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おばけビルを探せ!
その五
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「それでは資料は行き渡りましたか? マップ上のチェック箇所がこちらの把握している目撃情報のあった場所になります。携帯をお持ちの方はマップ裏の記憶印章をカメラでチェックしていただけますと、データが衛星マップとリンク出来ますので更に便利だと思います。基本的に探索は私達が管理するのではなく、それぞれ各自の責任で行なっていただくことになります。イベントとして行うのは、この情報提供と、報告情報の集計、我々の探索の中継の三点のみです。独自探索を行われる予定の方は、中央都民としての常識の範囲内で行い、侵入禁止区域などには入り込んだりしないよう、よろしくお願いいたします。くれぐれも楽しいイベント中に、参加者逮捕などという事態にならないようにお気を付けください。今後の予定としましては、我々サークルメンバーは二班に別れ、メイン班はリアルタイムでネット上のサークル広場にて映像を配信致しますので、ご自分で探索することが面倒だとお思いの方はそれを見るだけでも雰囲気は味わえると思います。成果報告と反省会は十八時を予定しています。報告にはなんら義務は発生しませんので、それ以前に帰宅なさっても全く問題はありません。反省会後のオフ会に関しましてはお店の予約がありますので、今から十五分後までに私かそちらのみっちゃんまでお申し出ください。尚、サークルへの入会申し込みはネット上、サークル広場からのみ受け付けております。それでは、都市城壁という檻の中で現と夢の狭間を彷徨う冒険をお楽しみください。ご静聴ありがとうございました」
コンサートや演劇公演のような熱狂はないものの、心から楽しそうな拍手が起こる。
中には口笛を吹いてる連中もいた。
どうやらイベントと言っても、全部を彼等が管理する訳ではなく、資料だけを配って後は自主性に任せるものらしい。
あれだな、学生時代にやった、都会に一泊しての社会見学に似ている。
班ごとに自主的調査をして、後でレポートを提出するやつだ。
そういや、あん時うちの班は一目散に遊園地に行ったんだっけな。
楽しいひと時だったが、後から先生にレポートは絵日記じゃないし、社会見学は遊びではないと大目玉を食らったものだ。
「木村さん、大丈夫ですか?」
ふと、伊藤さんが心配そうに声を掛けて来る。
大丈夫ですよ、単に現実を直視しないようにしているだけですから。
「ええ、恐らくもうちょっとだけ現実逃避させていてくれたら、きっと何もかもが終わってるんじゃないでしょうか?」
今直面している状況が現実だと認めるのはあまりにも辛すぎるじゃないですか。
俺の答えに、伊藤さんは首をブンブンと激しく振ると、縋るように俺を揺さぶった。
「わ、私が付いてます。一緒に頑張りましょう!」
カワイイ。
そうか、これが話に聞くところの子犬のような目か。
あ、なんか癒されるな。
これで目前で展開している事態が夢幻ならもっと言うこと無いんだけどな。
いつの間にか俺達は場所を移動していた。
都民の憩いの広場である公園の駐車スペースに、思いっきり場違い感を振り撒きながら停まっているゴツい装甲車のようなワゴン車がある。中はまるでテレビジョンの中継車のごとき有様で、びっしりと機材が張り巡らされていた。
先程アジテーションさながらの演説をかまし、日曜の公園を異空間に変えた優男と、車内で機材を弄っているレスラーと見まがうような大男が細かい打ち合わせらしきものをしている。
そしてそれを遠巻きに眺める先程の聴衆。
お前らアイドルの追っかけかなにかか?
「えっと、すいません。お兄さんは弐班に入っていただけますか?」
いつの間にか、恐らくあの変態の影響で、ここの連中は俺をお兄さんと呼び始めていた。
そういえば、俺はあの変態にお兄さんなどと呼んでいいとは言っていない気がする。
場所柄を配慮してか、お兄様などと呼ばないだけマシか? いや、根本的な問題はそういうことじゃないよな、多分。
「壱班はネット中継で姿を流しますので、立場的にあまり顔を出したくないメンバーは弐班に固めているんですよ。先生は壱班に来ていただきますので、お兄さんは弐班の指導をよろしくお願いしますね」
いや待て、おかしいだろ?
俺はそのサークルとやらのメンバーじゃないんだぞ?
なんで当たり前のように頭数に入れられているんだ?
しかも指導とか、俺はオカルト学の権威とかじゃないからな。
「それは困る!」
流石に現実逃避している場合ではないと、抗議しようとした俺の、正にその機先を制するように、変態野郎がなぜか猛然と抗議を始めた。
「これは私に与えられたチャンス! いや、使命とも言えるであろう機会なのですよ! 彼をサポートし、導くのは私の崇高な役目なのです! それを棒に振るのはむしろ罪と言わざるを得ない! なので断固として木村氏と同じ班を希望いたします!」
「先生、しかし、先生の解説は今やうちの中継動画の要です。それを失うのはこちらとしては痛いのですが」
優男は困惑を隠し切れない。
さすが変態は変人とは格が違うようだ。
こんなおかしなことに情熱を傾けているような連中をも困惑させるとは、半端のない空気の読めなさである。
「俺からも言わせてもらうが」
「お兄さん」
俺の言葉に、変態は何か縋るような目を向けて来たが、こいつが子犬のような目を向けるとキモイのはなぜだろうか。
俺の記憶の中の先程の伊藤さんの純真なまなざしが汚れるから速攻やめて貰いたい。
ともあれ、俺は俺本人を無視したまま決定しそうな事態に割り込みを掛けた。
「あんたは彼等とずっと一緒にやって来たんだろ? 私情でその信頼を放り出すような真似は感心しないな」
俺がそう言うと、変態はまるで感電でもしたかのように大袈裟に体をびくりと震わせた。
もうここまで来ると、こいつはわざと大袈裟に振る舞っているようにしか思えない。
こんな天然の変態が存在するはずが無いからだ。
いや、存在してはならないからだ。
しかし、何が楽しくてそんなフリをしてるんだかしらんが、何かヤバい精神疾患を患っているように見えるから速攻止めたほうがいいぞ。
「そうでした。そう言えばハンターは決して仲間を見捨てないものと聞きます。彼らを信奉する者として、仲間を見捨てるような言動は唾棄すべき行為。……なんという恥ずべき行いを私はしようとしていたのか。我が身を恥じるばかりです」
変態のやや大袈裟な反省に、リーダーの優男はあからさまにほっとして俺に感謝の目を向けて来た。
感謝などいらんから俺に変な期待をするのを止めろ。
「それでは弐班の代表のみっちゃんは、これをお願いします」
御池さんにヘッドフォンとマイクが一体になった、いわゆるヘッドセットのような物が手渡される。
コードは無いので無線タイプか。
「これは?」
御池さんに聞いてみる。
「携帯だとリアルタイムの情報交換に不便でしょう? これは指向性のある同一波動帯で相互通信可能な……」
「ああ、単結晶分体通信ですか。最近のは随分コンパクトなんですね」
俺が感心していると、御池さんは気軽にそれを寄越してくれた。
手に取ると、見た目より結構軽いのがわかる。
「よくご存じですね。最近はすっかり使われなくなってしまいましたが、僕が子供の頃は少年探偵団の秘密道具などとして随分流行ったものです。通信範囲は1kmに満たないのですが、他と干渉しないのでこういった込み入った都市空間ではけっこう使えるんですよ」
それを見ていた優男が嬉々として解説を始めた。
なるほどこの手の物も好きなんだな。男の子らしくてよろしい。
「確かにこういう画面では威力を発揮する通信道具ですね」
よくある電算機の音声通信用と言われても納得するような最近の流行のデザインのそれは、結晶体の格納部分が、デザインにもなっているグリーンラインの中に上手く組み込んである。
見た目と機能性を両立させたいい造りだ。
以前はトランシーバーと呼ばれていた手持ちの四角いタイプが主流だったが、せいぜい範囲は100m程度が一般的だったと聞いていた。すっかり廃れたと思っていてもちゃんと進化していたりするもんなんだな。
「木村さんはうちの会社の凄腕エンジニアですからね。機械には一家言あるんですよ」
なぜか御池さんが自慢げに説明している。
そんな大層な話じゃないだろ、ちょっと興味があるだけの話だ。
そう思って、件のヘッドセットから視線を外すと、なぜかその場の視線が俺に集まっていた。
「ほう、システムエンジニアとかですか?」
優男くんが感心したように言うが、それは違う。
というか、今の話の流れでどうしてそっちに行くのかな?
まあ今はエンジニアって言ったらそっちのイメージが強いか。
電算機や機械言語を組み込んだシステムが社会に浸透しているもんな。
「違います。木村さんは調律師なんです」
「おお! 魔法使いですか!」
古い!
今時調律師と聞いてそんな称号を連想する奴なんかそうはいないぞ。
こいつせいぜい二十歳そこそこにしか見えないくせにえらく感覚が古臭いな。
この単結晶分体通信といい、もしかしてあれかな? 懐古主義者。
そういう方面なら俺も嫌いじゃないので、ちょっとだけこの優男に好感を抱く。
「是非実技を見せて貰いたいですね。最近は一般の機器には人造鉱石が使われるようになって魔法使いは激減していると聞きました」
うん、その称号恥ずかしいから止めて欲しい。
「最近は省エネが叫ばれる関係もあって、また調律の需要が増えて来てはいるみたいですよ」
調律師はそれこそ誤差範囲の調整が得意なので、同じ構成でも消費効率を上げたりとかにはお役立ちなのだ。
「時代が変わったならではの需要もまたあるということですね」
ふむふむと、付き合いではなく熱心に聞いている。
やっぱりそういう物全般に興味があるようだ。
よくよく考えれば、オカルト学も流行ったのは一昔前という話だし、嗜好において一貫性があると言うべきなのかもしれない。
「愛マイさん、そろそろ行きますよ!」
さすがに焦れたのか、変態野郎がその優男を急かして、話はそれまでとなった。
くそ、現実を思い出させやがって。
出来ればずっと技術系の話をしていたかったな。
なぜか怪しい集団の相談係になってしまった現実とか直視出来ないぞ、俺は。
「私達の担当はビジネス街近くのほうですね。実を言うと目撃情報は高層ビル街を遠景で見れる場所のほうが多いんです。近いとかえって見えないみたいなんですよね、不思議です」
御池さんがそう説明するが、その『おばけビル』とやらが結界に囲まれているのなら近くからのほうが確認しにくいのは当然だ。
むしろ問題なのは、遠景からとはいえ、『見せている』ということのほうである。
わざわざそうしているのには当然ながら理由があるはずだ。
この場合一番ありそうなのが撒き餌としての効果を狙っているという線だ。
こうやって興味を惹き、探させることによって、何かことを起こそうとしている、或いはおびき寄せようとしていると考えれば、今回のイベントとやらがいかに危うさを孕んでいるかわかる。
さすがに嫌だからと言って放置する訳にはいかないだろう。
同僚が絡んでるとなれば何かあったら寝覚めも悪いしな。
今のところ周囲に漂う陰気や瘴気は薄い。
都市機能として、なんらかの方法で賑わいのある場所のそういった負の気を散らしているようで、この都市は全体的に人口密度の割には瘴気が薄い傾向にあった。
ただ、今となっては終天が入り込んだせいでその機能が上手く働いているかは疑問の残る所だが、休日の賑やかさに比して考えればほとんど清涼とも言えるような空気が周囲を漂っている。
どうか何事も起こりませんように。
案外と楽しそうに壱班の中継を見ている御池さんと園田女史を一瞥し、同じ班のどうにもイベント内容的に場違い感のある若手インディーズミュージシャンのようなカップルに冷ややかな視線を向けた。そしてなぜかずっと俺の傍にぴったり寄り添って俺を硬直させている伊藤さんを注視する。
今日のワンピースはふんわりとした生地で、触ったら柔らかそうだなとか思ってしまうので、出来れば離れて欲しいような、離れて欲しくないような……いや、そうじゃなくって。
何かあった時に俺はこの人達を守りきれるのだろうか? と自問するも、答えは出ない。
俺は守るための戦いはあまりやったことがないのだ。
どう考えても不得意分野である。
ここは一応由美子に連絡入れておくべきだろうな。
本当に、何事も無く過ぎてくれればいい。
そんな願いなど無駄なことと心のどこかでは知りながらも、やはり願わずにはいられない。
そういう諦めの悪さが、俺というものの本質なのかもしれないと、そんな風に思いながら。
コンサートや演劇公演のような熱狂はないものの、心から楽しそうな拍手が起こる。
中には口笛を吹いてる連中もいた。
どうやらイベントと言っても、全部を彼等が管理する訳ではなく、資料だけを配って後は自主性に任せるものらしい。
あれだな、学生時代にやった、都会に一泊しての社会見学に似ている。
班ごとに自主的調査をして、後でレポートを提出するやつだ。
そういや、あん時うちの班は一目散に遊園地に行ったんだっけな。
楽しいひと時だったが、後から先生にレポートは絵日記じゃないし、社会見学は遊びではないと大目玉を食らったものだ。
「木村さん、大丈夫ですか?」
ふと、伊藤さんが心配そうに声を掛けて来る。
大丈夫ですよ、単に現実を直視しないようにしているだけですから。
「ええ、恐らくもうちょっとだけ現実逃避させていてくれたら、きっと何もかもが終わってるんじゃないでしょうか?」
今直面している状況が現実だと認めるのはあまりにも辛すぎるじゃないですか。
俺の答えに、伊藤さんは首をブンブンと激しく振ると、縋るように俺を揺さぶった。
「わ、私が付いてます。一緒に頑張りましょう!」
カワイイ。
そうか、これが話に聞くところの子犬のような目か。
あ、なんか癒されるな。
これで目前で展開している事態が夢幻ならもっと言うこと無いんだけどな。
いつの間にか俺達は場所を移動していた。
都民の憩いの広場である公園の駐車スペースに、思いっきり場違い感を振り撒きながら停まっているゴツい装甲車のようなワゴン車がある。中はまるでテレビジョンの中継車のごとき有様で、びっしりと機材が張り巡らされていた。
先程アジテーションさながらの演説をかまし、日曜の公園を異空間に変えた優男と、車内で機材を弄っているレスラーと見まがうような大男が細かい打ち合わせらしきものをしている。
そしてそれを遠巻きに眺める先程の聴衆。
お前らアイドルの追っかけかなにかか?
「えっと、すいません。お兄さんは弐班に入っていただけますか?」
いつの間にか、恐らくあの変態の影響で、ここの連中は俺をお兄さんと呼び始めていた。
そういえば、俺はあの変態にお兄さんなどと呼んでいいとは言っていない気がする。
場所柄を配慮してか、お兄様などと呼ばないだけマシか? いや、根本的な問題はそういうことじゃないよな、多分。
「壱班はネット中継で姿を流しますので、立場的にあまり顔を出したくないメンバーは弐班に固めているんですよ。先生は壱班に来ていただきますので、お兄さんは弐班の指導をよろしくお願いしますね」
いや待て、おかしいだろ?
俺はそのサークルとやらのメンバーじゃないんだぞ?
なんで当たり前のように頭数に入れられているんだ?
しかも指導とか、俺はオカルト学の権威とかじゃないからな。
「それは困る!」
流石に現実逃避している場合ではないと、抗議しようとした俺の、正にその機先を制するように、変態野郎がなぜか猛然と抗議を始めた。
「これは私に与えられたチャンス! いや、使命とも言えるであろう機会なのですよ! 彼をサポートし、導くのは私の崇高な役目なのです! それを棒に振るのはむしろ罪と言わざるを得ない! なので断固として木村氏と同じ班を希望いたします!」
「先生、しかし、先生の解説は今やうちの中継動画の要です。それを失うのはこちらとしては痛いのですが」
優男は困惑を隠し切れない。
さすが変態は変人とは格が違うようだ。
こんなおかしなことに情熱を傾けているような連中をも困惑させるとは、半端のない空気の読めなさである。
「俺からも言わせてもらうが」
「お兄さん」
俺の言葉に、変態は何か縋るような目を向けて来たが、こいつが子犬のような目を向けるとキモイのはなぜだろうか。
俺の記憶の中の先程の伊藤さんの純真なまなざしが汚れるから速攻やめて貰いたい。
ともあれ、俺は俺本人を無視したまま決定しそうな事態に割り込みを掛けた。
「あんたは彼等とずっと一緒にやって来たんだろ? 私情でその信頼を放り出すような真似は感心しないな」
俺がそう言うと、変態はまるで感電でもしたかのように大袈裟に体をびくりと震わせた。
もうここまで来ると、こいつはわざと大袈裟に振る舞っているようにしか思えない。
こんな天然の変態が存在するはずが無いからだ。
いや、存在してはならないからだ。
しかし、何が楽しくてそんなフリをしてるんだかしらんが、何かヤバい精神疾患を患っているように見えるから速攻止めたほうがいいぞ。
「そうでした。そう言えばハンターは決して仲間を見捨てないものと聞きます。彼らを信奉する者として、仲間を見捨てるような言動は唾棄すべき行為。……なんという恥ずべき行いを私はしようとしていたのか。我が身を恥じるばかりです」
変態のやや大袈裟な反省に、リーダーの優男はあからさまにほっとして俺に感謝の目を向けて来た。
感謝などいらんから俺に変な期待をするのを止めろ。
「それでは弐班の代表のみっちゃんは、これをお願いします」
御池さんにヘッドフォンとマイクが一体になった、いわゆるヘッドセットのような物が手渡される。
コードは無いので無線タイプか。
「これは?」
御池さんに聞いてみる。
「携帯だとリアルタイムの情報交換に不便でしょう? これは指向性のある同一波動帯で相互通信可能な……」
「ああ、単結晶分体通信ですか。最近のは随分コンパクトなんですね」
俺が感心していると、御池さんは気軽にそれを寄越してくれた。
手に取ると、見た目より結構軽いのがわかる。
「よくご存じですね。最近はすっかり使われなくなってしまいましたが、僕が子供の頃は少年探偵団の秘密道具などとして随分流行ったものです。通信範囲は1kmに満たないのですが、他と干渉しないのでこういった込み入った都市空間ではけっこう使えるんですよ」
それを見ていた優男が嬉々として解説を始めた。
なるほどこの手の物も好きなんだな。男の子らしくてよろしい。
「確かにこういう画面では威力を発揮する通信道具ですね」
よくある電算機の音声通信用と言われても納得するような最近の流行のデザインのそれは、結晶体の格納部分が、デザインにもなっているグリーンラインの中に上手く組み込んである。
見た目と機能性を両立させたいい造りだ。
以前はトランシーバーと呼ばれていた手持ちの四角いタイプが主流だったが、せいぜい範囲は100m程度が一般的だったと聞いていた。すっかり廃れたと思っていてもちゃんと進化していたりするもんなんだな。
「木村さんはうちの会社の凄腕エンジニアですからね。機械には一家言あるんですよ」
なぜか御池さんが自慢げに説明している。
そんな大層な話じゃないだろ、ちょっと興味があるだけの話だ。
そう思って、件のヘッドセットから視線を外すと、なぜかその場の視線が俺に集まっていた。
「ほう、システムエンジニアとかですか?」
優男くんが感心したように言うが、それは違う。
というか、今の話の流れでどうしてそっちに行くのかな?
まあ今はエンジニアって言ったらそっちのイメージが強いか。
電算機や機械言語を組み込んだシステムが社会に浸透しているもんな。
「違います。木村さんは調律師なんです」
「おお! 魔法使いですか!」
古い!
今時調律師と聞いてそんな称号を連想する奴なんかそうはいないぞ。
こいつせいぜい二十歳そこそこにしか見えないくせにえらく感覚が古臭いな。
この単結晶分体通信といい、もしかしてあれかな? 懐古主義者。
そういう方面なら俺も嫌いじゃないので、ちょっとだけこの優男に好感を抱く。
「是非実技を見せて貰いたいですね。最近は一般の機器には人造鉱石が使われるようになって魔法使いは激減していると聞きました」
うん、その称号恥ずかしいから止めて欲しい。
「最近は省エネが叫ばれる関係もあって、また調律の需要が増えて来てはいるみたいですよ」
調律師はそれこそ誤差範囲の調整が得意なので、同じ構成でも消費効率を上げたりとかにはお役立ちなのだ。
「時代が変わったならではの需要もまたあるということですね」
ふむふむと、付き合いではなく熱心に聞いている。
やっぱりそういう物全般に興味があるようだ。
よくよく考えれば、オカルト学も流行ったのは一昔前という話だし、嗜好において一貫性があると言うべきなのかもしれない。
「愛マイさん、そろそろ行きますよ!」
さすがに焦れたのか、変態野郎がその優男を急かして、話はそれまでとなった。
くそ、現実を思い出させやがって。
出来ればずっと技術系の話をしていたかったな。
なぜか怪しい集団の相談係になってしまった現実とか直視出来ないぞ、俺は。
「私達の担当はビジネス街近くのほうですね。実を言うと目撃情報は高層ビル街を遠景で見れる場所のほうが多いんです。近いとかえって見えないみたいなんですよね、不思議です」
御池さんがそう説明するが、その『おばけビル』とやらが結界に囲まれているのなら近くからのほうが確認しにくいのは当然だ。
むしろ問題なのは、遠景からとはいえ、『見せている』ということのほうである。
わざわざそうしているのには当然ながら理由があるはずだ。
この場合一番ありそうなのが撒き餌としての効果を狙っているという線だ。
こうやって興味を惹き、探させることによって、何かことを起こそうとしている、或いはおびき寄せようとしていると考えれば、今回のイベントとやらがいかに危うさを孕んでいるかわかる。
さすがに嫌だからと言って放置する訳にはいかないだろう。
同僚が絡んでるとなれば何かあったら寝覚めも悪いしな。
今のところ周囲に漂う陰気や瘴気は薄い。
都市機能として、なんらかの方法で賑わいのある場所のそういった負の気を散らしているようで、この都市は全体的に人口密度の割には瘴気が薄い傾向にあった。
ただ、今となっては終天が入り込んだせいでその機能が上手く働いているかは疑問の残る所だが、休日の賑やかさに比して考えればほとんど清涼とも言えるような空気が周囲を漂っている。
どうか何事も起こりませんように。
案外と楽しそうに壱班の中継を見ている御池さんと園田女史を一瞥し、同じ班のどうにもイベント内容的に場違い感のある若手インディーズミュージシャンのようなカップルに冷ややかな視線を向けた。そしてなぜかずっと俺の傍にぴったり寄り添って俺を硬直させている伊藤さんを注視する。
今日のワンピースはふんわりとした生地で、触ったら柔らかそうだなとか思ってしまうので、出来れば離れて欲しいような、離れて欲しくないような……いや、そうじゃなくって。
何かあった時に俺はこの人達を守りきれるのだろうか? と自問するも、答えは出ない。
俺は守るための戦いはあまりやったことがないのだ。
どう考えても不得意分野である。
ここは一応由美子に連絡入れておくべきだろうな。
本当に、何事も無く過ぎてくれればいい。
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