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おばけビルを探せ!

その十一

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「くそムカつく!」

 思わず悪態を吐く。
 迷宮をラビリンスたらしめていた仕掛けを、ほとんど無理矢理解除したものの、おそらくボスが存在すると思われるおばけビルへの道が見つからないのだ。
 仕方ないので目視で直進ルートを進むことにしたんだが、塀を乗り越えたり平屋の屋根に上がって走ったりしている内はまだよかった。
 しかしデカいビルや店舗、そしてその崩れた瓦礫が進行方向に立ち塞がっている割合が段々増えて来ていたのだ。

 まあそうだよな、周囲を高層ビルだった物に囲まれて立っているんだ、近づけばそうなるのは当たり前だろう。
 しかし、これが地味にきつかった。
 隙間を通り抜けられるようならなんとかして通り抜けるが、そうでない物がかなり多い。
 力任せに破壊しても瓦礫が増えるだけで何の解決にもならないのだ。
 結局そのたびに障害物を回り込んで、立ち止まって方向を確かめて進む羽目になる。
 そうやっていても進むべき方向を見失うことも多くなった。
 なにしろ眼前に崩れかけとはいえ、デカイビルがいくつも建っているのだ。見通しがやたら悪い。
 しかもそこそこ元の姿を留めているビルなどは、回り込まずにその中を通り抜けて移動距離を短くすませようとすると、術の範囲として認められていなかったのか、元気に動き回っているデカイ蟻とかがいたり、その建物に根を張っている葛みたいなのがいたりして、焦る気持ちとは裏腹に急速に進行速度が落ちることとなった。
 しかもどうも距離感がおかしい。
 例のビルに近づいているのは確かなんだが、目測で感じる距離と実際の距離には差があるようだった。
 つくづく造った奴の性格の悪さが滲み出ている迷宮ではある。

「やれやれ、馬鹿力という言葉があるが、ものを考えない奴ほど力が有り余っているということなのか? せっかくの楽しいアトラクションを力づくで破壊するとは趣きの無い奴だな」

 それはどこから聞こえたとしても、思わず振り向いてしまうような、強引に心を惹きつける声だった。
 気温が急速に低下する。
 どうやら文句を言うべき相手がノコノコ出てきてくれたらしい。

「おいおい、序盤でラスボス登場とか、子供向けのゲームでもクソゲー呼ばわりは免れないぞ」

 見上げた視線の先には、肉食の獣の持つ威圧と優美さを極めたかのような鬼神が、ビルの鏡のような壁面にその身を映しながら空中に佇んでいた。
 全身に走りそうになる震えを抑え込み、挑発じみた言葉を投げつける。

「それを言うなら、お前は癇癪を起こしてゲーム機を放り投げる、力だけは有り余っている子供だな」

 声を聞いているだけで、ふつふつと体の奥から身を食らうような憎しみが這い上がって来る。
 遺伝子の中に植え込まれた怪異に対する憎しみは、相手が大物であればあるほど強く作用するようになっているらしい。
 俺は呼吸を整えると、俺にとっての安らぎのイメージである青空に飛ぶ羽ばたき飛行機を思い浮かべた。
 本能は理性で抑え込める。
 相手が大物すぎると、ときたまこういう暴走に近い状態になってしまい、自分を取り戻す訓練も必要だった。

「そうだな、このゲームの本体でもあるてめえを倒せば迷宮の最初も最後もない。ここで全部終わりに出来るな」
「ほう?」

 終天は、いかにも我が意を得たりという笑みを浮かべた。
 こいついちいちムカつく。
 血がどうのとかそういうことは問題じゃないぐらいに嫌な野郎だ。
 まあわかってて挑発してんだろうけど。

「ようやくその気になったか。いいぞ、相手をしてやろうじゃないか。お前の全力を見せてみろよ」

 思わず舌打ちをする。
 この野郎。

「どうした? お前達の血に仕掛けられた、『作られた本能』がお前を駆り立てるのだろう? 無理をする必要は無い。戦い食らう、それこそが命の在り方だ。遠慮はいらないぞ? そう、その身に宿る力の果て、その先を見たくはないか? ここならば誰をはばかることもない、その持てる全ての力を尽くして戦ってみるがいい」
「はっ!」

 鼻で笑ってやる。
 これだからいくら頭がよかろうと怪異は怪異なんだよ。

「ご高説を賜って申し訳無いが、俺は力とやらには興味は無いね。そういうのはどこぞのバトルマニアにでも聞かせてやるんだな。俺は戦って相手を倒すこと、それ自体には何の魅力も感じない。俺がてめえをぶっ飛ばしたいのはな、今迄も今現在もそしてこれからも、俺に迷惑を持ち込むのがわかり切ってるからだ。人を好き勝手に動かそうとしやがって、いい加減にしてほしいんだよ、この若作りじじいが」

 冷静に考えればこいつに構っている場合では無いのがわかる。
 今、この一瞬一瞬ですら、伊藤さん達は慣れない攻防を強いられているに違いないんだ。
 この階層のボスを倒せば彼女達をここから開放出来るのなら、まずやるべきはそっちであることは明白だろう。
 こいつは放っておいてもどうせまた湧いて出るに決まっているんだからな。
 だが、勇者血統に仕込まれた血の枷というのは融通が効かずに厄介な部分がある。
 目前に怪異がいて、それが人類にとって脅威であればあるほど、その相手に背を向けることを良しとしないのだ。

 怪異に対する無条件の憎しみ、人に対する無条件の愛情、大雑把に言えば俺たちの遺伝子に仕掛けられたのはそういう仕掛けなんだが、これのせいで上手く立ち回れない場合がちょくちょくあった。
 まあ危険な武器には安全装置をつけたかったっていうその気持ちはわからんでも無いから仕方ないけどな。

「俺が特別という訳ではないだろう? 人の子もやるではないか。強そうなカブト虫を見付ければ捕まえて自分の物として、他人の持つカブト虫と戦わせてみたくなる。それと同じ事だ。じつの世界の覇権を得た人間が、虚界をも征そうと生み出したのがお前たちなのだろう? ならば知りたいと思うのが当然ではないか、それが虚実全ての世界の頂点に立つ存在か否か」

 何言い出してんだ、こいつは。

「ねえよ、馬鹿か? 人間はてめえらみたいに戦いなら戦い、好奇心なら好奇心みたいに思考が一方向だけ向いてるんじゃねえんだよ。普通に安全に生活するために、自分たちの身を守る力が必要だっただけだ」
「だから身を守る必要が無くなったら戦わぬと? 愚かだな。命とは戦って贖うものだと言っただろう。戦うことをやめた命は遠からず滅びを迎えるぞ」

 段々この野郎が迷宮を作った理由ってのがわかって来たぞ。
 奴の皮肉気に吊り上がった口の端にイラッとしながら、俺は反論する。

「勝手に言ってろ。なんと言われようと俺は自分から戦いを求めたりはしねえよ。どうしてもやりたいならそっちから来るんだな。まあ俺も忙しいからてめえに構ってやるかどうかはわからないけどな」

 くそが。奴は人類を見守る神様気取りか? 所詮は気まぐれに壊し奪う化け物のくせに。
 このばかげた問答の時間が惜しい。

「なるほど、あくまでも戦わぬと言うのだな? ならば世のことわりをしろしめすまで。抗う力を持たぬ弱き者から死を得ることとなるだろう」

 そう言うなり、奴は視線を何処か別の方向へと転じ、軽く上げた片手の指を動かそうとした。

 直感的に理解する。伊藤さん達をどうにかする気だ。
 そう考えた瞬間からしばしの間、俺の記憶は消し飛んだ。
 次に気づいた時には、目前に終天がいて、その片手で俺の拳が防がれていた。

「あとひと押しといった所か? いや、そう単純でもないか」

 そんな呟きを聞いたと同時に体が沈む。
 ……いや、落ちていた。

「うおっ?」

 ビルの壁面が見える。
 反射する窓ガラスと、鏡のように磨き上げられた壁面に、落ちる自分の姿が映り込む。
 下を見れば、かなりの距離が現在地点と地上との間に存在した。

「ちょ? え?」

 膝を抱え、前転の要領で空中でくるりとまわる。
 回転の勢いで近づいた壁面を横に蹴った。
 落下の勢いを己の力で横に逸らした俺は、そのままゴロゴロ転がって着地する。
 な、何がどうした?

「やはり呪縛の力は強力だな。人間を殺傷する示唆をしただけで猟犬のように飛び掛かって来るのだからな」

 ああ、そうか、伊藤さん達にこいつが危害を加えるかもしれないと思った途端、後先考えずに殴りかかっちまったんだな。
 くそ。

「まあこのぐらいにしておこう。そもそもここのルールを定めたのは俺だしな。今回はお前があまりにも横紙破りにことを進めるんで、少しペナルティを与えてやるつもりで出て来た訳なんだが、結果的には手助けになってしまったな」
「てめえ何抜かしてやがる! あいつらに手出しをするならお望み通り相手してやるぞ!」

 終天は口許を歪めて笑うとそのまま空中を高く昇って行く。

「ご期待に添えなくて残念だが、俺は弱く儚いモノはあまりいたぶらないことにしているんだ。しかし、俺がどうこうしなくてもそろそろ危ないんじゃないかな? 迷宮の住人は常に飢えている、連中も己の生を繋ごうと必死だろうからな。さて、お前はか弱き者達がどうにかなる前に、このステージを攻略出来るか? まあ、せいぜい楽しんでくれると造った身としては嬉しいぞ」

 そう言い捨てると、終天はさも楽しげな笑い声を響かせながら上空に消えた。
 やろう、人の邪魔をして楽しんで行っただけか? 馬鹿にしやがって。
 ムカついた気分のまま視線を上空から地上、前方に戻す。

「……マジか」

 そうしてようやく気づいた。
 俺の立っている目前には、艶やかに磨きぬかれた外観を持ってそびえ立つ、噂の『おばけビル』の威容があることに。
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