勇者パーティから追い出されたと思ったら、土下座で泣きながら謝ってきた!

蒼衣翼

文字の大きさ
上 下
829 / 885
第八章 真なる聖剣

934 いったん落ち着こう

しおりを挟む
「ふーっ、ふーっ……」

 勇者が苦しげな息を吐きながら額の汗を拭う。
 放り投げるように手放した聖剣(仮)が、テーブルの上でチリチリという不思議な音を立てながら回転して止まった。
 光が収まり、室内がやや暗い、いつもの明るさに落ち着く。

「……なんだったんだ?」
「うーむ、少々はしゃぎすぎたようだ。その聖剣は勇者殿が好きなんだろう」

 独り言のつもりで発した言葉にアドミニス殿が答える。
 いや、アドミニス殿も独り言のつもりだったのかもしれない。

 というか、さっきまでの自分の思考が普通ではなかったことに、今更ながらに気づいた。
 まるで、心を囚われているような感覚だったぞ。
 その剣ヤバくないか?
 いや、まぁ聖剣なんてものはヤバいのは当たり前というところはあるが。
 普通の聖剣のヤバさとちょっと違う感じがする。

「作り直せ!」

 ようやく息が整ったらしい勇者が、アドミニス殿を怒鳴りつけた。
 まぁ気持ちはわかる。

「まぁまぁ落ち着け。そうだ、ルフ、茶を頼む……ルフ?」

 アドミニス殿が振り向くと、ルフが魂を抜かれたような顔のまま、目を見開いて固まっていた。
 すると、それまで俺の懐に飛び込んで震えていた、草の使い魔のアグが、クルクル横回転しながら飛び出して行き、ルフの頬をその葉っぱの手でぺしぺし叩く。
 俺もあの手で何度か叩かれたことがあるが、あれは全然痛くない。
 逆にちょっと気持ちいいぐらいだ。
 どうも、回復効果があるっぽい。

「ひゃっ!」

 十回程度叩かれただろうか?
 急に目が覚めた人間のような声を上げると、ルフはぱちぱちと目をまばたかせた。

「あ、あれ? あ……お師匠さま、お茶……ですね?」

 どうやら、ぼーっとしていた間も意識はあったらしい。

「うむ、大丈夫か?」
「あ、はい。大丈夫です。淹れて来ますね」

 と、そのまま引っ込もうとする。

「いやいやいや、待て」

 俺は慌ててルフの手を掴んだ。
 熱い。
 まるで熱病のような熱さが、ルフの手から伝わって来た。

「茶は俺が淹れる。ルフはミュリアに診てもらえ」
「え? 大丈夫ですよ?」
「いや、いいから診てもらえ……ミュリア」
「はい。おまかせください」

 聖女は常にない素早さですっと近づくと、ルフの手を握る。
 その熱さにびっくりしたのだろう、一瞬目を見開いた。

「え、……でも」

 聖女に手を掴まれて、ルフはドギマギしながら真っ赤になる。

「熱があるし、顔も赤いです。ちょっとで終わりますから、ね。大丈夫、怖くないですよ?」
「えっ、えっ?」

 おそらく赤くなった理由は別のものだと思うが、まぁ普通とは違うことがあった場合には、念には念を入れて調べておくべきなのだ。
 昔、冒険者仲間に、森で変な虫に刺されたとか言っていた奴がいて、教会でも治療所でも診てもらわないまま過ごしていたら、体が寄生型の魔物の巣になっていた、ということがあった。
 まぁそこまでの危険はないだろうが、明らかに様子がおかしかったルフをそのまま放置するのはよくないだろう。

「アグ、すまんが厨房に案内してくれ。いいですよね? アドミニス殿」
「客人に茶を用意させるのは、主人としては少々恥ずかしいところだが、ルフを気遣っていただきありがたい限りだ。危険はないとたかをくくるのはよくないな」
「まぁ俺も、さっきのに危険があったとは思っていませんが、何か強い力だったのは間違いないと思うので……」
「うむ。まことダスター殿は聡明だの。頭が下がる思いだ」
「いや、冗談でも頭とか下げないでくださいね。怖いですから」
「そういうのは逆に失礼だぞ?」

 アドミニス殿と軽い会話を交わして厨房に入る許可をもらい、アグの案内で奥へと進む。
 メルリルがついて来ようとする様子を見せたので、目で待っているように伝えた。
 さすがに、他人の厨房に何人もで押し入るのはよくないからな。

 アドミニス殿の工房にある部屋ごとの扉は、しっかりとした造りなのに、軽く開け閉めが出来て、移動が楽だ。
 応接の間の外に出ると、ひんやりとした空気が気落ちよかった。
 もしかしたら俺も少し熱っぽいのかもしれない。

 アグは横にクルクル回転しながら目で追えない速度で周囲を飛び回っている。
 ピカピカ光るのも激しさを増し、なにやら興奮しているようだ。

「どうした? 落ち着け」

 廊下らしき場所に出たが、なにやら天井から光が降り注ぎ、周囲には植物が育っている。
 この光って太陽光のような気がするんだが、気の所為だよな?
 ここってかなりの地下深くのはずだし。

「え? ここ?」

 アグが一つの扉を指して、そこを開けろと言う。
 当然厨房だろうと思って扉を開けた俺は、またびっくりすることになった。
 つるつるとした石を磨いて作ったようなタイルが敷き詰めてある部屋で、奥のほうに大きな池のようなものがある。
 え? あれってお湯を満たして体を洗う場所?
 風呂か?
 なんで俺を風呂に連れて来た?
 臭いから体を洗えとか?
 え? 違う?

 アグと声なきやりとりをしていると、突然、ザバァ! と、風呂から何かが飛び出して来た。

「おわっ!」

 それは人間の大人よりもでかい犬のような何かだった。
 いや、顔の作りは、犬というよりもネズミに近いか、あ、あれだ、川に棲んでいる胴の長いイタチに似た奴……ええっと、確かビーバーとか言ったか?
 北のほうの大森林じゃない森に棲んでいるのを見たことがあるぞ。
 まぁこんなにデカくはなかったが。

「オオウ?」

 そのビーバーは立ち上がり、不思議そうにこっちを見た。
 つぶらな瞳が可愛いが、俺よりでかいので思わず身構えてしまう。
 ここにいるってことは、アドミニス殿の使い魔だよなぁ。

 アグがふわふわとビーバーに近づいて、ピカピカ点滅し始めた。
 俺を紹介しているらしい。

「オウ!」

 ビーバーは二本足で立ち上がると、分厚くでかいしっぽをビタンビタンと床に打ち付け、左右に体を揺らす。

「なんだ?」

 アグがピカピカと嬉しそうに戻って来た。

「え? なに? 俺を紹介してくれた? いや、今はそれは違うだろ? 厨房を教えて欲しいんだが……」
「オウオウ!」

 ビーバーは、跳ねるように近づいて来ると、何かを差し出して来る。
 黄色い色のいい香りがするフルーツだ。

 アグがふわふわピカピカと説明する。

「お近づきのしるし? お茶に入れると美味しいって? ああ、ありがとう」

 俺は礼を言うと、その部屋を出た。
 それから厨房に辿り着くまで、アグにあちこち引っ張り回されることとなる。
 どうも、アドミニス殿の家を俺に案内してあげる! と張り切っていたらしい。
 いや、厨房だけでいいから……。 
しおりを挟む
感想 3,670

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

異世界転生してしまったがさすがにこれはおかしい

増月ヒラナ
ファンタジー
不慮の事故により死んだ主人公 神田玲。 目覚めたら見知らぬ光景が広がっていた 3歳になるころ、母に催促されステータスを確認したところ いくらなんでもこれはおかしいだろ!

他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!

七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?

5歳で前世の記憶が混入してきた  --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--

ばふぉりん
ファンタジー
 「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は 「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」    この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。  剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。  そんな中、この五歳児が得たスキルは  □□□□  もはや文字ですら無かった ~~~~~~~~~~~~~~~~~  本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。  本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。  

異世界に召喚されたが「間違っちゃった」と身勝手な女神に追放されてしまったので、おまけで貰ったスキルで凡人の俺は頑張って生き残ります!

椿紅颯
ファンタジー
神乃勇人(こうのゆうと)はある日、女神ルミナによって異世界へと転移させられる。 しかしまさかのまさか、それは誤転移ということだった。 身勝手な女神により、たった一人だけ仲間外れにされた挙句の果てに粗雑に扱われ、ほぼ投げ捨てられるようなかたちで異世界の地へと下ろされてしまう。 そんな踏んだり蹴ったりな、凡人主人公がおりなす異世界ファンタジー!

底辺から始まった俺の異世界冒険物語!

ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
 40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。  しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。  おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。  漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。  この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。