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第八章 真なる聖剣
963 小さな凱旋
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村に戻ると、通り掛かる人がみんな、大アナグマの大きさに驚愕するのと同時に、このとんでもない相手を倒してもらったということに感激したようで、口々に感謝の言葉を浴びせかけた。
なかには、言葉だけでなく、抱擁やら口づけやらしようとするのがいるので、女性は丁寧に、男性は断固として遠ざける。
いや、君達、一応勇者一行は神の御使いという立場なんだから、勢いで抱きついたりしないように。
教会関係者に発覚したら怒られるからな?
「ほらほら、勇者さま達はお疲れだから、皆もあまりうるさくしないように」
村長さんがパンパン手を叩いて、群がる村人を追い払う。
「助かります」
俺と勇者で、馬鹿みたいに重い大アナグマの毛皮や肉を担いで来たので、さすがにヘトヘトだ。
いや、勇者は魔力で補っているからまだまだ元気なんだけどな。
俺はそうもいかないから。
「村長さん。森のなかの洞窟近くに大アナグマが巣作りをしようとしていましたので、討伐しておきました。こいつがいたせいで、少し生き物が減っているかもしれません」
「おお、あの洞窟は、昔から厄介でなぁ。だが、薬草や滋養のある野草も豊富なんで、悪いばかりでもない。いいことと悪いことはだいたい隣り合わせということだろうな」
村長さんは、何やら含蓄のあるようなないようなことを言い出した。
もしかすると話が長いタイプかな?
「それで、こっちが毛皮で、こっちが肝、肉は皮に包んであります」
話が更に続く前に、玄関脇に荷物を下ろす。
勇者が難しい顔をして肉の入った皮を睨んでいる。
どうせ今すぐは食べられないんだろうな、とか考えているのだろう。
その通りなので諦めろ。
「おお、手際がよろしいですな。それでは、皮はこちらでなめしておきましょうか?」
ん? これは勘違いしているな。
まぁ常識的に考えれば当然か。
普通は獲物は狩った者に権利があるのが当然だからな。
「ああいや。勇者さま方は、神の御使いなので、財を求めることはありません。これらは、こちらの村でお使いください」
「え? まさか、倒した魔物から得られるものを振る舞われると? それとも、買取りをして欲しいとのことでしょうか? うちの村でこれを買い取るとなると、ちょっと厳しいのですが……」
「いや、本当に、勇者さま達はその魔物から得られるものは何も必要ないので、この村で自由にお使いください」
「え?……」
村長さんは疑わしげに俺を見て、それから勇者、聖女と視線を移して行く。
全員にうなずかれると、ものすごくびっくりした顔になった。
いや、そんなに驚くことないだろ?
昔から勇者の物語では、勇者は何も見返りを求めないのが定番じゃないか。
「し、しかし、人は生きるのに糧を必要とします。いくら勇者さま方が神の御使いでも、必要なものはあるでしょう」
「それは当然あります。その分は教会からあらかじめ支援も受けているのですが、何分旅の途中なので、金銭で得られないものが多いのも確かです。その分をこういう困りごとの解決で埋めているという事情も、あります」
村長さんの指摘に、俺は笑って言った。
村長さんはそれで納得したようだ。
「なるほど。では、この獲物に見合うだけのものは用意出来ませんが、出来る限りのことはさせていただきますね」
「いや、だから最低限のものでいいですからね? 村の生活に支障が出るようなことをしていただくと、勇者さまが却ってお気になさいます」
言って、俺は勇者に目配せをした。
そろそろ自分でも何か言えという合図だ。
肉を恨みがましい目でまだ睨んでいた勇者だったが、俺の視線に気づいて、小さくうなずく。
「余分なものは旅の邪魔になるからな。美味い飯を食わせてもらえれば、それで十分だ」
お前さ、自分の欲求に率直なのは悪いこっちゃないけどな。
肉を見て、飯とか直球すぎないか?
とは言え、村長さんは、勇者の言葉に安心したようだった。
にっこりと笑うと大きくうなずく。
「みなさんお若いですからな。何もない村ですが、料理自慢の一人や二人はいますぞ。素朴な食材しかありませんが、精一杯のおもてなしをさせていただきます」
そして、弾むような足取りで、通いで雑用をしている女性を呼びに言った。
昨夜の食事も材料は質素ながら、量は多くて美味しかったからな、今夜は期待出来そうだ。
多少は無理をしているかもしれないが、この魔物の素材を町にでも売りに行けば、十分以上の儲けになるはずだからな。
「お師匠さま。見事な交渉でした。こういったときに人々の好意をお断りするのがいつも心苦しいのですけど、今のようにお互いが納得出来るよう持っていけると、ホッとします」
「お前達だけで旅していたときはどうしてたんだ?」
聖女がうれしそうに言うので、聞いてみた。
「だいたいはテスタねえさまが交渉してくださったのですけど、無理やり納得させるしかないことが多くて。……決してテスタねえさまが交渉下手という訳ではないのですよ?」
途中からモンクが気にすると思ったのか庇うような言い方になる。
当のモンクはさして気にしていないようだ。
「私は商人の娘ではあるけどさ。小さい頃に大聖堂に引き取られたから、そういうのは苦手。交渉事って、いかに相手の生活を知っているかってのが大事だからね。その点、ダスターはいろんなことを知ってるから、ほんとありがたいよ」
「お、テスタに褒められるのは珍しいな」
「えっ? そう? これでもいつも感謝してるんだよ」
「私もはっきりと口にしたことがあまりありませんが、ダスター殿には感謝の気持ちしかありません。私達だけでは、世界を救うことは難しかったでしょう。改めまして、感謝の気持ちをお伝えしたいと思います」
モンクに触発されたのか、聖騎士までが丁寧に礼を言うので、俺は身の置所がないような気持ちになった。
いわゆるむず痒いってやつだな。
「俺も、冒険者だけやってたら学べなかったことをお前達に教わって来たからな。お互いさまってこと、だな」
思わず口から出た照れ隠しは、正直な気持ちでもあったのだった。
なかには、言葉だけでなく、抱擁やら口づけやらしようとするのがいるので、女性は丁寧に、男性は断固として遠ざける。
いや、君達、一応勇者一行は神の御使いという立場なんだから、勢いで抱きついたりしないように。
教会関係者に発覚したら怒られるからな?
「ほらほら、勇者さま達はお疲れだから、皆もあまりうるさくしないように」
村長さんがパンパン手を叩いて、群がる村人を追い払う。
「助かります」
俺と勇者で、馬鹿みたいに重い大アナグマの毛皮や肉を担いで来たので、さすがにヘトヘトだ。
いや、勇者は魔力で補っているからまだまだ元気なんだけどな。
俺はそうもいかないから。
「村長さん。森のなかの洞窟近くに大アナグマが巣作りをしようとしていましたので、討伐しておきました。こいつがいたせいで、少し生き物が減っているかもしれません」
「おお、あの洞窟は、昔から厄介でなぁ。だが、薬草や滋養のある野草も豊富なんで、悪いばかりでもない。いいことと悪いことはだいたい隣り合わせということだろうな」
村長さんは、何やら含蓄のあるようなないようなことを言い出した。
もしかすると話が長いタイプかな?
「それで、こっちが毛皮で、こっちが肝、肉は皮に包んであります」
話が更に続く前に、玄関脇に荷物を下ろす。
勇者が難しい顔をして肉の入った皮を睨んでいる。
どうせ今すぐは食べられないんだろうな、とか考えているのだろう。
その通りなので諦めろ。
「おお、手際がよろしいですな。それでは、皮はこちらでなめしておきましょうか?」
ん? これは勘違いしているな。
まぁ常識的に考えれば当然か。
普通は獲物は狩った者に権利があるのが当然だからな。
「ああいや。勇者さま方は、神の御使いなので、財を求めることはありません。これらは、こちらの村でお使いください」
「え? まさか、倒した魔物から得られるものを振る舞われると? それとも、買取りをして欲しいとのことでしょうか? うちの村でこれを買い取るとなると、ちょっと厳しいのですが……」
「いや、本当に、勇者さま達はその魔物から得られるものは何も必要ないので、この村で自由にお使いください」
「え?……」
村長さんは疑わしげに俺を見て、それから勇者、聖女と視線を移して行く。
全員にうなずかれると、ものすごくびっくりした顔になった。
いや、そんなに驚くことないだろ?
昔から勇者の物語では、勇者は何も見返りを求めないのが定番じゃないか。
「し、しかし、人は生きるのに糧を必要とします。いくら勇者さま方が神の御使いでも、必要なものはあるでしょう」
「それは当然あります。その分は教会からあらかじめ支援も受けているのですが、何分旅の途中なので、金銭で得られないものが多いのも確かです。その分をこういう困りごとの解決で埋めているという事情も、あります」
村長さんの指摘に、俺は笑って言った。
村長さんはそれで納得したようだ。
「なるほど。では、この獲物に見合うだけのものは用意出来ませんが、出来る限りのことはさせていただきますね」
「いや、だから最低限のものでいいですからね? 村の生活に支障が出るようなことをしていただくと、勇者さまが却ってお気になさいます」
言って、俺は勇者に目配せをした。
そろそろ自分でも何か言えという合図だ。
肉を恨みがましい目でまだ睨んでいた勇者だったが、俺の視線に気づいて、小さくうなずく。
「余分なものは旅の邪魔になるからな。美味い飯を食わせてもらえれば、それで十分だ」
お前さ、自分の欲求に率直なのは悪いこっちゃないけどな。
肉を見て、飯とか直球すぎないか?
とは言え、村長さんは、勇者の言葉に安心したようだった。
にっこりと笑うと大きくうなずく。
「みなさんお若いですからな。何もない村ですが、料理自慢の一人や二人はいますぞ。素朴な食材しかありませんが、精一杯のおもてなしをさせていただきます」
そして、弾むような足取りで、通いで雑用をしている女性を呼びに言った。
昨夜の食事も材料は質素ながら、量は多くて美味しかったからな、今夜は期待出来そうだ。
多少は無理をしているかもしれないが、この魔物の素材を町にでも売りに行けば、十分以上の儲けになるはずだからな。
「お師匠さま。見事な交渉でした。こういったときに人々の好意をお断りするのがいつも心苦しいのですけど、今のようにお互いが納得出来るよう持っていけると、ホッとします」
「お前達だけで旅していたときはどうしてたんだ?」
聖女がうれしそうに言うので、聞いてみた。
「だいたいはテスタねえさまが交渉してくださったのですけど、無理やり納得させるしかないことが多くて。……決してテスタねえさまが交渉下手という訳ではないのですよ?」
途中からモンクが気にすると思ったのか庇うような言い方になる。
当のモンクはさして気にしていないようだ。
「私は商人の娘ではあるけどさ。小さい頃に大聖堂に引き取られたから、そういうのは苦手。交渉事って、いかに相手の生活を知っているかってのが大事だからね。その点、ダスターはいろんなことを知ってるから、ほんとありがたいよ」
「お、テスタに褒められるのは珍しいな」
「えっ? そう? これでもいつも感謝してるんだよ」
「私もはっきりと口にしたことがあまりありませんが、ダスター殿には感謝の気持ちしかありません。私達だけでは、世界を救うことは難しかったでしょう。改めまして、感謝の気持ちをお伝えしたいと思います」
モンクに触発されたのか、聖騎士までが丁寧に礼を言うので、俺は身の置所がないような気持ちになった。
いわゆるむず痒いってやつだな。
「俺も、冒険者だけやってたら学べなかったことをお前達に教わって来たからな。お互いさまってこと、だな」
思わず口から出た照れ隠しは、正直な気持ちでもあったのだった。
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