竜の御子は平穏を望む

蒼衣翼

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竜の御子達

騎士の亡霊

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 ライカとサッズは井戸に水を汲みに来ていた。
 領主の認知外の門前集落とは言え、人が住み着いている以上は水が必要になる。
 なので、当然のように住民は勝手に井戸を掘り、それを管理しているのだ。
 同様に旅人にとっても水は大事な物であるから、その井戸の水は売り物でもあった。
 そんな集落の中程にある井戸は中々立派な物で、その周囲では数人の婦人と、井戸番らしい男がのんびりと会話を交わしている。

「すみません、水を分けていただけませんか?」

 無言で差し出された手に小麦袋を乗せると、男は吊り天秤で重さを量り、頷いた。
 商隊の古株で色々な事情に詳しいカッリオによると、ここでは金銭より物品、特に食料の方が価値が高いのだそうだ。
 番人の男は短く「一人桶二杯まで」とぼそりと言うと、井戸の蓋を開けてつるべを投げ入れ、枠に添えるように付いている車輪のような物に短い棒を挿し込み、その棒を持ってグルグルと回し始めた。
 その間に、周囲の女性達はライカ達を見ながら、「どこから来たの?」「可愛いね」「お菓子でも食べない?」と口々に話し掛けて、愛想の悪いサッズの分も、ライカはそれへいちいち返事を返す。

「子供が珍しいみたいだぞ」

 あまりの自分達の人気ぶりにライカが困惑していると、サッズが耳元でそう告げた。

「そういえば」

 ここへ来てからライカは小さい子どもも自分達ぐらいの年代の少年少女、下手するともう少し上の年代も全く見掛けて居ないことに気づいた。
 先ほど聞いたこの場所の意味合いを考えれば、こんな不安定な場所で子供を育てようとは思わないのは理解出来なくもない。
 だが、今の段階でその推測が当たっているかどうかはわからないので、ライカはその事実を不思議だと思うだけに留めた。

 カラカラという小気味良い音を立てて、車輪のような物がロープを巻き取る。その先には水を湛えたつるべがあり、ライカは感心した。

「これって、車輪の移動する力じゃなく、巻き取る力を使ってるんですね。よく見たら糸車と基本は同じなんだ」
「なんだ、巻き取り機を知らんのか? 大きな城とかには上階に水を運ぶ為のもっと大掛かりな物もあるぞ」
 井戸番がモゴモゴと篭った話し方ながらも説明をしてくれた。
 案外こういう物が好きで説明するのが嬉しいのかもしれない。
 この仕掛けのおかげで、ライカ達は思った以上に早く水を汲め、名残を惜しむご婦人方から見たことのないお菓子を押し付けられて、その場をにこやかに後にしたのである。

「言われたより楽だったな」

 サッズが周囲に人影が居なくなった所を見計らってライカに話しかけた。
 別に他人に聞かせたくないからではなく、他人が側にいると落ち着かないかららしい。

「うん」

 彼等は水汲みに出る時に、それを頼んだ商隊の人間から、他人と目を合わさないことと立ち止まらないことを注意として受けていたのである。
 おかげでどれ程物騒な所なのかと少々身構えていたのだが、別段何事もなく、あっさりと終わってしまい、構えていた分、肩透かしを食った気分だ。

「でも、ちょっと静かだね」
「ああ、まぁ前の街がうるさすぎたのかもしれないがな」

 この、市場集落とも言うべき場所の人間の数は、先に寄ったストマクに近いものがあるのだが、それにしてはひっそりとしすぎている。
 といっても会話が無いとかではなく、売買の盛んな商品の並んだテント市や露店商の密集した場所などは賑やかなのだが、こんな風に住みついた人が暮らす場所ではどこか全体的に存在を押し殺しているような、何かを恐れる雰囲気があった。
 そうやって、ライカとサッズが人々の間を嵩張る水桶を担いで抜けていくと、突然、周りの様子が変わった。
 ギシッ、ギイィイという重々しい音が響いて、街門が開く。
 途端に凍りつくような緊張が人々の間に走り、その集団意識に引き摺られて思わずサッズの足が止まってしまい、釣られてライカの歩みも止まった。

 開いた門の向こうには武装し、背の高い馬に乗った男達が並んでいる。
 一瞬、人々は彼等を恐れているのかとライカは思ったが、彼等が姿を見せた途端、周囲の緊張はむしろ解れた。
 不思議に思えるが、誰も門の近くへ行こうとしないことと、お使いの水を担いでる所だったので、好奇心を刺激されながらも、ライカは自分達の野営場所へと戻ろうと踵を返す。

「どうも行き先が同じらしいな」

 サッズが、先行する馬上の集団を見ながらぽつりと零す。

「嫌な感じの連中だ」

 野営地に着くと、やはりあの馬に乗った兵隊らしき集団が訪れていた。
 これといった理由もなく、なんとなくライカは目でその人数を数えたが、全部で六人程だ。
 こちらの代表と話をしているらしい彼等を横目に、馬車のほうまで水を運び込む。

「ただいま戻りました。あれ、なんですか?」

 雑用一般を取り仕切っている男に水桶を渡しながら、ライカは聞いてみた。
 男は鼻の上に皺を寄せながら声を押し殺して応える。

「調達部隊の騎士様達さ」

 それだけを告げると、ライカ達を追い払うように腕を振った。

「お前等はさっさとあっちに行ってな。いらんイチャモン付けられたらとんだ迷惑だからな」

 彼の言葉に、とりあえずもう仕事は無いってことかな? と考えたライカは、その指示に従って、彼等荷負い人の下働き達が割り当てられた場所へと向かう。
 途上、サッズが表情も歩調も変えず、ひっそりと告げた。

「こっちに意識を向けている奴がいるぞ」
「え? あの騎士様達の誰か?」
「ああ、どうもこいつら濁った意識で気持ち悪い。注意したほうがいいぞ」

 言われて、ライカはもう一度騎士達のほうへ目を向けた。
 金属で作られた鎧が鈍い光を弾き、相手の詳しい表情が読み取れないが、どうやら口元が笑みの形に歪んでいるのが窺える。
 その笑みは、ライカに以前見た人狩りの男の笑いを思い出させた。

 そうやってそこはかとない緊張感に包まれながら戻ると、そこでも仲間達が集まってなにやら例の騎士達の様子を窺っている。

「ただいま戻りました」

 一応こちらにも報告を上げる決まりなので、彼等の中で代表格のカッリオに声を掛けた。

「ああ」

 カッリオは二人を一瞥だにせずに生返事を返し、緊張した面持ちで他の仲間と騎士達の様子を見守っている。
 ライカは思い切って彼に詳しい事情を聞いてみることにした。

「あの、あの人達は騎士って聞きましたけど、いったいここに何をしに来てるんですか?」
「泥棒さ」

 間髪入れずにゾイバックが横合いから返答し、それをカッリオが睨み付ける。

「やめねぇか、万が一連中の耳に入ったらどうするつもりだ」

 一方、若手の二人、マウノとエスコは、やはり好奇心が勝るのか、マジマジとその集団を見ていた。

「連中は単に通行料を取り立てに来ただけだ。上の連中がうまいこと交渉をやるはずだからお前なんぞが気にする必要はない」

 カッリオはゾイバックを嗜めた後、ライカ達を牽制するように言い、それでいながらまるで自分の今の言葉を否定するかのように緊張を解かずに様子を窺っている。

「でも、騎士様ってもう居ないはずですよね?」

 どこかおっとりとしたマウノが不思議そうに便乗して聞いた。

「そう、騎士はもう居ない。騎士に執着し続ける亡霊がいるだけさ」

 ゾイバックは悪びれるどころか少し声を高め、芝居掛かった言い回しをしてみせる。
 カッリオの鋭い眼光が飛ぶが、ゾイバックは全く意に介さず、そのニヤニヤ笑いも納まらなかった。

「亡霊ってのはなんにしてもたちが悪いもんだ」
「いい加減にしろ、連中は驚くぐらい悪口に敏感だぞ、安全圏から石を投げていると思っているうちに何時の間にかやつらのあぎとの中ってことも起こり得るんだからな」
「へいへい」

 結局、彼等の話を総合した所、どうやらこの騎士達は壁の向こうの街、ウーロスの領主の子飼いの騎士団らしい。
 ようするに私兵である。
 ライカ達の街で言えば警備隊と同じ立場に当たるのだ。
 しかし、その性質は全く違うらしい。

 そうこうする内に、今までどこかに姿を消していた用心棒の二人が、いつの間にか隊商長のやや後ろにうっそりと控えているのが見えた。たちまち騎士達に動揺が広がるのがここからも見て取れる。

「あれ? 今の話だとこの人達って、この街の兵隊さんでちゃんとした領主様の命令で仕事をしているってことだよね。それなのになんでみんなこんなに緊張してるの?」

 頭の中で情報を整理したライカは、彼等が紛れも無い正規の兵であるはずだという答えに行き着いた。そもそも街の正門から堂々と出てきたのだからそれは当たり前ではある。
 それならば今までの街でもそうであったように、危険から国の民を守るべき立場であるはずで、彼らは善良な民が不安を感じるような相手ではないはずだ。
 ライカは軽く混乱を覚えたが、続くサッズの言葉に更に困惑を深めることとなる。

「いしだかきしだか知らんが、どうもあいつらは嗜虐癖がある連中ばっかりだぞ。揃いも揃って他人を痛めつけることで満足を覚える種類の人間のようだな。とは言えここの商隊の連中なんかは意識が複雑で読めなさが半端無いんで、どっちが気持ち悪いかと言えばどちらとも言えないんだけどな。しかしよくもまあこんな気持ちが悪いのが寄り集まったもんだ」

 その後およそ半刻に渡って行われた、そんな緊張感溢れる交渉も、どうやら無事終わったらしい。
 騎士達の一人と、隊商長が互いの腕を掴み、握手を交わしたのだ。
 いかにも心は篭ってなさそうだったが、商人が握手を交わす時は交渉が纏まった時。という話を、ライカは祖父から聞いていた。
 だが、その直後、その中の何人かの騎士達が自分達のいるほうへと向かって来るのを見た時は、さすがに何が起きたのかライカには咄嗟に理解出来なかったのだった。
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