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竜の御子達
繊細なお仕事
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──……怪物は懇願する、
「あの気持ちの良い草っぱらで転がったら背中が痒くなったんだ、だけど俺の短い手じゃ背中を掻けない。お前、背中を掻いてくれないか?」と、
男は快諾した。巨大な背中によじ登ると彼は手にした剣を突き刺す。
「おお、ちょっと強くないか?」怪物は不安気に言ったが男は笑って答えた。
「少し強いぐらいじゃないとこびりついた草の種が取れないだろ?」怪物はなるほどと思った。……──
ちょっと酷いよね。
ライカは騙されて泣いていたその怪物に薬を塗ってあげた。
朝の空気が冷気と共に大気に染みてくる。
洗い流すようなその香りを感じてライカは目を覚ました。
「あ~、夢か」
伸びをしてぼんやりした頭をすっきりさせようと腕を伸ばしたライカは、そこでサッズが変な顔で自分を見ているのを感じて首を傾げる。
「お前、いくらなんでもあの間抜けな怪物に俺を当て嵌めなくても良いだろうに」
ライカは少し考えて、薄れつつある夢の記憶を呼び戻して、ちょっと笑った。
昨夜カッリオが面白おかしく歌ってくれた間抜けな怪物の物語を聴いて、どうやらライカ自身も知らない内に何か感じる所があったらしい。
斬られて、焼かれて滝に飛び込んだ怪物の背に薬を塗ってやっている夢だったように思われた。
そして、その夢の中での怪物の姿は、サッズに良く似ていたのである。
寝てる間意識が繋がる輪を形成する彼等の間では見た夢など筒抜けだから、それを見せられたサッズが心外に思うのは当然と言えば当然だ。
「でも、夢なんて自分で考えて見るものじゃないから仕方ないだろう」
「お前の俺に対するイメージが現れてるんじゃないのか?」
疑わしげにサッズは詰め寄った。
だが、ライカは慣れたもので、にこっと会心の笑顔を見せると明るく言ってのける。
「もしかして自覚があるの?」
「おい、こら!」
「あはは」
敷布にしていた蝋引きされた外布を畳みながら、そんな風に言い争う二人に向かって壮年の男が近づいて来た。
「全く、ガキは無駄に元気だな」
昨夜ライカの頭の中に夢の種を植え付けた当の相手である。
「カッリオさん、おはようございます」
「けっ、良家のご子息じゃあるまいに丁寧なご挨拶なんか気持ちが悪いだろ」
「なんだ、挨拶は人付き合いの基本だと聞いたが間違いだったのか」
「うちの街ではみんな挨拶してたよ」
揶揄するサッズにライカが生真面目に応える。
そのやりとりに、文句を付けたカッリオの気持ちの方が萎えた。
「あー、はいはい、おはようさん。これでいいだろ?」
「おはよう」
最近人間との接し方を考え直したらしいサッズも倣って挨拶をしてみせる。
だが、無表情でやられた側は無駄にびくりとして身を引いた。
「お前、態度が違いすぎだろ? 身内にだけ打ち解けるってのは色々損をするもんだぜ」
そう言われたが、サッズとしては十分愛想良くしているつもりなので、相手の言い分がわからない。
結果として、どう返すべきか困惑してしまい、しばし無言で相手の顔を眺めてしまっていた。
その視線を受けるほうにしてみれば、感情の無い目で冷然と見下されているように感じてしまう。
おかげでカッリオは無意識の内に、更に後ろ向きに数歩下がってしまった。
自分でそれに気付くと、彼はごまかすように「あー」と声を出し、少年達から色々な意味での注目を集める。
「出立前の準備なんだが。昨日あの騒ぎで薪をあまり集められなかっただろう? 隊商の出立を遅らせるから、五束分集めて貰う事になった。出発を遅らせるのは行程の遅れに繋がる。飯を食ったら早めに始めてくれ」
「わかりました。この先木が少ないんですか?」
「ああ、明日の昼過ぎぐらいには黒い荒野入りだ。あそこは木どころか水もねぇ場所なんだぜ。んで、そこを踏破するのに丸々三日は掛かる」
黒い荒野。
ライカも詳しくはないが、不毛の大地だという噂は聞いている。
「それと、街道も今日で終わりだ。明日からは道無き道を行かなきゃならん。初めてだとかなりキツイぞ、覚悟するんだな」
脅しなのか励ましなのかわかりづらい説明を口にして、彼はさっさと歩き去った。
その背を見送りながら、ライカは急ぎの仕事について考える。
大量の薪が必要。
昨日は沢山の木が倒れた。
混ざり合った情報が、一つのはっきりとした考えを導いた。
(一日二日じゃ生木は乾かなくて使えないけど、それは逆に言えば乾けば使えるという事だよね)
ライカはサッズをちらりと見る。
わざわざ木を切り倒して薪を作るのは、こんな旅の途上では本来意味の無い苦労だが、既に大量の倒木、もしくは落ちた枝があるのが分かっているのだからそれを無駄にする手はない。
「サッズ、ちょっと相談があるんだけど」
一方のサッズは、先ほどの人間相手のやりとりの何かが微妙に上手くいかなかったことには気づいており、反省箇所を検討しようとさかんに首を捻っていた。が、そこへ呼び掛けられ、何も身構えないままに「ん?」と反対側に首を捻った。
── ◇ ◇ ◇ ──
「おお、なんだ、えらく大量じゃねぇか。って、なんだ? 木を切り倒しでもしてきたのか? おいおい生木は煙ばっかり出るから使えないぞ」
ライカとサッズが森から曳いてきた、建築用の材木としか見えない長い丸太を見て、水を樽に詰めて蓋を木槌で嵌め込んでいたゾイバックが呆れたように告げる。
「いえ、倒れてからかなり経ってたみたいで、水気は抜けてるようだったんで持って来てみました」
「ほう、どれどれ」
大股に近付いて、彼はその自分の背丈の倍はありそうな、薪に変身する予定の材木に触れた。
手に持った木槌で叩くと生木の鈍い反応ではなくごく軽い音が響く。
「おお、本当だ、こりゃあ儲けたな。待ってろ、手斧を借りてくる」
喜色を浮かべて去っていく背中を見ながら、サッズは渋面を作った。
「めんどくて疲れた」
「水分飛ばしただけじゃないか」
「バカか! 水分だけ抜くとか、どんだけ作業が繊細だと思ってるんだ? 細切れにしろと言われた方が遥かに楽だったぞ!」
「だって、洗濯物に風を当てると早く乾くじゃないか。似たようなもんじゃないの?」
「それは断じて違う! 何が違うかと言われたら説明出来ないが、なんか違うはずだ!」
「単に不器用だから七本も潰しちゃったんじゃないの? なんで三広もあった木が手に持てるぐらいのサイズになる訳? しかもやたら重くて持とうとしたら手首捻るところだったじゃないか」
「いや、だから、なんか、ほら」
サッズは自分の能力について感覚的にはわかるものの、それをどうやって説明して良いのかわからずに歯噛みする。
「まぁいいや、とりあえず一本でも足りそうだし、あの固まった、元は木だったモノは見なかったことにしてあげる」
「してあげるじゃねぇ! 労わりの言葉とかなんかあるだろ? 人間同士で使うたぐいの」
「えっ!」
ライカは信じられない物を見るようにサッズの顔をマジマジと見た。
「まさかあの仕事で褒めてもらえると思ってたの?」
サッズは思わず膝を落として地面に手を付く。
「お前時々酷いよな」
竜は余程の事がない限り泣かない生き物だ。
しかしこの時、サッズは不覚にも落涙しそうになったのだった。
「あの気持ちの良い草っぱらで転がったら背中が痒くなったんだ、だけど俺の短い手じゃ背中を掻けない。お前、背中を掻いてくれないか?」と、
男は快諾した。巨大な背中によじ登ると彼は手にした剣を突き刺す。
「おお、ちょっと強くないか?」怪物は不安気に言ったが男は笑って答えた。
「少し強いぐらいじゃないとこびりついた草の種が取れないだろ?」怪物はなるほどと思った。……──
ちょっと酷いよね。
ライカは騙されて泣いていたその怪物に薬を塗ってあげた。
朝の空気が冷気と共に大気に染みてくる。
洗い流すようなその香りを感じてライカは目を覚ました。
「あ~、夢か」
伸びをしてぼんやりした頭をすっきりさせようと腕を伸ばしたライカは、そこでサッズが変な顔で自分を見ているのを感じて首を傾げる。
「お前、いくらなんでもあの間抜けな怪物に俺を当て嵌めなくても良いだろうに」
ライカは少し考えて、薄れつつある夢の記憶を呼び戻して、ちょっと笑った。
昨夜カッリオが面白おかしく歌ってくれた間抜けな怪物の物語を聴いて、どうやらライカ自身も知らない内に何か感じる所があったらしい。
斬られて、焼かれて滝に飛び込んだ怪物の背に薬を塗ってやっている夢だったように思われた。
そして、その夢の中での怪物の姿は、サッズに良く似ていたのである。
寝てる間意識が繋がる輪を形成する彼等の間では見た夢など筒抜けだから、それを見せられたサッズが心外に思うのは当然と言えば当然だ。
「でも、夢なんて自分で考えて見るものじゃないから仕方ないだろう」
「お前の俺に対するイメージが現れてるんじゃないのか?」
疑わしげにサッズは詰め寄った。
だが、ライカは慣れたもので、にこっと会心の笑顔を見せると明るく言ってのける。
「もしかして自覚があるの?」
「おい、こら!」
「あはは」
敷布にしていた蝋引きされた外布を畳みながら、そんな風に言い争う二人に向かって壮年の男が近づいて来た。
「全く、ガキは無駄に元気だな」
昨夜ライカの頭の中に夢の種を植え付けた当の相手である。
「カッリオさん、おはようございます」
「けっ、良家のご子息じゃあるまいに丁寧なご挨拶なんか気持ちが悪いだろ」
「なんだ、挨拶は人付き合いの基本だと聞いたが間違いだったのか」
「うちの街ではみんな挨拶してたよ」
揶揄するサッズにライカが生真面目に応える。
そのやりとりに、文句を付けたカッリオの気持ちの方が萎えた。
「あー、はいはい、おはようさん。これでいいだろ?」
「おはよう」
最近人間との接し方を考え直したらしいサッズも倣って挨拶をしてみせる。
だが、無表情でやられた側は無駄にびくりとして身を引いた。
「お前、態度が違いすぎだろ? 身内にだけ打ち解けるってのは色々損をするもんだぜ」
そう言われたが、サッズとしては十分愛想良くしているつもりなので、相手の言い分がわからない。
結果として、どう返すべきか困惑してしまい、しばし無言で相手の顔を眺めてしまっていた。
その視線を受けるほうにしてみれば、感情の無い目で冷然と見下されているように感じてしまう。
おかげでカッリオは無意識の内に、更に後ろ向きに数歩下がってしまった。
自分でそれに気付くと、彼はごまかすように「あー」と声を出し、少年達から色々な意味での注目を集める。
「出立前の準備なんだが。昨日あの騒ぎで薪をあまり集められなかっただろう? 隊商の出立を遅らせるから、五束分集めて貰う事になった。出発を遅らせるのは行程の遅れに繋がる。飯を食ったら早めに始めてくれ」
「わかりました。この先木が少ないんですか?」
「ああ、明日の昼過ぎぐらいには黒い荒野入りだ。あそこは木どころか水もねぇ場所なんだぜ。んで、そこを踏破するのに丸々三日は掛かる」
黒い荒野。
ライカも詳しくはないが、不毛の大地だという噂は聞いている。
「それと、街道も今日で終わりだ。明日からは道無き道を行かなきゃならん。初めてだとかなりキツイぞ、覚悟するんだな」
脅しなのか励ましなのかわかりづらい説明を口にして、彼はさっさと歩き去った。
その背を見送りながら、ライカは急ぎの仕事について考える。
大量の薪が必要。
昨日は沢山の木が倒れた。
混ざり合った情報が、一つのはっきりとした考えを導いた。
(一日二日じゃ生木は乾かなくて使えないけど、それは逆に言えば乾けば使えるという事だよね)
ライカはサッズをちらりと見る。
わざわざ木を切り倒して薪を作るのは、こんな旅の途上では本来意味の無い苦労だが、既に大量の倒木、もしくは落ちた枝があるのが分かっているのだからそれを無駄にする手はない。
「サッズ、ちょっと相談があるんだけど」
一方のサッズは、先ほどの人間相手のやりとりの何かが微妙に上手くいかなかったことには気づいており、反省箇所を検討しようとさかんに首を捻っていた。が、そこへ呼び掛けられ、何も身構えないままに「ん?」と反対側に首を捻った。
── ◇ ◇ ◇ ──
「おお、なんだ、えらく大量じゃねぇか。って、なんだ? 木を切り倒しでもしてきたのか? おいおい生木は煙ばっかり出るから使えないぞ」
ライカとサッズが森から曳いてきた、建築用の材木としか見えない長い丸太を見て、水を樽に詰めて蓋を木槌で嵌め込んでいたゾイバックが呆れたように告げる。
「いえ、倒れてからかなり経ってたみたいで、水気は抜けてるようだったんで持って来てみました」
「ほう、どれどれ」
大股に近付いて、彼はその自分の背丈の倍はありそうな、薪に変身する予定の材木に触れた。
手に持った木槌で叩くと生木の鈍い反応ではなくごく軽い音が響く。
「おお、本当だ、こりゃあ儲けたな。待ってろ、手斧を借りてくる」
喜色を浮かべて去っていく背中を見ながら、サッズは渋面を作った。
「めんどくて疲れた」
「水分飛ばしただけじゃないか」
「バカか! 水分だけ抜くとか、どんだけ作業が繊細だと思ってるんだ? 細切れにしろと言われた方が遥かに楽だったぞ!」
「だって、洗濯物に風を当てると早く乾くじゃないか。似たようなもんじゃないの?」
「それは断じて違う! 何が違うかと言われたら説明出来ないが、なんか違うはずだ!」
「単に不器用だから七本も潰しちゃったんじゃないの? なんで三広もあった木が手に持てるぐらいのサイズになる訳? しかもやたら重くて持とうとしたら手首捻るところだったじゃないか」
「いや、だから、なんか、ほら」
サッズは自分の能力について感覚的にはわかるものの、それをどうやって説明して良いのかわからずに歯噛みする。
「まぁいいや、とりあえず一本でも足りそうだし、あの固まった、元は木だったモノは見なかったことにしてあげる」
「してあげるじゃねぇ! 労わりの言葉とかなんかあるだろ? 人間同士で使うたぐいの」
「えっ!」
ライカは信じられない物を見るようにサッズの顔をマジマジと見た。
「まさかあの仕事で褒めてもらえると思ってたの?」
サッズは思わず膝を落として地面に手を付く。
「お前時々酷いよな」
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しかしこの時、サッズは不覚にも落涙しそうになったのだった。
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