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死衣の魔女
領主の苦労
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「正直驚きました。まさかあなたが依頼で、ではなく自ら私を尋ねていらっしゃることがあろうとは」
ラケルドはロウス老人を応接室に通し、人払いをすると親しげに呼び掛けた。
そこには若干の照れたような喜びの響きがある。
「ふん、やっぱりあんときのこぞっ子じゃったか。随分偉くなったもんじゃな」
そう言ってのけるロウスの言葉は皮肉を含ませてはいたが、その声は存外穏やかなものだった。
そうして、どこか感慨深いものを含ませながら言葉を続ける。
「早いものじゃな、時が経つのは」
「そうですね、命を拾っていただいたのに何のお返しも出来ずに申し訳もないと思っていますよ」
そう言ったラケルドの言葉を、ロウスは鼻で笑った。
「何を言うのやら。わしらが用心に用心を重ねて隠し通しておった隠し砦にいつの間にやら紛れ込んでおきながら、拾ったもなにもあるまい」
「それでも、あなたには私を雇わないという選択もあった。いえ、やせ細り、体に障害のある孤児など放っておくのが普通でしょう。それなのに雇い入れてくださったのですから、その温情、余りあるものがありました」
「ハッ! またそんな殊勝そうなもの言いをしおって。元よりわしはお前さんを放り出すつもりだったわ。それがいつの間にやら強面の癖にオツムの弱い男共や情に流されやすい女共を味方にしておるもんじゃから、連中が猛反対しおったのよ。その仕立ての当人が、どの口でほざくのやら」
ロウスの険のあるまなざしに対して穏やかな苦笑を浮かべるラケルド。
二人はやがて同時に吹き出した。
「ち、しかしまあ、わしのほうこそお前さんにはちゃんと礼を言いたいと思っておったのじゃ。戦争を終わらせてくれたんじゃろう。ありがとうよ。あれはいわばわしらの仇のようなもの。やっと少しは喉のつかえが取れた気分になったわ」
ロウスの礼に、ラケルドは複雑な顔をしてみせる。
「誰もがそう言いますが。あの戦争は終わるべき時を待っていたのですよ。俺はただその道を示してみせただけのこと。実際は何もしてはいません」
「ふん」
ロウスは鼻を鳴らし、その言葉を流してみせた。
「それよりも、今日は大事な用があっての。どうやら昨今城内が騒がしいようじゃないか?」
ラケルドはその言を受けて居住まいを正す。
「もう城下に噂が?」
「いや、まだ本格的に出回ってはいないが、時間の問題じゃろ。それで一つわしの戦場経験などを話して聞かせようと思うての」
ラケルドは片眉を跳ね上げると、ロウスに椅子を勧め、自らも席に着き話を促した。
「正体はわかりますか?」
「ああ、アレは有名じゃったからの。死体漁りの死神、死衣の魔女じゃな」
「死衣の魔女、聞いた事はあります。なんでも触れた相手に苦悶の死を与えるとか」
ロウスは面白そうにそう応えたラケルドを見る。
「何か?」
その様子に、ラケルドは訝しんで尋ねた。
「いや、このような世迷い事は戦場でのみ通用するもんじゃと思っておったが、疑いもせんのじゃなと思っての」
ラケルドは笑う。
「どれ程の過ちや偽りがあろうとも、他人の万の言葉の中にこそ一の真実はあると、そう教えてくださったのはあなたですよ。団長どの」
ロウスは仏頂面をしてみせる。
「結局言い付けを守ってそう呼んでいたのはお前さんだけじゃったな。昔から妙な所で聞き分けのいい奴じゃったよ、ったく」
「茶を運ばせますからゆっくりして行ってください。懐かしい人々の話もしたい」
「けっ、なに言ってやがる、思い出話をするなら酒じゃろうが、とびっきりのを呑ませるんじゃぞ」
「はい、承知いたしました」
ラケルドは椅子を立つと、不自由な体であるからこその、自然体で独特で、そして美しい礼をしてみせたのだった。
―─ ◇ ◇ ◇ ―─
ハーブの中には畑の害虫を遠ざける匂いを発するものがあり、治療所のハーブ園からその種を毎年城の農園の方に提供している。
と言っても一方的な施しではない。
お返しに野菜を分けて貰うという、双方に有意義な取引きが成立しているのだ。
ライカが遠出をしている間に、この畑を管理している城で養育されていた孤児達は、何人かが成長して城の下働きに上がり、何人かが新規に入り、結果的に以前より少しだけ人数が増えていた。
「おはよう、虫除けの種持ってきたよ」
「おはよう!」
「おはよう、ご苦労様!」
城の孤児達はすっかりライカに慣れていたが、同行したサッズに若干怯えているようだった。
ここの孤児達は体の一部が欠落していたり、同じ年の子供よりどこか劣っていたりしたせいで貴族の営む擁護院から弾き出された子が多い。
そのせいか各々強い劣等感があって、初対面の人間に対して怯えたような対応をしてしまうのだ。
「こっちはサックだよ、俺の兄さんなんだ」
「似てない……」
畑に出ている中で一番小さい女の子がようやっとそう言葉を紡ぐ。
「親は違うからね」
「そっか」
親が違う子供が兄妹として育つのはそう珍しいことではない。
極端に言えばここで養育されている子供たちも似たようなものだ。
子供たちはどこかホッとしたようにそれぞれの距離で二人を迎えた。
「マァイアさんもおはようございます」
ライカはいつもの所定の位置でどっかりと座って子供たちを見守っている『番人』に声を掛ける。
片腕片足片目の、どこか近寄り難い独特の雰囲気を持つ男だが、不思議と子供たちに慕われていた。
「ああ」
彼はほとんど身動きすることもなく、それだけの返事をする。
子供たちの守護者であり、口さがない者達からは領主の温情で城に住まわせてもらっているお荷物扱いされている男だ。
どんなに嫌がらせを受けようと、この男は寡黙で、彼自身がどう感じているかは、一度として口にしたことは無い。
「よお」
珍しくサッズも彼に向かって挨拶をしたが、男はちらりと顔を上げただけで、返事を返すことはなかった。
普段、人間の図々しさを嫌うサッズだが、この時は別段気にする風もなくその場を離れて終わる。
ライカはそれをハラハラしながら見ていたが、争い事になる気配が無いことにホッとすると、種を渡した後も少し残って雑草取りの手伝いや水桶を運ぶ手伝いをして過ごした。
サッズはというと、畑には近づかずにハーブ園の方へ逃げてしまったらしい。
「まあ仕方ないけどね」
苦笑しながらライカは呟く。
最近導入された糞尿を土に還元する試みのせいで、その堆肥畑のある一画は酷い匂いなのだ。
堆肥畑は畑と言っても野菜は植えず、糞尿を撒いて日に晒し、定期的に土を掘り起こして土を作っていくための場所である。
領主が王都近くの農園から仕事が出来なくなった年老いた農夫を召抱え、あちらで使われている技術を導入し始めているのだ。
だが、風向きによっては城内や治療所にも悪臭が届くので、既にかなり問題となっている。
近々少し離れた場所に畑ごと移動する予定とのことだった。
「やっぱりさ、頭で考えたのと実際にやるのとじゃ色々違って来るんだよね」
「でも畑を遠くすると仕事に行くのが辛くなるだろ? いっそ俺達の擁護所も畑と一緒に移動しませんか? って城の担当者に言ってる所なんだ」
孤児達のリーダー格の少年がぼやくようにそう言う。
「それって大変じゃない?」
「いや、城に間借りしている今のほうが、俺達が気に食わない連中がごちゃごちゃ言って面倒だし、いっそ離れたほうが楽だ」
「でもさ、擁護所出身の人がどんどん城の下働きに入れば、その辺も減ってくるんじゃないかな?」
「どうなんだろうな、特に前領主の連れて来ていた連中がやたら気位が高いからな。やつらだって今の領主様に拾ってもらわなけりゃどうにもならなかった癖に」
吐き捨てるようにそう言うと、畑を木鍬で掘り起こして行く。
前領主が残していった者達は主に中央地区に固まっているが、彼らはレンガ地区の者達をも見下し気味でよくトラブルを起こしていた。
それについては前領主の所業の煽りを、関係者というだけの彼らが少々被っていて、特にレンガ地区の者達からは敵視されているので、お互い様の所もあるのだが、どちらにしろ周囲とトラブルを起こしやすい立場にいるのは間違いない。
本人達の間でこじれたことならば一代で終わればいいとライカなどは思うが、親は子に恨みを語り、矜持を語るものなのだ。
そうなると憎しみや嘲りも次の世代に引き継がれてしまう。
人と人との間にあるモノは、優しい部分もあれば酷く醜い部分もあり、それはあまりにも複雑で難しい。
そんなことを考えて、ふと、それを領主として治めるラケルドの苦労を思うと、なんだかとても気の毒になるライカではあった。
ラケルドはロウス老人を応接室に通し、人払いをすると親しげに呼び掛けた。
そこには若干の照れたような喜びの響きがある。
「ふん、やっぱりあんときのこぞっ子じゃったか。随分偉くなったもんじゃな」
そう言ってのけるロウスの言葉は皮肉を含ませてはいたが、その声は存外穏やかなものだった。
そうして、どこか感慨深いものを含ませながら言葉を続ける。
「早いものじゃな、時が経つのは」
「そうですね、命を拾っていただいたのに何のお返しも出来ずに申し訳もないと思っていますよ」
そう言ったラケルドの言葉を、ロウスは鼻で笑った。
「何を言うのやら。わしらが用心に用心を重ねて隠し通しておった隠し砦にいつの間にやら紛れ込んでおきながら、拾ったもなにもあるまい」
「それでも、あなたには私を雇わないという選択もあった。いえ、やせ細り、体に障害のある孤児など放っておくのが普通でしょう。それなのに雇い入れてくださったのですから、その温情、余りあるものがありました」
「ハッ! またそんな殊勝そうなもの言いをしおって。元よりわしはお前さんを放り出すつもりだったわ。それがいつの間にやら強面の癖にオツムの弱い男共や情に流されやすい女共を味方にしておるもんじゃから、連中が猛反対しおったのよ。その仕立ての当人が、どの口でほざくのやら」
ロウスの険のあるまなざしに対して穏やかな苦笑を浮かべるラケルド。
二人はやがて同時に吹き出した。
「ち、しかしまあ、わしのほうこそお前さんにはちゃんと礼を言いたいと思っておったのじゃ。戦争を終わらせてくれたんじゃろう。ありがとうよ。あれはいわばわしらの仇のようなもの。やっと少しは喉のつかえが取れた気分になったわ」
ロウスの礼に、ラケルドは複雑な顔をしてみせる。
「誰もがそう言いますが。あの戦争は終わるべき時を待っていたのですよ。俺はただその道を示してみせただけのこと。実際は何もしてはいません」
「ふん」
ロウスは鼻を鳴らし、その言葉を流してみせた。
「それよりも、今日は大事な用があっての。どうやら昨今城内が騒がしいようじゃないか?」
ラケルドはその言を受けて居住まいを正す。
「もう城下に噂が?」
「いや、まだ本格的に出回ってはいないが、時間の問題じゃろ。それで一つわしの戦場経験などを話して聞かせようと思うての」
ラケルドは片眉を跳ね上げると、ロウスに椅子を勧め、自らも席に着き話を促した。
「正体はわかりますか?」
「ああ、アレは有名じゃったからの。死体漁りの死神、死衣の魔女じゃな」
「死衣の魔女、聞いた事はあります。なんでも触れた相手に苦悶の死を与えるとか」
ロウスは面白そうにそう応えたラケルドを見る。
「何か?」
その様子に、ラケルドは訝しんで尋ねた。
「いや、このような世迷い事は戦場でのみ通用するもんじゃと思っておったが、疑いもせんのじゃなと思っての」
ラケルドは笑う。
「どれ程の過ちや偽りがあろうとも、他人の万の言葉の中にこそ一の真実はあると、そう教えてくださったのはあなたですよ。団長どの」
ロウスは仏頂面をしてみせる。
「結局言い付けを守ってそう呼んでいたのはお前さんだけじゃったな。昔から妙な所で聞き分けのいい奴じゃったよ、ったく」
「茶を運ばせますからゆっくりして行ってください。懐かしい人々の話もしたい」
「けっ、なに言ってやがる、思い出話をするなら酒じゃろうが、とびっきりのを呑ませるんじゃぞ」
「はい、承知いたしました」
ラケルドは椅子を立つと、不自由な体であるからこその、自然体で独特で、そして美しい礼をしてみせたのだった。
―─ ◇ ◇ ◇ ―─
ハーブの中には畑の害虫を遠ざける匂いを発するものがあり、治療所のハーブ園からその種を毎年城の農園の方に提供している。
と言っても一方的な施しではない。
お返しに野菜を分けて貰うという、双方に有意義な取引きが成立しているのだ。
ライカが遠出をしている間に、この畑を管理している城で養育されていた孤児達は、何人かが成長して城の下働きに上がり、何人かが新規に入り、結果的に以前より少しだけ人数が増えていた。
「おはよう、虫除けの種持ってきたよ」
「おはよう!」
「おはよう、ご苦労様!」
城の孤児達はすっかりライカに慣れていたが、同行したサッズに若干怯えているようだった。
ここの孤児達は体の一部が欠落していたり、同じ年の子供よりどこか劣っていたりしたせいで貴族の営む擁護院から弾き出された子が多い。
そのせいか各々強い劣等感があって、初対面の人間に対して怯えたような対応をしてしまうのだ。
「こっちはサックだよ、俺の兄さんなんだ」
「似てない……」
畑に出ている中で一番小さい女の子がようやっとそう言葉を紡ぐ。
「親は違うからね」
「そっか」
親が違う子供が兄妹として育つのはそう珍しいことではない。
極端に言えばここで養育されている子供たちも似たようなものだ。
子供たちはどこかホッとしたようにそれぞれの距離で二人を迎えた。
「マァイアさんもおはようございます」
ライカはいつもの所定の位置でどっかりと座って子供たちを見守っている『番人』に声を掛ける。
片腕片足片目の、どこか近寄り難い独特の雰囲気を持つ男だが、不思議と子供たちに慕われていた。
「ああ」
彼はほとんど身動きすることもなく、それだけの返事をする。
子供たちの守護者であり、口さがない者達からは領主の温情で城に住まわせてもらっているお荷物扱いされている男だ。
どんなに嫌がらせを受けようと、この男は寡黙で、彼自身がどう感じているかは、一度として口にしたことは無い。
「よお」
珍しくサッズも彼に向かって挨拶をしたが、男はちらりと顔を上げただけで、返事を返すことはなかった。
普段、人間の図々しさを嫌うサッズだが、この時は別段気にする風もなくその場を離れて終わる。
ライカはそれをハラハラしながら見ていたが、争い事になる気配が無いことにホッとすると、種を渡した後も少し残って雑草取りの手伝いや水桶を運ぶ手伝いをして過ごした。
サッズはというと、畑には近づかずにハーブ園の方へ逃げてしまったらしい。
「まあ仕方ないけどね」
苦笑しながらライカは呟く。
最近導入された糞尿を土に還元する試みのせいで、その堆肥畑のある一画は酷い匂いなのだ。
堆肥畑は畑と言っても野菜は植えず、糞尿を撒いて日に晒し、定期的に土を掘り起こして土を作っていくための場所である。
領主が王都近くの農園から仕事が出来なくなった年老いた農夫を召抱え、あちらで使われている技術を導入し始めているのだ。
だが、風向きによっては城内や治療所にも悪臭が届くので、既にかなり問題となっている。
近々少し離れた場所に畑ごと移動する予定とのことだった。
「やっぱりさ、頭で考えたのと実際にやるのとじゃ色々違って来るんだよね」
「でも畑を遠くすると仕事に行くのが辛くなるだろ? いっそ俺達の擁護所も畑と一緒に移動しませんか? って城の担当者に言ってる所なんだ」
孤児達のリーダー格の少年がぼやくようにそう言う。
「それって大変じゃない?」
「いや、城に間借りしている今のほうが、俺達が気に食わない連中がごちゃごちゃ言って面倒だし、いっそ離れたほうが楽だ」
「でもさ、擁護所出身の人がどんどん城の下働きに入れば、その辺も減ってくるんじゃないかな?」
「どうなんだろうな、特に前領主の連れて来ていた連中がやたら気位が高いからな。やつらだって今の領主様に拾ってもらわなけりゃどうにもならなかった癖に」
吐き捨てるようにそう言うと、畑を木鍬で掘り起こして行く。
前領主が残していった者達は主に中央地区に固まっているが、彼らはレンガ地区の者達をも見下し気味でよくトラブルを起こしていた。
それについては前領主の所業の煽りを、関係者というだけの彼らが少々被っていて、特にレンガ地区の者達からは敵視されているので、お互い様の所もあるのだが、どちらにしろ周囲とトラブルを起こしやすい立場にいるのは間違いない。
本人達の間でこじれたことならば一代で終わればいいとライカなどは思うが、親は子に恨みを語り、矜持を語るものなのだ。
そうなると憎しみや嘲りも次の世代に引き継がれてしまう。
人と人との間にあるモノは、優しい部分もあれば酷く醜い部分もあり、それはあまりにも複雑で難しい。
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