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死衣の魔女
竜王顕現
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静寂が辺りを支配している。
普段なら森に響き渡る鳥の声も、ざわめく木々に隠れる獣の息遣いも、すっかり消え去り、そこに在る巨大な気配に畏れをなした生き物達は、ひっそりと黙り込むか遠くへと逃げ去っていた。
緑なす木々の間に突然ぽかりと口を開けた地面の下、その圧倒的な存在はそこに居た。
割れた天井から溢れる僅かな光が、暗く青い炎のような淡い光を纏うその体表を、時折更に鮮やかにきらめかせる。
かなり広い空間であるはずのその地下の洞の中で、窮屈そうにその体を縮めて動く巨大な竜、サッズは、先程から何度目かになる動作を繰り返していた。
すなわち、地面に横たわったまま動かない己の弟の周囲をぐるりと一周して覗き込み、いつもは考えることもなくつながる意識の輪の接続を試してみるという行為だ。
そして……。
「ライカ?」
声に出しても、そっと呼び掛けてみる。
その全てに反応が無いことに困惑して、しばらく周囲をうろうろして、また同じことを試してみる。
そして、とうとうサッズはそれがどうにもならない異常であることを受け止めた。
「おかしい、変だ。体の機能は生きている。怪我もしていない。濡れていた体は乾かした。どうして魂に繋がらないんだ? まるで空っぽの器だけがあるみたいじゃないか」
サッズは、自分の発した『空っぽ』という言葉に強い拒絶の意識を感じて激しく体を震わせた。
飛竜の特徴であるすらりとした体の、優美に細長い尻尾が、その苛立ちと不安を表すように地面を小刻みに何度も叩き、すぐに堅い地面に深い溝を穿った。
「ライカ! いい加減に起きないと本気で怒るぞ!」
業を煮やして、脅すように顎を引いて威嚇してみる。
「ほら、今起きたらお前の好きな羽根の影でお昼寝がし放題だぞ?」
または子供の頃の要領で宥めすかしてみる。
だが、彼の弟であるライカは、その全てに一切の反応をしなかった。
サッズの尻尾の動きが止まる。
「どうして? そんな……」
さして意味のない呟きが自分の口から零れるのをサッズは遠くに聞いた。
いつの間にか太陽の位置が変わったのだろう。
天井の裂け目から降り注ぐ光が、洞窟内の半透明の岩肌にぶつかって、虹の破片のような光を内部に振り撒いていた。
そんな光の一片がライカの頬に落ちる。
サッズは、鼻先でその光をそっと突いたが、ライカは押されるがままにその顔の向きを変えただけだった。
サッズは、そのままいつもの親愛の挨拶である目の下を擦り合わせる動作をしてみた。
それはほぼ無意識の行動だったが、優れた感覚器官を持つその部分でも、ライカの体には異常は感じ取れず、そしてその存在もまた感じ取れない。
サッズは、ゆらりとその巨体を前のめりに倒した。
そして額を地面に押し付けると、そのまま強く自分の力の限りで頭を地面に埋めようとするかのように押し付ける。
バキバキと地面にヒビが走り、サッズの痛みのないその身に例えようもない不快感が沸き起こり、頭部に過大な負荷が掛かっていることを教えた。
「ライカ、また、俺のせいなのか? 俺がちゃんとしなかったから、いい加減だったから、またお前は危ない目に遭って、そして今度は助けるのが間に合わなかったのか? 俺が馬鹿だったせいでお前はもう、……帰って来ないのか?」
サッズの絞り出すような声が、洞窟内の岩肌に、光と共に跳ねる。
そして、その嘆きすら、ライカの心のカケラ一つ呼び起こすことは出来なかった。
竜の本体である竜血と呼ばれる魂が、嘆きと共に、サッズの幼い竜体を焼き尽くそうとするかのように駆け巡った。
「グォオオオーンッ!」
地と大気を揺るがす、怒りに満ちた、しかしどこか哀しげな咆哮が放たれる。
崩れ掛けていた洞窟の天井は、これで完全に崩壊した。
白日のもとに晒された地下の洞窟は、初めての光を浴びてその神秘的な姿をあらわにする。
だが、その周囲の、いっそ幻想的なほどに美しい風景とは裏腹に、喪失の想いにのたうつ竜は、赤黒く、まるで血を纏うかのようにその身を染めて行く。
それは体の外へ噴出す憤怒の意識、そう、竜達が最も恐れる狂乱の兆しであった。
まだ雛であり、原初の竜としては小柄な肉体が、今まさに爆発するように膨れ上がろうとしていた。
「そこまでだ!」
サッズの頭にガシリと巨大な鉤爪が食い込む。
赤い巨大な竜が、突然、何処からともなく出現したのだ。
「グアアッ!」
サッズはそれを振りほどこうと身を捩るが、相手は全くびくともしない。
赤い竜、赤の竜王エイムは、その状況にさも楽しそうにニヤリと笑うと、サッズに自重を押し付け、その上で身をひねった。
たまらず地響きを立てて横倒しになったサッズと目線を合わせると、両眼を溶岩ように赤々とたぎらせる。
瞬間、サッズの体は凍り付いたように固まり、その目も見開いたままぴくりとも動かなくなった。
「あ! そうだ! ライカは潰されてないよな? ……うん、よし、さすがは俺様、問題ない」
エイムは直前まではライカの身の安全確認を忘れていたにも関わらず、得意気に胸を張ると勝利の雄叫びを上げる。
この日はこの辺りに棲むモノ達にとっては最悪の日だっただろう。
今まで近くで身を潜めていたモノは、この雄叫びを受けて多くがショック死を遂げた。
エールという根源の力がそのままの状態で渦巻いていた原初の時代から移り、エールのほぼ全てが形あるモノの中へと溶け込んだこの時代には、生のエールの塊である古の竜の存在は強烈すぎるのである。
エイムは固まったサッズをポイと放置すると、横たわる小さな人の子であるライカに顔を寄せた。
「う~ん、俺には見えないな。まあ、俺が考えてもどうにかなる訳がないし、うちの長生き組を待つか」
エイムは自分の手に負えない事態には頓着しないので、出来ないことは早々に諦めて、まるで卵を温めるトカゲの親のようにサッズとライカを自分の体でぐるりと囲い込むと、うとうとと日差しの中で寛ぐ。
それは不安とか緊張感とかいう物を一切持たない大らかさであった。
やがて暇を持て余したエイムが、その尾を水に突っ込んで魚を探り出した頃に、空が急に陰り、馴染んだ気配がやって来た。
真っ白で、まるで飾り羽のように全身に光を纏った巨大な竜が、陽光を独り占めしたかのような輝きを放ちながら降下して来たかと思うと、その背後から、夜そのものの化身のごとき暗色の竜が、圧倒的な威を纏って現れる。
それは彼ら家族の親代わりでもあるセルヌイとタルカスであった。
タルカスはこれでもかなり気配は抑えているのだが、いかんせん、自世界を管理するために力を常時放っていることに慣れてしまったせいで、色々とだだ漏れなのだ。
彼は長く生きて力に満ち過ぎている分、力の制御の柔軟性に欠けるきらいがあるので、そこは仕方のない所ではあるだろう。
降下しながら現場の状況を確認した二頭は、その身を小さく圧縮した。
ただし、そのせいで異様な存在感はいや増してしまい、周辺では影響を受けやすい小さな生命体が急激な生育や死滅をを繰り返す羽目に陥った。
だが、それ自体は、彼等自身がそのことに気づくことも、気づいたとしても興味を持つこともない、ほんの些末事にすぎない。
「よくやりました。相変わらずバカバカしい力ですが、おかげで最悪の事態は避けられたのですから、ここは敢えて称賛の言葉を贈りましょう」
白の竜王セルヌイは、呆れと感心がまざった称賛をエイムに贈る。
元々子供達への緊急措置は、エイムの、時間の無い空間を移動出来る能力を前提で組まれていた。
考えなしの行動に問題のあるエイムではあるが、その力はある意味絶対の力でもある。
なにしろどれほどの距離があろうと、考えた瞬間に移動出来るようなものなのだ。
これはもはや常識外も程があるだろう。
「おう、もっと褒めてもいいぞ! ところでこいつらどうなったんだ? セルヌイが言うからすぐさまサッズの奴を『止めた』んだけどさ。ちびっと赤くなってるよなこいつ。元々が青いから紫っぽくなって気持ち悪いぞ」
「竜血が暴走し掛けたのですよ。鎮めますから解凍してください」
「ほいほい」
エイムは褒められたせいか、機嫌よく頷いた。
その目が再び燃えるように揺らめいたかと思うと、固まっていたサッズの体が大きく仰け反る。
時が止まっていたサッズの中では、引き倒された状態から起き上がろうとして跳ねた訳だが、対象が既に退いていたので、単独で魚が跳ねるようにのたうつこととなったのだ。
それをすかさずセルヌイが捕獲すると、無理やりに繋いだ輪からサッズの感情のスイッチを強制的に一度切ってしまう。
感情を失い、ぼうっとしてしまったサッズに、輪を通して認識の共有化を行い、それから一度切断した感情を徐々に回復させていった。
感情は繊細な仕組みで成り立っている物なので、これは少々乱暴で危険なやり方だった。
だが元々竜としては繊細な作業が得意なセルヌイは、淀みない手順でそれを行い、やがてサッズの体表は元の深みのある藍色の輝きを取り戻す。
その間に黒の竜王タルカスは、ライカの魂を探っていた。
生命の根源を知る、現存する最も古い竜であるタルカスは、自らの意識そのものをライカの中に注ぎ込むことはせず、周囲の鉱物や水に溶けたエールを利用して、細い糸のような探索網を編み上げ、ライカの中を探査する。
「ふむ、これは卵還りだな」
自らに掛けた呪によって感情を極限まで抑えているせいで、冷徹にすら聞こえる声でタルカスは淡々と告げた。
「卵還りですか」
セルヌイは僅かな驚きを浮かべてその言葉を繰り返す。
卵還りとは、竜の無意識下の精神的な防御反応で起こる現象で、大体においてその肉体ごと結晶化するのが一般的だ。
ライカの体は結晶化することはなく、普通に人間としての柔らかさをそのままにしているので、ぱっと見は全くその言葉を連想出来るようなものでは無い。
「ライカの場合、竜の力はその竜血部分に凝縮されている。おそらくそれが関係してこのような形になっているのだろう」
「理屈はどうでもいい! それで、ライカは大丈夫なのか?」
正気に返ったサッズが、噛みつくような勢いで彼等の会話に割り込んだ。
その感情的な様子に、何を思ったか、エイムがサッズの頭を撫でようとして、それを悟ったサッズに思い切り噛みつかれた。
「おお、けっこう顎の力が強くなったな」
噛まれたエイムは嬉しそうだ。
「不味い上に顎が疲れた」
動じないエイムの前肢からぺっ、とばかりに口を放して、サッズは文句を言う。
「大丈夫。卵還りというのは自身を守るために陥る状態なのです。危険が無いことを伝えてあげれば問題なく目覚めますよ」
ニコニコと、セルヌイは穏やかに答え、そっとその尾で子供達を促す。
「さあ、輪を作って。ライカを起こしてあげましょう」
普段なら森に響き渡る鳥の声も、ざわめく木々に隠れる獣の息遣いも、すっかり消え去り、そこに在る巨大な気配に畏れをなした生き物達は、ひっそりと黙り込むか遠くへと逃げ去っていた。
緑なす木々の間に突然ぽかりと口を開けた地面の下、その圧倒的な存在はそこに居た。
割れた天井から溢れる僅かな光が、暗く青い炎のような淡い光を纏うその体表を、時折更に鮮やかにきらめかせる。
かなり広い空間であるはずのその地下の洞の中で、窮屈そうにその体を縮めて動く巨大な竜、サッズは、先程から何度目かになる動作を繰り返していた。
すなわち、地面に横たわったまま動かない己の弟の周囲をぐるりと一周して覗き込み、いつもは考えることもなくつながる意識の輪の接続を試してみるという行為だ。
そして……。
「ライカ?」
声に出しても、そっと呼び掛けてみる。
その全てに反応が無いことに困惑して、しばらく周囲をうろうろして、また同じことを試してみる。
そして、とうとうサッズはそれがどうにもならない異常であることを受け止めた。
「おかしい、変だ。体の機能は生きている。怪我もしていない。濡れていた体は乾かした。どうして魂に繋がらないんだ? まるで空っぽの器だけがあるみたいじゃないか」
サッズは、自分の発した『空っぽ』という言葉に強い拒絶の意識を感じて激しく体を震わせた。
飛竜の特徴であるすらりとした体の、優美に細長い尻尾が、その苛立ちと不安を表すように地面を小刻みに何度も叩き、すぐに堅い地面に深い溝を穿った。
「ライカ! いい加減に起きないと本気で怒るぞ!」
業を煮やして、脅すように顎を引いて威嚇してみる。
「ほら、今起きたらお前の好きな羽根の影でお昼寝がし放題だぞ?」
または子供の頃の要領で宥めすかしてみる。
だが、彼の弟であるライカは、その全てに一切の反応をしなかった。
サッズの尻尾の動きが止まる。
「どうして? そんな……」
さして意味のない呟きが自分の口から零れるのをサッズは遠くに聞いた。
いつの間にか太陽の位置が変わったのだろう。
天井の裂け目から降り注ぐ光が、洞窟内の半透明の岩肌にぶつかって、虹の破片のような光を内部に振り撒いていた。
そんな光の一片がライカの頬に落ちる。
サッズは、鼻先でその光をそっと突いたが、ライカは押されるがままにその顔の向きを変えただけだった。
サッズは、そのままいつもの親愛の挨拶である目の下を擦り合わせる動作をしてみた。
それはほぼ無意識の行動だったが、優れた感覚器官を持つその部分でも、ライカの体には異常は感じ取れず、そしてその存在もまた感じ取れない。
サッズは、ゆらりとその巨体を前のめりに倒した。
そして額を地面に押し付けると、そのまま強く自分の力の限りで頭を地面に埋めようとするかのように押し付ける。
バキバキと地面にヒビが走り、サッズの痛みのないその身に例えようもない不快感が沸き起こり、頭部に過大な負荷が掛かっていることを教えた。
「ライカ、また、俺のせいなのか? 俺がちゃんとしなかったから、いい加減だったから、またお前は危ない目に遭って、そして今度は助けるのが間に合わなかったのか? 俺が馬鹿だったせいでお前はもう、……帰って来ないのか?」
サッズの絞り出すような声が、洞窟内の岩肌に、光と共に跳ねる。
そして、その嘆きすら、ライカの心のカケラ一つ呼び起こすことは出来なかった。
竜の本体である竜血と呼ばれる魂が、嘆きと共に、サッズの幼い竜体を焼き尽くそうとするかのように駆け巡った。
「グォオオオーンッ!」
地と大気を揺るがす、怒りに満ちた、しかしどこか哀しげな咆哮が放たれる。
崩れ掛けていた洞窟の天井は、これで完全に崩壊した。
白日のもとに晒された地下の洞窟は、初めての光を浴びてその神秘的な姿をあらわにする。
だが、その周囲の、いっそ幻想的なほどに美しい風景とは裏腹に、喪失の想いにのたうつ竜は、赤黒く、まるで血を纏うかのようにその身を染めて行く。
それは体の外へ噴出す憤怒の意識、そう、竜達が最も恐れる狂乱の兆しであった。
まだ雛であり、原初の竜としては小柄な肉体が、今まさに爆発するように膨れ上がろうとしていた。
「そこまでだ!」
サッズの頭にガシリと巨大な鉤爪が食い込む。
赤い巨大な竜が、突然、何処からともなく出現したのだ。
「グアアッ!」
サッズはそれを振りほどこうと身を捩るが、相手は全くびくともしない。
赤い竜、赤の竜王エイムは、その状況にさも楽しそうにニヤリと笑うと、サッズに自重を押し付け、その上で身をひねった。
たまらず地響きを立てて横倒しになったサッズと目線を合わせると、両眼を溶岩ように赤々とたぎらせる。
瞬間、サッズの体は凍り付いたように固まり、その目も見開いたままぴくりとも動かなくなった。
「あ! そうだ! ライカは潰されてないよな? ……うん、よし、さすがは俺様、問題ない」
エイムは直前まではライカの身の安全確認を忘れていたにも関わらず、得意気に胸を張ると勝利の雄叫びを上げる。
この日はこの辺りに棲むモノ達にとっては最悪の日だっただろう。
今まで近くで身を潜めていたモノは、この雄叫びを受けて多くがショック死を遂げた。
エールという根源の力がそのままの状態で渦巻いていた原初の時代から移り、エールのほぼ全てが形あるモノの中へと溶け込んだこの時代には、生のエールの塊である古の竜の存在は強烈すぎるのである。
エイムは固まったサッズをポイと放置すると、横たわる小さな人の子であるライカに顔を寄せた。
「う~ん、俺には見えないな。まあ、俺が考えてもどうにかなる訳がないし、うちの長生き組を待つか」
エイムは自分の手に負えない事態には頓着しないので、出来ないことは早々に諦めて、まるで卵を温めるトカゲの親のようにサッズとライカを自分の体でぐるりと囲い込むと、うとうとと日差しの中で寛ぐ。
それは不安とか緊張感とかいう物を一切持たない大らかさであった。
やがて暇を持て余したエイムが、その尾を水に突っ込んで魚を探り出した頃に、空が急に陰り、馴染んだ気配がやって来た。
真っ白で、まるで飾り羽のように全身に光を纏った巨大な竜が、陽光を独り占めしたかのような輝きを放ちながら降下して来たかと思うと、その背後から、夜そのものの化身のごとき暗色の竜が、圧倒的な威を纏って現れる。
それは彼ら家族の親代わりでもあるセルヌイとタルカスであった。
タルカスはこれでもかなり気配は抑えているのだが、いかんせん、自世界を管理するために力を常時放っていることに慣れてしまったせいで、色々とだだ漏れなのだ。
彼は長く生きて力に満ち過ぎている分、力の制御の柔軟性に欠けるきらいがあるので、そこは仕方のない所ではあるだろう。
降下しながら現場の状況を確認した二頭は、その身を小さく圧縮した。
ただし、そのせいで異様な存在感はいや増してしまい、周辺では影響を受けやすい小さな生命体が急激な生育や死滅をを繰り返す羽目に陥った。
だが、それ自体は、彼等自身がそのことに気づくことも、気づいたとしても興味を持つこともない、ほんの些末事にすぎない。
「よくやりました。相変わらずバカバカしい力ですが、おかげで最悪の事態は避けられたのですから、ここは敢えて称賛の言葉を贈りましょう」
白の竜王セルヌイは、呆れと感心がまざった称賛をエイムに贈る。
元々子供達への緊急措置は、エイムの、時間の無い空間を移動出来る能力を前提で組まれていた。
考えなしの行動に問題のあるエイムではあるが、その力はある意味絶対の力でもある。
なにしろどれほどの距離があろうと、考えた瞬間に移動出来るようなものなのだ。
これはもはや常識外も程があるだろう。
「おう、もっと褒めてもいいぞ! ところでこいつらどうなったんだ? セルヌイが言うからすぐさまサッズの奴を『止めた』んだけどさ。ちびっと赤くなってるよなこいつ。元々が青いから紫っぽくなって気持ち悪いぞ」
「竜血が暴走し掛けたのですよ。鎮めますから解凍してください」
「ほいほい」
エイムは褒められたせいか、機嫌よく頷いた。
その目が再び燃えるように揺らめいたかと思うと、固まっていたサッズの体が大きく仰け反る。
時が止まっていたサッズの中では、引き倒された状態から起き上がろうとして跳ねた訳だが、対象が既に退いていたので、単独で魚が跳ねるようにのたうつこととなったのだ。
それをすかさずセルヌイが捕獲すると、無理やりに繋いだ輪からサッズの感情のスイッチを強制的に一度切ってしまう。
感情を失い、ぼうっとしてしまったサッズに、輪を通して認識の共有化を行い、それから一度切断した感情を徐々に回復させていった。
感情は繊細な仕組みで成り立っている物なので、これは少々乱暴で危険なやり方だった。
だが元々竜としては繊細な作業が得意なセルヌイは、淀みない手順でそれを行い、やがてサッズの体表は元の深みのある藍色の輝きを取り戻す。
その間に黒の竜王タルカスは、ライカの魂を探っていた。
生命の根源を知る、現存する最も古い竜であるタルカスは、自らの意識そのものをライカの中に注ぎ込むことはせず、周囲の鉱物や水に溶けたエールを利用して、細い糸のような探索網を編み上げ、ライカの中を探査する。
「ふむ、これは卵還りだな」
自らに掛けた呪によって感情を極限まで抑えているせいで、冷徹にすら聞こえる声でタルカスは淡々と告げた。
「卵還りですか」
セルヌイは僅かな驚きを浮かべてその言葉を繰り返す。
卵還りとは、竜の無意識下の精神的な防御反応で起こる現象で、大体においてその肉体ごと結晶化するのが一般的だ。
ライカの体は結晶化することはなく、普通に人間としての柔らかさをそのままにしているので、ぱっと見は全くその言葉を連想出来るようなものでは無い。
「ライカの場合、竜の力はその竜血部分に凝縮されている。おそらくそれが関係してこのような形になっているのだろう」
「理屈はどうでもいい! それで、ライカは大丈夫なのか?」
正気に返ったサッズが、噛みつくような勢いで彼等の会話に割り込んだ。
その感情的な様子に、何を思ったか、エイムがサッズの頭を撫でようとして、それを悟ったサッズに思い切り噛みつかれた。
「おお、けっこう顎の力が強くなったな」
噛まれたエイムは嬉しそうだ。
「不味い上に顎が疲れた」
動じないエイムの前肢からぺっ、とばかりに口を放して、サッズは文句を言う。
「大丈夫。卵還りというのは自身を守るために陥る状態なのです。危険が無いことを伝えてあげれば問題なく目覚めますよ」
ニコニコと、セルヌイは穏やかに答え、そっとその尾で子供達を促す。
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