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日常と非日常は交錯する
3 弟は氷雪のごとく
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夜になると住宅街は暗い。
点々と道を示す街灯と街灯の隙間から覗く夜空は、都会独特のささやかに煌めく星を散らして、一人の帰路を慰めてくれる。
その先にポウと浮かび上がるコンビニは、さながら砂漠で旅人を潤すオアシスのようだ。
上司と回路設計の件で激論を交わしていささか荒れ気味だった心には、その小さな温もりは有難く映ったのである。
「いらっしゃいませ!」
いつもの店員さんが元気よく挨拶をしてくる。
どうでもいいがこの時間に女性店員が一人というのはどうだろう? 危なくないか?
昨今の男女平等の流れを受けて、深夜業務に女性が従事しているのを目にすることも増えたのだが、いつもそんなひやりとした気持ちになってしまって落ち着かない。
しかしまぁ、考えてみれば夜の仕事には昔から女性オンリーの仕事も多い。余計な心配なのかもしれないが、やっぱり防犯的にどうなの? という気持ちになる。
さて、この時間、もはや棚がガラガラになっている弁当コーナーを一瞥する。
自分で何か作る気力は無いし、特に食いたい物もない。強いて言えば肉が食いたいが、こういう所の弁当にはほとんど肉は入っているのであえて考えなくても大丈夫だ。
「う~……ん」
目当ての焼肉おにぎりが今日も絶賛売り切れ中だったのを確認すると、俺は溜息を吐いたのだった。
アパートの、カンカンカンと甲高い音を立てる階段を、やや遠慮がちに踏みながら(1階の住人に乳幼児がいるのだ)自室に辿り着くと、何気なく鍵を取り出そうとして、次の瞬間そこから飛び退いた。
ドアノブに影で出来た蛇が絡み付いて威嚇していたのだ。
「おいおいおい」
その硬質で冷たい感じには覚えがある。
そもそも影呪使いで俺に対して呪を放ちそうな相手は一人だけだ。
いや、普通は関係性から言って、呪なんか放たないんだろうけど。
ともあれそのままだと中に入れないので、手に持った鍵を礫を放つような形で構え、小さく文言を呟く。
「月光の銀矢、闇をつらぬけ」
細い三日月と銀色に鈍く光る鍵を視界上で重ねると、極小さな光が跳ねた。
劇的な何かが起こる訳でもなく、ふいっと影の蛇は掻き消える。滅びるなら諸共になどという物騒な何かを込めたりはしていなかったらしい。
いや、本格的な呪を込められても困るけどね。ははは……。
今の気持ちを端的にどう言い表したらいいのだろう?
ドライアイスを素手で掴まなければならなくなった時の覚悟みたいな?
いや、もはや相手には気付かれているのは確定なんだから、こんな所でグズグズしているとまた何か俺の大事な威厳(?)のような物が剥がれ落ちて行くような気がするので、覚悟を決めてドアを開ける。
あれ? これ俺の部屋だよね、なんで覚悟がいるんだろう? マジで泣ける。
「た、ただいま……」
既に灯りが点っていて(暗闇だったらそれはそれで怖い)、うちの蝶々さんがのんきに羽ばたいている音がする。
無事だったか、マイハニーよ。
「おかえり、兄さん」
帰宅の挨拶に、可愛らしい人工の羽音だけではなく、さながら夜明けに降りる霜のごとくひやりと温度を下げる声が応じた。
「浩二、来てたのか」
玄関を上がってすぐがいわゆるダイニングキッチンになっているのだが、なぜかそのフローリングに正座している我が弟。
いや、来てるのはわかってましたよ。玄関の蛇的に。
とぼけたほうが物事がスムーズに行くこともあるのさ、人生いくばくか生きてると学ぶことがあるよね。
思わず遠い目になってしまった俺を訝しげに見やると、うちの弟くんは足が痺れた様子もなく自然な挙動で立ち上がった。
どうでもいいが都会でその服装はかなり浮いてるんじゃないか?
いや、むしろ都会だからなんでも有りでいけるのか?
一見した外装は、白と紺で織られた作務衣風味だが、袖口から黒のアンダーが覗いてたり、よく見るとびっしりと怪しげな曼荼羅(と言っても仏様が描かれているものじゃなくて、いわゆるサンマヤーという奴だ)が描かれていたりと、下手するとどっかのコスプレ野郎に見えなくもない。
弟の顔立ちは、野性味溢れる俺と違って、どこか硬質な、ぶっちゃけて言ってしまえば二枚目に分類されるようなタイプの生真面目顔で、服装と顔立ちの両方が合わさって、どこかの新興宗教か、武道を修行中の青年といった感じにも見える。
うん、こいつは母方の爺さんに似てるとかで、俺とは系統が違う顔なんだよな。あえて言えば妹も母方の顔立ちだ。俺だけいつもなんか怖い顔と言われる。
……オノレ、ウンメイノカミメ、オボエテロヨ。
何か心の声が呪いを放ったようだが、気にすまい。
「兄さん、聞いていますか? すっとぼけても無駄ですよ」
おおっと、何か説教が始まる気配に、俺の脳にエマージェンシーシグナルが点滅した。
「そ、そうだ、そんな所に座り込んでたんだ。冷えただろう? あっちでお茶でもしないか?」
「兄さん」
「あ、ああ?」
「その買い物袋は夕食ですか? いわゆるコンビニ弁当という物ですね?」
まさかそんな方面から攻めて来られるとは思ってもいなかった俺は、思わず壊れた首振り人形のようにガクガクとぎこちなく頷いた。
やたら潔癖な所があるうちの弟殿はそんな俺に向かってまるで今から刻む鬼を見るような冷厳なまなざしを向けている。
「そんな栄養の偏った物を食するなど、自分を貶めているようなものですよ。食は即ち身命の基です。それをないがしろにするなど、兄さんには一人暮らしは早いのではないですか? ざっと見た所世話をしてくれるお相手も居ないようですし」
恐ろしい。
何が恐ろしいかというと、この弟殿は正論を展開している時程『気』が漲っているということがだ。
なんというか、こやつは説教しながら敵を倒すタイプなのだ。まぁ怪異に向かって説教するのもどうよ? とは俺も思うのだが。
弟殿の周りに何か怪しげな危険を感じさせる閃きが時々見えるが、あれを飛ばして来たりしないよな? 一応お兄ちゃんなんだぜ? 俺。
「聞いているのですか?」
「うあい!」
思わず気をつけをしてイイ返事をしてしまう。ちょっと上ずったのはご愛嬌だ。
「それになんですか、その袋は? 今や世はエコが常識でしょう? 現代人たらんとした兄さんがそのようなことでどうするのですか?」
コンビニの袋をそのまま貰って帰って来たことにまでツッコミが入った!
田舎の方ではそんな分別ゴミとか普及してないと思っていたが、甘かったようだ。
でも、これはこれで色々便利なんだよ? 溜めすぎると始末に困るのは確かだけどさ。
そう思っても口に出せないヘタレっぷりで、俺は大人しく四つも年下の弟の説教を項垂れて聞いている。
「兄さんがとうとう戻って家を継ぐつもりになったと聞いて安心して家を開けて仕事に出ていたら、試練を終えた後はさっさと中央に戻ってしまうとか、僕や由美子を待ちもしないで。あまりにも酷いのではないですか?」
いや、家を継ぐ云々は思い込みだ。俺は一言も言ってない。
「会わずに帰ったことは悪かったと思ってる。その、お前や由美子に別に思う所があった訳じゃないんだ」
とりあえず謝り倒す、これしかない。
下手に言い訳をすれば俺の人生は終わる。恐らく、きっと。
「当たり前です。兄さんがそんな風になっているならきっと何かよからぬモノに取り憑かれているに違いありませんからね。せめて僕の手で葬ってさしあげます」
「いきなり葬るな!」
流石に思わずツッコんで、ひやりとした目で見られて口を閉ざす。
怖い。たかだか二十二の若造の癖にとんでもない迫力だぜ。
「それで、兄さんは家に帰らないつもりなんですか?」
「それは家を出る時にさんざん話し合っただろう? 今の時代に家業に縛られるなんてナンセンスだ」
「……それで、こんなオモチャを作って暮らすというのですか?」
部屋を飛び回る小さな蝶を模したカラクリをチラリと見やると、弟は切って捨てるような勢いでそうなじる。
だが……。
「オモチャを馬鹿にするもんじゃあない。文明と共にオモチャは育って来たし、人はオモチャに触れて育って来た。オモチャを作って楽しむことが出来るってことは人が人である証でもあるんだ」
これだけは譲れない。
俺が心動かされ、道を選んだ、その象徴が玩具だからだ。
「そうですか。しかし、その志と今の仕事は少々離れているようですけど」
「うっ」
グッと詰まる。
実際俺が今務めている会社はそこそこの優良企業とはいえ家電の会社なのだ。
俺が大見得切って飛び出した理由から微妙に離れていることは否めない。
「基本は同じだよ。機械であることには変わりない。それに人の役に立つ仕事だしな」
「物は言いようですね」
ヤバイ、納得してない。まぁそりゃあそうだよな、うん。実は俺も納得してないからな。
だって就職先の選り好みなんか出来る状況じゃなかったんだよ。
特殊技能持ちって言ったってまだまだひよっこだしな。
「ところでお前はどうして中央に来たんだ? それって仕事着だよな?」
話を逸らすためというより、気になっていたことを切り出してみる。
「兄さんが家業を投げ出したとしても誰かがそれをやらなければならないでしょう。怪異は常に新たに発生しているし、一度発生してしまえば自然に消滅したりは滅多にしないものですからね」
「いやいや、そういうことじゃなくってさ。ここは結印都市じゃないか、ここに仕事なんか無いだろう?」
ふうっと、浩二は妙に深い溜息を吐いてみせた。
うん、俺に対する嫌味だよな、あれ。
「これが平和ボケというものなのですね。仮にも鬼伏せの家の長男たる者が情けない限りです」
「あー、情けなくて悪かった」
弟殿の言葉に、急激に不安が押し寄せる。
俺は何かを見落としてる? そういえば、俺は『どうして』蝶々さんに結界を仕込んでいるんだろう?
「アレを飛ばしているのですから、とっくにわかっていることだと思っていましたけど、そうですか、いつものアレですね。無意識というか野生の本能というか」
我が弟殿、浩二は、まるで俺の思いを読んだように蝶々さんを示すと、何やら酷い言いがかりを口にした。
「兄さん、怪異の生まれる仕組みを覚えていますか?」
怪異の生まれる仕組み、か。
怪異は存在するものの意識から生まれる。いわば夢と現実との間に生まれた忌み子のような存在だ。
より強固でより強い意識が最も強大な怪異を生むと言われていて、最悪の怪異はこの星の夢から生まれたと言われている。
ちなみに、最悪の怪異とは煉獄のことだ。
まぁこれは今回関係ないだろう。
つまり……なるほどな。
「あ~、なるほど、人間がこれだけ寄り集まっているんだ。外部の怪異は防いでも、内部で新たに生まれる分があるってことか」
「『人間』だけでは無いですけど、まぁそのような物です」
俺は今までこっちで形を持つ怪異に遭遇したことが無かったからすっかり安心していたが、理屈的には確かに有り得る話だった。
「それに、結界で守られているといっても、それで外の怪異が消える訳ではないのですよ。放置された外の怪異が固定化して成長したら、やがてはこの結界も持たなくなるでしょう。我らが必要では無くなることは無いのです」
「それは違うな」
自分で思った以上に、俺は固い声を発していた。
浩二がぎょっとしたように俺を見る。
「人類を甘く見るな。今や人間は個人の勇を頼らなければならないような弱い種族ではなくなった。人間はその気になれば能力者に頼らずに巨大な怪異を倒すだけの力がある。軍隊や兵器が、な」
そうだ、同族同士の戦争の道具にしか思われていない兵器だが、それは怪異にも力を発揮する。
今や人類は非能力者でも怪異を倒せる力を得たのだ。
「一発で国費を揺るがすようなミサイルを使ってですか?」
だが、浩二はそれを冷笑でもって迎えた。
怪異と戦う道を真っ直ぐ進んできた弟にとって、たかだか数十年で台頭してきた兵器なぞと自分たちを比べられるのは業腹なんだろう。
「そうだ。それだけの代償を持ってすれば、俺たちじゃなくても戦えるんだ。誰かが犠牲にならなければならない時代はもう終わったんだよ」
それでも、俺は伝えたかった。
ほんの一握りの、勇者と呼ばれた者達が死力を尽くした犠牲の上に平和を築く時代はもう終わっていいのだと。
弟は一瞬眉をしかめると、俺を一瞥して息を吐いた。
呆れたとか苛立ったとかいう顔では無かったが、正直どういう感情がこの一本槍で生真面目な弟の中に生じたか俺には知りようもない。
「とりあえず兄さんの話は聞かせてもらいました。これで失礼します」
よくよく考えると、台所でいい年した男二人が向い合って話をするってなんか嫌な図だよな。
「おい、茶ぐらい飲んでけよ」
「いえ、最終に間に合いませんので。それから……」
浩二はごそごそとたすき掛けしたカバンから何やら取り出すと俺に手渡した。
「今後の買い物にはこれを使ってください。ちゃんと防水加工もしてありますからね」
押し付けられたのは濃紺のデカイ風呂敷だった。
ちょ、お前、これで俺に買い物をしろと? そう言うのか?
「ちょ、浩二!」
「ああ、そうそう」
文句を言おうとする俺の機先を制するように、弟殿は振り向いた。
「僕には由美子を止められませんから、せいぜい注意してくださいね」
「う?……え?」
「怒っていましたからね。……ものすごく」
ドアを閉める間際にニィと笑ってみせる。
その笑顔に、背中に氷柱が生じるような思いを抱きながら、俺は弟が去る足音をただ聞いているしかなかったのだった。
点々と道を示す街灯と街灯の隙間から覗く夜空は、都会独特のささやかに煌めく星を散らして、一人の帰路を慰めてくれる。
その先にポウと浮かび上がるコンビニは、さながら砂漠で旅人を潤すオアシスのようだ。
上司と回路設計の件で激論を交わしていささか荒れ気味だった心には、その小さな温もりは有難く映ったのである。
「いらっしゃいませ!」
いつもの店員さんが元気よく挨拶をしてくる。
どうでもいいがこの時間に女性店員が一人というのはどうだろう? 危なくないか?
昨今の男女平等の流れを受けて、深夜業務に女性が従事しているのを目にすることも増えたのだが、いつもそんなひやりとした気持ちになってしまって落ち着かない。
しかしまぁ、考えてみれば夜の仕事には昔から女性オンリーの仕事も多い。余計な心配なのかもしれないが、やっぱり防犯的にどうなの? という気持ちになる。
さて、この時間、もはや棚がガラガラになっている弁当コーナーを一瞥する。
自分で何か作る気力は無いし、特に食いたい物もない。強いて言えば肉が食いたいが、こういう所の弁当にはほとんど肉は入っているのであえて考えなくても大丈夫だ。
「う~……ん」
目当ての焼肉おにぎりが今日も絶賛売り切れ中だったのを確認すると、俺は溜息を吐いたのだった。
アパートの、カンカンカンと甲高い音を立てる階段を、やや遠慮がちに踏みながら(1階の住人に乳幼児がいるのだ)自室に辿り着くと、何気なく鍵を取り出そうとして、次の瞬間そこから飛び退いた。
ドアノブに影で出来た蛇が絡み付いて威嚇していたのだ。
「おいおいおい」
その硬質で冷たい感じには覚えがある。
そもそも影呪使いで俺に対して呪を放ちそうな相手は一人だけだ。
いや、普通は関係性から言って、呪なんか放たないんだろうけど。
ともあれそのままだと中に入れないので、手に持った鍵を礫を放つような形で構え、小さく文言を呟く。
「月光の銀矢、闇をつらぬけ」
細い三日月と銀色に鈍く光る鍵を視界上で重ねると、極小さな光が跳ねた。
劇的な何かが起こる訳でもなく、ふいっと影の蛇は掻き消える。滅びるなら諸共になどという物騒な何かを込めたりはしていなかったらしい。
いや、本格的な呪を込められても困るけどね。ははは……。
今の気持ちを端的にどう言い表したらいいのだろう?
ドライアイスを素手で掴まなければならなくなった時の覚悟みたいな?
いや、もはや相手には気付かれているのは確定なんだから、こんな所でグズグズしているとまた何か俺の大事な威厳(?)のような物が剥がれ落ちて行くような気がするので、覚悟を決めてドアを開ける。
あれ? これ俺の部屋だよね、なんで覚悟がいるんだろう? マジで泣ける。
「た、ただいま……」
既に灯りが点っていて(暗闇だったらそれはそれで怖い)、うちの蝶々さんがのんきに羽ばたいている音がする。
無事だったか、マイハニーよ。
「おかえり、兄さん」
帰宅の挨拶に、可愛らしい人工の羽音だけではなく、さながら夜明けに降りる霜のごとくひやりと温度を下げる声が応じた。
「浩二、来てたのか」
玄関を上がってすぐがいわゆるダイニングキッチンになっているのだが、なぜかそのフローリングに正座している我が弟。
いや、来てるのはわかってましたよ。玄関の蛇的に。
とぼけたほうが物事がスムーズに行くこともあるのさ、人生いくばくか生きてると学ぶことがあるよね。
思わず遠い目になってしまった俺を訝しげに見やると、うちの弟くんは足が痺れた様子もなく自然な挙動で立ち上がった。
どうでもいいが都会でその服装はかなり浮いてるんじゃないか?
いや、むしろ都会だからなんでも有りでいけるのか?
一見した外装は、白と紺で織られた作務衣風味だが、袖口から黒のアンダーが覗いてたり、よく見るとびっしりと怪しげな曼荼羅(と言っても仏様が描かれているものじゃなくて、いわゆるサンマヤーという奴だ)が描かれていたりと、下手するとどっかのコスプレ野郎に見えなくもない。
弟の顔立ちは、野性味溢れる俺と違って、どこか硬質な、ぶっちゃけて言ってしまえば二枚目に分類されるようなタイプの生真面目顔で、服装と顔立ちの両方が合わさって、どこかの新興宗教か、武道を修行中の青年といった感じにも見える。
うん、こいつは母方の爺さんに似てるとかで、俺とは系統が違う顔なんだよな。あえて言えば妹も母方の顔立ちだ。俺だけいつもなんか怖い顔と言われる。
……オノレ、ウンメイノカミメ、オボエテロヨ。
何か心の声が呪いを放ったようだが、気にすまい。
「兄さん、聞いていますか? すっとぼけても無駄ですよ」
おおっと、何か説教が始まる気配に、俺の脳にエマージェンシーシグナルが点滅した。
「そ、そうだ、そんな所に座り込んでたんだ。冷えただろう? あっちでお茶でもしないか?」
「兄さん」
「あ、ああ?」
「その買い物袋は夕食ですか? いわゆるコンビニ弁当という物ですね?」
まさかそんな方面から攻めて来られるとは思ってもいなかった俺は、思わず壊れた首振り人形のようにガクガクとぎこちなく頷いた。
やたら潔癖な所があるうちの弟殿はそんな俺に向かってまるで今から刻む鬼を見るような冷厳なまなざしを向けている。
「そんな栄養の偏った物を食するなど、自分を貶めているようなものですよ。食は即ち身命の基です。それをないがしろにするなど、兄さんには一人暮らしは早いのではないですか? ざっと見た所世話をしてくれるお相手も居ないようですし」
恐ろしい。
何が恐ろしいかというと、この弟殿は正論を展開している時程『気』が漲っているということがだ。
なんというか、こやつは説教しながら敵を倒すタイプなのだ。まぁ怪異に向かって説教するのもどうよ? とは俺も思うのだが。
弟殿の周りに何か怪しげな危険を感じさせる閃きが時々見えるが、あれを飛ばして来たりしないよな? 一応お兄ちゃんなんだぜ? 俺。
「聞いているのですか?」
「うあい!」
思わず気をつけをしてイイ返事をしてしまう。ちょっと上ずったのはご愛嬌だ。
「それになんですか、その袋は? 今や世はエコが常識でしょう? 現代人たらんとした兄さんがそのようなことでどうするのですか?」
コンビニの袋をそのまま貰って帰って来たことにまでツッコミが入った!
田舎の方ではそんな分別ゴミとか普及してないと思っていたが、甘かったようだ。
でも、これはこれで色々便利なんだよ? 溜めすぎると始末に困るのは確かだけどさ。
そう思っても口に出せないヘタレっぷりで、俺は大人しく四つも年下の弟の説教を項垂れて聞いている。
「兄さんがとうとう戻って家を継ぐつもりになったと聞いて安心して家を開けて仕事に出ていたら、試練を終えた後はさっさと中央に戻ってしまうとか、僕や由美子を待ちもしないで。あまりにも酷いのではないですか?」
いや、家を継ぐ云々は思い込みだ。俺は一言も言ってない。
「会わずに帰ったことは悪かったと思ってる。その、お前や由美子に別に思う所があった訳じゃないんだ」
とりあえず謝り倒す、これしかない。
下手に言い訳をすれば俺の人生は終わる。恐らく、きっと。
「当たり前です。兄さんがそんな風になっているならきっと何かよからぬモノに取り憑かれているに違いありませんからね。せめて僕の手で葬ってさしあげます」
「いきなり葬るな!」
流石に思わずツッコんで、ひやりとした目で見られて口を閉ざす。
怖い。たかだか二十二の若造の癖にとんでもない迫力だぜ。
「それで、兄さんは家に帰らないつもりなんですか?」
「それは家を出る時にさんざん話し合っただろう? 今の時代に家業に縛られるなんてナンセンスだ」
「……それで、こんなオモチャを作って暮らすというのですか?」
部屋を飛び回る小さな蝶を模したカラクリをチラリと見やると、弟は切って捨てるような勢いでそうなじる。
だが……。
「オモチャを馬鹿にするもんじゃあない。文明と共にオモチャは育って来たし、人はオモチャに触れて育って来た。オモチャを作って楽しむことが出来るってことは人が人である証でもあるんだ」
これだけは譲れない。
俺が心動かされ、道を選んだ、その象徴が玩具だからだ。
「そうですか。しかし、その志と今の仕事は少々離れているようですけど」
「うっ」
グッと詰まる。
実際俺が今務めている会社はそこそこの優良企業とはいえ家電の会社なのだ。
俺が大見得切って飛び出した理由から微妙に離れていることは否めない。
「基本は同じだよ。機械であることには変わりない。それに人の役に立つ仕事だしな」
「物は言いようですね」
ヤバイ、納得してない。まぁそりゃあそうだよな、うん。実は俺も納得してないからな。
だって就職先の選り好みなんか出来る状況じゃなかったんだよ。
特殊技能持ちって言ったってまだまだひよっこだしな。
「ところでお前はどうして中央に来たんだ? それって仕事着だよな?」
話を逸らすためというより、気になっていたことを切り出してみる。
「兄さんが家業を投げ出したとしても誰かがそれをやらなければならないでしょう。怪異は常に新たに発生しているし、一度発生してしまえば自然に消滅したりは滅多にしないものですからね」
「いやいや、そういうことじゃなくってさ。ここは結印都市じゃないか、ここに仕事なんか無いだろう?」
ふうっと、浩二は妙に深い溜息を吐いてみせた。
うん、俺に対する嫌味だよな、あれ。
「これが平和ボケというものなのですね。仮にも鬼伏せの家の長男たる者が情けない限りです」
「あー、情けなくて悪かった」
弟殿の言葉に、急激に不安が押し寄せる。
俺は何かを見落としてる? そういえば、俺は『どうして』蝶々さんに結界を仕込んでいるんだろう?
「アレを飛ばしているのですから、とっくにわかっていることだと思っていましたけど、そうですか、いつものアレですね。無意識というか野生の本能というか」
我が弟殿、浩二は、まるで俺の思いを読んだように蝶々さんを示すと、何やら酷い言いがかりを口にした。
「兄さん、怪異の生まれる仕組みを覚えていますか?」
怪異の生まれる仕組み、か。
怪異は存在するものの意識から生まれる。いわば夢と現実との間に生まれた忌み子のような存在だ。
より強固でより強い意識が最も強大な怪異を生むと言われていて、最悪の怪異はこの星の夢から生まれたと言われている。
ちなみに、最悪の怪異とは煉獄のことだ。
まぁこれは今回関係ないだろう。
つまり……なるほどな。
「あ~、なるほど、人間がこれだけ寄り集まっているんだ。外部の怪異は防いでも、内部で新たに生まれる分があるってことか」
「『人間』だけでは無いですけど、まぁそのような物です」
俺は今までこっちで形を持つ怪異に遭遇したことが無かったからすっかり安心していたが、理屈的には確かに有り得る話だった。
「それに、結界で守られているといっても、それで外の怪異が消える訳ではないのですよ。放置された外の怪異が固定化して成長したら、やがてはこの結界も持たなくなるでしょう。我らが必要では無くなることは無いのです」
「それは違うな」
自分で思った以上に、俺は固い声を発していた。
浩二がぎょっとしたように俺を見る。
「人類を甘く見るな。今や人間は個人の勇を頼らなければならないような弱い種族ではなくなった。人間はその気になれば能力者に頼らずに巨大な怪異を倒すだけの力がある。軍隊や兵器が、な」
そうだ、同族同士の戦争の道具にしか思われていない兵器だが、それは怪異にも力を発揮する。
今や人類は非能力者でも怪異を倒せる力を得たのだ。
「一発で国費を揺るがすようなミサイルを使ってですか?」
だが、浩二はそれを冷笑でもって迎えた。
怪異と戦う道を真っ直ぐ進んできた弟にとって、たかだか数十年で台頭してきた兵器なぞと自分たちを比べられるのは業腹なんだろう。
「そうだ。それだけの代償を持ってすれば、俺たちじゃなくても戦えるんだ。誰かが犠牲にならなければならない時代はもう終わったんだよ」
それでも、俺は伝えたかった。
ほんの一握りの、勇者と呼ばれた者達が死力を尽くした犠牲の上に平和を築く時代はもう終わっていいのだと。
弟は一瞬眉をしかめると、俺を一瞥して息を吐いた。
呆れたとか苛立ったとかいう顔では無かったが、正直どういう感情がこの一本槍で生真面目な弟の中に生じたか俺には知りようもない。
「とりあえず兄さんの話は聞かせてもらいました。これで失礼します」
よくよく考えると、台所でいい年した男二人が向い合って話をするってなんか嫌な図だよな。
「おい、茶ぐらい飲んでけよ」
「いえ、最終に間に合いませんので。それから……」
浩二はごそごそとたすき掛けしたカバンから何やら取り出すと俺に手渡した。
「今後の買い物にはこれを使ってください。ちゃんと防水加工もしてありますからね」
押し付けられたのは濃紺のデカイ風呂敷だった。
ちょ、お前、これで俺に買い物をしろと? そう言うのか?
「ちょ、浩二!」
「ああ、そうそう」
文句を言おうとする俺の機先を制するように、弟殿は振り向いた。
「僕には由美子を止められませんから、せいぜい注意してくださいね」
「う?……え?」
「怒っていましたからね。……ものすごく」
ドアを閉める間際にニィと笑ってみせる。
その笑顔に、背中に氷柱が生じるような思いを抱きながら、俺は弟が去る足音をただ聞いているしかなかったのだった。
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貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。
自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる――
※修正要請のコメントは対処後に削除します。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
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【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~
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※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!!
『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。
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【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?
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