お前など家族ではない!と叩き出されましたが、家族になってくれという奇特な騎士に拾われました

蒼衣翼

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おかえりなさい

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「まともに寝てない奴に命を預ける部下達の気持ちを考えろ!」
「ごもっともです」

 ラルダスにはよくあることなのだが、仕事に打ち込むあまり、それ以外を省みることを忘れてしまうのだ。
 何度も上司に注意されて、本人も気をつけようとは思っているのだが、熱中すると自ら動いて没頭してしまうのである。
 ラルダス自身は、その性質から、自分は管理職向きではない、と自覚しているのだが、功績だけはどんどん積み重なり、階級クラスはとうとう銀にまで上がってしまった。
 今では大隊を率いる立場である。
 本人にとっては不本意でしかないが、騎士団という戦闘集団には厳格な決まりが必要だ。
 だからこそ役割を果たすことは大切であり、それが適わないというのは、ラルダスにとって耐えられないことでもあった。

 今回も重大事件の調査に打ち込んで数日、うっかり寝食を忘れて上司命令で家に帰されてしまったのだ。

「ダメだな、俺は……」

 いつものようにとぼとぼと歩いて帰宅したラルダスは、自宅の前で凍りついたように立ち止まってしまう。

「家を……間違えて、は、いないな」

 ラルダスの目前にあったのは、こざっぱりとしておしゃれな邸宅だった。
 くすんで、半分枯れた蔦に覆われていた門扉と塀は、元の色を取り戻してどっしりとして頼もしい。
 前庭は芝が緑に輝き、邪魔だからと雑に切り払った雑草は跡形もなくなっている。
 なによりも家そのものが、まるで光り輝いているようにすら、ラルダスには見えた。
 暖かく、安心出来る場所。
 まさにそういった理想の我が家と感じられたのだ。

 ラルダスはおそるおそる玄関をノックする。
 すると、事前にラルダスの帰りがわかっていたかのように、すぐさま扉が開いた。

「おかえりなさいませ!」

 輝く笑顔が、心からラルダスの帰宅を歓迎している。

「ああ……ただいま」

 ラルダスは、思わず自らの胸を押さえた。
 そして理解したのだ。
 そうか、これこそが家なのだ、と。
 今まで家に帰るのがおっくうだったのは、そこが寒々とした場所だったからなのだ。

「あの、お食事すぐに用意いたしますけど、かんたんなものになりますがよろしいですか? お時間をいただければ、少し手のこんだものも作れますけど」

 上着を預かりながら、留守を守っていたアイメリアが聞いて来る。
 ラルダスは少しの驚きを感じつつ、尋ねた。

「何も知らせず突然帰ったんだ。無理はしなくてもいい。外に食べに出ても……」
「ダメです!」

 アイメリアが勢いこんで言うので、ラルダスは少し驚く。
 アイメリアもすぐに自分が出過ぎたことをした、と思ったのか、ぺこりと頭を下げた。

「ラルダス様、お顔がひどいことになっていますよ? お疲れなのでしょう? 外で食事なんて気が休まらないじゃないですか。どうかお家でゆっくり食事をして、おくつろぎになってください」

 言われて、ラルダスは自分の顔を撫でる。
 そんなにひどい顔なのか? という思いと共に、なるほどと納得するものがあった。
 見てすぐにわかる状態だからこそ、上司に注意されてしまったのだろう。

「部下を不安にする……か」
「え?」
「いや、なんでもない。食事はかんたんなものでいい。できれば軽くでいいのでワインもあれば助かる」
「あ、はい。おまかせください」

 ラルダスの言葉に、アイメリアの表情がパッと明るくなった。
 そして頭を下げると、ラルダスの外套を手に別室に下がる。

「あんな少女を一人でほったらかしにして、俺は何をやっているんだ……」

 途端に、ラルダスは自責の念に駆られた。
 数日前、ダハニア補佐官に注意されて見習い騎士に伝言を頼み、そのまま放置していたのだ。
 もし、あのときダハニア補佐官に指摘されなかったら、ラルダスは伝言を頼むことすら思いつかなかっただろう。
 アイメリアはラルダスがどうなっているのか何も知らないまま、もしかすると生真面目に自分のために家のものに手をつけることもせずに、飢えと寂しさのなか、一人家で待ち続けることになったのかもしれない。
 そう思うと、ラルダスは自分自身に対する怒りすら感じる。

「俺は、なんて未熟な人間なんだ」

 ラルダスは吐き捨てるようにそう呟き、どさりと居間のソファーに身を預けた。
 
「大変大変」

 一方のアイメリアと言えば、主がそんな反省をしているとはつゆ知らず、やるべきことを頭のなかで急いで組み立てていく。
 今までは誰もいない家をひたすら整えるだけでよかったが、主が帰宅したとなれば、激務に疲れた主を心地よく安らがせるのが使用人の役割だ。

「いそげ~、いそげ~」
「ご主人さま、お疲れお疲れ」

 ささやき声もアイメリアを真似してか、忙しげである。

「ほっこりさんは、ラルダス様のお体の疲れをほぐしてあげて、ひそひそさんは飲み頃のワインを教えて頂戴」

 アイメリアは、ささやき声達に個別の呼び名をつけていた。
 ほっこりさんというのは、いつもほんわかした様子の声で、ひそひそさんというのは、どこかひんやりと涼しげな声だ。
 ほかにもいるが、一番アイメリアの身近にいてくれて、それぞれの得意とすることをアイメリアが理解しているのが、この二種類の声となる。

 ほっこりさんは人を癒やしたり、何かを温めたりするのが得意で、ひそひそさんはもの切断したり冷やしたりするのが得意だ。

「ひなたぼっこのときの陽の光とキラキラした夜の星みたいな感じの子達なんだよね」

 アイメリア自身は、外套を所定の場所に掛けると、調理場で消化にいい献立を考えて料理を作った。
 居間のソファーでうとうととしているラルダスを申し訳ないと思いつつ起こし、食事をしてもらう。
 部屋にお湯を用意してさっぱりとしてもらい、服を雑に脱いだ状態でベッドに転がるラルダスに丁寧にキルトの掛け布団を被せ、見られていないにも関わらず、丁寧に一礼して「おやすみなさい」と告げる。

 アイメリアはラルダスに大きな恩を感じていた。
 もしラルダスに助けてもらえなければ、そして雇ってもらえなければ、アイメリアはどこかで野垂れ死んでいたのかもしれないのだ。
 家を整えるのも楽しかったが、やはり直接恩返しをしたい。
 その願いを少しだけ叶えられたのである。

「がんばろう」
「おー!」
「応援、する」

 アイメリアはささやき声達と共に、決意を新たにしたのだった。
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