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第八章 真なる聖剣
910 家族の繋がり
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案の定、ロスト辺境伯夫妻はゴクリとつばを飲み込むように喉を上下させた。
不安が最高潮に達したに違いない。
「これは、まずい。翻訳をする人間が必要だ。ミュリア、アドミニス殿を助けると思って、あっちの席へ行ってくれないか?」
俺がそう言うと、聖女はクスクスと笑いながら立ち上がる。
「もちろんですわ。わたくしもそうしようと思っていたところです」
「さすがミュリアだ。頼りになるな」
「えへへ、褒められてしまいました」
聖女はにっこり笑うと、勇者にちょっと自慢するように言って、優雅な足取りで主役席へと向かう。
「俺も褒めてくれ」
「何をどう褒めろと言うんだ?」
「くっ……」
「わけのわからん対抗心はやめろ」
そんな聖女を羨ましそうに見送った勇者が道理の通らないことを言い出したが、軽く流す。
顔を見るだけで、もう最初からろくでもないことを言うんじゃないかと思っていたので、驚くことすらなかった。
中央の席へと歩み寄った聖女は、ロスト辺境伯夫妻とアドミニス殿の両方に正式な挨拶してみせる。
「勇者さまと共に救済の旅を行っている、聖女を務めるミュリアと申します。血の繋がりを誇る権利を手放したわたくしですけれど、こちらに身内としてお邪魔することをお許しいただけますか?」
「な、何を他人行儀な。どのようなお役目を背負おうとも、ミュリアが私達の大切な娘であることに変わりなどないのだ」
「そうですよ。そのような断りを口にする必要などありません」
ロスト辺境伯夫妻が、少し憤慨したように答えた。
「ふむ、ミュリアや、いつものようにわしを呼んではくれぬのか?」
「ありがとうございます、お父さま、お母さま。……そしておじいさま」
聖女は、ただのロスト家のミュリアとして、そう礼を言うと、すとんと、アドミニス殿の隣に座る。
これには、両親も、そしてアドミニス殿すらも驚いたようだ。
「あの、おじいさま。こちらのお席で、新しくお茶をいただいてよろしいでしょうか?」
「もちろんだとも。ミュリアのために作ったいつものカップもあるぞ」
「うれしい。あれはわたくしのお気に入りなのです」
「うむうむ、この爺が手づから運んで来よう」
ミュリアに掛かると、アドミニス殿が、まるで普通の孫に目がない老人のようにすら見える。
恐るべきおねだり攻撃だ。
そそくさと立ち上がり別の部屋、おそらくは厨房へと向かうアドミニス殿を見送り、ミュリアは、両親に向かい合った。
「お父さま、お母さま、そのような態度はよろしくありませんわ」
「はて、どうして私は愛しい娘に怒られているのであろう?」
「わ、わたくしも、ですか?」
「お二人共、まるで魔物の前で命乞いをする哀れな生贄のような有様です。わたくしの父と母は、身内に対して、そのような哀しい振る舞いをなさる方だったのですか? わたくしは少しがっかりいたしました」
「う……む」
「そう、ね。ミュリアの言う通りだわ」
おお、あのがっかり攻撃は効果的だ。
ロスト辺境伯夫妻は、まるでこの世から全ての光が消え失せたかのようにショックを受けているのが手に取るようにわかった。
この領地の将来が心配になるほどの効果だ。
そこへ、かわいらしいカップを携えたアドミニス殿が姿を現した。
こちらの席にいたときには、俺達とお揃いのカップを使っていたが、あれが本来のミュリア専用のカップなのだろう。
多分、俺達と一緒のときは一人だけ違うものを使いたくないとでも、アドミニス殿に言ったに違いない。
「まぁ素敵なカップですね。陶器だわ」
「うむ。何せ暇だけはあるのでな。ミュリアのイメージに合わせて作ってみたのだ」
「これをアドミニスさまがお作りに?」
奥方さまは、とても驚いた様子だ。
まぁそれはそうかもしれない。
何せ、そのカップは、アドミニス殿のイメージからは程遠い、可憐なものだったからだ。
繊細な形に繊細な絵付け、ため息が出るほどの芸術的な一品である。
そのカップをじっと見つめていた奥方さまは、ふいに頭を下げた。
「アドミニスさま。わたくしも、ミュリアのように、おじいさまとお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「おお、もちろんだとも。人としての身内との付き合いは半ば諦めていた身であるが、このミュリアがここを訪れてからというもの、嬉しい驚きばかりがある。……ミュリアと同じように、親しく思ってもらえるなら、それに勝る喜びはない」
そのアドミニス殿の返事に、何かを感じたのだろう、ロスト辺境伯は姿勢を正し、奥方さまと同じく、深く頭を垂れる。
「今の私がいるのも、アドミニス殿のおかげ、それを失念していたように思います。これから、お身内として、頼りにしていただけるとうれしく思います」
おお、聖女としての振る舞いを捨て、ただのミュリアとして、大切な家族の心を一つにすることに成功するとは、大したものだな。
俺がしみじみ感動していると、隣に座ったメルリルが、とんでもないことを言った。
「ミュリア、まるでダスターみたいです」
その途端、勇者の顔が悔しげなものになる。
「くっ、ミュリアに弟子として先を越されるとは、兄弟子として面目ない」
「いや、ミュリアは俺の弟子でもなんでもないからな」
「だが、ミュリアは師匠のことを師匠と呼んでいるし、師匠もそれを咎めないではないか」
師匠師匠とやかましいわ!
俺が聖女の言動を訂正しなかったのは、そんなことにまで目くじらを立てるのは大人げないと思ったからだ。
そもそも聖女は俺に弟子入りなんかしていないぞ。
「ミュリアは、お前の真似をしていただけだろ」
「うむ、俺の真似をして、師匠に弟子入りした」
「だからなんでそうなるんだ?」
これ以上変な風評を広げられないようにしないと。
せっかくあっちはいい雰囲気なのに、お前のせいで俺の心だけ猛吹雪じゃないか。
はぁ……。
もしかしたら、俺の師匠もこんな気持ちだったのかなぁ。
不安が最高潮に達したに違いない。
「これは、まずい。翻訳をする人間が必要だ。ミュリア、アドミニス殿を助けると思って、あっちの席へ行ってくれないか?」
俺がそう言うと、聖女はクスクスと笑いながら立ち上がる。
「もちろんですわ。わたくしもそうしようと思っていたところです」
「さすがミュリアだ。頼りになるな」
「えへへ、褒められてしまいました」
聖女はにっこり笑うと、勇者にちょっと自慢するように言って、優雅な足取りで主役席へと向かう。
「俺も褒めてくれ」
「何をどう褒めろと言うんだ?」
「くっ……」
「わけのわからん対抗心はやめろ」
そんな聖女を羨ましそうに見送った勇者が道理の通らないことを言い出したが、軽く流す。
顔を見るだけで、もう最初からろくでもないことを言うんじゃないかと思っていたので、驚くことすらなかった。
中央の席へと歩み寄った聖女は、ロスト辺境伯夫妻とアドミニス殿の両方に正式な挨拶してみせる。
「勇者さまと共に救済の旅を行っている、聖女を務めるミュリアと申します。血の繋がりを誇る権利を手放したわたくしですけれど、こちらに身内としてお邪魔することをお許しいただけますか?」
「な、何を他人行儀な。どのようなお役目を背負おうとも、ミュリアが私達の大切な娘であることに変わりなどないのだ」
「そうですよ。そのような断りを口にする必要などありません」
ロスト辺境伯夫妻が、少し憤慨したように答えた。
「ふむ、ミュリアや、いつものようにわしを呼んではくれぬのか?」
「ありがとうございます、お父さま、お母さま。……そしておじいさま」
聖女は、ただのロスト家のミュリアとして、そう礼を言うと、すとんと、アドミニス殿の隣に座る。
これには、両親も、そしてアドミニス殿すらも驚いたようだ。
「あの、おじいさま。こちらのお席で、新しくお茶をいただいてよろしいでしょうか?」
「もちろんだとも。ミュリアのために作ったいつものカップもあるぞ」
「うれしい。あれはわたくしのお気に入りなのです」
「うむうむ、この爺が手づから運んで来よう」
ミュリアに掛かると、アドミニス殿が、まるで普通の孫に目がない老人のようにすら見える。
恐るべきおねだり攻撃だ。
そそくさと立ち上がり別の部屋、おそらくは厨房へと向かうアドミニス殿を見送り、ミュリアは、両親に向かい合った。
「お父さま、お母さま、そのような態度はよろしくありませんわ」
「はて、どうして私は愛しい娘に怒られているのであろう?」
「わ、わたくしも、ですか?」
「お二人共、まるで魔物の前で命乞いをする哀れな生贄のような有様です。わたくしの父と母は、身内に対して、そのような哀しい振る舞いをなさる方だったのですか? わたくしは少しがっかりいたしました」
「う……む」
「そう、ね。ミュリアの言う通りだわ」
おお、あのがっかり攻撃は効果的だ。
ロスト辺境伯夫妻は、まるでこの世から全ての光が消え失せたかのようにショックを受けているのが手に取るようにわかった。
この領地の将来が心配になるほどの効果だ。
そこへ、かわいらしいカップを携えたアドミニス殿が姿を現した。
こちらの席にいたときには、俺達とお揃いのカップを使っていたが、あれが本来のミュリア専用のカップなのだろう。
多分、俺達と一緒のときは一人だけ違うものを使いたくないとでも、アドミニス殿に言ったに違いない。
「まぁ素敵なカップですね。陶器だわ」
「うむ。何せ暇だけはあるのでな。ミュリアのイメージに合わせて作ってみたのだ」
「これをアドミニスさまがお作りに?」
奥方さまは、とても驚いた様子だ。
まぁそれはそうかもしれない。
何せ、そのカップは、アドミニス殿のイメージからは程遠い、可憐なものだったからだ。
繊細な形に繊細な絵付け、ため息が出るほどの芸術的な一品である。
そのカップをじっと見つめていた奥方さまは、ふいに頭を下げた。
「アドミニスさま。わたくしも、ミュリアのように、おじいさまとお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「おお、もちろんだとも。人としての身内との付き合いは半ば諦めていた身であるが、このミュリアがここを訪れてからというもの、嬉しい驚きばかりがある。……ミュリアと同じように、親しく思ってもらえるなら、それに勝る喜びはない」
そのアドミニス殿の返事に、何かを感じたのだろう、ロスト辺境伯は姿勢を正し、奥方さまと同じく、深く頭を垂れる。
「今の私がいるのも、アドミニス殿のおかげ、それを失念していたように思います。これから、お身内として、頼りにしていただけるとうれしく思います」
おお、聖女としての振る舞いを捨て、ただのミュリアとして、大切な家族の心を一つにすることに成功するとは、大したものだな。
俺がしみじみ感動していると、隣に座ったメルリルが、とんでもないことを言った。
「ミュリア、まるでダスターみたいです」
その途端、勇者の顔が悔しげなものになる。
「くっ、ミュリアに弟子として先を越されるとは、兄弟子として面目ない」
「いや、ミュリアは俺の弟子でもなんでもないからな」
「だが、ミュリアは師匠のことを師匠と呼んでいるし、師匠もそれを咎めないではないか」
師匠師匠とやかましいわ!
俺が聖女の言動を訂正しなかったのは、そんなことにまで目くじらを立てるのは大人げないと思ったからだ。
そもそも聖女は俺に弟子入りなんかしていないぞ。
「ミュリアは、お前の真似をしていただけだろ」
「うむ、俺の真似をして、師匠に弟子入りした」
「だからなんでそうなるんだ?」
これ以上変な風評を広げられないようにしないと。
せっかくあっちはいい雰囲気なのに、お前のせいで俺の心だけ猛吹雪じゃないか。
はぁ……。
もしかしたら、俺の師匠もこんな気持ちだったのかなぁ。
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