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第八章 真なる聖剣
961 春の魔物
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森の深部は不思議なぐらいシンとしていた。
まだ冬の寒さの残る時季なので、生き物の活動が少ないこと自体は不思議ではない。
だが、魔力の流れがおかしい感じがする。
具体的にどうおかしいとは言えないが、普通魔力湧きがある森だと、まるで立ち込める霧のように魔力が漂っているものだ。
それが、微妙に渦を巻いている。
「魔力を大量に吸い込んでいる存在がいるっぽいぞ」
「魔物か?」
「まだなんとも判断出来ないが」
勇者の問いに曖昧な答えを返す。
そして、出立する前に村で言われたことを考えた。
「洞窟があるって話だった。魔物がよく棲み着く」
「なるほど」
なにがなるほどなのか、勇者は意味ありげにうなずく。
「メルリル、何かわかるか?」
俺の問いに、メルリルは困ったような顔を見せた。
「精霊が、魔力酔いしてる」
「あー」
精霊は意思を持った魔力のような存在とのことなので、魔力濃度が高すぎる場所だと、何かの混乱が起きるのだろう。
それを酔いと表現するメルリルのセンスがいい。
俺は少し笑った。
「まぁこの渦の中心を辿れば、なんかいるだろ」
「おお、さすが師匠」
いや、その評価はおかしい。
「私では魔力は見えませんからね。お任せします」
聖騎士がぺこりと頭を下げた。
人は自分に出来ないことを認めることが苦手だ。
聖騎士は自分のプライドを踏みつけにしてでも強さを求めた人間なので、そういうところはあっさりとして見える。
本当の意味でプライドの高い男なのだ、と俺は思う。
「なんだか、気持ち悪いです」
聖女は魔力にあてられているようだ。
魔力に敏感過ぎるのも、ちょっと考えものかもしれない。
「ミュリア、大丈夫? 無理せずに少し休んだら?」
「いえ、大丈夫。申し訳ないのですが、わたくしは魔力を遮断いたしますので、追跡はお師匠さま頼りにさせていただいてもよろしいでしょうか?」
聖女は、最初に比べて、頑張りすぎないようになった。
適度に力を抜いて、自分のやれることを最大限にやる。
実に頼もしい仲間になったものだ。
「ああ、任せろ。いざとなったら頼らせてもらうから、それまで無理はしないようにな」
「はい」
いい返事だ。
その横で、モンクもホッとしたようにうなずいている。
なんにおいても聖女第一のモンクだが、さりげなく仲間の攻撃を活かせるように敵の立ち位置を固定するという難しい戦い方が出来る拳士なので、パーティでの戦いにおいて、非常に助かる存在でもあった。
つくづくいい仲間だな、と思う。
「僕も、僕も!」
若葉がなぜか騒ぎ始めた。
「ピャウ……」
そしてフォルテが若葉に向かってため息を吐く。
フォルテも割と身勝手なところがあるんだが、そのフォルテにすら呆れられる若葉は相当だと思う。
戦いの際に頭数に入れないのはもちろんだが、逆に障害になることも想定しておかなければならないのが、この若葉の存在だ。
はっきり言って邪魔である。
「心外だ!」
「うっさい! 出て来んな、うっとおしい!」
「またまたアルフ、照れちゃって」
「は?」
若葉は俺の考えをたやすく読むくせに、なんで勇者の気持ちがわからないのだろう?
不思議である。
まぁ、ともかくとして、この頼もしいメンバーと共に、森を探索するのは、なかなか刺激的で俺は好きだ。
自分がまだまだ未熟だと感じさせてくれるからな。
「こっちか……」
魔力湧きがある森というものは、概して地形が複雑になる傾向にある。
なぜかというと、強力な魔物は地形を作り変えてしまう、ということ。
そして魔力自体が地形を歪ませる、というのが理由であるようだ。
学者先生の受け売りだけどな。
それを証明するように、魔力の渦の中心近くには、崖が多く、巨木や腕よりも太い蔦などが視界を遮るように生えている。
ただの草ですら人の背丈よりも高く生えるものだから、見通しが悪いのなんの、歩きにくいし、行動の妨げになりまくっていた。
「師匠、この草いっきに斬り払おう!」
「無茶言うな。ここはあの村の糧を支えているんだぞ。環境を大きく変えるようなことは絶対に禁止だ」
「なるほど。わかった!」
草を押し倒し、踏みつけながら進む。
俺達に踏まれた草は一度は倒れるが、翌日にはなんでもないように立ち上がっているだろう。
魔力を吸って育つ植物はとにかく頑丈だ。
ふと、気配を感じて、俺は手信号を使って全員の歩みを止める。
力ある魔物の発するプレッシャーだ。
マズいな、相手はおそらく俺達に既に気づいている。
手信号で、あらかじめ決めてあるフォーメーションの一つを示す。
全員がうなずいて、少し下がりつつそれぞれの配置に着いた。
「ゲアッ! ゲアッ!」
警戒するような鳴き声が聞こえる。
こっちの位置までは掴めてない感じか。
俺はそっと、足音と気配を消して相手に近づいた。
それは、二本の後ろ足だけで立ち上がって、周囲を警戒している。
ひくひくと鼻が動いているし、首もきょろきょろ見回すように動いていた。
額には特徴的な、宝石のような硬質な部分が見える。
アナグマの魔物である大アナグマだ。
雑食性でなんでも食うので、小さな森だとたちまち生き物の姿が消えてしまうと言われている。
後ろ足で立ち上がった状態で、人間の大人が縦に二人分ぐらいの大きさだ。
額の硬化した部分は感覚器で、動くものを素早く感知することが出来る。
一般の猟師ではお手上げの魔物だ。
「春先の巣作りにやって来たのか」
人間の生活圏の近くにいると危険すぎる相手である。
倒すしかない。
顔つきは意外と愛嬌があるが、カパッと開けた口のなかには鋭く細かい歯がずらりと並んでいる。
肉を喰むものの牙だ。
「こいつの毛皮は上等だし、肉は他の魔物よりも処理しやすい。村の人には喜ばれるはずだ。勝手で悪いが、狩らせてもらうぞ?」
俺は手信号の合図を全員に伝えて、行動を開始した。
まだ冬の寒さの残る時季なので、生き物の活動が少ないこと自体は不思議ではない。
だが、魔力の流れがおかしい感じがする。
具体的にどうおかしいとは言えないが、普通魔力湧きがある森だと、まるで立ち込める霧のように魔力が漂っているものだ。
それが、微妙に渦を巻いている。
「魔力を大量に吸い込んでいる存在がいるっぽいぞ」
「魔物か?」
「まだなんとも判断出来ないが」
勇者の問いに曖昧な答えを返す。
そして、出立する前に村で言われたことを考えた。
「洞窟があるって話だった。魔物がよく棲み着く」
「なるほど」
なにがなるほどなのか、勇者は意味ありげにうなずく。
「メルリル、何かわかるか?」
俺の問いに、メルリルは困ったような顔を見せた。
「精霊が、魔力酔いしてる」
「あー」
精霊は意思を持った魔力のような存在とのことなので、魔力濃度が高すぎる場所だと、何かの混乱が起きるのだろう。
それを酔いと表現するメルリルのセンスがいい。
俺は少し笑った。
「まぁこの渦の中心を辿れば、なんかいるだろ」
「おお、さすが師匠」
いや、その評価はおかしい。
「私では魔力は見えませんからね。お任せします」
聖騎士がぺこりと頭を下げた。
人は自分に出来ないことを認めることが苦手だ。
聖騎士は自分のプライドを踏みつけにしてでも強さを求めた人間なので、そういうところはあっさりとして見える。
本当の意味でプライドの高い男なのだ、と俺は思う。
「なんだか、気持ち悪いです」
聖女は魔力にあてられているようだ。
魔力に敏感過ぎるのも、ちょっと考えものかもしれない。
「ミュリア、大丈夫? 無理せずに少し休んだら?」
「いえ、大丈夫。申し訳ないのですが、わたくしは魔力を遮断いたしますので、追跡はお師匠さま頼りにさせていただいてもよろしいでしょうか?」
聖女は、最初に比べて、頑張りすぎないようになった。
適度に力を抜いて、自分のやれることを最大限にやる。
実に頼もしい仲間になったものだ。
「ああ、任せろ。いざとなったら頼らせてもらうから、それまで無理はしないようにな」
「はい」
いい返事だ。
その横で、モンクもホッとしたようにうなずいている。
なんにおいても聖女第一のモンクだが、さりげなく仲間の攻撃を活かせるように敵の立ち位置を固定するという難しい戦い方が出来る拳士なので、パーティでの戦いにおいて、非常に助かる存在でもあった。
つくづくいい仲間だな、と思う。
「僕も、僕も!」
若葉がなぜか騒ぎ始めた。
「ピャウ……」
そしてフォルテが若葉に向かってため息を吐く。
フォルテも割と身勝手なところがあるんだが、そのフォルテにすら呆れられる若葉は相当だと思う。
戦いの際に頭数に入れないのはもちろんだが、逆に障害になることも想定しておかなければならないのが、この若葉の存在だ。
はっきり言って邪魔である。
「心外だ!」
「うっさい! 出て来んな、うっとおしい!」
「またまたアルフ、照れちゃって」
「は?」
若葉は俺の考えをたやすく読むくせに、なんで勇者の気持ちがわからないのだろう?
不思議である。
まぁ、ともかくとして、この頼もしいメンバーと共に、森を探索するのは、なかなか刺激的で俺は好きだ。
自分がまだまだ未熟だと感じさせてくれるからな。
「こっちか……」
魔力湧きがある森というものは、概して地形が複雑になる傾向にある。
なぜかというと、強力な魔物は地形を作り変えてしまう、ということ。
そして魔力自体が地形を歪ませる、というのが理由であるようだ。
学者先生の受け売りだけどな。
それを証明するように、魔力の渦の中心近くには、崖が多く、巨木や腕よりも太い蔦などが視界を遮るように生えている。
ただの草ですら人の背丈よりも高く生えるものだから、見通しが悪いのなんの、歩きにくいし、行動の妨げになりまくっていた。
「師匠、この草いっきに斬り払おう!」
「無茶言うな。ここはあの村の糧を支えているんだぞ。環境を大きく変えるようなことは絶対に禁止だ」
「なるほど。わかった!」
草を押し倒し、踏みつけながら進む。
俺達に踏まれた草は一度は倒れるが、翌日にはなんでもないように立ち上がっているだろう。
魔力を吸って育つ植物はとにかく頑丈だ。
ふと、気配を感じて、俺は手信号を使って全員の歩みを止める。
力ある魔物の発するプレッシャーだ。
マズいな、相手はおそらく俺達に既に気づいている。
手信号で、あらかじめ決めてあるフォーメーションの一つを示す。
全員がうなずいて、少し下がりつつそれぞれの配置に着いた。
「ゲアッ! ゲアッ!」
警戒するような鳴き声が聞こえる。
こっちの位置までは掴めてない感じか。
俺はそっと、足音と気配を消して相手に近づいた。
それは、二本の後ろ足だけで立ち上がって、周囲を警戒している。
ひくひくと鼻が動いているし、首もきょろきょろ見回すように動いていた。
額には特徴的な、宝石のような硬質な部分が見える。
アナグマの魔物である大アナグマだ。
雑食性でなんでも食うので、小さな森だとたちまち生き物の姿が消えてしまうと言われている。
後ろ足で立ち上がった状態で、人間の大人が縦に二人分ぐらいの大きさだ。
額の硬化した部分は感覚器で、動くものを素早く感知することが出来る。
一般の猟師ではお手上げの魔物だ。
「春先の巣作りにやって来たのか」
人間の生活圏の近くにいると危険すぎる相手である。
倒すしかない。
顔つきは意外と愛嬌があるが、カパッと開けた口のなかには鋭く細かい歯がずらりと並んでいる。
肉を喰むものの牙だ。
「こいつの毛皮は上等だし、肉は他の魔物よりも処理しやすい。村の人には喜ばれるはずだ。勝手で悪いが、狩らせてもらうぞ?」
俺は手信号の合図を全員に伝えて、行動を開始した。
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