お前など家族ではない!と叩き出されましたが、家族になってくれという奇特な騎士に拾われました

蒼衣翼

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アイメリアの決意

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 ときは少しさかのぼり、アイメリアとラルダスが二人で買い物に行った翌朝。
 常の通りの朝の日課を過ごし、ラルダスを送り出したアイメリアは、家の片付けや庭の手入れを念入りに行い、その日と翌朝の、ラルダスのための食事の作り置きを用意した。
 そして、テーブルに詫び状を残して、カバン一つを手に家を出たのである。

「お庭のお花、もうすぐ咲くところだった、のに」

 ささやき声の一人が悲しげに呟くの聞きながら、アイメリアも悲しい気持ちにさいなまれていた。
 本当は、ずっとあの家で働けたら、と思っていたのだ。
 助けてもらった恩返しもまだ出来ていない。
 支度金やお給金ももらったのに、仕事も中途半端、あまりにも不義理であった。
 しかし……。

「もう追い出されたとは言っても、私はザイス家の娘ということになっていたの。ラルダスさまは神殿騎士だから、神殿に不敬を働いた者の家族を雇っていたりしたら、きっとお立場が悪くなってしまわれるわ」
「人間のことはよくわからないけどさ、あの親父が悪いんだろ? やっぱり、さっさと消しちゃえばよかったんだ」
「いじわるな女の子の髪は、見かけるたびにぐちゃぐちゃにしてやったけどね!」

 ささやき声たちの言葉に、アイメリアは仰天する。

「ダメ、ダメよ。悪いことをしてはダメ。みんなが悪い子になっちゃったら、私、悲しいよ」
「泣かないで、アイメリア」
「悪かったよ」
「お庭……」

 ささやき声たちの、謝ったり寂しがったりする言葉を聞きながら、アイメリアは自嘲の笑みを浮かべた。

(本当は、私が一番ザイスの家を恨んでるのかもしれない。ずっと、ラルダスさまのもとで仕事をしていたかった……)

 アイメリアは、プレゼントと言って渡された服を大事にしまったカバンをギュッと胸に抱く。
 ラルダスを裏切ったのだから、あの家に残しておくべきだったのかもしれないとは思ったものの、結局は持って来てしまった。

「ラルダスさま、ごめんなさい」

 アイメリアは、悄然と肩を落としつつ、街の雑踏のなかへと姿を消したのである。

 
 一方その頃、ラルダスは、久々の団長を交えた神殿騎士団全体のミーティングで、驚くべき言葉を聞いていた。

「精霊の御子の名前が、アイメリア?」
「ああ、神殿の連中の秘密主義にさすがに腹が立ってな。とにかく事実を明らかにして欲しい、と頼んだんだ」
「脅した、の間違いではありませんか?」

 神殿騎士団長の言葉に、補佐官の一人エダスがツッコミを入れる。
 騎士団長のガイストは、一瞬片眉をぴくりと上げるが、そのまま言葉を続けた。

「まぁ、それでも連中はだんまりを決め込もうとしていたんだけどな。とにかく、祭司長殿に面会させろ、と迫った。するとだな、その騒ぎに気づいたように、……そこに驚くべき人物が姿を現した」
「驚くべき人物、ですか?」
「ああ。聞いて驚け。なんと祭司長殿ご本人だ」
「えっ!」

 騎士団長の言葉通り、驚いたラルダスは、騎士団長の横に佇む男性補佐官のエダスに顔を向ける。
 エダスは無言でうなずき、それが冗談でもなんでもないということを保証した。

「しかし、祭司の方々は世俗に染まってはならないということで、神殿のお偉いさん以外には会わない、ということでしたが」
「まぁ、その決まりを作ったのは神殿のお偉いさん。つまり祭司の方々のお世話をする信徒のまとめ役、だからな」
「本来のトップである祭司長殿のご意向ではなかった、ということ、ですか?」
「一応精霊に邪念が宿るのを防ぐ、というもっともらしい理由はあるぞ?」

 そう言いつつも、騎士団長の言葉は、どこか神殿の信徒達を揶揄する風である。

「祭司長殿は、その、かなりお怒りのよう、でした」

 エダスは、わずかなおそれを声に滲ませ、そう告げた。

「事情を聞いて、俺も、なんというか怒りを通り越して呆れたぞ。大事な御子をよりによって守銭奴として有名なザイス家に預け、様子を見に行くこともせずに、結果、再会の約束の年齢になって現れたのは、全くの別人。ザイスの実の娘でした、となれば、な。神殿の連中は、世間知らずのあまり、人を疑うということをお知りにならないのだろうな」

 それこそ皮肉たっぷりに騎士団長ガイストは言い、獰猛な笑みを浮かべる。

「それで、その、御子のお名前がアイメリア、というのは?」

 予感というにははっきりとしすぎている不安を胸に、ラルダスは上司に問う。

「ああ。祭司長のお怒りを受けて、神殿の連中も、やっと隠していたことを洗いざらい白状した。名前と、ザイス家でどういう風に育てられていたのか、ということも、な。何しろ、祭司長殿は、影響が大きすぎるってんで、感情が落ち着くまでは、直接名前を口に出すのは控えたほうがいい、ということで、それこそ必死で神殿の連中が伏して願うもんだから、話が面倒になっちまって。だが、そもそもことの全部を把握している奴がいなくて、な。なかには逃げ隠れしている奴までいたせいで、苦労をしたぜ。騎士団への伝達が日をまたいだり細切れになっちまって、お前らにも苦労をかけた、がな」

 騎士団長が久々に見せる獰猛な笑みに、その怒りを感じつつ、ラルダスは核心に迫った。

「それで、我が家にいるアイメリアがそうではないか? と、お思いですか?」
「俺は直接は知らん。だが、ダハニアはそうじゃないか、と言っている。髪の色は違うし、名前も、珍しいというほどの名前でもないが……」

 騎士団長の言葉を、女性補佐官のダハニアが引き継ぐ。

「仕事を探していた時期、と、なんというか、雰囲気、でしょうか?」
「雰囲気、ですか?」

 ラルダスの問いに、ダハニアはうなずいた。

「彼女のいる場所だけ、特別明るい。なにやら、居心地がいい。そういう感じがありました。今思えば、初対面にも関わらず心惹かれたのも、我らが奉じる精霊の加護が強いお方だったから、なのかもしれません」

 ダハニアの言葉に、ラルダスは思い返す。
 アイメリアのいる家は確かに居心地がよかった。
 暖かく、何もかもが満ち足りている、と感じる程に。

「ですが、それはアイメリアの心根のよさ、人に対する気遣いの結果ではありませんか? 特別というには、あまりにも、彼女は……」

 言葉にしつつ、ラルダスは、自分がなぜアイメリアが御子であることを否定したがっているのか、に気づいた。
 アイメリアが精霊の御子であれば、自分はもう彼女に会えないだろう。
 誰もいない、寂しい家を想像するだけで、虚しい気持ちが押し寄せて来る。
 失うには、僅かな間にアイメリアがラルダスに与えたものが大きすぎたのだ、と気づいてしまった。

 そんなラルダスの肩をダハニアが叩く。

「悩むのは後だ。まずは確かめましょう。それが、アイメリアさまのためにもなるはずです」

 ラルダスはうなずいた。
 いや、うなずくことしか出来なかったのだ。

 だが、騎士達が訪れたラルダスの住居には、すでに肝心のアイメリアの姿はなかったのである。
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