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第八章 真なる聖剣
888 冬の暖かな一夜
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だいぶ夜も更けて集落に戻ったのだが、なんと何人かのお年寄りの方々が俺達の帰りを待っていた。
「みんな起きてると言っておったのですが、日中仕事が忙しいもん達は早々に寝せました。それと、子等はさすがに頑張れなかったみたいですな。ホッホッホッ」
フクロウのような笑い声を上げながら、集落の最長老という男性が、納屋の前で迎えてくれる。
見れば、納屋の前で焚き火を炊いて、何人かが輪になって座り、ちょっとした宴会の様相を呈していた。
俺達を待つという名目で、飲み会をやっていたのではあるまいか?
そんな疑惑が頭をよぎるが、実際、ありがたいことなので、特に気にしないことにした。
「どうですかぁ、一杯!」
老人達のなかで、比較的若い女性が、ニコニコしながら酒壺を持ってやって来た。
「この村で作っとる酒なんですよ! 水がいいからうんめえよ?」
あの魔物が大切な花を育てるために作った水を使って作られた酒か。
確かに興味はある。
しかし、ここで飲んでしまうと、確実に明日の朝は早起き出来なくなるだろう。
「いただこう」
なんと、意外なことに、その申し出を快く受けたのは、勇者だった。
「俺達のために遅くまでありがとうございます」
そして、頭を下げる。
「まぁー、勇者さまが頭を下げちゃあいかんよ!」
「そうそう、勇者はしゃんとしてないとな!」
「よっしゃ! 俺と飲み比べをしようぜ! 勇者を倒した男という称号を手に入れてやる!」
「ゴッサス、お前、酒に強いことしか取り柄がないからって、姑息じゃのう」
好意に応じた勇者に対して、集落の人達はたいへんフレンドリーに迎えてくれた。
「聖女さまはお疲れなので、先に寝させていただいてよろしいでしょうか?」
モンクがかしこまった言葉で困ったように尋ねると、当の聖女が目をこすりながらモンクを引き留めている。
それを見ていた、老人達よりは少し若いご婦人が進み出た。
「それでは、聖女さま方は、わっしの家でお休みください。掘っ立て小屋のような家ですけんど、納屋よりはマシですからね」
「えっ!」
聖女の「えっ!」は、おそらく楽しみにしていたワラの寝床が、好意によってなくなってしまうのを残念に思ったものだろう。
「ご好意はありがたく受け取りますが、聖女さまは、皆様方のお邪魔になることをよしとしません。どうか約束通り、納屋で休むことをお許しください」
モンクが常にない流暢なもの言いで、やんわりとお誘いを断る。
どう考えても納屋よりは家の寝台のほうが休まると思うのだが、楽しみにしているのだから仕方ないよな。
「まぁ、さすが聖女さまだよ」
それを聞いて、ご婦人と周囲の老人達が涙ぐむ。
いや、誤解なんですけど、まぁいいか。
「ならせめて、お休みの前に、あっためた山羊の乳をお飲みください。うちで飼っている母山羊で、いいお乳を出すんですよ。寒い夜には、一番の贅沢なんです」
「まぁ、ありがたいです」
聖女がうれしそうに両手を胸の前で合わせると、周囲が祈りの印を切り始めた。
よかったよかった。
「それじゃあ、私も聖女さま方とご一緒させていただきますね。お酒はあまり嗜まないので」
と、メルリルが離脱。
ちょっとふらふらしているところを見ると、疲れているんだろうな。
「おやすみ。光輝く夜にいい眠りを」
「うん。あなたの元によりよい朝日が訪れますように。おやすみ、ダスター」
久々に、森人式の挨拶をすると、メルリルがクスクス笑いながら返してくれた。
言い回しが野暮ったかったのかもしれない。
女性陣を見送った後、俺と勇者は焚き火の周りに転がされた丸太の椅子に導かれて、地酒とやらを振る舞われた。
「ベリーとハーブと蜂蜜……か。ハチミツ酒に近い酒だな」
「おお、わかるか? ハチミツ酒にベリーとハーブを漬け込んであるんだ。ハチミツ酒だけだと甘すぎるんで、すっぱめのベリーとハーブで味をすっきりさせてるんだぜ」
「なるほど」
ハチミツ酒は、麦酒よりも簡単に作れるため、村などが独自に作る酒というと、圧倒的にハチミツ酒が多い。
何と言っても、大森林が近いおかげで、蜂蜜が見つかりやすいという、この国ならではの事情もあった。
森深くになると蜂も魔物化していて危険だが、森の縁辺りなら、普通よりもちょっと元気なぐらいの蜂がいるだけなので、甘味を楽しむために、専門に採取する人間もいたりするぐらいだ。
勇者は、と見ると、世話焼きの老人達に囲まれて、すごい勢いで飲まされている。
チラチラとこちらを見ているのは、密かに助けを求めているらしい。
お前が率先して飲むと言ったんだから、そこはがんばって飲め。
視線でそう伝えると、なにやら覚悟を決めた顔になった。
「おー、さすが勇者さま! いける口ですな!」
「わっしの家で作った酒もどんぞ!」
「勇者さま、うちの娘が漬け込んだカブです。酒によく合うでっしょ? 娘を嫁にどうかね?」
「お前んとこの娘は、もう四十超えてじゃねえか! 馬鹿抜かすな!」
賑やかだな。
「勇者のお付きさん。こっちの川魚の焼き枯らしはいかがかね? うちの炉でじっくり炙ったから風味が出ててうんめえぞ?」
「ほう。それはいいですね。いただきます」
焼き枯らしというのは、魚の燻製のようなものだ。
集落の家では、炉に火種を絶やさないようにすることが多いが、そういった炉の上に魚を吊るしておいて、乾燥させるのである。
北方の燻製のような柔らかさはないが、独特の味わいがあって、これもいい。
このぱさついた身をほぐしてスープにすると、味に深みのあるいいスープになるんだよな。
明日の朝、手持ちのものと引き換えに、少し譲ってもらおう。
「みんな起きてると言っておったのですが、日中仕事が忙しいもん達は早々に寝せました。それと、子等はさすがに頑張れなかったみたいですな。ホッホッホッ」
フクロウのような笑い声を上げながら、集落の最長老という男性が、納屋の前で迎えてくれる。
見れば、納屋の前で焚き火を炊いて、何人かが輪になって座り、ちょっとした宴会の様相を呈していた。
俺達を待つという名目で、飲み会をやっていたのではあるまいか?
そんな疑惑が頭をよぎるが、実際、ありがたいことなので、特に気にしないことにした。
「どうですかぁ、一杯!」
老人達のなかで、比較的若い女性が、ニコニコしながら酒壺を持ってやって来た。
「この村で作っとる酒なんですよ! 水がいいからうんめえよ?」
あの魔物が大切な花を育てるために作った水を使って作られた酒か。
確かに興味はある。
しかし、ここで飲んでしまうと、確実に明日の朝は早起き出来なくなるだろう。
「いただこう」
なんと、意外なことに、その申し出を快く受けたのは、勇者だった。
「俺達のために遅くまでありがとうございます」
そして、頭を下げる。
「まぁー、勇者さまが頭を下げちゃあいかんよ!」
「そうそう、勇者はしゃんとしてないとな!」
「よっしゃ! 俺と飲み比べをしようぜ! 勇者を倒した男という称号を手に入れてやる!」
「ゴッサス、お前、酒に強いことしか取り柄がないからって、姑息じゃのう」
好意に応じた勇者に対して、集落の人達はたいへんフレンドリーに迎えてくれた。
「聖女さまはお疲れなので、先に寝させていただいてよろしいでしょうか?」
モンクがかしこまった言葉で困ったように尋ねると、当の聖女が目をこすりながらモンクを引き留めている。
それを見ていた、老人達よりは少し若いご婦人が進み出た。
「それでは、聖女さま方は、わっしの家でお休みください。掘っ立て小屋のような家ですけんど、納屋よりはマシですからね」
「えっ!」
聖女の「えっ!」は、おそらく楽しみにしていたワラの寝床が、好意によってなくなってしまうのを残念に思ったものだろう。
「ご好意はありがたく受け取りますが、聖女さまは、皆様方のお邪魔になることをよしとしません。どうか約束通り、納屋で休むことをお許しください」
モンクが常にない流暢なもの言いで、やんわりとお誘いを断る。
どう考えても納屋よりは家の寝台のほうが休まると思うのだが、楽しみにしているのだから仕方ないよな。
「まぁ、さすが聖女さまだよ」
それを聞いて、ご婦人と周囲の老人達が涙ぐむ。
いや、誤解なんですけど、まぁいいか。
「ならせめて、お休みの前に、あっためた山羊の乳をお飲みください。うちで飼っている母山羊で、いいお乳を出すんですよ。寒い夜には、一番の贅沢なんです」
「まぁ、ありがたいです」
聖女がうれしそうに両手を胸の前で合わせると、周囲が祈りの印を切り始めた。
よかったよかった。
「それじゃあ、私も聖女さま方とご一緒させていただきますね。お酒はあまり嗜まないので」
と、メルリルが離脱。
ちょっとふらふらしているところを見ると、疲れているんだろうな。
「おやすみ。光輝く夜にいい眠りを」
「うん。あなたの元によりよい朝日が訪れますように。おやすみ、ダスター」
久々に、森人式の挨拶をすると、メルリルがクスクス笑いながら返してくれた。
言い回しが野暮ったかったのかもしれない。
女性陣を見送った後、俺と勇者は焚き火の周りに転がされた丸太の椅子に導かれて、地酒とやらを振る舞われた。
「ベリーとハーブと蜂蜜……か。ハチミツ酒に近い酒だな」
「おお、わかるか? ハチミツ酒にベリーとハーブを漬け込んであるんだ。ハチミツ酒だけだと甘すぎるんで、すっぱめのベリーとハーブで味をすっきりさせてるんだぜ」
「なるほど」
ハチミツ酒は、麦酒よりも簡単に作れるため、村などが独自に作る酒というと、圧倒的にハチミツ酒が多い。
何と言っても、大森林が近いおかげで、蜂蜜が見つかりやすいという、この国ならではの事情もあった。
森深くになると蜂も魔物化していて危険だが、森の縁辺りなら、普通よりもちょっと元気なぐらいの蜂がいるだけなので、甘味を楽しむために、専門に採取する人間もいたりするぐらいだ。
勇者は、と見ると、世話焼きの老人達に囲まれて、すごい勢いで飲まされている。
チラチラとこちらを見ているのは、密かに助けを求めているらしい。
お前が率先して飲むと言ったんだから、そこはがんばって飲め。
視線でそう伝えると、なにやら覚悟を決めた顔になった。
「おー、さすが勇者さま! いける口ですな!」
「わっしの家で作った酒もどんぞ!」
「勇者さま、うちの娘が漬け込んだカブです。酒によく合うでっしょ? 娘を嫁にどうかね?」
「お前んとこの娘は、もう四十超えてじゃねえか! 馬鹿抜かすな!」
賑やかだな。
「勇者のお付きさん。こっちの川魚の焼き枯らしはいかがかね? うちの炉でじっくり炙ったから風味が出ててうんめえぞ?」
「ほう。それはいいですね。いただきます」
焼き枯らしというのは、魚の燻製のようなものだ。
集落の家では、炉に火種を絶やさないようにすることが多いが、そういった炉の上に魚を吊るしておいて、乾燥させるのである。
北方の燻製のような柔らかさはないが、独特の味わいがあって、これもいい。
このぱさついた身をほぐしてスープにすると、味に深みのあるいいスープになるんだよな。
明日の朝、手持ちのものと引き換えに、少し譲ってもらおう。
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