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第八章 真なる聖剣
892 少年の未来への不安
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入ってすぐの部屋も応接室仕様になっていたので、このままここでお茶にするのかと思ったら、やっぱり奥の応接用の部屋へと通された。
ということは、入口は玄関ホールみたいな感覚なんだろうか?
応接セットみたいなものが設置してある玄関ホール、あるよな。
まぁ主に高級宿なんだが。
この、アドミニス殿の居室でもある工房は、実は外観というものが存在しないため、全容がさっぱりわからない。
奥行きがかなりあるということはわかるのだが、何せ地下なので、もしかすると常に拡張しているかもしれないのだ。
アドミニス殿が千年間の時間をそういったことに費やしていたなら、ちょっとした迷宮並の広さになっている可能性すらあった。
ただ、アドミニス殿の場合は、千年のほとんどを、視覚も聴覚も嗅覚も味覚も触覚も無しで過ごした訳だから、そういう方面に楽しみを見出していたかはわからない。
そういった五感を取り戻した今だからこそ、はっちゃけていろいろ楽しんでいるという可能性があった。
元魔王なのに、優秀な鍛冶師として一度は噂になっているところを見ると、何かを作るということを楽しんでいたのではないか? という可能性が高い。
アドミニス殿の言う使い魔などは、その証左かもしれないな。
「ここはそのままなのですね」
前回訪れた応接室に通されて、聖女がどこかホッとしたように言った。
ここの落ち着く雰囲気が好きだったのだろう。
俺も、この部屋は嫌いではない。
ちょっと俺には似合わないとは思うけどな。
白と青を基調としているのは入口と一緒だが、あっちは少々貴族っぽさというか、高貴な雰囲気があって、落ち着かないのだ。
その点、こっちはふんわりとした柔らかさが在る。
レースや布材が多いからかもしれないが。
聖女としてではなく、ただのミュリアという少女になら、こっちのほうがぴったりだ。
「リクエストがあれば、いかようにもいじれるぞ?」
聖女の言葉を逆に取ったのか、アドミニス殿がそう請け合った。
「いえ、いえ、ここは変えないでください。わたくし、ここが好きですわ。ここのソファーは、なぜか色は変わっていますが、一番最初におじいさまが案内してくれた場所にあったものですよね」
「ほう、さすがだな、わかるか? うむ、このソファーはわしが初めて作った家具でもあるのだよ。何せ他人を工房に招くという機会がなかなかなかったもので、そなたがこちらに向かっていると使い魔共から聞いてな。慌てて、そこらにあった魔物の毛皮や何やらを組み合わせて作ったものだ。急ごしらえであったが、小さな女の子が好みそうな感じに仕上げられたと、自分でも少しは自信があるのだよ」
……ええっと、聖女が最初に探索していてここにたどり着いたときに、あ、そろそろ来そうですよと、使い魔が報告して来て、急遽作ったってことか?
その場にあったありあわせで?
だめだ、深く考えるのは止めよう。
世の中にはこういう人もいるんだ。
「む、料理が完成したようだな。さっそくお持ちしよう。しばしゆるりとするがよいぞ」
ううむ、なにやら奥のほうから、かつて嗅いだことのない甘い香りが漂って来ている。
気になるぞ。
何やら勇者もそわそわしているし、聖女の目もキラキラしている。
いや、それは全員か。
ただ、ルフだけが、その場の雰囲気に飲まれて、菓子の匂いに気持ちを向けるどころじゃないという感じになっていた。
「ルフ、そう緊張するな。いずれここはお前の仕事場の一部になるんだぞ? 夢のように美しい場所でも、いずれは慣れる。どんと構えていればいい」
「ダスターさんって、ときどき非常識なことをさも当たり前のように言いますよね」
「そ、そうか? まぁ冒険者ってのは、大森林の奥でも、迷宮の底でも、寝るときは寝る、食うときは食うみたいな図太さがなければやってけないからな。繊細さは足りないかもしれないな」
これから未知の世界に飛び込もうって子どもにちょっと無神経なことを言ってしまったかと反省する。
「いえ、そういうことじゃないんです。……そういうことでもあるんですけど、こう、ダスターさんは怖気づくという気持ちを味わったことはないのでは?」
「いや、まさか。俺は勇者でもなんでもないからな。いつだって怖気づいているさ。世界には俺よりも圧倒的な強者がいっぱい存在して、一つ間違えば命も危うい。そんななかでどうやって生き延びればいいのか、常に考えている」
「それって、英雄の心構えですよね?」
「ルフはちょっと俺をかいかぶりすぎだな。勇者が俺をどう呼ぼうと、俺はしがない冒険者さ。そうなろうとしたのも、ちょうどルフと同じぐらいの年頃だったよ」
「それは、ちょっと興味があります。後でお話ししてくださるとうれしいです」
「そうか? まぁ大して面白い話でもないが、それでルフの気持ちが落ち着くようだったら、いくらでも話すぞ」
「師匠、俺も聞きたい」
ルフと俺の話を聞いていた勇者が横から割り込む。
「わ、私も……」
勇者に何か言おうと思ったら、隣からおずおずとメルリルが声を上げた。
む、勇者に小言を言いにくくなったぞ。
「前にその話はしただろ」
「ほんのさわり程度だった」
勇者が妙に真剣な顔で断言する。
聖女がウンウンとうなずいていた。
むむっ? と、ほかの皆を見ると、みんな笑顔で見守っているようだ。
いやいや、話しただろ?
「ダスターが、当時不安に思ったこととか、辛かったこととか、ルフさんの参考になるのでは?」
隣からメルリルのサポートが、なぜか勇者に入る。
マジか? マジでそんな話聞きたいのか?
「……後でな」
「やった!」
と、ルフ。
くっ、これからの弟子入りが不安だろうルフにそう喜ばれてしまうと、ごまかして逃げることも出来ない。
勇者がやけに勝ち誇った顔なのもイラッとした。
「盛り上がっているな」
しかし、そんな心のモヤモヤは、アドミニス殿の持って来た品々の前にすっかりと消え失せてしまうのだった。
ということは、入口は玄関ホールみたいな感覚なんだろうか?
応接セットみたいなものが設置してある玄関ホール、あるよな。
まぁ主に高級宿なんだが。
この、アドミニス殿の居室でもある工房は、実は外観というものが存在しないため、全容がさっぱりわからない。
奥行きがかなりあるということはわかるのだが、何せ地下なので、もしかすると常に拡張しているかもしれないのだ。
アドミニス殿が千年間の時間をそういったことに費やしていたなら、ちょっとした迷宮並の広さになっている可能性すらあった。
ただ、アドミニス殿の場合は、千年のほとんどを、視覚も聴覚も嗅覚も味覚も触覚も無しで過ごした訳だから、そういう方面に楽しみを見出していたかはわからない。
そういった五感を取り戻した今だからこそ、はっちゃけていろいろ楽しんでいるという可能性があった。
元魔王なのに、優秀な鍛冶師として一度は噂になっているところを見ると、何かを作るということを楽しんでいたのではないか? という可能性が高い。
アドミニス殿の言う使い魔などは、その証左かもしれないな。
「ここはそのままなのですね」
前回訪れた応接室に通されて、聖女がどこかホッとしたように言った。
ここの落ち着く雰囲気が好きだったのだろう。
俺も、この部屋は嫌いではない。
ちょっと俺には似合わないとは思うけどな。
白と青を基調としているのは入口と一緒だが、あっちは少々貴族っぽさというか、高貴な雰囲気があって、落ち着かないのだ。
その点、こっちはふんわりとした柔らかさが在る。
レースや布材が多いからかもしれないが。
聖女としてではなく、ただのミュリアという少女になら、こっちのほうがぴったりだ。
「リクエストがあれば、いかようにもいじれるぞ?」
聖女の言葉を逆に取ったのか、アドミニス殿がそう請け合った。
「いえ、いえ、ここは変えないでください。わたくし、ここが好きですわ。ここのソファーは、なぜか色は変わっていますが、一番最初におじいさまが案内してくれた場所にあったものですよね」
「ほう、さすがだな、わかるか? うむ、このソファーはわしが初めて作った家具でもあるのだよ。何せ他人を工房に招くという機会がなかなかなかったもので、そなたがこちらに向かっていると使い魔共から聞いてな。慌てて、そこらにあった魔物の毛皮や何やらを組み合わせて作ったものだ。急ごしらえであったが、小さな女の子が好みそうな感じに仕上げられたと、自分でも少しは自信があるのだよ」
……ええっと、聖女が最初に探索していてここにたどり着いたときに、あ、そろそろ来そうですよと、使い魔が報告して来て、急遽作ったってことか?
その場にあったありあわせで?
だめだ、深く考えるのは止めよう。
世の中にはこういう人もいるんだ。
「む、料理が完成したようだな。さっそくお持ちしよう。しばしゆるりとするがよいぞ」
ううむ、なにやら奥のほうから、かつて嗅いだことのない甘い香りが漂って来ている。
気になるぞ。
何やら勇者もそわそわしているし、聖女の目もキラキラしている。
いや、それは全員か。
ただ、ルフだけが、その場の雰囲気に飲まれて、菓子の匂いに気持ちを向けるどころじゃないという感じになっていた。
「ルフ、そう緊張するな。いずれここはお前の仕事場の一部になるんだぞ? 夢のように美しい場所でも、いずれは慣れる。どんと構えていればいい」
「ダスターさんって、ときどき非常識なことをさも当たり前のように言いますよね」
「そ、そうか? まぁ冒険者ってのは、大森林の奥でも、迷宮の底でも、寝るときは寝る、食うときは食うみたいな図太さがなければやってけないからな。繊細さは足りないかもしれないな」
これから未知の世界に飛び込もうって子どもにちょっと無神経なことを言ってしまったかと反省する。
「いえ、そういうことじゃないんです。……そういうことでもあるんですけど、こう、ダスターさんは怖気づくという気持ちを味わったことはないのでは?」
「いや、まさか。俺は勇者でもなんでもないからな。いつだって怖気づいているさ。世界には俺よりも圧倒的な強者がいっぱい存在して、一つ間違えば命も危うい。そんななかでどうやって生き延びればいいのか、常に考えている」
「それって、英雄の心構えですよね?」
「ルフはちょっと俺をかいかぶりすぎだな。勇者が俺をどう呼ぼうと、俺はしがない冒険者さ。そうなろうとしたのも、ちょうどルフと同じぐらいの年頃だったよ」
「それは、ちょっと興味があります。後でお話ししてくださるとうれしいです」
「そうか? まぁ大して面白い話でもないが、それでルフの気持ちが落ち着くようだったら、いくらでも話すぞ」
「師匠、俺も聞きたい」
ルフと俺の話を聞いていた勇者が横から割り込む。
「わ、私も……」
勇者に何か言おうと思ったら、隣からおずおずとメルリルが声を上げた。
む、勇者に小言を言いにくくなったぞ。
「前にその話はしただろ」
「ほんのさわり程度だった」
勇者が妙に真剣な顔で断言する。
聖女がウンウンとうなずいていた。
むむっ? と、ほかの皆を見ると、みんな笑顔で見守っているようだ。
いやいや、話しただろ?
「ダスターが、当時不安に思ったこととか、辛かったこととか、ルフさんの参考になるのでは?」
隣からメルリルのサポートが、なぜか勇者に入る。
マジか? マジでそんな話聞きたいのか?
「……後でな」
「やった!」
と、ルフ。
くっ、これからの弟子入りが不安だろうルフにそう喜ばれてしまうと、ごまかして逃げることも出来ない。
勇者がやけに勝ち誇った顔なのもイラッとした。
「盛り上がっているな」
しかし、そんな心のモヤモヤは、アドミニス殿の持って来た品々の前にすっかりと消え失せてしまうのだった。
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