48 / 233
おばけビルを探せ!
その六
しおりを挟む
センター街からビジネス街に向かう道は飲食店と落ち着いた衣料品店、それに書店、雑貨を扱っている店などが多い比較的落ち着いたエリアだ。
区画整理を免れた古い商業地区でもあるので、この都市が結界に護られる前から営んでいるという老舗も多い。
いわばごく日常的な空間だ。とは言え、今は休日ならではのどこか楽しげな人々が数多く通りすぎて行く。
そういえば、こっちに出て来てから趣味の機械の材料を買う以外で昼間に外出ってほとんどしてなかったんだよな。
会社帰りとか飲みに行くとかは大概夜だし、昼に賑わう街というのはあまり体験したことがなかった。
俺の世界って結構狭かったんだな。
などと、ゆっくり感慨に耽っている暇は実は無かった。
「まずはそこの路地からはどうでしょうか?」
「俺の勘が告げている! おばけビルはこっちだ!」
「あ! 駄目ですよ。ちゃんとチェックしながらじゃないと! ……あ、はい、こちらの位置は今E5からF5方面に向かっています。今の所新たな発見はありません」
見た目は少しヤバげなのに無邪気にはしゃぐガキ共と、ヘッドセットを着けて、まるではっきりとした独り言のようなものを口にし続ける若い女性。
どっからどう見てもおかしい。
ここにテレビジョンの中継用カメラでもあれば、良くあるバラエティ番組の収録なのかと思って安心出来るのだろうが、周囲の目は受け入れ難いモノを見る、すごく冷ややかなものだった。
自然と部外者三人組は距離を空けて他人を装うことになる。
「ここはあれですよ、園田さん。年の功で今の状況から逃れるための方策を授けていただけないでしょうか?」
面倒な状況を打開するのに必要なのはなにより経験だと思う。
そこで、俺はこの中で一番年長の園田女史に頼った。
「それはもしかして当て付けですか?」
園田女史は眼鏡をくいっと持ち上げて俺を睨む。
いやいや、年齢を重ねることにそんなネガティブにならんでもいいと思うんだけどな。
「わりと切実です。変な意味は無いですよ?」
そもそも腹芸とか俺無理だから、裏読みとか無駄ですからね。
園田女史は、はあっと息を吐き、俺に向かって首を横に振った。
「私の経験上、こういう場合はことが始まってからキャンセルすると互いの感情的に最悪の結果を招きます。この場は最後まで付き合うしか無いでしょう。次からはきちんとお断りすれば案外と禍根は残らないものです」
「……すごくためになりました」
よし、とにかく今回は無難に凌ごう。
ヤバそうな所はパスすればむしろ危険は避けられるだろうし。
「路地は全部確認するんすか?」
「何言ってるの! 路地だけじゃないわよ、ビル街まで見渡せる隙間は全部よ!」
「やっべえテンションだね、このお姉さん」
10mそこそこは距離を置いてるはずなのに前方の三人の声がここまではっきりと聞こえる。
恐ろしい。
「あ! みんな何しているんですか? 遅れていますよ!」
どうやら離れて歩いているのが見つかってしまったようだ。
そして、その僅か一声と共に、周囲の人達からの視線が、俺達も同類と認識されたものへと変わる。
「あ、ええ、ごめんなさい。すぐに行くね」
伊藤さんが俺達を出来るだけ庇うためか、自ら前へ進み出た。
いやいや、そんな無理しなくても俺だって腹は括ってるから。
俺はその伊藤さんの手を取ると、一緒に異空間へと突入したのだった。
「もう、デートじゃないんですから二人の世界を作らないでくださいよ!」
二人の世界だと! デート?
あ、いやいや、それは嫁入り前のお嬢さんに向かって言っちゃ駄目だろ。
俺は嬉しいけど。
「御池さん、園田さんも一緒にいるんですが、無視ですか?」
「あら、おじゃまなら帰りますよ」
俺のツッコミに便乗してのまさかの園田女史の裏切り。
さっき言ったことと違う。
「もう、遊びじゃないんですからね。真面目にやってください」
そんな俺達のこまごまとした気遣いのやり取りをまるっと無視した御池さんのその言葉に、俺はかつてない程の衝撃を受けた。
遊びじゃ、無い……だと?
え? いや、君達趣味でやってるんだよな? これ。
まさか命掛けてるとか言わないよな?
「みっちゃんさん。そいつ本当にオカルトに詳しいんですか? なんかそれっぽくないってか、はっきり言って嘘くせえ」
口が悪いこいつは、一見売れないミュージシャンのような見た目で、派手な化粧の彼女を伴って来ていた青年だ。
中身も見た目に違わぬガキな野郎のようだ。
どうやら俺が調べたときに見た会話記録で、『俺俺』とかふざけたチャットネームを使っていたのがこいつらしい。
それと併せて聞いたんだが、御池さんの呼び名の『みっちゃん』もチャットネームとのことだった。
どうりでなんか違和感があると思ったんだよな。
なのでこいつみたいにみっちゃんさんなどというふざけた呼び名でも厳密にはおかしくは無い訳だ。
いや、実際に耳にするとおかしいけどな。
「本当なんですよ! 木村さんがやっつけたあのおばけ、すっごい不気味だったんですから」
あれね、うん、正確に言うとおばけじゃないんだけどね。
思えばあの時会社でカケラとは言え、怪異に関わってしまったことが俺の運の尽きだったのかもしれない。
家を出る時はあれ程二度と怪異に関わらないと、無難で普通の人生を過ごすことを堅く誓ったのにな。
「じゃあ、何か不思議現象を発見するコツとか教えてくれよ」
「そーねー、ユージのゆーとーりだね」
何故か急に俺に絡み出すガキ。
彼女の前でいきがりたいのか? ああん。
「き、木村さん」
「あんた何子供相手にマジでガン飛ばしてんの?」
伊藤さんがそっと俺の袖を引き、園田女史が俺の頭をはたく。
ちょ、お局様何をなさるんですか?
しかし、女史の言葉にカチンと来たのはガキの方だったらしい。
「おばはんはすっこんでな!」
なんと、命知らずにも女史に噛み付いたのだ。
「なんですって!」
オフィスでの地味さとは違って、少し若い印象の装いをしている今の園田女史にとって、それは許し難い言動だったらしい。
少し押さえた赤に彩られた唇が、怒りの為にギュッと持ち上がる。
「待ってください! お二方共落ち着いてください。それにそちらの貴方、そもそも木村さんは本来あなた方のグループとは関わりは無いんです。たまたま会社の同僚に誘われたからと純粋にご好意であなた方に協力して下さっているんですよ。そういう言い方は失礼ではありませんか」
一触即発の二人を押し止めたのは伊藤さんだった。
しかも彼女はいかにも理屈より暴力といった見た目の『俺俺』くんに向かって、キッパリとした口調で俺を擁護したのである。
なんかちょっと感動的だ。
その言葉に、『俺俺』くんは少し怯んだものの、納得したという顔ではない。
更に何か言って来そうな様子だ。
「ちょい待ち。あのさ、えっと、俺俺、くん?」
ここで行かなきゃ男としてちっと恥ずかしいよな。
ということで、俺は伊藤さんとガキの間に割って入った。
「あんだよ」
「君はさ、このオカルト探検ってのが好きでやってるんだろ?」
「そうだよ! だからマジだしよ、いい加減な奴はムカつくんよ」
しかしトゲトゲしてるな。若いって言ってももう大学生ぐらいだろうに、この年頃ってのはこんな風に大人に突っ掛かるのが普通なのか?
俺ももしかして学生時代こんなんだったのかな? 親に反抗はしてたよな、確かに。
そう考えると、こいつを見てるのがなんとなく恥ずかしくなる。
「今の君を見ていると到底そうは思えないな。少なくとも好きなことをやってる奴の顔じゃないね」
「んだと?」
「気持ちはわからないでもないよ。自分の大事な場所にそれを理解出来ない奴がズカズカ入り込んだみたいで嫌なんだろ?」
俺の言葉に『俺俺』くんはむっとしたように黙り込んだ。
そういう気持ちは俺にだってわかるつもりだ。
なにしろ高校までは世界の中心だった家族の中に、俺の求めることに対しての理解者はいなかったからな。
「好きな物を安く見られたくないならまず自分が楽しんでみせろよ。たとえ本当はつまんないことでもな」
「つまんなくねえよ!」
「へえ?」
「くそっ、おっさん、見てろ!」
そう吐き捨てると、『俺俺』くんはダッシュで建物と建物の隙間を確認し始める。
どうやら一刻も早くおばけビルを発見して自慢する方向に意識が向いたらしい。
「あ、待ってよ、ユージ」
そういえばさっきも呼んでたけど、そっか、『俺俺』くんの本当の名前はゆうじと言うんだな。
変な渾名よりはそっちのほうがいいんじゃないか?
「ふ、木村さん、人付き合いは苦手だと思っていましたが、結構やりますね」
それまで傍観していた御池さんがニヤニヤしながらそう言って来る。
え? なにそれ、俺、会社で普通に同僚と会話しているだろ?
そりゃ女子社員とはほとんどしゃべらんけど、それは他の男連中も同じだろ? 佐藤以外……。
えっと、気づかなかったけど、俺ってもしや付き合いの悪い地味で暗い奴とか思われてた訳?
……うわあ、笑えない。
そんなふうに悶々としていると、えらい勢いで突っ走っていったはずの前方の賑やか組が、更に賑やかに何か騒ぎ出していた。
気づいた御池さんがそれを確認に走る。
凄く嫌な予感がするぞ。
万が一の不安につき動かされるように、御池さんに続いて走り出した俺の後にさらに二つの軽い足音が続く。
あー、出来れば伊藤さんとお局さまの二人には離れて待機していて欲しかったんだけど、仕方ない、取り敢えず確認が先だな。
「どうした?」
騒いでるカップルはひとまず放置で御池さんに尋ねる。
「あ、木村さん、俺俺さんの彼女さんが、あそこに路地があるって言うんですよ」
御池さんの示す場所には、古い八百屋と酒屋が軒を連ねている昔からの商店街といった感じの一画があった。
長屋造りのそこには、一見隙間などなく、ただ店舗を分ける為の壁が二枚分の厚みで仕切りを作っていて、その曖昧な場所の前に、お互いの店の商品が箱やケースに入った状態で積んであり、下手に触ると崩れ落ちそうになっている。
「マジ、ここに通路があるんだって! 狭くて汚いけどあっちまで抜けれそうなんだよ!」
「おいおいマジか? 俺にはどう見ても荷物と壁にしか見えねぇぞ。ほら、箱にだって触れるし。って、やべえ、グラついてる。あのさ、お前またあのなんとかってヤベー煙草やってるんじゃねえよな」
「あれはユージがヤベーってゆーからやめたじゃん。アタシの言うことが信じらんねーの?」
「お前だってこないだ俺がおばけビル見えたって言った時嘘だって言ったじゃんよ」
「だってアタシには見えなかったし、アタシ嘘言ってないよ」
「俺だって嘘なんかつかねえよ!」
なんか段々険悪なムードになっているんだが、大丈夫か?
通行人は異様な集団に関わり合いになりたくないのか、かなりの距離を空けて道の向こう側を流れていて、このままでは営業妨害にすらなりそうだった。
「あ、あの」
おずおずと伊藤さんが手を上げる。
殺伐とした空間に一服の清涼剤だな、マジで。
「どうしたんですか?」
「私もそこに通路が見えます」
「本当に?」
俺の確認に伊藤さんはコクンと小さく、しかしはっきりと首を縦に振った。
「おい、そこの彼女」
何かお互い日頃の不満をあげつらい始めたカップルの女の方に声を掛ける。
「何?」
いかにも苛ついた返事が返って来るが、俺に当たるなよ。
「もしかして君、無能力者?」
「そだよ」
俺の問いに軽く答える彼女。
「おっさんだせえ、ブランクって言いなよ。それって差別入ってるっしょ?」
今の今まで喧嘩していた『俺俺』ことユージ君が彼女を庇うように突っ掛かってくる。
はいはい、仲が良くていいですね。
伊藤さんと俺俺くんの彼女、無能力者である二人に見えていて俺達には見えないということは、この目に見えている荷物と壁は何らかの術で作られた偽りの物ということになる。
マズイ、お遊びで済まない場所にぶち当たったっぽい。
「そっか、まあ喧嘩しててもしょうがないだろ。とりあえずもう少し先に進んでみるか?」
なんとか無かったことにしたい俺だったが、さすがにこれは苦しかった。
「木村さん! ホンモノなんですね! ここにホンモノのオカルトがあるんですね!」
御池さんの目が輝いている。
いや、本物ってどういう意味でさ。
ダメだから、マジで。
ブルブル首を横に振る俺に構うこともなく、御池さんは例のヘッドセットのスイッチを入れて何事か向こうと交信を始めた。
「ええ、そうなんです! 俺俺さんの彼女さんが発見して、ええ、はい、はい、これから突入してみます。そうです、確実になったら合流で、ええ、はい、とにかく調査を続行します!」
ヤバイ、どうしよう、今場を外して由美子に連絡したらその間にこいつらだけで突入してしまいそうな勢いだ。
さすがにこいつらだけ行かせる訳にもいかないし、衆目の中で堂々と事情を説明する連絡を入れる訳にもいかん。
とりあえず胸元を探ってハンター証の追跡信号のスイッチを入れるが、事前連絡無しでこれが意味を持つかどうかはわからない。
なんともマズイ状況になった。
出来ればなんとか足止めをしたい所なんだがな。
しかし、現実は過酷だった。
「へへーんだ、アタシ入っちゃうよ? 捕まえてごらんよ!」
俺がそんな考えにとらわれている間に、自分の言葉を身を持って証明しようとしてか、『俺俺』ユージくんの彼女がその見えざる路地に突っ込んで行ったのだ。
「おい、待てよ~」
続いて『俺俺』ユージくんが突入。
頼むよ、そんな恋人同士のじゃれ合いは、夏の砂浜ででもやってくれよ!
そうして、恐らく何者かの術によって隔離された場所へと、ひどく間の抜けた突入が開始されたのだった。
区画整理を免れた古い商業地区でもあるので、この都市が結界に護られる前から営んでいるという老舗も多い。
いわばごく日常的な空間だ。とは言え、今は休日ならではのどこか楽しげな人々が数多く通りすぎて行く。
そういえば、こっちに出て来てから趣味の機械の材料を買う以外で昼間に外出ってほとんどしてなかったんだよな。
会社帰りとか飲みに行くとかは大概夜だし、昼に賑わう街というのはあまり体験したことがなかった。
俺の世界って結構狭かったんだな。
などと、ゆっくり感慨に耽っている暇は実は無かった。
「まずはそこの路地からはどうでしょうか?」
「俺の勘が告げている! おばけビルはこっちだ!」
「あ! 駄目ですよ。ちゃんとチェックしながらじゃないと! ……あ、はい、こちらの位置は今E5からF5方面に向かっています。今の所新たな発見はありません」
見た目は少しヤバげなのに無邪気にはしゃぐガキ共と、ヘッドセットを着けて、まるではっきりとした独り言のようなものを口にし続ける若い女性。
どっからどう見てもおかしい。
ここにテレビジョンの中継用カメラでもあれば、良くあるバラエティ番組の収録なのかと思って安心出来るのだろうが、周囲の目は受け入れ難いモノを見る、すごく冷ややかなものだった。
自然と部外者三人組は距離を空けて他人を装うことになる。
「ここはあれですよ、園田さん。年の功で今の状況から逃れるための方策を授けていただけないでしょうか?」
面倒な状況を打開するのに必要なのはなにより経験だと思う。
そこで、俺はこの中で一番年長の園田女史に頼った。
「それはもしかして当て付けですか?」
園田女史は眼鏡をくいっと持ち上げて俺を睨む。
いやいや、年齢を重ねることにそんなネガティブにならんでもいいと思うんだけどな。
「わりと切実です。変な意味は無いですよ?」
そもそも腹芸とか俺無理だから、裏読みとか無駄ですからね。
園田女史は、はあっと息を吐き、俺に向かって首を横に振った。
「私の経験上、こういう場合はことが始まってからキャンセルすると互いの感情的に最悪の結果を招きます。この場は最後まで付き合うしか無いでしょう。次からはきちんとお断りすれば案外と禍根は残らないものです」
「……すごくためになりました」
よし、とにかく今回は無難に凌ごう。
ヤバそうな所はパスすればむしろ危険は避けられるだろうし。
「路地は全部確認するんすか?」
「何言ってるの! 路地だけじゃないわよ、ビル街まで見渡せる隙間は全部よ!」
「やっべえテンションだね、このお姉さん」
10mそこそこは距離を置いてるはずなのに前方の三人の声がここまではっきりと聞こえる。
恐ろしい。
「あ! みんな何しているんですか? 遅れていますよ!」
どうやら離れて歩いているのが見つかってしまったようだ。
そして、その僅か一声と共に、周囲の人達からの視線が、俺達も同類と認識されたものへと変わる。
「あ、ええ、ごめんなさい。すぐに行くね」
伊藤さんが俺達を出来るだけ庇うためか、自ら前へ進み出た。
いやいや、そんな無理しなくても俺だって腹は括ってるから。
俺はその伊藤さんの手を取ると、一緒に異空間へと突入したのだった。
「もう、デートじゃないんですから二人の世界を作らないでくださいよ!」
二人の世界だと! デート?
あ、いやいや、それは嫁入り前のお嬢さんに向かって言っちゃ駄目だろ。
俺は嬉しいけど。
「御池さん、園田さんも一緒にいるんですが、無視ですか?」
「あら、おじゃまなら帰りますよ」
俺のツッコミに便乗してのまさかの園田女史の裏切り。
さっき言ったことと違う。
「もう、遊びじゃないんですからね。真面目にやってください」
そんな俺達のこまごまとした気遣いのやり取りをまるっと無視した御池さんのその言葉に、俺はかつてない程の衝撃を受けた。
遊びじゃ、無い……だと?
え? いや、君達趣味でやってるんだよな? これ。
まさか命掛けてるとか言わないよな?
「みっちゃんさん。そいつ本当にオカルトに詳しいんですか? なんかそれっぽくないってか、はっきり言って嘘くせえ」
口が悪いこいつは、一見売れないミュージシャンのような見た目で、派手な化粧の彼女を伴って来ていた青年だ。
中身も見た目に違わぬガキな野郎のようだ。
どうやら俺が調べたときに見た会話記録で、『俺俺』とかふざけたチャットネームを使っていたのがこいつらしい。
それと併せて聞いたんだが、御池さんの呼び名の『みっちゃん』もチャットネームとのことだった。
どうりでなんか違和感があると思ったんだよな。
なのでこいつみたいにみっちゃんさんなどというふざけた呼び名でも厳密にはおかしくは無い訳だ。
いや、実際に耳にするとおかしいけどな。
「本当なんですよ! 木村さんがやっつけたあのおばけ、すっごい不気味だったんですから」
あれね、うん、正確に言うとおばけじゃないんだけどね。
思えばあの時会社でカケラとは言え、怪異に関わってしまったことが俺の運の尽きだったのかもしれない。
家を出る時はあれ程二度と怪異に関わらないと、無難で普通の人生を過ごすことを堅く誓ったのにな。
「じゃあ、何か不思議現象を発見するコツとか教えてくれよ」
「そーねー、ユージのゆーとーりだね」
何故か急に俺に絡み出すガキ。
彼女の前でいきがりたいのか? ああん。
「き、木村さん」
「あんた何子供相手にマジでガン飛ばしてんの?」
伊藤さんがそっと俺の袖を引き、園田女史が俺の頭をはたく。
ちょ、お局様何をなさるんですか?
しかし、女史の言葉にカチンと来たのはガキの方だったらしい。
「おばはんはすっこんでな!」
なんと、命知らずにも女史に噛み付いたのだ。
「なんですって!」
オフィスでの地味さとは違って、少し若い印象の装いをしている今の園田女史にとって、それは許し難い言動だったらしい。
少し押さえた赤に彩られた唇が、怒りの為にギュッと持ち上がる。
「待ってください! お二方共落ち着いてください。それにそちらの貴方、そもそも木村さんは本来あなた方のグループとは関わりは無いんです。たまたま会社の同僚に誘われたからと純粋にご好意であなた方に協力して下さっているんですよ。そういう言い方は失礼ではありませんか」
一触即発の二人を押し止めたのは伊藤さんだった。
しかも彼女はいかにも理屈より暴力といった見た目の『俺俺』くんに向かって、キッパリとした口調で俺を擁護したのである。
なんかちょっと感動的だ。
その言葉に、『俺俺』くんは少し怯んだものの、納得したという顔ではない。
更に何か言って来そうな様子だ。
「ちょい待ち。あのさ、えっと、俺俺、くん?」
ここで行かなきゃ男としてちっと恥ずかしいよな。
ということで、俺は伊藤さんとガキの間に割って入った。
「あんだよ」
「君はさ、このオカルト探検ってのが好きでやってるんだろ?」
「そうだよ! だからマジだしよ、いい加減な奴はムカつくんよ」
しかしトゲトゲしてるな。若いって言ってももう大学生ぐらいだろうに、この年頃ってのはこんな風に大人に突っ掛かるのが普通なのか?
俺ももしかして学生時代こんなんだったのかな? 親に反抗はしてたよな、確かに。
そう考えると、こいつを見てるのがなんとなく恥ずかしくなる。
「今の君を見ていると到底そうは思えないな。少なくとも好きなことをやってる奴の顔じゃないね」
「んだと?」
「気持ちはわからないでもないよ。自分の大事な場所にそれを理解出来ない奴がズカズカ入り込んだみたいで嫌なんだろ?」
俺の言葉に『俺俺』くんはむっとしたように黙り込んだ。
そういう気持ちは俺にだってわかるつもりだ。
なにしろ高校までは世界の中心だった家族の中に、俺の求めることに対しての理解者はいなかったからな。
「好きな物を安く見られたくないならまず自分が楽しんでみせろよ。たとえ本当はつまんないことでもな」
「つまんなくねえよ!」
「へえ?」
「くそっ、おっさん、見てろ!」
そう吐き捨てると、『俺俺』くんはダッシュで建物と建物の隙間を確認し始める。
どうやら一刻も早くおばけビルを発見して自慢する方向に意識が向いたらしい。
「あ、待ってよ、ユージ」
そういえばさっきも呼んでたけど、そっか、『俺俺』くんの本当の名前はゆうじと言うんだな。
変な渾名よりはそっちのほうがいいんじゃないか?
「ふ、木村さん、人付き合いは苦手だと思っていましたが、結構やりますね」
それまで傍観していた御池さんがニヤニヤしながらそう言って来る。
え? なにそれ、俺、会社で普通に同僚と会話しているだろ?
そりゃ女子社員とはほとんどしゃべらんけど、それは他の男連中も同じだろ? 佐藤以外……。
えっと、気づかなかったけど、俺ってもしや付き合いの悪い地味で暗い奴とか思われてた訳?
……うわあ、笑えない。
そんなふうに悶々としていると、えらい勢いで突っ走っていったはずの前方の賑やか組が、更に賑やかに何か騒ぎ出していた。
気づいた御池さんがそれを確認に走る。
凄く嫌な予感がするぞ。
万が一の不安につき動かされるように、御池さんに続いて走り出した俺の後にさらに二つの軽い足音が続く。
あー、出来れば伊藤さんとお局さまの二人には離れて待機していて欲しかったんだけど、仕方ない、取り敢えず確認が先だな。
「どうした?」
騒いでるカップルはひとまず放置で御池さんに尋ねる。
「あ、木村さん、俺俺さんの彼女さんが、あそこに路地があるって言うんですよ」
御池さんの示す場所には、古い八百屋と酒屋が軒を連ねている昔からの商店街といった感じの一画があった。
長屋造りのそこには、一見隙間などなく、ただ店舗を分ける為の壁が二枚分の厚みで仕切りを作っていて、その曖昧な場所の前に、お互いの店の商品が箱やケースに入った状態で積んであり、下手に触ると崩れ落ちそうになっている。
「マジ、ここに通路があるんだって! 狭くて汚いけどあっちまで抜けれそうなんだよ!」
「おいおいマジか? 俺にはどう見ても荷物と壁にしか見えねぇぞ。ほら、箱にだって触れるし。って、やべえ、グラついてる。あのさ、お前またあのなんとかってヤベー煙草やってるんじゃねえよな」
「あれはユージがヤベーってゆーからやめたじゃん。アタシの言うことが信じらんねーの?」
「お前だってこないだ俺がおばけビル見えたって言った時嘘だって言ったじゃんよ」
「だってアタシには見えなかったし、アタシ嘘言ってないよ」
「俺だって嘘なんかつかねえよ!」
なんか段々険悪なムードになっているんだが、大丈夫か?
通行人は異様な集団に関わり合いになりたくないのか、かなりの距離を空けて道の向こう側を流れていて、このままでは営業妨害にすらなりそうだった。
「あ、あの」
おずおずと伊藤さんが手を上げる。
殺伐とした空間に一服の清涼剤だな、マジで。
「どうしたんですか?」
「私もそこに通路が見えます」
「本当に?」
俺の確認に伊藤さんはコクンと小さく、しかしはっきりと首を縦に振った。
「おい、そこの彼女」
何かお互い日頃の不満をあげつらい始めたカップルの女の方に声を掛ける。
「何?」
いかにも苛ついた返事が返って来るが、俺に当たるなよ。
「もしかして君、無能力者?」
「そだよ」
俺の問いに軽く答える彼女。
「おっさんだせえ、ブランクって言いなよ。それって差別入ってるっしょ?」
今の今まで喧嘩していた『俺俺』ことユージ君が彼女を庇うように突っ掛かってくる。
はいはい、仲が良くていいですね。
伊藤さんと俺俺くんの彼女、無能力者である二人に見えていて俺達には見えないということは、この目に見えている荷物と壁は何らかの術で作られた偽りの物ということになる。
マズイ、お遊びで済まない場所にぶち当たったっぽい。
「そっか、まあ喧嘩しててもしょうがないだろ。とりあえずもう少し先に進んでみるか?」
なんとか無かったことにしたい俺だったが、さすがにこれは苦しかった。
「木村さん! ホンモノなんですね! ここにホンモノのオカルトがあるんですね!」
御池さんの目が輝いている。
いや、本物ってどういう意味でさ。
ダメだから、マジで。
ブルブル首を横に振る俺に構うこともなく、御池さんは例のヘッドセットのスイッチを入れて何事か向こうと交信を始めた。
「ええ、そうなんです! 俺俺さんの彼女さんが発見して、ええ、はい、はい、これから突入してみます。そうです、確実になったら合流で、ええ、はい、とにかく調査を続行します!」
ヤバイ、どうしよう、今場を外して由美子に連絡したらその間にこいつらだけで突入してしまいそうな勢いだ。
さすがにこいつらだけ行かせる訳にもいかないし、衆目の中で堂々と事情を説明する連絡を入れる訳にもいかん。
とりあえず胸元を探ってハンター証の追跡信号のスイッチを入れるが、事前連絡無しでこれが意味を持つかどうかはわからない。
なんともマズイ状況になった。
出来ればなんとか足止めをしたい所なんだがな。
しかし、現実は過酷だった。
「へへーんだ、アタシ入っちゃうよ? 捕まえてごらんよ!」
俺がそんな考えにとらわれている間に、自分の言葉を身を持って証明しようとしてか、『俺俺』ユージくんの彼女がその見えざる路地に突っ込んで行ったのだ。
「おい、待てよ~」
続いて『俺俺』ユージくんが突入。
頼むよ、そんな恋人同士のじゃれ合いは、夏の砂浜ででもやってくれよ!
そうして、恐らく何者かの術によって隔離された場所へと、ひどく間の抜けた突入が開始されたのだった。
0
お気に入りに追加
122
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】ポーションが不味すぎるので、美味しいポーションを作ったら
七鳳
ファンタジー
※毎日8時と18時に更新中!
※いいねやお気に入り登録して頂けると励みになります!
気付いたら異世界に転生していた主人公。
赤ん坊から15歳まで成長する中で、異世界の常識を学んでいくが、その中で気付いたことがひとつ。
「ポーションが不味すぎる」
必需品だが、みんなが嫌な顔をして買っていく姿を見て、「美味しいポーションを作ったらバカ売れするのでは?」
と考え、試行錯誤をしていく…
普通の女子高生だと思っていたら、魔王の孫娘でした
桜井吏南
ファンタジー
え、冴えないお父さんが異世界の英雄だったの?
私、村瀬 星歌。娘思いで優しいお父さんと二人暮らし。
お父さんのことがが大好きだけどファザコンだと思われたくないから、ほどよい距離を保っている元気いっぱいのどこにでもいるごく普通の高校一年生。
仲良しの双子の幼馴染みに育ての親でもある担任教師。平凡でも楽しい毎日が当たり前のように続くとばかり思っていたのに、ある日蛙男に襲われてしまい危機一髪の所で頼りないお父さんに助けられる。
そして明かされたお父さんの秘密。
え、お父さんが異世界を救った英雄で、今は亡きお母さんが魔王の娘なの?
だから魔王の孫娘である私を魔王復活の器にするため、異世界から魔族が私の命を狙いにやって来た。
私のヒーローは傷だらけのお父さんともう一人の英雄でチートの担任。
心の支えになってくれたのは幼馴染みの双子だった。
そして私の秘められし力とは?
始まりの章は、現代ファンタジー
聖女となって冤罪をはらしますは、異世界ファンタジー
完結まで毎日更新中。
表紙はきりりん様にスキマで取引させてもらいました。

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる