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第八章 真なる聖剣
937 生命の樹
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「ん……そうか!」
俺と話していたアドミニス殿が突然声を上げた。
「どうしました?」
「わかったのだよ。この聖剣の完全なる形が!」
うんうんと一人うなずくアドミニス殿を、勇者が不信感たっぷりの目で見ている。
気持ちはわからなくもないが、露骨すぎるのでやめろ。
「植物だ」
「植物?」
「うむ。ミスリルを編み込んだのは花の光、磨いたのは草の実。この剣は、命によって育まれ、命を守護する聖剣となる。だからこそ、使い手との絆を結ぶその柄は、命を象徴するものである必要があるのだ」
「なるほど」
アドミニス殿の言っていることはなんとなく理解出来なくはない。
だが……。
「しかし、木製の柄では耐久力が低いのでは?」
冒険者にとって、使う道具の耐久力の把握は必須技能とも言える。
使っている最中に耐久限界が来て使えなくなる、ということが起こっては困るのだ。
そういう意味で、木製品はあまり好まれない。
ナイフの柄も、金属に革を巻いたものがメインだ。
激しい戦いが予想される勇者の聖剣の柄が木製というのは不安が残る。
「俺はもろい聖剣など使わないぞ!」
すかさず勇者が文句を言った。
文句を言う機会を狙っているんじゃないか? と疑うタイミングである。
「木材が脆いというのは先入観だな。たとえば、鉄よりも硬い木も普通に存在する」
「そうなんですか? あ、いや確かに聞いたことがあります。上質な木炭を作るのに使われる木は、金属のように硬い、と」
「うむ。金属が硬いのは、その物質を形づくっている元となる物質が、密に詰まっているからだ。木材が柔いと言われるのは、内部に水を通す空間があるせいだな」
「なるほど」
「硬い木は、その、水を吸い上げる空間が微細で数多い」
要するに内部に隙間が少ないもののほうが硬いという、当たり前のことだ。
だが、木は生き物なので、当然生きるために栄養を全身に回す必要がある。
そのための空間のせいで柔らかくなっているのだ。
「硬い木があるのはわかったが、それが聖剣の柄に使えるほどのものなのか?」
勇者が懐疑的に訊ねる。
「結局木は木じゃないか。そこまでして、木の柄にこだわる必要が本当にあるのか?」
「ふむ、疑問があるなら試すのが一番だな。そうであろう? ダスター殿」
「そうですね。経験に勝る学習はありません」
勇者に答えたアドミニス殿の問いにうなずく。
理屈であれこれ考えるのは、結局のところただのイメージにすぎない。
何事も実際にやってみないとわからないのである。
「実はな、命の光の樹で思い出したのだが、この世で最も硬いとされる樹があるのだよ」
「この世で最も硬い樹、ですか?」
「うむ、生命の樹と呼ばれる樹でな。この大陸には本来自生していない」
「ないものねだりをしても仕方ないだろ」
アドミニス殿の説明にまたしても勇者がツッコミを入れる。
そろそろたしなめたほうがいいかもしれない。
「ふふ、だがな、実は、自生している場所があると聞いている」
「ないのにある? 意味がわからないな」
「アルフ、お前の剣のことなんだから、そう突っかかるな。アドミニス殿は真剣に考えてくれているんだぞ?」
「俺は、思ったことを言っているだけだ」
勇者の度重なる難癖に、さすがに注意したが開き直られた。
こいつめ。
「うむ、その率直さは、勇者殿の強みよ。もちろん欠点でもあるがの」
ニヤリと笑ってみせるアドミニス殿。
あ、挑発している。
「ほめてるのか、けなしているのか、はっきりしろ!」
「落ち着け」
いやご考察の通り、挑発に乗りやすい勇者なので、あまり虐めないでやって欲しい。
これでもだいぶ落ち着いて来たのだ。
「生命の樹が自生している場所と言うのが、この大地の南にある、幻の島だ」
「魔物の巣と言われている場所か」
「そう。さすがは冒険者、詳しいな」
「いや、しかし、その樹のことは知らなかった」
せっかくアドミニス殿にお褒めいただいたが、俺の知識にはないものである。
「生命の樹、不思議な名前ですね。癒やしの樹とは違うのでしょう?」
聖女も興味があるのか、アドミニス殿に尋ねた。
「癒やしの樹……神樹か。実のところ、神樹の性質と似たところがあるので、この名が付けられたとわしは見ている」
癒やしの樹は神樹とも呼ばれていて、俺達が先日迷宮から拾って来た種が育ったら復活するかもしれない、伝説の樹である。
さまざまな奇跡を起こしたと伝えられていて、迷宮のなかでは、遠い昔に枯れて空洞となった内部に、知恵あるモンスターである迷宮鼠達が棲み着いていた。
「似たところ、ですか?」
「実はな、一部の研究家の間では有名な樹なのだ。万病に効果がある樹液を持っていると言われていてな」
「それは……すごいですね」
なるほど、癒やしの樹も、その葉は万病に効果があるとされていたな。
しかし、それだけ特徴がある樹なら、この大陸に自生していれば広く知られているはずだ。
もっとも、本来の自生地から採取出来ない理由はよくわかる。
自生地と言われた南にあるとされる島は、魔物がいるだけでなく、三箇所目のドラゴンの営巣地もあると言われているのだ。
何度か辿り着こうとした者もいたようだが、帰って来たという話はついぞ聞いたことがない。
そんな場所だ。
まぁ普通に考えて採取は無理だろう。
しかし、アドミニス殿はこの大陸にも自生している場所がある、という。
先程も思ったが、そんな樹がどこかに生えていればもっと知られているはずだ。
アドミニス殿しか知らないというのは、不思議な話である。
「ダスター殿は知らなくても、その連れ合い殿は知っておられるようだぞ?」
「えっ?」
連れ合いと言われて、自然にメルリルを見た。
メルリルは、何かを考え込むような顔をしている。
「……メルリル?」
「うん、ダスター。……私、もしかするとその樹を知っているかも?」
俺と話していたアドミニス殿が突然声を上げた。
「どうしました?」
「わかったのだよ。この聖剣の完全なる形が!」
うんうんと一人うなずくアドミニス殿を、勇者が不信感たっぷりの目で見ている。
気持ちはわからなくもないが、露骨すぎるのでやめろ。
「植物だ」
「植物?」
「うむ。ミスリルを編み込んだのは花の光、磨いたのは草の実。この剣は、命によって育まれ、命を守護する聖剣となる。だからこそ、使い手との絆を結ぶその柄は、命を象徴するものである必要があるのだ」
「なるほど」
アドミニス殿の言っていることはなんとなく理解出来なくはない。
だが……。
「しかし、木製の柄では耐久力が低いのでは?」
冒険者にとって、使う道具の耐久力の把握は必須技能とも言える。
使っている最中に耐久限界が来て使えなくなる、ということが起こっては困るのだ。
そういう意味で、木製品はあまり好まれない。
ナイフの柄も、金属に革を巻いたものがメインだ。
激しい戦いが予想される勇者の聖剣の柄が木製というのは不安が残る。
「俺はもろい聖剣など使わないぞ!」
すかさず勇者が文句を言った。
文句を言う機会を狙っているんじゃないか? と疑うタイミングである。
「木材が脆いというのは先入観だな。たとえば、鉄よりも硬い木も普通に存在する」
「そうなんですか? あ、いや確かに聞いたことがあります。上質な木炭を作るのに使われる木は、金属のように硬い、と」
「うむ。金属が硬いのは、その物質を形づくっている元となる物質が、密に詰まっているからだ。木材が柔いと言われるのは、内部に水を通す空間があるせいだな」
「なるほど」
「硬い木は、その、水を吸い上げる空間が微細で数多い」
要するに内部に隙間が少ないもののほうが硬いという、当たり前のことだ。
だが、木は生き物なので、当然生きるために栄養を全身に回す必要がある。
そのための空間のせいで柔らかくなっているのだ。
「硬い木があるのはわかったが、それが聖剣の柄に使えるほどのものなのか?」
勇者が懐疑的に訊ねる。
「結局木は木じゃないか。そこまでして、木の柄にこだわる必要が本当にあるのか?」
「ふむ、疑問があるなら試すのが一番だな。そうであろう? ダスター殿」
「そうですね。経験に勝る学習はありません」
勇者に答えたアドミニス殿の問いにうなずく。
理屈であれこれ考えるのは、結局のところただのイメージにすぎない。
何事も実際にやってみないとわからないのである。
「実はな、命の光の樹で思い出したのだが、この世で最も硬いとされる樹があるのだよ」
「この世で最も硬い樹、ですか?」
「うむ、生命の樹と呼ばれる樹でな。この大陸には本来自生していない」
「ないものねだりをしても仕方ないだろ」
アドミニス殿の説明にまたしても勇者がツッコミを入れる。
そろそろたしなめたほうがいいかもしれない。
「ふふ、だがな、実は、自生している場所があると聞いている」
「ないのにある? 意味がわからないな」
「アルフ、お前の剣のことなんだから、そう突っかかるな。アドミニス殿は真剣に考えてくれているんだぞ?」
「俺は、思ったことを言っているだけだ」
勇者の度重なる難癖に、さすがに注意したが開き直られた。
こいつめ。
「うむ、その率直さは、勇者殿の強みよ。もちろん欠点でもあるがの」
ニヤリと笑ってみせるアドミニス殿。
あ、挑発している。
「ほめてるのか、けなしているのか、はっきりしろ!」
「落ち着け」
いやご考察の通り、挑発に乗りやすい勇者なので、あまり虐めないでやって欲しい。
これでもだいぶ落ち着いて来たのだ。
「生命の樹が自生している場所と言うのが、この大地の南にある、幻の島だ」
「魔物の巣と言われている場所か」
「そう。さすがは冒険者、詳しいな」
「いや、しかし、その樹のことは知らなかった」
せっかくアドミニス殿にお褒めいただいたが、俺の知識にはないものである。
「生命の樹、不思議な名前ですね。癒やしの樹とは違うのでしょう?」
聖女も興味があるのか、アドミニス殿に尋ねた。
「癒やしの樹……神樹か。実のところ、神樹の性質と似たところがあるので、この名が付けられたとわしは見ている」
癒やしの樹は神樹とも呼ばれていて、俺達が先日迷宮から拾って来た種が育ったら復活するかもしれない、伝説の樹である。
さまざまな奇跡を起こしたと伝えられていて、迷宮のなかでは、遠い昔に枯れて空洞となった内部に、知恵あるモンスターである迷宮鼠達が棲み着いていた。
「似たところ、ですか?」
「実はな、一部の研究家の間では有名な樹なのだ。万病に効果がある樹液を持っていると言われていてな」
「それは……すごいですね」
なるほど、癒やしの樹も、その葉は万病に効果があるとされていたな。
しかし、それだけ特徴がある樹なら、この大陸に自生していれば広く知られているはずだ。
もっとも、本来の自生地から採取出来ない理由はよくわかる。
自生地と言われた南にあるとされる島は、魔物がいるだけでなく、三箇所目のドラゴンの営巣地もあると言われているのだ。
何度か辿り着こうとした者もいたようだが、帰って来たという話はついぞ聞いたことがない。
そんな場所だ。
まぁ普通に考えて採取は無理だろう。
しかし、アドミニス殿はこの大陸にも自生している場所がある、という。
先程も思ったが、そんな樹がどこかに生えていればもっと知られているはずだ。
アドミニス殿しか知らないというのは、不思議な話である。
「ダスター殿は知らなくても、その連れ合い殿は知っておられるようだぞ?」
「えっ?」
連れ合いと言われて、自然にメルリルを見た。
メルリルは、何かを考え込むような顔をしている。
「……メルリル?」
「うん、ダスター。……私、もしかするとその樹を知っているかも?」
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