26 / 233
昼と夜
その一
しおりを挟む
進行中のプロジェクトが途切れて通常業務モードになると、途端にうちの部署は怪しくなる。
「なになに? 炊飯器でチーズケーキを焼くとスイッチが切れた時にはまだ生焼けです。自由度のあるタイマーを設定してもらえませんか? と、……うん、なるほど、それは困るね。でもそれ炊飯器だから、ご飯を炊きたいだけの人にはそういうのって手間なだけだよな」
俺の電算機のディスプレイに表示されているのは、サポートセンターから借りて来たクレームの記録だ。
実の所、商品開発のヒントとして最も役に立つのは、こういうクレームやお客様相談の内容なのである。
特にクレームは、極端に利己的な物を省けば、開発のキーアイテムと言われているぐらい貴重な物で、いっそ余所の家電メーカーのも買い取りたいと課長が零す程だった。
しかし言うは簡単だが、クレームの内容を読むのはかなり精神的疲労を伴う場合が多い。
この炊飯器チーズケーキの案件などむしろ読んで楽しい類の物である。
うん、いいなあ、楽しそうだ。
「仕方なく二度炊きをしようとするとなぜかスイッチが入りません。……うん、まあ感熱センサ入ってるしね」
うちの炊飯器は、ご飯が美味しく炊けるように熱によって炊き具合を調整しているのだ。
あまり熱いとスイッチ自体が入らないので、少し冷ましてからスイッチを入れ直すと大丈夫だと思うよ。
普通に考えれば、ご飯もケーキも一つの家電で作りたいのなら万能調理器使えよって話だが、わざわざこういうことをしでかすお客様には、その人なりのなんらかの拘りがあることが多い。
そんな拘りの内側に眠る欲求の意味を解き明かして、新商品に向けたニーズを探り出すのが俺たちのお仕事な訳だ。
「しかし、炊飯器でチーズケーキか……今度作ってみるか」
ワールドワイド回線にアクセスしてレシピを検索してみる。
色々出て来た。
炊飯器って結構色んな料理が作れるんだな、ちょっとびっくりだ。
「よし! 完成したぞ!」
向かい側のデスクでは、限り無くノリの軽い一児の父がなにやら一人で盛り上がっている。
「ジャーン! なんとアイディア自動生成システム、『これだ君』完成!」
「アイディア自動生成?」
良い大人が『ジャーン!』とか口に出すとは、ある意味偉大な男だ。
何故なんだろうか? この人って、やることなすこと駄目な予感しかしない。
結構優秀な人なんだけどな。
「なんと、今まで廃棄されてきたスリーピングなアイディアをセンテンスごとに分割、再構成するという画期的なシステムなんだぜ!」
意味不明なまでに自慢げな男、佐藤のほうを見て、俺と同時に伊藤さんが溜め息を吐いたのが見えた。
「それで過去の企画書のデータベースが必要だったんですね」
どこか諦めの窺えるその様子に、俺は軽く励ますように笑みを向ける。
せっかくのデータベースをそんな物に使われたのか、そりゃあ脱力するよな。
彼女は俺の視線に気づくと、少し嬉しそうに笑った。
一時、俺の勝手な勘違いから(一方的に)気まずくなっていた伊藤さんとの関係だが、偶然居酒屋で合流し、遅くなった彼女を俺が駅まで送った際に、なし崩し的に元の関係に落ち着いた。
彼女のさりげない気遣いと屈託の無さに、俺の中のこだわりが昇華され、救われた形だ。
その際、もう変な勘違いで今の心地良い関係を崩すまいと決意を新たにしたのである。
ほんと、良い娘だよね。……正直まだちょっと胸が痛いんだけどな。
「どうよ木村、ちょっとこれ使ってみないか?」
一方でこっちは、とても四十代に見えない軽さだ。
そんな姿を見せたら、遅くに生まれて溺愛している乳飲み子の息子に嫌われるぞ?
「いや、俺はいいよ」
「なんだチャレンジ精神の無い奴だな、開発たる者常に先陣を切るぐらいの気持ちが必要だぞ!」
うん、考え方そのものはいいと思うんだ、この人も。
なんか変な方向に突っ走りやすいだけでさ。
なにしろ、ウチの課でアイディアの商品化によってヒット商品を一番出しているのは実はこの人だし。
没企画の数も社内一だけど。
「あー、木村くん」
「あ、はい?」
急に課長に呼ばれてそちらに意識を向ける。
ん? 課長の隣に流がいるな。
もしかしてなんか厄介事か?
「隣からヘルプ要請だ。手が空いているようならヘルプに入ってくれんか?」
「いいですけど、どんな内容ですか?」
「実験用に試作機を組んでいるんだが、上手く行かなくってね」
流が少し照れ気味に説明する。
うちの女性陣の視線を独り占めだぜ。
……おのれ。
「なるほどわかりましたヘルプ入ります」
「ああ、よろしく頼む」
うちと流の所とは仕切りがあって無いようなもので、この手のヘルプ連携はしょっちゅうだ。
元々そういう意味合いで隣り合わせているんだろうし、同じテーマをやっている技術屋と理論畑って感じである。
「ちょっとこの試作機なんですけど、配線が上手く行かなくてスイッチが作動しないんですよ」
隣のベースに行くと、いきなりわらわらと実験着の連中に囲まれた。
見ると凄く適当なアルミケース(凄く弁当箱な感じ)に、手作りっぽい基板が嵌め込まれた機械があった。
これはあれだ、小学生の発明品。
というか、すげえよ、なんと半田同士が全部繋がっているんだぜ。
「……とりあえず、なにがやりたくてこうなったか教えてくれ」
オーライ、最初からやり直そう。
多分それが課題クリアへの一番の近道だ。
―― ◇◇◇ ――
一日の仕事が終わると一気に気だるい気分になるのはどうしてだろう?
なんだかんだ言ってそれなりに仕事中は緊張してるのかな?
「んーと、確か卵と牛乳がそろそろ無くなりそうだったな」
プロジェクトが走ってないおかげで定時退社が出来たんで、久々に何か作ろうかなと考える。
といっても、気力的な部分のせいで、チャーハンにニラ玉炒めとスープみたいな感じになりそうだが。
スーパーが開いてる時間に帰れることは珍しいんで、色々補充品も買っておきたい。
プロジェクト明け独特のなんとなく浮き立った気分でいた俺の背広の内ポケットで、突然携帯電話が跳ね上がるように振動した。
「……ふ、大体予想は出来ていたぜ」
嫌な予感を振り切るように一人ニヒルに決めてみるが、ショッピングカゴを持ったおばちゃんに大きく迂回されただけだった。
いや、別にいいんだ。ちょっと自分をごまかしてみたかったんだよ!
トボトボと肩を落として家に帰りながら、携帯電話から由美子に電話を入れる。
「あ、ユミか? 準緊急が入ったがどうする?」
準緊急は緊急よりは余裕がある。
今日急いで取り掛からなくても咎められたりはしないのだ。
『今箱開けてるとこ。まだ寮監さん起きてるから許可貰えると思う。今夜済ませる』
しかし、由美子は今夜の内に終わらせるつもりだ。
お互い日中忙しい身だしな、俺もそのほうがいい。
ちなみに由美子の言うところの箱とはパソコンのことだ。
「わかった。俺も帰ったら電算機で詳細を開示確認してから出る。現地集合で二十時三十分でいいか?」
『……遅い』
由美子がいきなり不機嫌モードになった。
いやいや、戦いになるかもしれんのに空腹じゃ無理だから。
「俺は帰宅途中で飯もまだなんだぞ?」
『遅い、不健康』
今度の遅いは退社時間への文句だな。
プロジェクトピーク時とかになるとその日の内に家に帰れなかったりするとか言ったらどうなるんだろうこれ? ……こわい。
「ええっと、ごめん。それで、OKかな?」
『仕方ないから、わかった。今度ご飯食べに行くからちゃんと作って』
待て待て、そこは作りに行くから、とかじゃないのか? とか思ったが、俺は賢明にも口の中でその言葉を消し去った。
「今度来る時は余裕を持って先に連絡をくれ。そしたらなんか手の込んだのも作れるし、デザートも用意出来るからな」
ぴくりと電話の向こうの由美子の目が見開かれるのが見えた気がする。
『デザート……わかった』
うん、我が妹よ。
兄としてはお前が素直なことを喜ぶべきか、単純なことを悲しむべきか複雑な気持ちだ。
電話を切るとアパートに急ぐ。
走りたい所だが、卵が心配なので走れない。
俺はとにかく力加減が苦手である。
ちょっと油断するともろい物なんかは壊してしまうのだ。
部屋の前にも中にも誰も居ないことを確認して、急ぎ帰宅して、慌てて電算機を起動する。
それが立ち上がっている間に、買い物して来た物品をそれぞれの定位置に放り込んだ。
それから急いで封印ケースを個体認証で開け、そこから記憶端子を取り出し、こっちにも個体認識させる。
立ち上がったパソコンにチップを読み込ませ、クローズ回線経由の依頼書を開いて読み込んだ。
開いた依頼書から事件の概要を確認する。
脳内で内容を反芻しながら急いで茶碗に飯をついで卵を乗っけて醤油を垂らしてかっこんだ。
そして片付けもそこそこに着ている服を脱ぎ捨てると、冷水のシャワーを頭から浴びる。
お湯は意識をぼんやりさせるので、こういう時は駄目なんだよな。
クローゼットから装備一式を引っ掴み、順番に確認しながら身に着けて行く。
合皮を特殊加工したツナギのような上下、両肩からクロスするように引っ掛けるベルトと腰のベルトをがっちり装着し、ずらりと並んだそのホルダーに、ナイフや触媒を詰め込んでいった。
そして仕上げに怪異素材を織り込んだジャケットを羽織る。
この素材、かなりの貴重品だ。
本来倒せば解けて消えるはずの怪異達だが、極稀に存在強化素材と呼ばれる素材を残すことがある。
この素材は魔法の類を一切通さないという稀な性質を持つため、ハンターの多くは装備のどこかにこれを使っているのだ。
まあ、むちゃくちゃ高いんで本当にポイント的にしか使えないんだけどね。
絶対に忘れてはいけないハンター証を首に掛け、その裏側の差し込みに記憶端末をセットする。
その途端、チッチッと小さな赤い光が点滅し出した。
わざわざ地図を見ずとも、これが現場まで誘導してくれるようになっている。
靴底に鉛を仕込んだ戦闘用ブーツを装着して準備完了だ。
「急がないとうちのお姫様が気分を害するからな」
少なくとも待ち合わせ時間より十分は早く到着しないとヤバイ。
「せっかくの定時帰宅だったんだよな」
しみじみと未練がましく呟いて、俺は振り切るように玄関を後にしたのだった。
「なになに? 炊飯器でチーズケーキを焼くとスイッチが切れた時にはまだ生焼けです。自由度のあるタイマーを設定してもらえませんか? と、……うん、なるほど、それは困るね。でもそれ炊飯器だから、ご飯を炊きたいだけの人にはそういうのって手間なだけだよな」
俺の電算機のディスプレイに表示されているのは、サポートセンターから借りて来たクレームの記録だ。
実の所、商品開発のヒントとして最も役に立つのは、こういうクレームやお客様相談の内容なのである。
特にクレームは、極端に利己的な物を省けば、開発のキーアイテムと言われているぐらい貴重な物で、いっそ余所の家電メーカーのも買い取りたいと課長が零す程だった。
しかし言うは簡単だが、クレームの内容を読むのはかなり精神的疲労を伴う場合が多い。
この炊飯器チーズケーキの案件などむしろ読んで楽しい類の物である。
うん、いいなあ、楽しそうだ。
「仕方なく二度炊きをしようとするとなぜかスイッチが入りません。……うん、まあ感熱センサ入ってるしね」
うちの炊飯器は、ご飯が美味しく炊けるように熱によって炊き具合を調整しているのだ。
あまり熱いとスイッチ自体が入らないので、少し冷ましてからスイッチを入れ直すと大丈夫だと思うよ。
普通に考えれば、ご飯もケーキも一つの家電で作りたいのなら万能調理器使えよって話だが、わざわざこういうことをしでかすお客様には、その人なりのなんらかの拘りがあることが多い。
そんな拘りの内側に眠る欲求の意味を解き明かして、新商品に向けたニーズを探り出すのが俺たちのお仕事な訳だ。
「しかし、炊飯器でチーズケーキか……今度作ってみるか」
ワールドワイド回線にアクセスしてレシピを検索してみる。
色々出て来た。
炊飯器って結構色んな料理が作れるんだな、ちょっとびっくりだ。
「よし! 完成したぞ!」
向かい側のデスクでは、限り無くノリの軽い一児の父がなにやら一人で盛り上がっている。
「ジャーン! なんとアイディア自動生成システム、『これだ君』完成!」
「アイディア自動生成?」
良い大人が『ジャーン!』とか口に出すとは、ある意味偉大な男だ。
何故なんだろうか? この人って、やることなすこと駄目な予感しかしない。
結構優秀な人なんだけどな。
「なんと、今まで廃棄されてきたスリーピングなアイディアをセンテンスごとに分割、再構成するという画期的なシステムなんだぜ!」
意味不明なまでに自慢げな男、佐藤のほうを見て、俺と同時に伊藤さんが溜め息を吐いたのが見えた。
「それで過去の企画書のデータベースが必要だったんですね」
どこか諦めの窺えるその様子に、俺は軽く励ますように笑みを向ける。
せっかくのデータベースをそんな物に使われたのか、そりゃあ脱力するよな。
彼女は俺の視線に気づくと、少し嬉しそうに笑った。
一時、俺の勝手な勘違いから(一方的に)気まずくなっていた伊藤さんとの関係だが、偶然居酒屋で合流し、遅くなった彼女を俺が駅まで送った際に、なし崩し的に元の関係に落ち着いた。
彼女のさりげない気遣いと屈託の無さに、俺の中のこだわりが昇華され、救われた形だ。
その際、もう変な勘違いで今の心地良い関係を崩すまいと決意を新たにしたのである。
ほんと、良い娘だよね。……正直まだちょっと胸が痛いんだけどな。
「どうよ木村、ちょっとこれ使ってみないか?」
一方でこっちは、とても四十代に見えない軽さだ。
そんな姿を見せたら、遅くに生まれて溺愛している乳飲み子の息子に嫌われるぞ?
「いや、俺はいいよ」
「なんだチャレンジ精神の無い奴だな、開発たる者常に先陣を切るぐらいの気持ちが必要だぞ!」
うん、考え方そのものはいいと思うんだ、この人も。
なんか変な方向に突っ走りやすいだけでさ。
なにしろ、ウチの課でアイディアの商品化によってヒット商品を一番出しているのは実はこの人だし。
没企画の数も社内一だけど。
「あー、木村くん」
「あ、はい?」
急に課長に呼ばれてそちらに意識を向ける。
ん? 課長の隣に流がいるな。
もしかしてなんか厄介事か?
「隣からヘルプ要請だ。手が空いているようならヘルプに入ってくれんか?」
「いいですけど、どんな内容ですか?」
「実験用に試作機を組んでいるんだが、上手く行かなくってね」
流が少し照れ気味に説明する。
うちの女性陣の視線を独り占めだぜ。
……おのれ。
「なるほどわかりましたヘルプ入ります」
「ああ、よろしく頼む」
うちと流の所とは仕切りがあって無いようなもので、この手のヘルプ連携はしょっちゅうだ。
元々そういう意味合いで隣り合わせているんだろうし、同じテーマをやっている技術屋と理論畑って感じである。
「ちょっとこの試作機なんですけど、配線が上手く行かなくてスイッチが作動しないんですよ」
隣のベースに行くと、いきなりわらわらと実験着の連中に囲まれた。
見ると凄く適当なアルミケース(凄く弁当箱な感じ)に、手作りっぽい基板が嵌め込まれた機械があった。
これはあれだ、小学生の発明品。
というか、すげえよ、なんと半田同士が全部繋がっているんだぜ。
「……とりあえず、なにがやりたくてこうなったか教えてくれ」
オーライ、最初からやり直そう。
多分それが課題クリアへの一番の近道だ。
―― ◇◇◇ ――
一日の仕事が終わると一気に気だるい気分になるのはどうしてだろう?
なんだかんだ言ってそれなりに仕事中は緊張してるのかな?
「んーと、確か卵と牛乳がそろそろ無くなりそうだったな」
プロジェクトが走ってないおかげで定時退社が出来たんで、久々に何か作ろうかなと考える。
といっても、気力的な部分のせいで、チャーハンにニラ玉炒めとスープみたいな感じになりそうだが。
スーパーが開いてる時間に帰れることは珍しいんで、色々補充品も買っておきたい。
プロジェクト明け独特のなんとなく浮き立った気分でいた俺の背広の内ポケットで、突然携帯電話が跳ね上がるように振動した。
「……ふ、大体予想は出来ていたぜ」
嫌な予感を振り切るように一人ニヒルに決めてみるが、ショッピングカゴを持ったおばちゃんに大きく迂回されただけだった。
いや、別にいいんだ。ちょっと自分をごまかしてみたかったんだよ!
トボトボと肩を落として家に帰りながら、携帯電話から由美子に電話を入れる。
「あ、ユミか? 準緊急が入ったがどうする?」
準緊急は緊急よりは余裕がある。
今日急いで取り掛からなくても咎められたりはしないのだ。
『今箱開けてるとこ。まだ寮監さん起きてるから許可貰えると思う。今夜済ませる』
しかし、由美子は今夜の内に終わらせるつもりだ。
お互い日中忙しい身だしな、俺もそのほうがいい。
ちなみに由美子の言うところの箱とはパソコンのことだ。
「わかった。俺も帰ったら電算機で詳細を開示確認してから出る。現地集合で二十時三十分でいいか?」
『……遅い』
由美子がいきなり不機嫌モードになった。
いやいや、戦いになるかもしれんのに空腹じゃ無理だから。
「俺は帰宅途中で飯もまだなんだぞ?」
『遅い、不健康』
今度の遅いは退社時間への文句だな。
プロジェクトピーク時とかになるとその日の内に家に帰れなかったりするとか言ったらどうなるんだろうこれ? ……こわい。
「ええっと、ごめん。それで、OKかな?」
『仕方ないから、わかった。今度ご飯食べに行くからちゃんと作って』
待て待て、そこは作りに行くから、とかじゃないのか? とか思ったが、俺は賢明にも口の中でその言葉を消し去った。
「今度来る時は余裕を持って先に連絡をくれ。そしたらなんか手の込んだのも作れるし、デザートも用意出来るからな」
ぴくりと電話の向こうの由美子の目が見開かれるのが見えた気がする。
『デザート……わかった』
うん、我が妹よ。
兄としてはお前が素直なことを喜ぶべきか、単純なことを悲しむべきか複雑な気持ちだ。
電話を切るとアパートに急ぐ。
走りたい所だが、卵が心配なので走れない。
俺はとにかく力加減が苦手である。
ちょっと油断するともろい物なんかは壊してしまうのだ。
部屋の前にも中にも誰も居ないことを確認して、急ぎ帰宅して、慌てて電算機を起動する。
それが立ち上がっている間に、買い物して来た物品をそれぞれの定位置に放り込んだ。
それから急いで封印ケースを個体認証で開け、そこから記憶端子を取り出し、こっちにも個体認識させる。
立ち上がったパソコンにチップを読み込ませ、クローズ回線経由の依頼書を開いて読み込んだ。
開いた依頼書から事件の概要を確認する。
脳内で内容を反芻しながら急いで茶碗に飯をついで卵を乗っけて醤油を垂らしてかっこんだ。
そして片付けもそこそこに着ている服を脱ぎ捨てると、冷水のシャワーを頭から浴びる。
お湯は意識をぼんやりさせるので、こういう時は駄目なんだよな。
クローゼットから装備一式を引っ掴み、順番に確認しながら身に着けて行く。
合皮を特殊加工したツナギのような上下、両肩からクロスするように引っ掛けるベルトと腰のベルトをがっちり装着し、ずらりと並んだそのホルダーに、ナイフや触媒を詰め込んでいった。
そして仕上げに怪異素材を織り込んだジャケットを羽織る。
この素材、かなりの貴重品だ。
本来倒せば解けて消えるはずの怪異達だが、極稀に存在強化素材と呼ばれる素材を残すことがある。
この素材は魔法の類を一切通さないという稀な性質を持つため、ハンターの多くは装備のどこかにこれを使っているのだ。
まあ、むちゃくちゃ高いんで本当にポイント的にしか使えないんだけどね。
絶対に忘れてはいけないハンター証を首に掛け、その裏側の差し込みに記憶端末をセットする。
その途端、チッチッと小さな赤い光が点滅し出した。
わざわざ地図を見ずとも、これが現場まで誘導してくれるようになっている。
靴底に鉛を仕込んだ戦闘用ブーツを装着して準備完了だ。
「急がないとうちのお姫様が気分を害するからな」
少なくとも待ち合わせ時間より十分は早く到着しないとヤバイ。
「せっかくの定時帰宅だったんだよな」
しみじみと未練がましく呟いて、俺は振り切るように玄関を後にしたのだった。
0
お気に入りに追加
122
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)

【完結】ポーションが不味すぎるので、美味しいポーションを作ったら
七鳳
ファンタジー
※毎日8時と18時に更新中!
※いいねやお気に入り登録して頂けると励みになります!
気付いたら異世界に転生していた主人公。
赤ん坊から15歳まで成長する中で、異世界の常識を学んでいくが、その中で気付いたことがひとつ。
「ポーションが不味すぎる」
必需品だが、みんなが嫌な顔をして買っていく姿を見て、「美味しいポーションを作ったらバカ売れするのでは?」
と考え、試行錯誤をしていく…

貧弱の英雄
カタナヅキ
ファンタジー
この世界では誰もが生まれた時から「異能」と「レベル」呼ばれる能力を身に付けており、人々はレベルを上げて自分の能力を磨き、それに適した職業に就くのが当たり前だった。しかし、山奥で捨てられていたところを狩人に拾われ、後に「ナイ」と名付けられた少年は「貧弱」という異能の中でも異質な能力を身に付けていた。
貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。
自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる――
※修正要請のコメントは対処後に削除します。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~
明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!!
『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。
無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。
破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。
「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」
【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる