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混乱と真実
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精霊神殿は混乱のさなかにあった。
それも当然だろう、これまで傀儡も同然であった祭司長が、自ら主張し、実質精霊神殿の支配者であった信徒の長である神殿長と真っ向対立の立場を取ったのだ。
これで混乱しないほうがおかしい。
とは言え、真実を知っているのは信徒のなかでもごく一部であり、それなりの要職に就いている者だけだ。
精霊神殿で働いている一般の信徒は、ただ上役から本日は一般参拝は中止であり、神殿長は祭司堂におこもりになっている、と説明されていた。
そのため、門衛の騎士から、ザイスの娘が訪れたとの一報を受けた信徒は、祭司堂の扉前になにやら深刻な様子で集っている上役に伝言を伝えることとなる。
「なんだと? ザイスの娘が門前に来ているだと! おのれ、あのような冒涜をおかしておきながらよくものうのうと! 精霊さまの罰を受けるがいい!」
話を聞いた一人は、感情的にそう叫んだ。
伝言を伝えた信徒は困り果てる。
それは指示でもなんでもないからだ。
困っている信徒の様子を察した普段神殿長の補佐をしている男が、現在倒れてしまい、指示を出せない神殿長に代わって指示を出した。
「それは好都合、連れて来るがいい」
「バカな、この神聖な場所に罪人を立ち入らせるなど、正気か?」
「貴様にもわかるはずだ。今の祭司長殿は、誰の言葉でも止まらぬ。・・・・・・ならば、贄が必要であろう」
にこりともせずに神殿長補佐の男は言いはなった。
若い娘を精霊の怒りを収める贄として差し出すという冷徹な考えに、最初に感情的に反応した信徒の男はひるんだ。
が、かといって反対することもない。
「いい考えだわ、罪人が罪を購うのは当然ですもの」
別の、初老の女信徒は薄く笑いを浮かべながら言った。
やさしげに見えて、目の奥は冷たい。
そういう笑いだ。
伝言を伝えた信徒は、何やら不穏なものを感じつつも、言われた通り、精霊神殿を訪れた少女を連れて来るという指示に従うことにしたのである。
神殿騎士団にも、伝令が走っていた。
門衛の騎士は、少女の言葉とただならぬ様子に、これまでの経緯で信頼を失墜しつつある精霊神殿側へのみの伝言で済ますのはまずいと判断したのだ。
門の近くには騎士の詰め所があり、門衛以外にも常に一つの班単位である、六人程度の騎士が駐在していた。
この日の担当は偶然にもラルダスの隊であったが、彼らはアイメリアと面識がないため、とんでもないことを訴える少女に対して特に何かを感じたということはない。
ただ、内容が内容なため、小隊長に報告を行ったのだ。
報告を受けた小隊長は、最近の精霊の御子騒ぎとの関連を考え、直ちに騎士団本隊へと伝令を走らせた。
とはいえ、騎士団の本拠地は、門からは離れている。
以前は神殿近くに騎士団の本営があったのだが、昔、神殿騎士と神殿との間でいざこざがあり、元の本営は撤去され、今は山裾の近くに移設されていたのだ。
そのため、一報を受け、念のため精鋭を率いて駆けつけた銀騎士ラルダスであったが、すでに訪れた娘は神殿へと入った後で、直接まみえることは出来なかった。
部下から少女の身なりや風貌を聞いたラルダスは、脳裏にアイメリアの姿を思い浮かべ苦悶する。
アイメリアは一度としてラルダスに自分がザイスの娘だと名乗ったことはなかった。
だが、ザイスに預けられ、不遇のうちに育ったという御子の名前がアイメリアと同じものだとラルダスは既に聞いている。
「まさか・・・・・・そんなことは」
おそらく、関係者のなかで一番最初に真相にたどり着いたのは、銀騎士ラルダスであっただろう。
だがそれは、ラルダスに凍えるような喪失感を与えることとなったのだ。
◆◆◆
ラルダスが門に到着する少し前、一足早く門前に到着した信徒達は、疲弊して座り込むアイメリアを取り囲み、一人がその腕をぐいと引っ張った。
「立て!」
「信徒さま、そのような少女に乱暴な振るまいはいかがなものかと」
その様子を、一人残った門衛の騎士が咎める。
しかし、信徒の男は気色ばんだ様子で怒鳴った。
「黙れ! この者は罪人なるぞ!」
騎士は思う。
つい先日、大罪人であったはずのザイス一家を、罪を裁くのは国の役割だからと、騎士団に断りなく引き渡しておいてそれを言うのか? と。
とは言え、神殿騎士は精霊神殿を護るための存在だ。
神殿側と対立する訳にはいかない。
それに、もう何年も昔の話ではあるが、神殿騎士の一人が祭司となった娘と駆け落ちをするというスキャンダルを起こして以来、精霊神殿と神殿騎士団との間は微妙な関係となっている。
そのため、騎士達は、団長からくれぐれも神殿側と問題は起こしてくれるなと言い含められていた。
だから、騎士はひとことだけを告げる。
「精霊を憎しみに染めることなかれ。それこそが教義の第一と伺っております。・・・・・・もちろん、信徒の方々がご存じないはずはありませんよね?」
「チッ、剣だけ振っておればいいものを! 余計な口を挟むな! 貴様は黙って門番をしておればいいのだ!」
騎士は怒りを抑えるためにギリギリと奥歯を噛み締めながら、少女を乱暴に引き立てて行く信徒達を見送ったのだった。
それも当然だろう、これまで傀儡も同然であった祭司長が、自ら主張し、実質精霊神殿の支配者であった信徒の長である神殿長と真っ向対立の立場を取ったのだ。
これで混乱しないほうがおかしい。
とは言え、真実を知っているのは信徒のなかでもごく一部であり、それなりの要職に就いている者だけだ。
精霊神殿で働いている一般の信徒は、ただ上役から本日は一般参拝は中止であり、神殿長は祭司堂におこもりになっている、と説明されていた。
そのため、門衛の騎士から、ザイスの娘が訪れたとの一報を受けた信徒は、祭司堂の扉前になにやら深刻な様子で集っている上役に伝言を伝えることとなる。
「なんだと? ザイスの娘が門前に来ているだと! おのれ、あのような冒涜をおかしておきながらよくものうのうと! 精霊さまの罰を受けるがいい!」
話を聞いた一人は、感情的にそう叫んだ。
伝言を伝えた信徒は困り果てる。
それは指示でもなんでもないからだ。
困っている信徒の様子を察した普段神殿長の補佐をしている男が、現在倒れてしまい、指示を出せない神殿長に代わって指示を出した。
「それは好都合、連れて来るがいい」
「バカな、この神聖な場所に罪人を立ち入らせるなど、正気か?」
「貴様にもわかるはずだ。今の祭司長殿は、誰の言葉でも止まらぬ。・・・・・・ならば、贄が必要であろう」
にこりともせずに神殿長補佐の男は言いはなった。
若い娘を精霊の怒りを収める贄として差し出すという冷徹な考えに、最初に感情的に反応した信徒の男はひるんだ。
が、かといって反対することもない。
「いい考えだわ、罪人が罪を購うのは当然ですもの」
別の、初老の女信徒は薄く笑いを浮かべながら言った。
やさしげに見えて、目の奥は冷たい。
そういう笑いだ。
伝言を伝えた信徒は、何やら不穏なものを感じつつも、言われた通り、精霊神殿を訪れた少女を連れて来るという指示に従うことにしたのである。
神殿騎士団にも、伝令が走っていた。
門衛の騎士は、少女の言葉とただならぬ様子に、これまでの経緯で信頼を失墜しつつある精霊神殿側へのみの伝言で済ますのはまずいと判断したのだ。
門の近くには騎士の詰め所があり、門衛以外にも常に一つの班単位である、六人程度の騎士が駐在していた。
この日の担当は偶然にもラルダスの隊であったが、彼らはアイメリアと面識がないため、とんでもないことを訴える少女に対して特に何かを感じたということはない。
ただ、内容が内容なため、小隊長に報告を行ったのだ。
報告を受けた小隊長は、最近の精霊の御子騒ぎとの関連を考え、直ちに騎士団本隊へと伝令を走らせた。
とはいえ、騎士団の本拠地は、門からは離れている。
以前は神殿近くに騎士団の本営があったのだが、昔、神殿騎士と神殿との間でいざこざがあり、元の本営は撤去され、今は山裾の近くに移設されていたのだ。
そのため、一報を受け、念のため精鋭を率いて駆けつけた銀騎士ラルダスであったが、すでに訪れた娘は神殿へと入った後で、直接まみえることは出来なかった。
部下から少女の身なりや風貌を聞いたラルダスは、脳裏にアイメリアの姿を思い浮かべ苦悶する。
アイメリアは一度としてラルダスに自分がザイスの娘だと名乗ったことはなかった。
だが、ザイスに預けられ、不遇のうちに育ったという御子の名前がアイメリアと同じものだとラルダスは既に聞いている。
「まさか・・・・・・そんなことは」
おそらく、関係者のなかで一番最初に真相にたどり着いたのは、銀騎士ラルダスであっただろう。
だがそれは、ラルダスに凍えるような喪失感を与えることとなったのだ。
◆◆◆
ラルダスが門に到着する少し前、一足早く門前に到着した信徒達は、疲弊して座り込むアイメリアを取り囲み、一人がその腕をぐいと引っ張った。
「立て!」
「信徒さま、そのような少女に乱暴な振るまいはいかがなものかと」
その様子を、一人残った門衛の騎士が咎める。
しかし、信徒の男は気色ばんだ様子で怒鳴った。
「黙れ! この者は罪人なるぞ!」
騎士は思う。
つい先日、大罪人であったはずのザイス一家を、罪を裁くのは国の役割だからと、騎士団に断りなく引き渡しておいてそれを言うのか? と。
とは言え、神殿騎士は精霊神殿を護るための存在だ。
神殿側と対立する訳にはいかない。
それに、もう何年も昔の話ではあるが、神殿騎士の一人が祭司となった娘と駆け落ちをするというスキャンダルを起こして以来、精霊神殿と神殿騎士団との間は微妙な関係となっている。
そのため、騎士達は、団長からくれぐれも神殿側と問題は起こしてくれるなと言い含められていた。
だから、騎士はひとことだけを告げる。
「精霊を憎しみに染めることなかれ。それこそが教義の第一と伺っております。・・・・・・もちろん、信徒の方々がご存じないはずはありませんよね?」
「チッ、剣だけ振っておればいいものを! 余計な口を挟むな! 貴様は黙って門番をしておればいいのだ!」
騎士は怒りを抑えるためにギリギリと奥歯を噛み締めながら、少女を乱暴に引き立てて行く信徒達を見送ったのだった。
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