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襲撃
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部下からの報告を聞き、精霊神殿の門前に来ていたラルダスは、アイメリアとおぼしき少女が、信徒達によって乱暴に神殿内へと連れていかれたことを聞いた。
神殿騎士は神殿長の許可なく神殿内部に立ち入ることは出来ない。
しかし、気が逸るラルダスは、そのまま神殿の奥へ自分も向かうつもりになっていた。
叱責されるだろうし、場合によっては降格処分もあるかもしれない。
だが、いてもたってもいられない気分だったのだ。
ラルダスのこれまでの経験からいって、そういう気持ちのときには大体邪魔が入る。
このときも、案の定、騎士団本部からの伝令が慌てた様子で駆けつけて来た。
「大変です。参道前に王国騎士が臨戦体制にて、中隊規模の騎馬を並べています!」
精霊神殿の敷地内は神殿騎士のなわばり。
王国騎士が武装したまま隊列を組んで訪れるのは、宣戦布告と同じこととなる。
ラルダスは、ため息を吐きたい気持ちをグッとこらえて、伝令の使者に問う。
「騎士団長からのご指示は?」
「はっ、ホーリー(ラルダスの洗礼名)隊本体は神殿正門を死守、本隊は山裾を回り込んで後背を突く、とのこと」
「了解した、と団長に伝えてくれ」
敬礼をして踵を返して去っていく伝令をちらりと見たラルダスは、自分の部隊に向き直る。
今この場にいるのは一個小隊、約三十人のみ。
門前で問題が生じたとのことで駆けつけたことを考えれば、大袈裟なぐらいの大人数だったのだが、王国兵の騎士中隊とやりあうには心もとない。
なにしろ、相手は五倍の戦力だ。
「参道の道幅はそう広くない。門を突破されなければ勝機はある」
ラルダスは自分に言い聞かせるように部下達に宣言した。
門扉の開閉は、従来なら信徒に指示を仰がねばならないが、緊急事態なので、事後承諾ということで、閉じさせてもらう。
「どこにでも、無粋な奴というのはいるものだな」
ラルダスは、今すぐアイメリアを追いたい気持ちを胸に、ぼそりとそうぼやいたのだった。
さて、相対する王国騎士の心中も意気揚々という訳ではない。
むしろ、ほとんどの者が精霊神殿で洗礼を受けた信者である。
それぞれに口には出さないが、畏れ多いことをしているのでは? という不安に苛まれていた。
しかし騎士は仕える相手の命令に逆らうことは許されない。
そんな心情もあって、王国騎士隊は粛々と騎馬を進め、鎧の擦れる音と馬の足音のみを響かせながら山道を進軍した。
やがて短くない時間を経て、両者は接敵を果たす。
お互いを確認した騎士達は、まず問答を行うのが作法だ。
機先を制して声を張ったのはラルダスであった。
風魔法を使った問いかけは、武威を示すことにもなる。
「さて、王国の騎士さま方とお見受けいたしますが、此度は何用でありましょうか? 取り決めでは、事前の通達なしに兵力を神殿敷地に入れた場合、襲撃とみなす、とあったはず」
ざわり、とわずかな動揺が王国騎士達に生じる。
部下の動揺を制して、部隊長らしき騎士が答えた。
「我らは陛下の命によって祭司殿の真意を問うべくして参った」
「祭司さまの真意・・・・・・とは?」
すかさずラルダスが問い返す。
「先頃の民への理不尽な攻撃に対する詮議である」
「これはまた、詮議とは穏やかならぬ言葉でありましょう。それは罪があると断じている、ということですよ?」
「晴天のもと、個人の屋敷にのみ落雷があり、広大なその屋敷は跡形もなく崩壊した。このようなことが精霊以外の何者に出来得るのだ! 人の魔法で成せる御技ではないぞ!」
「なるほど。確証はなく、思い込みで武力を差し向けた、という訳ですね。普通ならば、騎士隊ではなく、正式な使者を送って問うのが礼儀というもの。・・・・・・この出兵はまことに国王陛下の命なのですか? 正式な書面はお持ちで?」
ラルダスの冷静な受け答えに、騎士隊の部隊長らしき者は咄嗟に言葉に詰まる。
その様子に、ラルダスはピンと来た。
この出兵は、国王の承認を受ける前に先走った、どこかの貴族によるものだ、と。
王国騎士を出陣させ得るのだから、かなり高位の貴族ではあるのだろうが、王命を騙るのは、許されざることだ。
それを騙った、ということは、口上を耳にした者を全て亡き者とするつもりである、ということだろう。
しかし、相手が自分達を殲滅するつもりであるとは言え、先に手を出す訳にはいかない。
そんなことをすれば、相手に大義名分を与えることとなるだけだ。
時間を稼げば神殿騎士隊の本体が王国騎士隊の後背を突く。
ラルダスは表面上は余裕ありげに振る舞った。
だが内心には、神殿内部へと連れ去られたアイメリアを思っての焦りがある。
「アイメリア・・・・・・どうか無事でいてくれ」
小さく呟いて、ラルダスは居並ぶ王国騎士隊を冷た青い目で睥睨したのだった。
神殿騎士は神殿長の許可なく神殿内部に立ち入ることは出来ない。
しかし、気が逸るラルダスは、そのまま神殿の奥へ自分も向かうつもりになっていた。
叱責されるだろうし、場合によっては降格処分もあるかもしれない。
だが、いてもたってもいられない気分だったのだ。
ラルダスのこれまでの経験からいって、そういう気持ちのときには大体邪魔が入る。
このときも、案の定、騎士団本部からの伝令が慌てた様子で駆けつけて来た。
「大変です。参道前に王国騎士が臨戦体制にて、中隊規模の騎馬を並べています!」
精霊神殿の敷地内は神殿騎士のなわばり。
王国騎士が武装したまま隊列を組んで訪れるのは、宣戦布告と同じこととなる。
ラルダスは、ため息を吐きたい気持ちをグッとこらえて、伝令の使者に問う。
「騎士団長からのご指示は?」
「はっ、ホーリー(ラルダスの洗礼名)隊本体は神殿正門を死守、本隊は山裾を回り込んで後背を突く、とのこと」
「了解した、と団長に伝えてくれ」
敬礼をして踵を返して去っていく伝令をちらりと見たラルダスは、自分の部隊に向き直る。
今この場にいるのは一個小隊、約三十人のみ。
門前で問題が生じたとのことで駆けつけたことを考えれば、大袈裟なぐらいの大人数だったのだが、王国兵の騎士中隊とやりあうには心もとない。
なにしろ、相手は五倍の戦力だ。
「参道の道幅はそう広くない。門を突破されなければ勝機はある」
ラルダスは自分に言い聞かせるように部下達に宣言した。
門扉の開閉は、従来なら信徒に指示を仰がねばならないが、緊急事態なので、事後承諾ということで、閉じさせてもらう。
「どこにでも、無粋な奴というのはいるものだな」
ラルダスは、今すぐアイメリアを追いたい気持ちを胸に、ぼそりとそうぼやいたのだった。
さて、相対する王国騎士の心中も意気揚々という訳ではない。
むしろ、ほとんどの者が精霊神殿で洗礼を受けた信者である。
それぞれに口には出さないが、畏れ多いことをしているのでは? という不安に苛まれていた。
しかし騎士は仕える相手の命令に逆らうことは許されない。
そんな心情もあって、王国騎士隊は粛々と騎馬を進め、鎧の擦れる音と馬の足音のみを響かせながら山道を進軍した。
やがて短くない時間を経て、両者は接敵を果たす。
お互いを確認した騎士達は、まず問答を行うのが作法だ。
機先を制して声を張ったのはラルダスであった。
風魔法を使った問いかけは、武威を示すことにもなる。
「さて、王国の騎士さま方とお見受けいたしますが、此度は何用でありましょうか? 取り決めでは、事前の通達なしに兵力を神殿敷地に入れた場合、襲撃とみなす、とあったはず」
ざわり、とわずかな動揺が王国騎士達に生じる。
部下の動揺を制して、部隊長らしき騎士が答えた。
「我らは陛下の命によって祭司殿の真意を問うべくして参った」
「祭司さまの真意・・・・・・とは?」
すかさずラルダスが問い返す。
「先頃の民への理不尽な攻撃に対する詮議である」
「これはまた、詮議とは穏やかならぬ言葉でありましょう。それは罪があると断じている、ということですよ?」
「晴天のもと、個人の屋敷にのみ落雷があり、広大なその屋敷は跡形もなく崩壊した。このようなことが精霊以外の何者に出来得るのだ! 人の魔法で成せる御技ではないぞ!」
「なるほど。確証はなく、思い込みで武力を差し向けた、という訳ですね。普通ならば、騎士隊ではなく、正式な使者を送って問うのが礼儀というもの。・・・・・・この出兵はまことに国王陛下の命なのですか? 正式な書面はお持ちで?」
ラルダスの冷静な受け答えに、騎士隊の部隊長らしき者は咄嗟に言葉に詰まる。
その様子に、ラルダスはピンと来た。
この出兵は、国王の承認を受ける前に先走った、どこかの貴族によるものだ、と。
王国騎士を出陣させ得るのだから、かなり高位の貴族ではあるのだろうが、王命を騙るのは、許されざることだ。
それを騙った、ということは、口上を耳にした者を全て亡き者とするつもりである、ということだろう。
しかし、相手が自分達を殲滅するつもりであるとは言え、先に手を出す訳にはいかない。
そんなことをすれば、相手に大義名分を与えることとなるだけだ。
時間を稼げば神殿騎士隊の本体が王国騎士隊の後背を突く。
ラルダスは表面上は余裕ありげに振る舞った。
だが内心には、神殿内部へと連れ去られたアイメリアを思っての焦りがある。
「アイメリア・・・・・・どうか無事でいてくれ」
小さく呟いて、ラルダスは居並ぶ王国騎士隊を冷た青い目で睥睨したのだった。
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