィングに移りたいんだが。

「橋田曹長、その辺にして彼を開放してくれないか? 彼も君も思っている通り、我々には情報が必要だ」

 と、状況を打破する鶴の一声が掛かった。
 といっても救い主という訳でもなさそうだ。
 その顔にはありありと俺に対する侮蔑が刻まれている。
 ほんと、軍人には嫌われてるな俺達。
 俺のほうは別に嫌ってないんだが、噛み合わないって悲しいことだな。 
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

【完結】ポーションが不味すぎるので、美味しいポーションを作ったら

七鳳
ファンタジー
※毎日8時と18時に更新中! ※いいねやお気に入り登録して頂けると励みになります! 気付いたら異世界に転生していた主人公。 赤ん坊から15歳まで成長する中で、異世界の常識を学んでいくが、その中で気付いたことがひとつ。 「ポーションが不味すぎる」 必需品だが、みんなが嫌な顔をして買っていく姿を見て、「美味しいポーションを作ったらバカ売れするのでは?」 と考え、試行錯誤をしていく…

貧弱の英雄

カタナヅキ
ファンタジー
この世界では誰もが生まれた時から「異能」と「レベル」呼ばれる能力を身に付けており、人々はレベルを上げて自分の能力を磨き、それに適した職業に就くのが当たり前だった。しかし、山奥で捨てられていたところを狩人に拾われ、後に「ナイ」と名付けられた少年は「貧弱」という異能の中でも異質な能力を身に付けていた。 貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。 自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる―― ※修正要請のコメントは対処後に削除します。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

処理中です...