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ザイス一家の凋落
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「それはなんの冗談だ?」
精霊神殿に秘密裏に招かれたアイメリアの元両親と姉は、予定通り、引き合わされた祭司長に対して、娘のメリリアーヌを使って一芝居打った。
長い間父親に会えなかった娘として、涙ながらの名演技をしてのけたのである。
まだ十六という年齢ながら、大した度胸と言えるだろう。
それは父親のホフランも感心するほどの演技であり、周囲にいた神殿関係者も思わず涙ぐんだほどであったが、肝心の祭司長は、心底不思議そうに否定の言葉を発したのだ。
「え? いいえ、冗談などではございません、わたくし、本当のお父さまとお会い出来ると聞いて、今日のこの日を心から楽しみにしていたのです」
メリリアーヌは器用にも目に涙をため、切々と訴えかけた。
溢れんばかりの若さと、見た目の美しさもあり、男なら心動かされること間違いないだろうという迫真の演技である。
その証拠に、祭司長以外の神殿関係者のなかにはメリリアーヌを見て、うっとりとため息をついている者までいた。
だが、肝心の祭司長は軽く眉をひそめたのみである。
「すまない。そのような演出は必要ない。早く娘と会わせてもらえないだろうか? この十五年、この日の訪れをずっと妻共々心待ちにしていたのだ」
祭司の役職に就く者に家族はいない。
なので、ホフランは祭司長が口にした妻という単語に疑問を抱いたが、周囲の神殿関係者は特に気にした様子はなかった。
また、そのような瑣末事を気にしている場合でもない。
「ですから、この娘こそが、長年お預かり申し上げていたアイメリアさまでございます」
ホフランの行って来た工作は完璧のはずだ。
アイメリアは本来見事な金髪だったのだが、金髪は珍しく、他人の印象に残りやすいため、髪を茶色に染めさせていた。
そして同時に、赤毛だったメリリアーヌの髪を脱色し、金髪に近い色合いにしていたのだ。
赤子の頃金髪でも、長じれば赤っぽくなる者は多い。
成長による変化に違和感を抱かれないように、きっちりと工夫してある。
バレるはずがないのだ。
祭司長は、じっとホフラン夫婦と、自分の娘と名乗る者の顔を見ると、次に傍らに控えている男に顔を向けた。
「これはどういうことだ? 余興にしては悪質であろう。私はお前達が、掟は絶対であり、なによりも子どもにとって、神殿に閉じ込められて育つのはよくないと、さんざん説得されたがゆえに、娘と十五年も会えないことを我慢したのだ。妻とて、もう人のような強い情はないとはいえ、娘を愛おしく思わない訳ではないのだぞ? 精霊と人との正しき関係性がどうのともっともらしいことを言っておいて、娘を私達から奪うたくらみであったのか!」
最後のほうは感情の昂りがあってか、祭司長の声は自然と大きくなったようだ。
そして不思議なことに、広々とした神殿の広間全体が、その声と合わせるようにビリビリと振動し始めた。
その様子に、神殿関係者は文字通り飛び上がる。
「ま、まさかそのようなことは! ザイス殿! その娘は本当に我々が預けたアイメリアさまで間違いないのか?」
問われて、まさか違いますとは言えないホフランは、むしろ堂々と胸を張って主張した。
「もちろんでございます。この方こそ、私共がお預かりして我が子のように大切に育て上げたアイメリアさまに間違いありません!」
「この私に、そのような偽りが通ると思ったか!」
ドオォーン! と、世界が揺れ動く、その場の全員が立っていることが出来ず思わず地面に這いつくばる。
しかし、その恐ろしい衝撃のなかで一人微動だにしない者がいた。
祭司長その人である。
「人間の目はごまかせても、精霊の目はごまかせないぞ! 精霊は肉の形など見ることはない。精霊は人間の本質を見てその者を判別しているのだ。肉体はいわば衣服のようなもの、衣服を着替えても、中身が変わることはない! その娘は我が子ではない! 我が子アイメリアをどうした! 返答によっては精霊の怒りによってお前達の魂など消し飛ぶぞ!」
それこそ魂を揺さぶるような怒号に、ホフランの近くにいた神殿関係者が慌てて叫んだ。
「き、きさま、我々を欺いたのか? 許されざることだぞ!」
「め、めっそうもございません!」
恐怖に打ちのめされながらも、一代で成り上がったホフランの思考は止まることはなかった。
娘や妻はもはや悲鳴を上げながら泣いて抱き合うばかりであるのと対象的である。
まともな神経で、他者を踏み台にして富豪に成り上がれはしないのだ。
「じ、実は、本物のアイメリアさまは、神殿に上がるのを嫌がって逃げ出してしまわれたのです」
そんな嘘を、それこそが真実とでも言うように口から発したのである。
「な、なんと! しかしそれと別人を祭司長さまの娘と偽ったのは別の話であるぞ!」
神殿の者達はいきり立った。
「そ、それは、この日を楽しみなさっておられた祭司長さまをがっかりさせるのが心苦しく、我が娘を差し出そうと……」
ホフランは心にもないことを言って、涙を流してみせる。
偽りの涙程度、ホフランは自在に流せるのだ。
「早く娘を探し出すんだ。私と妻をたばかって、お前達の思う通りに踊らせることが出来ると思って来たのなら、その報いを受ける覚悟をするがいい!」
だが、ホフランの演技などにかまうことなく、すぐに激しい揺れに加え、息が出来ないほどの風圧が、祭司長を除くその場の全員を押さえつけた。
誰もが声を出すことすら出来ないまま、祭司長が立ち去るのをただ見送ったのである。
すぐさま、ホフラン達ザイス一家は、神殿長の指示によって拘束され、厳しい尋問を受けることとなった。
また、神殿広間で起きた異常は、外では一切感知されなかったことが明らかとなる。
この一件で、神殿関係者は、改めて精霊の怒りの激しさと、それをコントロールしてみせた祭司長の力を思い知ることとなった。
そして神の代理者である精霊の怒りを招いたザイス一家に対して、神殿の誰もが強い憎しみを抱いたのである。
精霊神殿に秘密裏に招かれたアイメリアの元両親と姉は、予定通り、引き合わされた祭司長に対して、娘のメリリアーヌを使って一芝居打った。
長い間父親に会えなかった娘として、涙ながらの名演技をしてのけたのである。
まだ十六という年齢ながら、大した度胸と言えるだろう。
それは父親のホフランも感心するほどの演技であり、周囲にいた神殿関係者も思わず涙ぐんだほどであったが、肝心の祭司長は、心底不思議そうに否定の言葉を発したのだ。
「え? いいえ、冗談などではございません、わたくし、本当のお父さまとお会い出来ると聞いて、今日のこの日を心から楽しみにしていたのです」
メリリアーヌは器用にも目に涙をため、切々と訴えかけた。
溢れんばかりの若さと、見た目の美しさもあり、男なら心動かされること間違いないだろうという迫真の演技である。
その証拠に、祭司長以外の神殿関係者のなかにはメリリアーヌを見て、うっとりとため息をついている者までいた。
だが、肝心の祭司長は軽く眉をひそめたのみである。
「すまない。そのような演出は必要ない。早く娘と会わせてもらえないだろうか? この十五年、この日の訪れをずっと妻共々心待ちにしていたのだ」
祭司の役職に就く者に家族はいない。
なので、ホフランは祭司長が口にした妻という単語に疑問を抱いたが、周囲の神殿関係者は特に気にした様子はなかった。
また、そのような瑣末事を気にしている場合でもない。
「ですから、この娘こそが、長年お預かり申し上げていたアイメリアさまでございます」
ホフランの行って来た工作は完璧のはずだ。
アイメリアは本来見事な金髪だったのだが、金髪は珍しく、他人の印象に残りやすいため、髪を茶色に染めさせていた。
そして同時に、赤毛だったメリリアーヌの髪を脱色し、金髪に近い色合いにしていたのだ。
赤子の頃金髪でも、長じれば赤っぽくなる者は多い。
成長による変化に違和感を抱かれないように、きっちりと工夫してある。
バレるはずがないのだ。
祭司長は、じっとホフラン夫婦と、自分の娘と名乗る者の顔を見ると、次に傍らに控えている男に顔を向けた。
「これはどういうことだ? 余興にしては悪質であろう。私はお前達が、掟は絶対であり、なによりも子どもにとって、神殿に閉じ込められて育つのはよくないと、さんざん説得されたがゆえに、娘と十五年も会えないことを我慢したのだ。妻とて、もう人のような強い情はないとはいえ、娘を愛おしく思わない訳ではないのだぞ? 精霊と人との正しき関係性がどうのともっともらしいことを言っておいて、娘を私達から奪うたくらみであったのか!」
最後のほうは感情の昂りがあってか、祭司長の声は自然と大きくなったようだ。
そして不思議なことに、広々とした神殿の広間全体が、その声と合わせるようにビリビリと振動し始めた。
その様子に、神殿関係者は文字通り飛び上がる。
「ま、まさかそのようなことは! ザイス殿! その娘は本当に我々が預けたアイメリアさまで間違いないのか?」
問われて、まさか違いますとは言えないホフランは、むしろ堂々と胸を張って主張した。
「もちろんでございます。この方こそ、私共がお預かりして我が子のように大切に育て上げたアイメリアさまに間違いありません!」
「この私に、そのような偽りが通ると思ったか!」
ドオォーン! と、世界が揺れ動く、その場の全員が立っていることが出来ず思わず地面に這いつくばる。
しかし、その恐ろしい衝撃のなかで一人微動だにしない者がいた。
祭司長その人である。
「人間の目はごまかせても、精霊の目はごまかせないぞ! 精霊は肉の形など見ることはない。精霊は人間の本質を見てその者を判別しているのだ。肉体はいわば衣服のようなもの、衣服を着替えても、中身が変わることはない! その娘は我が子ではない! 我が子アイメリアをどうした! 返答によっては精霊の怒りによってお前達の魂など消し飛ぶぞ!」
それこそ魂を揺さぶるような怒号に、ホフランの近くにいた神殿関係者が慌てて叫んだ。
「き、きさま、我々を欺いたのか? 許されざることだぞ!」
「め、めっそうもございません!」
恐怖に打ちのめされながらも、一代で成り上がったホフランの思考は止まることはなかった。
娘や妻はもはや悲鳴を上げながら泣いて抱き合うばかりであるのと対象的である。
まともな神経で、他者を踏み台にして富豪に成り上がれはしないのだ。
「じ、実は、本物のアイメリアさまは、神殿に上がるのを嫌がって逃げ出してしまわれたのです」
そんな嘘を、それこそが真実とでも言うように口から発したのである。
「な、なんと! しかしそれと別人を祭司長さまの娘と偽ったのは別の話であるぞ!」
神殿の者達はいきり立った。
「そ、それは、この日を楽しみなさっておられた祭司長さまをがっかりさせるのが心苦しく、我が娘を差し出そうと……」
ホフランは心にもないことを言って、涙を流してみせる。
偽りの涙程度、ホフランは自在に流せるのだ。
「早く娘を探し出すんだ。私と妻をたばかって、お前達の思う通りに踊らせることが出来ると思って来たのなら、その報いを受ける覚悟をするがいい!」
だが、ホフランの演技などにかまうことなく、すぐに激しい揺れに加え、息が出来ないほどの風圧が、祭司長を除くその場の全員を押さえつけた。
誰もが声を出すことすら出来ないまま、祭司長が立ち去るのをただ見送ったのである。
すぐさま、ホフラン達ザイス一家は、神殿長の指示によって拘束され、厳しい尋問を受けることとなった。
また、神殿広間で起きた異常は、外では一切感知されなかったことが明らかとなる。
この一件で、神殿関係者は、改めて精霊の怒りの激しさと、それをコントロールしてみせた祭司長の力を思い知ることとなった。
そして神の代理者である精霊の怒りを招いたザイス一家に対して、神殿の誰もが強い憎しみを抱いたのである。
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