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序章
エンジニア(精製士)の里帰り
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滴り落ちるような朱髪。
そんな風に表現すると、なんだそりゃ? と言われそうだが、そう表現するしかない髪が目前にある。
その相手の目は黄色。
金色とか茶色とかじゃなくてぺったりとした黄色だ。
口元に貼り付けたような笑みと、緩慢でやる気のなさそうな動き。
見たままに表現するならそういう相手が、今、目前にいた。
それはいわゆる『鬼』と呼ばれるモノだ。
一方で俺は、ぜいぜいと荒い呼吸を繰り返しながらくずおれそうな膝を騙し騙し動かしている。
なんでこんな事になっているかというと、これがうちの成人の儀だからだ。
「え? 何? 鬼と対面するのが成人の儀? へぇ」とか、友人の流辺りならそんな変な納得をしそうだが、断じて違う。
なんと、こいつを倒せとか言われてるんだ。いや、マジで。
そりゃあさ、うちが代々続く鬼伏せの血筋だってのは知ってるし、色々一族の武勇伝は聞いてるよ、うん、そりゃまあ、自分の家族の事だし。
でもさ、違う進路を選んだ俺までなんでこの試練やらんといかんの? 意味が分からないんですけど。
俺はいわゆる精製士だ。
水晶針を組んでカラクリの仕掛けを弄ったり、融合の触媒に金粉を変質させてその割合を計ったり。そういうのが専門で鬼退治はいたしません。
そんな危ないまねを誰がするか!
だというのに、中央都市で就職してバリバリやってた俺の元に連絡が来て、親が言う事には、「お前もそろそろ一人前だろう。お祝いをするから戻って来なさい。会わせたい人もいるし」というお定まりの言動に、つい、おお! 嫁さんを世話してくれるのか? とか思ってしまったのが運の尽き。
正装させられて放り込まれたのはお見合いの席じゃなくて仮想山脈の祠前、試しの鬼の御前でした。とか、そりゃあないだろう?
『おお、良き仔じゃ、どれ、ひとつ我れが食ろうてしんぜよう』
頭の中に汚濁のような意識が流れ込む。
闇種独特の精神汚染だ。
これを聞き続けると気力が萎えて戦うどころの話じゃなくなる。
といっても聞かない訳にもいかない。
なぜかというと、それは音では無いからだ。
共振という作用で直接精神に流し込まれる声なのだ。
「黙れ! しゃべるな! シャラアアアプ!」
言った所で聞きはしないのはお約束というもの。
何しろこの鬼は一応本物の依り代を使って作り出したレプリカなんだけど、ほぼ本物と同じだし、ずっと食事抜きで空腹状態という、敵ながら同情してしまいたくなるほど酷い扱いで放置されているのだ。
うん、だからといって同情したりはしないけどね。
「覚えてろよ、親父、お袋、ジジイにババア! 俺が稼いだ金は今後一切実家には入れないからな!」
ささやかな復讐を誓って、目前の相手に向かう。
いや、実家の稼ぎのほうが俺より上なんて分かりきった事は考えに入れない。何しろ連中はがめついから、あればあるだけ欲しいと思うような連中なのだ。
ざわりと、周囲の空気が撓んで、陽炎のように鬼の姿がにじむ。
――……来る。
ひと呼吸。それだけの間で、鬼は俺の鼻先に移動した。
咄嗟にクロスした腕でその牙を退けるも、拳をちょっと齧られて痛い。おおっ、血が出てるぞ!
「野郎、俺を食うなんざ数億年はええんだよ! ばぁか!」
言葉だけは負けない! って訳じゃないが、自分を鼓舞する為にも勢いは大事だ。うん、勢いは大事。
飛び退いた俺はポケットから銀色の細い鎖を出すと、それを右腕に撒き付ける。
チャリリと澄んだ音がして、暗く淀んでいた風景に『穢れ無き乙女』を意味する銀の輝きが散った。
色には様々な意味がある。
そして物にも様々な意味がある。
それらを組み合わせて一つの何かを生成するのが俺達精製士の仕事の一端だ。
銀は堅牢なる乙女の意思。
そして我が身は命の砦。
「貴なるを破るは邪悪也。その業をその身を以って識るがいい!」
銀鎖は描く、無垢ゆえに残虐な守り手を。
一角の獣降り立ちて、世界は白に染め上げられた。
―― ◇◆◇◆◇ ――
「おや、おかえり。どうだった? 中々手強かったでしょう?」
「おお、思ったより時間が掛かったじゃないか、どうした、腕が鈍ったのと違うか?」
「ああ、隆志、今夜はお前の好きなから揚げだよ、たんと食べてね」
「お前、中央の方で上手くやってるのか? いい加減こっちで家業を手伝ったらどうだ? そもそも弟と妹に任せっきりというのは兄貴として恥ずかしくないのか?」
俺が条件折り込みの幻想地図から命からがら帰還して、実家に戻ったときに、うちの家族がそれぞれに開口一番に言いやがったのがこれだった。
「お前ら! もう二度と実家になんか帰ってこねぇ!」
怒鳴りながら裏山に走り込んだ俺を誰が責める? 責めないよな。
「あらあら、また反抗期かしら?」
「いや、あれはきっと戦い足りなかったに違いない」
「そういえば裏山にはお隣のさっちゃん家のダンジョンがあったわね」
「全く他人さまのダンジョンにいきなりお邪魔するなんて、礼儀のなってない奴だ」
「う、腹減った」
突っ込んだ先がどうも迷宮だったみたいなんだけど、これっていつ出来たんだ? もう早く都会の我が家に帰りたいぜ。
泣き言を言った俺の頭に洞窟ダンジョンお決まりのコウモリが食い付いて来る。
「うっとおしいんだよ!」
ばしっと叩き落して考える。
これって食えるのかな?
とにかく、ここを出られたら俺はもう故郷には二度と帰らないつもりだ。
故郷なんてだいっきらいだ!
そんな風に表現すると、なんだそりゃ? と言われそうだが、そう表現するしかない髪が目前にある。
その相手の目は黄色。
金色とか茶色とかじゃなくてぺったりとした黄色だ。
口元に貼り付けたような笑みと、緩慢でやる気のなさそうな動き。
見たままに表現するならそういう相手が、今、目前にいた。
それはいわゆる『鬼』と呼ばれるモノだ。
一方で俺は、ぜいぜいと荒い呼吸を繰り返しながらくずおれそうな膝を騙し騙し動かしている。
なんでこんな事になっているかというと、これがうちの成人の儀だからだ。
「え? 何? 鬼と対面するのが成人の儀? へぇ」とか、友人の流辺りならそんな変な納得をしそうだが、断じて違う。
なんと、こいつを倒せとか言われてるんだ。いや、マジで。
そりゃあさ、うちが代々続く鬼伏せの血筋だってのは知ってるし、色々一族の武勇伝は聞いてるよ、うん、そりゃまあ、自分の家族の事だし。
でもさ、違う進路を選んだ俺までなんでこの試練やらんといかんの? 意味が分からないんですけど。
俺はいわゆる精製士だ。
水晶針を組んでカラクリの仕掛けを弄ったり、融合の触媒に金粉を変質させてその割合を計ったり。そういうのが専門で鬼退治はいたしません。
そんな危ないまねを誰がするか!
だというのに、中央都市で就職してバリバリやってた俺の元に連絡が来て、親が言う事には、「お前もそろそろ一人前だろう。お祝いをするから戻って来なさい。会わせたい人もいるし」というお定まりの言動に、つい、おお! 嫁さんを世話してくれるのか? とか思ってしまったのが運の尽き。
正装させられて放り込まれたのはお見合いの席じゃなくて仮想山脈の祠前、試しの鬼の御前でした。とか、そりゃあないだろう?
『おお、良き仔じゃ、どれ、ひとつ我れが食ろうてしんぜよう』
頭の中に汚濁のような意識が流れ込む。
闇種独特の精神汚染だ。
これを聞き続けると気力が萎えて戦うどころの話じゃなくなる。
といっても聞かない訳にもいかない。
なぜかというと、それは音では無いからだ。
共振という作用で直接精神に流し込まれる声なのだ。
「黙れ! しゃべるな! シャラアアアプ!」
言った所で聞きはしないのはお約束というもの。
何しろこの鬼は一応本物の依り代を使って作り出したレプリカなんだけど、ほぼ本物と同じだし、ずっと食事抜きで空腹状態という、敵ながら同情してしまいたくなるほど酷い扱いで放置されているのだ。
うん、だからといって同情したりはしないけどね。
「覚えてろよ、親父、お袋、ジジイにババア! 俺が稼いだ金は今後一切実家には入れないからな!」
ささやかな復讐を誓って、目前の相手に向かう。
いや、実家の稼ぎのほうが俺より上なんて分かりきった事は考えに入れない。何しろ連中はがめついから、あればあるだけ欲しいと思うような連中なのだ。
ざわりと、周囲の空気が撓んで、陽炎のように鬼の姿がにじむ。
――……来る。
ひと呼吸。それだけの間で、鬼は俺の鼻先に移動した。
咄嗟にクロスした腕でその牙を退けるも、拳をちょっと齧られて痛い。おおっ、血が出てるぞ!
「野郎、俺を食うなんざ数億年はええんだよ! ばぁか!」
言葉だけは負けない! って訳じゃないが、自分を鼓舞する為にも勢いは大事だ。うん、勢いは大事。
飛び退いた俺はポケットから銀色の細い鎖を出すと、それを右腕に撒き付ける。
チャリリと澄んだ音がして、暗く淀んでいた風景に『穢れ無き乙女』を意味する銀の輝きが散った。
色には様々な意味がある。
そして物にも様々な意味がある。
それらを組み合わせて一つの何かを生成するのが俺達精製士の仕事の一端だ。
銀は堅牢なる乙女の意思。
そして我が身は命の砦。
「貴なるを破るは邪悪也。その業をその身を以って識るがいい!」
銀鎖は描く、無垢ゆえに残虐な守り手を。
一角の獣降り立ちて、世界は白に染め上げられた。
―― ◇◆◇◆◇ ――
「おや、おかえり。どうだった? 中々手強かったでしょう?」
「おお、思ったより時間が掛かったじゃないか、どうした、腕が鈍ったのと違うか?」
「ああ、隆志、今夜はお前の好きなから揚げだよ、たんと食べてね」
「お前、中央の方で上手くやってるのか? いい加減こっちで家業を手伝ったらどうだ? そもそも弟と妹に任せっきりというのは兄貴として恥ずかしくないのか?」
俺が条件折り込みの幻想地図から命からがら帰還して、実家に戻ったときに、うちの家族がそれぞれに開口一番に言いやがったのがこれだった。
「お前ら! もう二度と実家になんか帰ってこねぇ!」
怒鳴りながら裏山に走り込んだ俺を誰が責める? 責めないよな。
「あらあら、また反抗期かしら?」
「いや、あれはきっと戦い足りなかったに違いない」
「そういえば裏山にはお隣のさっちゃん家のダンジョンがあったわね」
「全く他人さまのダンジョンにいきなりお邪魔するなんて、礼儀のなってない奴だ」
「う、腹減った」
突っ込んだ先がどうも迷宮だったみたいなんだけど、これっていつ出来たんだ? もう早く都会の我が家に帰りたいぜ。
泣き言を言った俺の頭に洞窟ダンジョンお決まりのコウモリが食い付いて来る。
「うっとおしいんだよ!」
ばしっと叩き落して考える。
これって食えるのかな?
とにかく、ここを出られたら俺はもう故郷には二度と帰らないつもりだ。
故郷なんてだいっきらいだ!
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