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一緒に暮らすために
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アイメリアが最初に行ったのは、調理場の片付けだ。
家主であるラルダスが全く触れたことがないと断言しているので、何もない状態であろうと思われたが、ある程度の道具は揃っていた。
調理用のナイフや鍋などに多少のサビは出ていたものの、十分使える状態で残っていたのだ。
アイメリアがラルダスに確認したところ、この家は個人宅というよりも神殿騎士団の将官用の官舎というものであり、移動の際に持ち出すのが難しい家具や、新調予定の道具などはそのまま残してあることも多い、とのことだった。
台所用具がある程度残っていたのはそのためだろう。
油を使うことも多い浅底の鉄鍋が特にきれいだったので、アイメリアは水場で水道の水の出を確認しつつ洗って、きれいになった鍋でお湯を沸かし、庭で野生化していたハーブをちぎって簡単なハーブティーを作った。
入れ物としては、棚に丁寧に揃えられていた陶製のカップを使わせてもらう。
「ここを以前使われていた方は几帳面な方だったみたいです」
カップは来客用なのか、色鮮やかな装飾の施されたものが五客ほどセットで残っていた。
お湯が沸く間にテーブルを片付けたアイメリアは、ラルダスにハーブティを提供する。
「……何もなかっただろう?」
ラルダスの言う何もが指し示しているのは、ハーブのことだろうとアイメリアは思い、軽く首を横に振った。
ハーブを探す際にはささやき声にも頼ったが、もともとハーブを育てていた痕跡はすぐに判別出来たのだ。
「探せば案外どこにでも宝物はあるものなんですよ」
「面白い考え方だな」
「私を育ててくれた、母のような方から教わりました」
アイメリアの義理の母であるザイス婦人は、自分の美容にしか興味ない女性だったので、アイメリアはもとより、実子であるメリリアーヌですら自らの手で育ててはいない。
子どもが手のかかる時期は、全て乳母に任せっきりであった。
そのため、アイメリアはザイス婦人とはほとんど接点がなく、母として思い浮かべる姿があるとしたら乳母のものだ。
乳母は人当たりのいい穏やかな女性で、アイメリアが古参の使用人達とそこそこいい関係を築けていたのは彼女のおかげもあった。
それなのに、父であるホフランは、メリリアーヌの淑女教育が始まると共に、乳母は必要なくなったとしてあっさり解雇してしまったのだ。
アイメリアは乳母を解雇しないように泣いて懇願したが、「子どもはこれだから……」と、全く話を聞こうとすらしなかった。
その後、屋敷の主の放置された娘、というアイメリアの微妙な立場のせいで、屋敷の使用人達からは腫れ物を触るような扱いを受けることとなったのだ。
また、他人に容赦のない父が命じる無茶振りは、解雇される危険のないアイメリアに押し付けられてしまうことも多く、わからないことだらけのなか四苦八苦することもあった。
使用人達は決して冷徹な人達ではなかったが、乳母以外はやはりアイメリアにとって他人でしかなかったのである。
ただ、使用人達のアイメリアに対する態度の一因としては、幼い頃のアイメリアが、ささやき声のことを周囲に無邪気に話していた、ということもあったのだろう。
きっと不気味な娘だと思われていたのだ。
ささやき声が自分にしか聞こえないものだと理解してからは、アイメリアも他人にそのことを話さなくなったが、屋敷内では既に変な娘であると認識されてしまっていたのである。
「……そうか」
アイメリアが自らの言葉で乳母を懐かしく思い出していたところに、ラルダスはそっけなくうなずいた。
アイメリアは特に気にすることもなく、お茶を飲んで落ち着いたであろうラルダスに提案する。
「あの……お買い物に行っていいでしょうか?」
「もう遅い。食事は店で食べるといい。今夜は俺も一緒に行こう」
「で、でも、明日の分もありますし、……近い市場の場所とかわからないと、朝食が遅くなってしまうかも?」
「俺に食事を作る必要はない。特に朝はいつも食わん。だがお前が俺に付き合う必要もない。金を渡しておくからそれで賄うといい」
「そんな。……朝は食事をして体をあたためないと、ちゃんと働けませんよ?」
アイメリアがそう抗議すると、ラルダスは奇妙な顔になった。
驚きと困惑が一緒になったような表情である。
「……それも、その、母親のような相手から教わったのか?」
「はい」
にっこりと微笑んで答えるアイメリアに、結局ラルダスは何も返事をしないまま食事へと連れ出した。
ラルダスがアイメリアを伴った場所は、どう贔屓目に見ても酒場だったが、幸いにも世間知らずなアイメリアがそれに気づくことはなかったのである。
家主であるラルダスが全く触れたことがないと断言しているので、何もない状態であろうと思われたが、ある程度の道具は揃っていた。
調理用のナイフや鍋などに多少のサビは出ていたものの、十分使える状態で残っていたのだ。
アイメリアがラルダスに確認したところ、この家は個人宅というよりも神殿騎士団の将官用の官舎というものであり、移動の際に持ち出すのが難しい家具や、新調予定の道具などはそのまま残してあることも多い、とのことだった。
台所用具がある程度残っていたのはそのためだろう。
油を使うことも多い浅底の鉄鍋が特にきれいだったので、アイメリアは水場で水道の水の出を確認しつつ洗って、きれいになった鍋でお湯を沸かし、庭で野生化していたハーブをちぎって簡単なハーブティーを作った。
入れ物としては、棚に丁寧に揃えられていた陶製のカップを使わせてもらう。
「ここを以前使われていた方は几帳面な方だったみたいです」
カップは来客用なのか、色鮮やかな装飾の施されたものが五客ほどセットで残っていた。
お湯が沸く間にテーブルを片付けたアイメリアは、ラルダスにハーブティを提供する。
「……何もなかっただろう?」
ラルダスの言う何もが指し示しているのは、ハーブのことだろうとアイメリアは思い、軽く首を横に振った。
ハーブを探す際にはささやき声にも頼ったが、もともとハーブを育てていた痕跡はすぐに判別出来たのだ。
「探せば案外どこにでも宝物はあるものなんですよ」
「面白い考え方だな」
「私を育ててくれた、母のような方から教わりました」
アイメリアの義理の母であるザイス婦人は、自分の美容にしか興味ない女性だったので、アイメリアはもとより、実子であるメリリアーヌですら自らの手で育ててはいない。
子どもが手のかかる時期は、全て乳母に任せっきりであった。
そのため、アイメリアはザイス婦人とはほとんど接点がなく、母として思い浮かべる姿があるとしたら乳母のものだ。
乳母は人当たりのいい穏やかな女性で、アイメリアが古参の使用人達とそこそこいい関係を築けていたのは彼女のおかげもあった。
それなのに、父であるホフランは、メリリアーヌの淑女教育が始まると共に、乳母は必要なくなったとしてあっさり解雇してしまったのだ。
アイメリアは乳母を解雇しないように泣いて懇願したが、「子どもはこれだから……」と、全く話を聞こうとすらしなかった。
その後、屋敷の主の放置された娘、というアイメリアの微妙な立場のせいで、屋敷の使用人達からは腫れ物を触るような扱いを受けることとなったのだ。
また、他人に容赦のない父が命じる無茶振りは、解雇される危険のないアイメリアに押し付けられてしまうことも多く、わからないことだらけのなか四苦八苦することもあった。
使用人達は決して冷徹な人達ではなかったが、乳母以外はやはりアイメリアにとって他人でしかなかったのである。
ただ、使用人達のアイメリアに対する態度の一因としては、幼い頃のアイメリアが、ささやき声のことを周囲に無邪気に話していた、ということもあったのだろう。
きっと不気味な娘だと思われていたのだ。
ささやき声が自分にしか聞こえないものだと理解してからは、アイメリアも他人にそのことを話さなくなったが、屋敷内では既に変な娘であると認識されてしまっていたのである。
「……そうか」
アイメリアが自らの言葉で乳母を懐かしく思い出していたところに、ラルダスはそっけなくうなずいた。
アイメリアは特に気にすることもなく、お茶を飲んで落ち着いたであろうラルダスに提案する。
「あの……お買い物に行っていいでしょうか?」
「もう遅い。食事は店で食べるといい。今夜は俺も一緒に行こう」
「で、でも、明日の分もありますし、……近い市場の場所とかわからないと、朝食が遅くなってしまうかも?」
「俺に食事を作る必要はない。特に朝はいつも食わん。だがお前が俺に付き合う必要もない。金を渡しておくからそれで賄うといい」
「そんな。……朝は食事をして体をあたためないと、ちゃんと働けませんよ?」
アイメリアがそう抗議すると、ラルダスは奇妙な顔になった。
驚きと困惑が一緒になったような表情である。
「……それも、その、母親のような相手から教わったのか?」
「はい」
にっこりと微笑んで答えるアイメリアに、結局ラルダスは何も返事をしないまま食事へと連れ出した。
ラルダスがアイメリアを伴った場所は、どう贔屓目に見ても酒場だったが、幸いにも世間知らずなアイメリアがそれに気づくことはなかったのである。
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