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迷宮狂騒曲
その六
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結局の所、この日の夕食は久々に賑やかな食事となって、ここに居を構えて以来、うっすらと俺を苛んでいた孤独感はすっかり解消されることとなった。
我ながら調子のいい話だと思う。
ありがたいことだよな。ここに至った事情はともかくとして、二人には感謝をするべきだろう。
片付けを終え、いよいよというか、敢えて考えるのを避けていた本日のメインの時間がやって来た。
こんなことなら時間稼ぎのために何かデザートを用意するべきだったのではないだろうか。
いや、悪あがきは止そう。問題を先延ばしにしても仕方が無いしな、ちゃんとしないと。
「お茶はチャイ風紅茶でいいですか?」
伊藤さんが洗い物が終わってもキッチンでなにかしていると思ったら、どうやら鍋を使って本格的な飲み物を用意していたらしい。
「あ、ありがとうございます。俺も妹も紅茶とか全くわからないので伊藤さんにお任せで」
「じゃあ任されました」
弾んだ声が返り、キッチンからいい匂いが漂って来る。
洗い物も手伝うと言ったのに追い出されたしまったし、なんというか俺のほうがお客様扱いされてるよな?情けないぞ。
「あー、ユミ、メールに書いて送ったから大体の話はわかっていると思うが……」
それにこの時間は伊藤さんの心遣いだろう。
先に話を合わせるなら相談しておけということだと思う。
「兄さんの好きにすればいい」
だが、由美子はこっちの機先を制するように、そう一言で切って捨てた。
「え? おい」
「だって、兄さんはいつだって自分の思うままにしてきた。今更私や家とかに遠慮したりしりごみするのはおかしいよ」
う、確かにここで責任の一端を由美子に握らせるのは卑怯かもしれない。
「私は兄さんがうっかり本能に従って暴走しないように来ただけ。それ以外のことに関しては居ないものと思って」
由美子のその言葉に思わず咳き込んでしまった。
飲み物がまだ出てないのは幸いだっただろう。
妹よ、そういう話をあまりにも赤裸々に語られると、俺の心が取り返しの付かないダメージを負うので、出来るだけやんわりとお願いします。
うう、由美子の脳内では、俺はどんだけ駄目人間なんだろう。
真実を知ったら立ち直れないかもしれないな。
この場のどんよりとした空気をどう思ったのか、その話の少し後に現れた伊藤さんは、カップに注ぎ分けたチャイ風紅茶とかいう物をそれぞれに配ると、狭いちゃぶ台の向かいに再び座った。
そういえばほとんど疑問に思わなかったが、こっちの狭い部屋じゃなくてキッチンのテーブルに座っていればよかったんじゃないか?
しかし既にカレー食った後に思い付いても遅すぎるよな。機を逸してるなんてもんじゃないぞ。
なんだか家族の団欒を思わせる距離で顔を突き合わせ、やや気まずい状態で本題に入ることとなった。
いや、気まずいと思っているのは俺だけだったのかもしれない。
二人ともなんだかやけに嬉しそうにニコニコしている。
「伊藤さんは、その、俺の事情を全部知りたいという話だったですけど、実の所、俺には俺だけの気持ちでは明かせない事情もあります。それは大丈夫ですか?」
「はい、お仕事上秘密にしなければならないことがあるだろうということは承知しているつもりです。木村さんの判断で私に教えていただける範囲で構いません。私がわがままを言っているのですから。実の所、こうやってそういうお気持ちを示していただけるだけで、とても、嬉しいんです」
「あ、はい」
なんだろう、どう言ったらいいんだろう。
俺のことを知るのが嬉しいとか言われてしまうと、決まり事とかそういう小難しい理屈を全て投げ捨てて、俺自身を全てさらけ出したくなる。
こんなちっぽけな俺だけど、それでもいいと言ってくれるのなら何もかもこの女性に捧げてもいいような、そんな気持ちだ。
これもまた、俺達の本能がゆえなんだろうか?
それともこの想いこそが、世間で愛と呼ばれるものなのだろうか?
そんなこともわからない自分が情けない。今この時、俺自身が一番俺を知りたいと思っているのかもしれなかった。
「それじゃあまずは家族のことかな」
気分を切り換えるためにも、用意してくれた飲み物を口にする。
うん? これってミルクティーじゃないのかな? あ、でも僅かにビリッとする辛味がある。
口に残ったカレーの辛さをその僅かな辛味が甘さと馴染ませてくれるようですごくすっきりするな。
あ、やばい、間が長すぎた。
こほんとごまかすように咳払いをする。
「会社でも別に隠してはいないし、ある程度は知っているとは思いますけど、うちは山奥の隠れ里みたいな所で続いて来た払い屋の一族です。田舎には祖父さん祖母《ばあ》さん両親揃って未だピンピンとしていますね。兄弟はこの由美子が末っ子で、あと間に浩二という弟がいます。うちは、本来伝統的に家業を継ぐのが習いという古臭い家なんですけど、俺は玩具作りに憬れて家を飛び出して来た不良息子って感じです」
この内容は真実ではないが事実ではある。
これ以上突っ込んだことは身内と関係機関以外に明かすことは違法となるのだ。
冗談ではなく、俺達の一族の存在は法的に保護された情報なのだ。
「そうなんですか。大家族だったんですね。一人暮らしとか寂しくないですか?」
しかし、そんな古めかしい秘密だらけの生い立ちにどこか緊張していた俺を笑い飛ばすかのように、伊藤さんはそんな物々しいあれこれを軽々と飛び越えると、俺自身の気持ちへと切り込んで来た。
全くの不意打ちを食らって、俺は考える前に頷いてしまう。
「そうですよね。私なんかちゃんと家族と暮らしているのに時々凄く寂しくなるんですよ。子供の頃は父の仕事仲間の人が一杯周りにいて、色々教えてくれたりしていたんです」
ああ、そうか、伊藤さんは大家族ではないけどお父さんのパーティ仲間がいつも一緒だったんだな。
冒険者のパーティってのは下手すると家族以上に強い繋がりがあると聞くし、大人の中に子供がいたんだ、さぞかし可愛がられたんだろうな。
「私は一人暮らしとかとても無理ですね。木村さんは偉いです」
いやいや、そんな所を褒められても仕方ないし。
しかも他にどうしようもなくてそうなっただけだしなあ。
しかも平気じゃないし。
そして、俺は気づいたのだ。
伊藤さんが知りたいと言ってくれたのは、俺の秘密なんかじゃないんだと。
本当に俺自身を知りたいと思ってくれているのだ、と。
そう気づいてしまうと、俺は柄にもなく照れてしまった。
「いえ、やっぱり寂しいからこいつとか作って寂しさを紛らわしているんですよ」
照れ隠しも兼ねて、頭の上でパタパタしている蝶々さんを示して視線を誘導してみる。
「あ、その子、ずっと気になっていたんですよ。可愛いですよね」
「そうでしょう。ほら、あそこのスタンドとも連動しているんですよ、これ」
蝶々さんの話になって、ちょっと口調が自慢げになってしまうのは仕方ないだろう。
誰だって自分の作品は可愛いもんじゃないか?
「あ、もしかして木村さんがお作りになったんですか? そういえば前に頂いた卵のランプも凄く可愛かったし、木村さん、センスがいいんですね」
な、なんだと? 「センスがいい」?
伊藤さんの言葉は俺の魂の奥底を、轟く楽の音のように掻き乱した。
実を言うと、手慰みで作って来た玩具を正面から褒めて貰ったのは初めてだったのだ。
俺は自分の作品に自分なりの自信はあったのだが、所詮は素人の趣味の域を脱しない物だ。
手酷い評価を貰う可能性もあるだろうし、覚悟もしていた。
だが、やはり心のどこかで誰かに褒めて貰いたいという気持ちがあったんだと、今ならはっきりとわかる。
「あ、ありがとう」
俺はまるで思春期のガキのようにドギマギしながら礼を言った。
伊藤さんはそんな俺をニコニコと嬉しそうに見ている。
「私、帰る」
次の瞬間、いきなり由美子が帰り支度を始めた。
いや、待て、いったいどうした?
ほら、伊藤さんも困ってるだろ。
「待った! いや、いてくれないと困るから、お願いします」
この雰囲気で二人きりにされたら絶対まずいから、俺の理性が。
「なんか、私邪魔?」
「いやっ! そんな事ないから! ねえ、伊藤さん?」
焦る。
伊藤さんに助けを求めて視線と言葉を投げてしまった。
伊藤さんもよくわかってなさそうながらも、妹を引き止めることに異論は無かったのだろう、一緒に引き止めに掛かってくれる。
「そうよ、お邪魔しているのは私のほうだから、帰るなら私が帰ります」
えーと、うん、なんか話が更にややこしくなりそうな予感もするぞ。
由美子は、そんな俺達をじっと見ると、憮然とした口調で言った。
「仲のいい男女のお邪魔をすると、馬に食われると聞いたから、馬に食べられるのは嫌」
馬に蹴られるの間違いじゃないかな?
それとも肉食の馬か?
海外にはいるらしいけど我が国にいるという話は聞いたことないぞ。
「ユミちゃんは全然邪魔じゃないわ。実を言うとまだ二人きりだと緊張しちゃって失礼なことをしちゃうかもしれないし。もし、嫌じゃなければいて欲しいんだけど、迷惑だったかな?」
伊藤さんが恥じらうように由美子に言った。
え? なに、それ。
もしかしていずれは二人きりでも緊張しないような仲になりたいという告白なんでしょうか?
「う、ん。わかった。ゆかりんがそう言うなら仕方ない」
ふ、由美子よ、お前、俺の制止は無視するつもりだったんだな?
兄の威厳とかもう俺には無いのか。
ちょっと……いや、かなりのショックです。
うん、いや、でも、ちょっと色々なことが今俺の中でぐるぐる回っているんだけど、どうしようか?これ。
「実を言うとゆかりんの紅茶? が美味しいからお代わりをしたかった」
妹よ、ハテナマークが伺える口調はちょっと恥ずかしいぞ。
「え、ホントだ、いつの間にかカップが空になってるね。気づかなくてごめんなさい。まだあるから温めて容れて来るね」
伊藤さんが由美子のカップを持って、いそいそとキッチンへと消えた。
「兄さん、顔が赤い」
ほっとけ。
今、お前の兄は平常心を取り戻す戦いに忙しいのだ。
我ながら調子のいい話だと思う。
ありがたいことだよな。ここに至った事情はともかくとして、二人には感謝をするべきだろう。
片付けを終え、いよいよというか、敢えて考えるのを避けていた本日のメインの時間がやって来た。
こんなことなら時間稼ぎのために何かデザートを用意するべきだったのではないだろうか。
いや、悪あがきは止そう。問題を先延ばしにしても仕方が無いしな、ちゃんとしないと。
「お茶はチャイ風紅茶でいいですか?」
伊藤さんが洗い物が終わってもキッチンでなにかしていると思ったら、どうやら鍋を使って本格的な飲み物を用意していたらしい。
「あ、ありがとうございます。俺も妹も紅茶とか全くわからないので伊藤さんにお任せで」
「じゃあ任されました」
弾んだ声が返り、キッチンからいい匂いが漂って来る。
洗い物も手伝うと言ったのに追い出されたしまったし、なんというか俺のほうがお客様扱いされてるよな?情けないぞ。
「あー、ユミ、メールに書いて送ったから大体の話はわかっていると思うが……」
それにこの時間は伊藤さんの心遣いだろう。
先に話を合わせるなら相談しておけということだと思う。
「兄さんの好きにすればいい」
だが、由美子はこっちの機先を制するように、そう一言で切って捨てた。
「え? おい」
「だって、兄さんはいつだって自分の思うままにしてきた。今更私や家とかに遠慮したりしりごみするのはおかしいよ」
う、確かにここで責任の一端を由美子に握らせるのは卑怯かもしれない。
「私は兄さんがうっかり本能に従って暴走しないように来ただけ。それ以外のことに関しては居ないものと思って」
由美子のその言葉に思わず咳き込んでしまった。
飲み物がまだ出てないのは幸いだっただろう。
妹よ、そういう話をあまりにも赤裸々に語られると、俺の心が取り返しの付かないダメージを負うので、出来るだけやんわりとお願いします。
うう、由美子の脳内では、俺はどんだけ駄目人間なんだろう。
真実を知ったら立ち直れないかもしれないな。
この場のどんよりとした空気をどう思ったのか、その話の少し後に現れた伊藤さんは、カップに注ぎ分けたチャイ風紅茶とかいう物をそれぞれに配ると、狭いちゃぶ台の向かいに再び座った。
そういえばほとんど疑問に思わなかったが、こっちの狭い部屋じゃなくてキッチンのテーブルに座っていればよかったんじゃないか?
しかし既にカレー食った後に思い付いても遅すぎるよな。機を逸してるなんてもんじゃないぞ。
なんだか家族の団欒を思わせる距離で顔を突き合わせ、やや気まずい状態で本題に入ることとなった。
いや、気まずいと思っているのは俺だけだったのかもしれない。
二人ともなんだかやけに嬉しそうにニコニコしている。
「伊藤さんは、その、俺の事情を全部知りたいという話だったですけど、実の所、俺には俺だけの気持ちでは明かせない事情もあります。それは大丈夫ですか?」
「はい、お仕事上秘密にしなければならないことがあるだろうということは承知しているつもりです。木村さんの判断で私に教えていただける範囲で構いません。私がわがままを言っているのですから。実の所、こうやってそういうお気持ちを示していただけるだけで、とても、嬉しいんです」
「あ、はい」
なんだろう、どう言ったらいいんだろう。
俺のことを知るのが嬉しいとか言われてしまうと、決まり事とかそういう小難しい理屈を全て投げ捨てて、俺自身を全てさらけ出したくなる。
こんなちっぽけな俺だけど、それでもいいと言ってくれるのなら何もかもこの女性に捧げてもいいような、そんな気持ちだ。
これもまた、俺達の本能がゆえなんだろうか?
それともこの想いこそが、世間で愛と呼ばれるものなのだろうか?
そんなこともわからない自分が情けない。今この時、俺自身が一番俺を知りたいと思っているのかもしれなかった。
「それじゃあまずは家族のことかな」
気分を切り換えるためにも、用意してくれた飲み物を口にする。
うん? これってミルクティーじゃないのかな? あ、でも僅かにビリッとする辛味がある。
口に残ったカレーの辛さをその僅かな辛味が甘さと馴染ませてくれるようですごくすっきりするな。
あ、やばい、間が長すぎた。
こほんとごまかすように咳払いをする。
「会社でも別に隠してはいないし、ある程度は知っているとは思いますけど、うちは山奥の隠れ里みたいな所で続いて来た払い屋の一族です。田舎には祖父さん祖母《ばあ》さん両親揃って未だピンピンとしていますね。兄弟はこの由美子が末っ子で、あと間に浩二という弟がいます。うちは、本来伝統的に家業を継ぐのが習いという古臭い家なんですけど、俺は玩具作りに憬れて家を飛び出して来た不良息子って感じです」
この内容は真実ではないが事実ではある。
これ以上突っ込んだことは身内と関係機関以外に明かすことは違法となるのだ。
冗談ではなく、俺達の一族の存在は法的に保護された情報なのだ。
「そうなんですか。大家族だったんですね。一人暮らしとか寂しくないですか?」
しかし、そんな古めかしい秘密だらけの生い立ちにどこか緊張していた俺を笑い飛ばすかのように、伊藤さんはそんな物々しいあれこれを軽々と飛び越えると、俺自身の気持ちへと切り込んで来た。
全くの不意打ちを食らって、俺は考える前に頷いてしまう。
「そうですよね。私なんかちゃんと家族と暮らしているのに時々凄く寂しくなるんですよ。子供の頃は父の仕事仲間の人が一杯周りにいて、色々教えてくれたりしていたんです」
ああ、そうか、伊藤さんは大家族ではないけどお父さんのパーティ仲間がいつも一緒だったんだな。
冒険者のパーティってのは下手すると家族以上に強い繋がりがあると聞くし、大人の中に子供がいたんだ、さぞかし可愛がられたんだろうな。
「私は一人暮らしとかとても無理ですね。木村さんは偉いです」
いやいや、そんな所を褒められても仕方ないし。
しかも他にどうしようもなくてそうなっただけだしなあ。
しかも平気じゃないし。
そして、俺は気づいたのだ。
伊藤さんが知りたいと言ってくれたのは、俺の秘密なんかじゃないんだと。
本当に俺自身を知りたいと思ってくれているのだ、と。
そう気づいてしまうと、俺は柄にもなく照れてしまった。
「いえ、やっぱり寂しいからこいつとか作って寂しさを紛らわしているんですよ」
照れ隠しも兼ねて、頭の上でパタパタしている蝶々さんを示して視線を誘導してみる。
「あ、その子、ずっと気になっていたんですよ。可愛いですよね」
「そうでしょう。ほら、あそこのスタンドとも連動しているんですよ、これ」
蝶々さんの話になって、ちょっと口調が自慢げになってしまうのは仕方ないだろう。
誰だって自分の作品は可愛いもんじゃないか?
「あ、もしかして木村さんがお作りになったんですか? そういえば前に頂いた卵のランプも凄く可愛かったし、木村さん、センスがいいんですね」
な、なんだと? 「センスがいい」?
伊藤さんの言葉は俺の魂の奥底を、轟く楽の音のように掻き乱した。
実を言うと、手慰みで作って来た玩具を正面から褒めて貰ったのは初めてだったのだ。
俺は自分の作品に自分なりの自信はあったのだが、所詮は素人の趣味の域を脱しない物だ。
手酷い評価を貰う可能性もあるだろうし、覚悟もしていた。
だが、やはり心のどこかで誰かに褒めて貰いたいという気持ちがあったんだと、今ならはっきりとわかる。
「あ、ありがとう」
俺はまるで思春期のガキのようにドギマギしながら礼を言った。
伊藤さんはそんな俺をニコニコと嬉しそうに見ている。
「私、帰る」
次の瞬間、いきなり由美子が帰り支度を始めた。
いや、待て、いったいどうした?
ほら、伊藤さんも困ってるだろ。
「待った! いや、いてくれないと困るから、お願いします」
この雰囲気で二人きりにされたら絶対まずいから、俺の理性が。
「なんか、私邪魔?」
「いやっ! そんな事ないから! ねえ、伊藤さん?」
焦る。
伊藤さんに助けを求めて視線と言葉を投げてしまった。
伊藤さんもよくわかってなさそうながらも、妹を引き止めることに異論は無かったのだろう、一緒に引き止めに掛かってくれる。
「そうよ、お邪魔しているのは私のほうだから、帰るなら私が帰ります」
えーと、うん、なんか話が更にややこしくなりそうな予感もするぞ。
由美子は、そんな俺達をじっと見ると、憮然とした口調で言った。
「仲のいい男女のお邪魔をすると、馬に食われると聞いたから、馬に食べられるのは嫌」
馬に蹴られるの間違いじゃないかな?
それとも肉食の馬か?
海外にはいるらしいけど我が国にいるという話は聞いたことないぞ。
「ユミちゃんは全然邪魔じゃないわ。実を言うとまだ二人きりだと緊張しちゃって失礼なことをしちゃうかもしれないし。もし、嫌じゃなければいて欲しいんだけど、迷惑だったかな?」
伊藤さんが恥じらうように由美子に言った。
え? なに、それ。
もしかしていずれは二人きりでも緊張しないような仲になりたいという告白なんでしょうか?
「う、ん。わかった。ゆかりんがそう言うなら仕方ない」
ふ、由美子よ、お前、俺の制止は無視するつもりだったんだな?
兄の威厳とかもう俺には無いのか。
ちょっと……いや、かなりのショックです。
うん、いや、でも、ちょっと色々なことが今俺の中でぐるぐる回っているんだけど、どうしようか?これ。
「実を言うとゆかりんの紅茶? が美味しいからお代わりをしたかった」
妹よ、ハテナマークが伺える口調はちょっと恥ずかしいぞ。
「え、ホントだ、いつの間にかカップが空になってるね。気づかなくてごめんなさい。まだあるから温めて容れて来るね」
伊藤さんが由美子のカップを持って、いそいそとキッチンへと消えた。
「兄さん、顔が赤い」
ほっとけ。
今、お前の兄は平常心を取り戻す戦いに忙しいのだ。
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