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竜の御子達
正式な取引
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美しい細工の施された壁面の隠し棚が開かれ、引き出された浅い引き出しに整然と装飾品がならんでいた。
「まるでお店のようですね」
ライカが感想を述べると班長さんことザイラックが吹き出す。
「確かに同種の品物が並んでいると出店のようだな」
領主は微笑んだ。
ライカは露天商に馴染みがあるからそういう発想になるが、普通宝飾類は店に並ぶ事はない。
注文主とデザインを打ち合わせ、それに沿って一から作るものなのだ。ライカの感覚は元々大貴族であるザイラックにはむしろ新鮮なものだった。
「こういうのが並べて売っていたら壮観だろうな」
引き出し式の装飾品棚にびっしりと並んだ品物は、彼の言うようになかなかに見応えのあるものだった。
どうやら持ち主は銀細工が好きだったようで、全体的に銀製品が多い。
その全てが、色合い、細工、そしてもちろん装着部位で丁寧に分けてあるのだ。
しかし、銀は手入れをしないと輝きを失うものなので、ほとんどの品物はくすんで黒ずんできていたが、それでもその細工の繊細さはなかなか見るものがある。
「ここにあるのが普段使いのものらしい。あまり飾りを凝ったものは少なくて付いている石も一、二個だ。手入れ不足で価値が下がっているだろう事も考えればここから十個ぐらい選んでもらえば大体トントンじゃないかと思うのだが、一番詳しい者としての意見はどうかな? ザイラック、風の班長殿」
「いいんじゃないでしょうか? これの一個を両替で金粒に換えてもらえばかさばらないし、そこから少しずつ普段使いの貨幣に換えれば良い。残りは持って帰ってもらえばいいでしょう。坊やにそれを渡した元々の持ち主もそれならだまされたとか思ったりしないでしょうし。なにより古い装飾品は今王都で価値が上がってますからね。両替商ではなく商人連中の方が喜んで高くで買い取るかもしれませんよ」
「何かややこしいですね」
複雑な換金方法にライカが疑問の声を上げる。
「庶民は金貨を扱っちゃいかんという決まり事があってだな。だからといって銀貨じゃかさばりすぎる場合もある訳だ。で、そういう時は金粒で代用する。金の粒1つで銀貨3枚分ぐらいあるんであちこち動き回る商人とかはよく使ってるな。金粒の流通は細かく調べられてるんで、出元の確かさは必要だけどな」
「通貨の制度って詳しく知りませんでしたけど、色々おもしろそうですね」
「いやいや、深入りはやめとけ。こいつに取り憑かれてそれこそ貨幣なんぞ食えもしないのに必死でため込んでる奴とかいるし、人の心に働きかける毒に化ける仕組みさ、通貨ってのは」
「確かに銅貨とかはそのままじゃ意味がないですよね」
「そうそう、それがわかってれば良いのさ」
「で、どうすんだ適当に選んでくれるの?」
面倒な話が嫌いなサッズは、早々に話を打ち切らせる為に今度も口を挟んだ。
「この品物は姫君のものなんで、私が勝手に選ぶのもおかしな話だし。取引をする君たちが直接選ぶのがいいだろう。ここは縁起を担いで十二個選ぶと良い」
「神聖数の大バクスですね」
「うむ」
「神聖数ってなんだ?」
そのやりとりにはやや興味を覚えたのかサッズが珍しく聞いた。
「世界が六個の卵から始まったっていう神話を元にした神聖な数で、縁起が、じゃ分からないか、ええっと、良い事があるって言われている基本の数なんだよ。六が小バクス、その倍の十二が大バクスっていうんだ」
「世界の始まりなんか見た奴がいるのかよ? それにもし本当だったとしてもそんな昔の話が今に影響する訳ないだろ?」
験を担ぐという感覚を竜族に説明するのは無理だと思ったライカは、もっと極端な理屈で誤魔化す事にした。
「過去はいつも今に影響してるよ。教わっただろ?」
「あー、そうだったか? むう、いいよ、分かったよ。なんか分からんが神聖数ってのがあるんだな」
「まあ確かに人によっては馬鹿馬鹿しいと思えるものだからな。だが、良いかもしれない事をするというのは、実は自分達自身の気分を向上させる力になるのだよ。やって損がないならやった方が良いという類のものだな」
サッズはため息を吐いた。
「なんか結構重い使命だったかもしれないな」
ライカから課せられた使命に対しての弱音である。
どうやら人間に対する理解がおっつかなくなって来たらしい。
「サッズ、無理して理解しなくても良いから。理解しようとする気持ちが大事なんだと思うよ」
「『理解しようとする事』だもんな。はいはい」
二人のやり取りに、ザイラックが肩を竦めた。
子供の話はよく分からないというサインらしい。
「無理して難しい話にする事はない。単純に、より楽しそうな事を選ぶと思えば良い」
「それならなんとなく分かる」
「領主様、凄いですね。サッズに『分かる』と言わせるのは大変なんですよ」
「ああ? 理解しにくい話し方をする方が駄目なんだろ?」
サッズがその言われように抗議をした。
「理解しようとしない相手に理解させようとするから説明が難しくなるんだろ?」
顔の片側を吊り上げて睨み合いに入った二人を、領主が笑いながら評した。
「全く、お前達は本当の兄弟のようだ。幼馴染というのは良いものだな」
「そうですね、幼馴染は何にも代え難いものですからね」
ザイラックは微笑する。
その一瞬、彼の周囲からいつもの重苦しい力の渦が散り、ふわりと空気が軽くなった。
すぐに元に戻ったが、それはライカとサッズにちょっとした驚きを与えるものだった。
喧嘩の気を削がれた二人は、とりあえずずらりと並んだ装飾品を見てみる事にする。
それらはいかにも少女の持ち物らしく、ほっそりと繊細で、彼等が手に取るのも躊躇われるようなものばかりだ。
「でも、こんなのが好きだったのならそれは確かにここの主に相応しいのかもしれないね」
ライカはサッズが持ち込んだ、花輪を模したような銀の首飾りを見た。
決して派手ではないが、繊細で複雑な造りのそれは、花びらのように散らばって配置してある色の付いた石と相まって、小さな花園のようにも見える。
価値などを抜きにしても、花が好きだったという少女には嬉しい品ではないかと思えた。
「あ~わっかんね」
サッズがお手上げ気味に呟く。
「どれも同じに見える」
「あはは」
ライカは笑ったが、彼にしても物の良し悪しが分かるはずもなかった。
「じゃあ、とにかく持ち運びし易い物が良いから、小さいものを選ぼうよ」
「なるほどね」
ライカは細い輪が5連ぐらい重なった腕輪、同じく小さい輪を何重かに重ねた指輪と細い銀の腕輪が鎖で繋がった物、水晶を削り出したらしき指輪、百合を象った華奢なブローチ、赤い石で小さな蕾を思わせる何かの止め具と、選んでいって、小さな青い石の付いた耳飾に手を延ばした時に、ふと、何か分からない違和感を感じて手を止める。
「どした?」
「あ、うん何でもない」
ライカはその耳飾りを避けて、他の物を手に取った。
その時には違和感は嘘のように消えている。
ライカは少し不思議に思いながらも適当に選んでいくと、その後も度々そういった違和感を感じて、他の物を選び直した。
「?」
言葉で説明出来ない違和感に戸惑っていると、領主が頷いた。
「どうやら選び終わったようだな。それではこっちの首飾りを一番良い場所に飾っておこうか」
領主は、いびつな並びになってしまった残りの品とサッズの持ち込んだ首飾りを手早く並べると、それは本当に小さな花園のように納まって、元からそうであったかのように、首飾りがその場の主然と中心に座した。
「それでは、最後に持ち主に挨拶をして戻るかな」
ラケルドは更に部屋の壁にある美しい装飾の扉をノックすると、挨拶と共に奥の部屋へと進んだ。
そこは寝室である。
外から光が降り注ぐ上部のガラスの嵌め込み窓と、一際見事な天井の絵画のせいで、死者の部屋という暗い印象はなかった。
そういえば王様が泊まったんだっけ? とライカは思い、色々と手入れされている部屋の様子に納得する。
そこは今や忘れられた場所ではなく、誰かを迎える為の場所なのだ。
「ここだよ」
カーテンに遮られた壁の一画からカーテンを分けて左右に束ねる。
そこには鮮やかに描かれた少女の絵画があった。
黄色味の強い黄金の髪、ほっそりとした輪郭。
ひっそりとソファに身を沈めるどこか静かな様子は何かを諦めたかのようにも見える。
だが、彼女の青い瞳は大きく見開かれて強い意志を浮かべていた。
「彼女がこの城の主だ。残念ながら名前は分かっていないのだけどね」
その絵の少女の耳に、あの青い石の飾りがあるのを見て、ライカは先ほどの違和感にどこか納得するものを感じたのだった。
「まるでお店のようですね」
ライカが感想を述べると班長さんことザイラックが吹き出す。
「確かに同種の品物が並んでいると出店のようだな」
領主は微笑んだ。
ライカは露天商に馴染みがあるからそういう発想になるが、普通宝飾類は店に並ぶ事はない。
注文主とデザインを打ち合わせ、それに沿って一から作るものなのだ。ライカの感覚は元々大貴族であるザイラックにはむしろ新鮮なものだった。
「こういうのが並べて売っていたら壮観だろうな」
引き出し式の装飾品棚にびっしりと並んだ品物は、彼の言うようになかなかに見応えのあるものだった。
どうやら持ち主は銀細工が好きだったようで、全体的に銀製品が多い。
その全てが、色合い、細工、そしてもちろん装着部位で丁寧に分けてあるのだ。
しかし、銀は手入れをしないと輝きを失うものなので、ほとんどの品物はくすんで黒ずんできていたが、それでもその細工の繊細さはなかなか見るものがある。
「ここにあるのが普段使いのものらしい。あまり飾りを凝ったものは少なくて付いている石も一、二個だ。手入れ不足で価値が下がっているだろう事も考えればここから十個ぐらい選んでもらえば大体トントンじゃないかと思うのだが、一番詳しい者としての意見はどうかな? ザイラック、風の班長殿」
「いいんじゃないでしょうか? これの一個を両替で金粒に換えてもらえばかさばらないし、そこから少しずつ普段使いの貨幣に換えれば良い。残りは持って帰ってもらえばいいでしょう。坊やにそれを渡した元々の持ち主もそれならだまされたとか思ったりしないでしょうし。なにより古い装飾品は今王都で価値が上がってますからね。両替商ではなく商人連中の方が喜んで高くで買い取るかもしれませんよ」
「何かややこしいですね」
複雑な換金方法にライカが疑問の声を上げる。
「庶民は金貨を扱っちゃいかんという決まり事があってだな。だからといって銀貨じゃかさばりすぎる場合もある訳だ。で、そういう時は金粒で代用する。金の粒1つで銀貨3枚分ぐらいあるんであちこち動き回る商人とかはよく使ってるな。金粒の流通は細かく調べられてるんで、出元の確かさは必要だけどな」
「通貨の制度って詳しく知りませんでしたけど、色々おもしろそうですね」
「いやいや、深入りはやめとけ。こいつに取り憑かれてそれこそ貨幣なんぞ食えもしないのに必死でため込んでる奴とかいるし、人の心に働きかける毒に化ける仕組みさ、通貨ってのは」
「確かに銅貨とかはそのままじゃ意味がないですよね」
「そうそう、それがわかってれば良いのさ」
「で、どうすんだ適当に選んでくれるの?」
面倒な話が嫌いなサッズは、早々に話を打ち切らせる為に今度も口を挟んだ。
「この品物は姫君のものなんで、私が勝手に選ぶのもおかしな話だし。取引をする君たちが直接選ぶのがいいだろう。ここは縁起を担いで十二個選ぶと良い」
「神聖数の大バクスですね」
「うむ」
「神聖数ってなんだ?」
そのやりとりにはやや興味を覚えたのかサッズが珍しく聞いた。
「世界が六個の卵から始まったっていう神話を元にした神聖な数で、縁起が、じゃ分からないか、ええっと、良い事があるって言われている基本の数なんだよ。六が小バクス、その倍の十二が大バクスっていうんだ」
「世界の始まりなんか見た奴がいるのかよ? それにもし本当だったとしてもそんな昔の話が今に影響する訳ないだろ?」
験を担ぐという感覚を竜族に説明するのは無理だと思ったライカは、もっと極端な理屈で誤魔化す事にした。
「過去はいつも今に影響してるよ。教わっただろ?」
「あー、そうだったか? むう、いいよ、分かったよ。なんか分からんが神聖数ってのがあるんだな」
「まあ確かに人によっては馬鹿馬鹿しいと思えるものだからな。だが、良いかもしれない事をするというのは、実は自分達自身の気分を向上させる力になるのだよ。やって損がないならやった方が良いという類のものだな」
サッズはため息を吐いた。
「なんか結構重い使命だったかもしれないな」
ライカから課せられた使命に対しての弱音である。
どうやら人間に対する理解がおっつかなくなって来たらしい。
「サッズ、無理して理解しなくても良いから。理解しようとする気持ちが大事なんだと思うよ」
「『理解しようとする事』だもんな。はいはい」
二人のやり取りに、ザイラックが肩を竦めた。
子供の話はよく分からないというサインらしい。
「無理して難しい話にする事はない。単純に、より楽しそうな事を選ぶと思えば良い」
「それならなんとなく分かる」
「領主様、凄いですね。サッズに『分かる』と言わせるのは大変なんですよ」
「ああ? 理解しにくい話し方をする方が駄目なんだろ?」
サッズがその言われように抗議をした。
「理解しようとしない相手に理解させようとするから説明が難しくなるんだろ?」
顔の片側を吊り上げて睨み合いに入った二人を、領主が笑いながら評した。
「全く、お前達は本当の兄弟のようだ。幼馴染というのは良いものだな」
「そうですね、幼馴染は何にも代え難いものですからね」
ザイラックは微笑する。
その一瞬、彼の周囲からいつもの重苦しい力の渦が散り、ふわりと空気が軽くなった。
すぐに元に戻ったが、それはライカとサッズにちょっとした驚きを与えるものだった。
喧嘩の気を削がれた二人は、とりあえずずらりと並んだ装飾品を見てみる事にする。
それらはいかにも少女の持ち物らしく、ほっそりと繊細で、彼等が手に取るのも躊躇われるようなものばかりだ。
「でも、こんなのが好きだったのならそれは確かにここの主に相応しいのかもしれないね」
ライカはサッズが持ち込んだ、花輪を模したような銀の首飾りを見た。
決して派手ではないが、繊細で複雑な造りのそれは、花びらのように散らばって配置してある色の付いた石と相まって、小さな花園のようにも見える。
価値などを抜きにしても、花が好きだったという少女には嬉しい品ではないかと思えた。
「あ~わっかんね」
サッズがお手上げ気味に呟く。
「どれも同じに見える」
「あはは」
ライカは笑ったが、彼にしても物の良し悪しが分かるはずもなかった。
「じゃあ、とにかく持ち運びし易い物が良いから、小さいものを選ぼうよ」
「なるほどね」
ライカは細い輪が5連ぐらい重なった腕輪、同じく小さい輪を何重かに重ねた指輪と細い銀の腕輪が鎖で繋がった物、水晶を削り出したらしき指輪、百合を象った華奢なブローチ、赤い石で小さな蕾を思わせる何かの止め具と、選んでいって、小さな青い石の付いた耳飾に手を延ばした時に、ふと、何か分からない違和感を感じて手を止める。
「どした?」
「あ、うん何でもない」
ライカはその耳飾りを避けて、他の物を手に取った。
その時には違和感は嘘のように消えている。
ライカは少し不思議に思いながらも適当に選んでいくと、その後も度々そういった違和感を感じて、他の物を選び直した。
「?」
言葉で説明出来ない違和感に戸惑っていると、領主が頷いた。
「どうやら選び終わったようだな。それではこっちの首飾りを一番良い場所に飾っておこうか」
領主は、いびつな並びになってしまった残りの品とサッズの持ち込んだ首飾りを手早く並べると、それは本当に小さな花園のように納まって、元からそうであったかのように、首飾りがその場の主然と中心に座した。
「それでは、最後に持ち主に挨拶をして戻るかな」
ラケルドは更に部屋の壁にある美しい装飾の扉をノックすると、挨拶と共に奥の部屋へと進んだ。
そこは寝室である。
外から光が降り注ぐ上部のガラスの嵌め込み窓と、一際見事な天井の絵画のせいで、死者の部屋という暗い印象はなかった。
そういえば王様が泊まったんだっけ? とライカは思い、色々と手入れされている部屋の様子に納得する。
そこは今や忘れられた場所ではなく、誰かを迎える為の場所なのだ。
「ここだよ」
カーテンに遮られた壁の一画からカーテンを分けて左右に束ねる。
そこには鮮やかに描かれた少女の絵画があった。
黄色味の強い黄金の髪、ほっそりとした輪郭。
ひっそりとソファに身を沈めるどこか静かな様子は何かを諦めたかのようにも見える。
だが、彼女の青い瞳は大きく見開かれて強い意志を浮かべていた。
「彼女がこの城の主だ。残念ながら名前は分かっていないのだけどね」
その絵の少女の耳に、あの青い石の飾りがあるのを見て、ライカは先ほどの違和感にどこか納得するものを感じたのだった。
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