738 / 885
第八章 真なる聖剣
843 冬越しの誘い
しおりを挟む
聖女が二日目早々に、指定された部屋に戻って来た。
何気に勇者から一番遠くて、一番いい部屋であることに、ロスト辺境伯の無言の意思を感じる。
ご両親と一緒にいなくて大丈夫なのかと聞いたら、「お二人共お仕事がありますし、きっちりとお話をしておきましたから」とのことだ。
前回の訪問時から粘り強い説得が功を奏したのだろう。
聖女はこうと決めたらやり通す、いい意味での頑固さを持っているからな。
もしかすると、この頑固さは親譲りなのかもしれないが。
「お父さまもお母さまも、会食まではもう数日必要だそうです。あと、冬越しの期間を我が城でお過ごしくださいませんか? という言伝を預かって来ました」
「冬越しをこの城で? この人数だぞ、相当な負担だろう。大丈夫なのか?」
確かに、今はまだ移動も出来るが、もうしばらくすると、地面も凍り、雪も降り積もる。
そうなれば、移動どころか、野営も出来ないので、長期の滞在場所が必要となるのだ。
勇者達には、毎年、金持ちの貴族の屋敷に転がり込めと言ってある。
金が有り余っている連中にしてみれば、勇者を長逗留させることで名誉となるんで、お互いに損はないからな。
だが、この領地が貧しいと言っていたのは聖女本人だ。
「お父さまが、子どもがそのようなことを気にするでないとおっしゃって、お城の食糧事情とか、教えてくださらないのです」
「ミュリアは今や外部の人間だ。そういうことを教えないのは当然じゃないのか?」
聖女の言葉に、勇者がそう不思議そうに言う。
勇者からしてみれば、公私の区別を付けるのは当然という考えなんだろう。
まぁ勇者は元王族みたいなもんだし、そういうところはきっちりしているよな。
だが、そもそも公私の区別がついていたら、前回から引きずっている問題は発生しなかった訳なんだけどね。
これはロスト辺境伯に限らないが、貴族でも、私心で行動する者は多い。
よく耳にするのが、王族の感覚と、普通の領地持ちの貴族の感覚は剥離しているという話だ。
お互いそれぞれにとっての当然が、お互いの当然ではないということらしい。
そう言えば、領地持ちの貴族ってのは、国全体のことよりも、自分の領地のことだけ考えている節があるよな。
不敬にあたるから、おおっぴらには口にされないが、領地の王さまという揶揄があるぐらいだ。
まぁ今は関係ないか。
「とは言え、勇者が領地の生活を苦しいものにした、などという話になるのは問題だな」
「私達で交代で狩りをすればいいんじゃない? 私は今の時季でも野ブタの一匹ぐらいは獲れると思うけど」
と、モンク。
豚をどうする気だ? 絞め殺す気か?
「私は、この時季の狩りではあまりお役に立てないかもしれませんね。草木が枯れる秋の頃なら、愛馬と共に存分に駆けて大きな獲物を狩るのは得意ですが」
少し申し訳なさそうな聖騎士。
「私とダスターなら、森に入れるからそれなりに差し入れが出来ると思う」
とはメルリルだ。
すでに狩りをして差し入れしたことは口にしたりはしない。
そういう気の利かせ方はもう立派な俺の相棒だな。
しかし冬越しか。
いずれ還俗してこの故郷に戻るなら、ひと季節を城で過ごして家族の繋がりを強くするのは、聖女のためにもいいことだろうし。
「確かに、俺達ならある程度、食糧事情の改善の手伝いも出来るしな。しばらくミュリアと過ごせるなら、それは、ご両親も嬉しいだろうし……あっ!」
「どうした? 師匠」
そうか、前回の滞在のとき、どうしてあんなにミュリアを引き留めたがったのか、理由があったのかもしれない。
「……もしかして、ご両親はミュリアの祝い年をやりたいのかもしれないな」
「えっ。でもわたくし、もう十七になってしまいますよ? それに昨年祝い年は門前町で歳遅れで祝っていただきました」
「だから、前回、ご両親がしつこく引き留めていたのは、本来の祝い年をやりたかったからなのかも、と思ってな。そうだとしたら、少し悪いことをしたな」
「もし、そうだったとしても、それは無理だったと思います。以前の滞在の頃から年越しまでかなりの間がありました。わたくしには勇者さまと共に在る、という使命があったのです。どう考えても無理な願いでしかありませんわ」
そう言いながらも、聖女は複雑な気持ちのようだ。
未だ少女のような顔が、憂いに沈んでいる。
「むう、しかし、仮定の話で語っても意味はないぞ。師匠らしくない」
勇者がぴしゃりと言う。
確かにその通りだな。
それに、なんと言っても今更だ。
ああいや、今度の年越し祭で聖女の祝い年をこの城で行おうというのなら、今更という話でもないのか。
「あの……」
それまで、俺達の話を静かに聞いていたルフが、小さく声を上げた。
「ん? 何か気づいたことがあるなら遠慮なく言ってくれ」
俺はそう促す。
「あ、はい。あの、聖女さまとこちらのご領主さまは親子、なのですよね」
「あ、ああ。長いこと離れて暮らしてはいたけどな」
「それなら、それは、他人が考えるべきことじゃないと思います。ええっと、聖女さまとそのご両親とが、じっくりと話すべきことじゃないでしょうか? 僕みたいな子どもが生意気言ってしまって申し訳ないのですが」
おお、ルフもしっかりした考えを持っているな。
たいしたもんだ。
「確かにルフの言う通りだ。あと、アルフの言葉も正しい。年越し祭や祝い年に関しては、外からつべこべ言う話じゃなかったな。悪かった。ミュリアが、ご両親に尋ねるべき話だ」
俺がそう言うと、聖女は全員の顔を見回して、ぺこりと頭を下げる。
「いろいろみなさまにご心配をおかけして申し訳ありません。その件は、冬越しの狩りの話と合わせて、わたくしが両親と話してみます」
そして、そうきっぱりと言い切ったのだった。
何気に勇者から一番遠くて、一番いい部屋であることに、ロスト辺境伯の無言の意思を感じる。
ご両親と一緒にいなくて大丈夫なのかと聞いたら、「お二人共お仕事がありますし、きっちりとお話をしておきましたから」とのことだ。
前回の訪問時から粘り強い説得が功を奏したのだろう。
聖女はこうと決めたらやり通す、いい意味での頑固さを持っているからな。
もしかすると、この頑固さは親譲りなのかもしれないが。
「お父さまもお母さまも、会食まではもう数日必要だそうです。あと、冬越しの期間を我が城でお過ごしくださいませんか? という言伝を預かって来ました」
「冬越しをこの城で? この人数だぞ、相当な負担だろう。大丈夫なのか?」
確かに、今はまだ移動も出来るが、もうしばらくすると、地面も凍り、雪も降り積もる。
そうなれば、移動どころか、野営も出来ないので、長期の滞在場所が必要となるのだ。
勇者達には、毎年、金持ちの貴族の屋敷に転がり込めと言ってある。
金が有り余っている連中にしてみれば、勇者を長逗留させることで名誉となるんで、お互いに損はないからな。
だが、この領地が貧しいと言っていたのは聖女本人だ。
「お父さまが、子どもがそのようなことを気にするでないとおっしゃって、お城の食糧事情とか、教えてくださらないのです」
「ミュリアは今や外部の人間だ。そういうことを教えないのは当然じゃないのか?」
聖女の言葉に、勇者がそう不思議そうに言う。
勇者からしてみれば、公私の区別を付けるのは当然という考えなんだろう。
まぁ勇者は元王族みたいなもんだし、そういうところはきっちりしているよな。
だが、そもそも公私の区別がついていたら、前回から引きずっている問題は発生しなかった訳なんだけどね。
これはロスト辺境伯に限らないが、貴族でも、私心で行動する者は多い。
よく耳にするのが、王族の感覚と、普通の領地持ちの貴族の感覚は剥離しているという話だ。
お互いそれぞれにとっての当然が、お互いの当然ではないということらしい。
そう言えば、領地持ちの貴族ってのは、国全体のことよりも、自分の領地のことだけ考えている節があるよな。
不敬にあたるから、おおっぴらには口にされないが、領地の王さまという揶揄があるぐらいだ。
まぁ今は関係ないか。
「とは言え、勇者が領地の生活を苦しいものにした、などという話になるのは問題だな」
「私達で交代で狩りをすればいいんじゃない? 私は今の時季でも野ブタの一匹ぐらいは獲れると思うけど」
と、モンク。
豚をどうする気だ? 絞め殺す気か?
「私は、この時季の狩りではあまりお役に立てないかもしれませんね。草木が枯れる秋の頃なら、愛馬と共に存分に駆けて大きな獲物を狩るのは得意ですが」
少し申し訳なさそうな聖騎士。
「私とダスターなら、森に入れるからそれなりに差し入れが出来ると思う」
とはメルリルだ。
すでに狩りをして差し入れしたことは口にしたりはしない。
そういう気の利かせ方はもう立派な俺の相棒だな。
しかし冬越しか。
いずれ還俗してこの故郷に戻るなら、ひと季節を城で過ごして家族の繋がりを強くするのは、聖女のためにもいいことだろうし。
「確かに、俺達ならある程度、食糧事情の改善の手伝いも出来るしな。しばらくミュリアと過ごせるなら、それは、ご両親も嬉しいだろうし……あっ!」
「どうした? 師匠」
そうか、前回の滞在のとき、どうしてあんなにミュリアを引き留めたがったのか、理由があったのかもしれない。
「……もしかして、ご両親はミュリアの祝い年をやりたいのかもしれないな」
「えっ。でもわたくし、もう十七になってしまいますよ? それに昨年祝い年は門前町で歳遅れで祝っていただきました」
「だから、前回、ご両親がしつこく引き留めていたのは、本来の祝い年をやりたかったからなのかも、と思ってな。そうだとしたら、少し悪いことをしたな」
「もし、そうだったとしても、それは無理だったと思います。以前の滞在の頃から年越しまでかなりの間がありました。わたくしには勇者さまと共に在る、という使命があったのです。どう考えても無理な願いでしかありませんわ」
そう言いながらも、聖女は複雑な気持ちのようだ。
未だ少女のような顔が、憂いに沈んでいる。
「むう、しかし、仮定の話で語っても意味はないぞ。師匠らしくない」
勇者がぴしゃりと言う。
確かにその通りだな。
それに、なんと言っても今更だ。
ああいや、今度の年越し祭で聖女の祝い年をこの城で行おうというのなら、今更という話でもないのか。
「あの……」
それまで、俺達の話を静かに聞いていたルフが、小さく声を上げた。
「ん? 何か気づいたことがあるなら遠慮なく言ってくれ」
俺はそう促す。
「あ、はい。あの、聖女さまとこちらのご領主さまは親子、なのですよね」
「あ、ああ。長いこと離れて暮らしてはいたけどな」
「それなら、それは、他人が考えるべきことじゃないと思います。ええっと、聖女さまとそのご両親とが、じっくりと話すべきことじゃないでしょうか? 僕みたいな子どもが生意気言ってしまって申し訳ないのですが」
おお、ルフもしっかりした考えを持っているな。
たいしたもんだ。
「確かにルフの言う通りだ。あと、アルフの言葉も正しい。年越し祭や祝い年に関しては、外からつべこべ言う話じゃなかったな。悪かった。ミュリアが、ご両親に尋ねるべき話だ」
俺がそう言うと、聖女は全員の顔を見回して、ぺこりと頭を下げる。
「いろいろみなさまにご心配をおかけして申し訳ありません。その件は、冬越しの狩りの話と合わせて、わたくしが両親と話してみます」
そして、そうきっぱりと言い切ったのだった。
1
お気に入りに追加
9,275
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

異世界転生してしまったがさすがにこれはおかしい
増月ヒラナ
ファンタジー
不慮の事故により死んだ主人公 神田玲。
目覚めたら見知らぬ光景が広がっていた
3歳になるころ、母に催促されステータスを確認したところ
いくらなんでもこれはおかしいだろ!

他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!
七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?

5歳で前世の記憶が混入してきた --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--
ばふぉりん
ファンタジー
「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は
「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」
この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。
剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。
そんな中、この五歳児が得たスキルは
□□□□
もはや文字ですら無かった
~~~~~~~~~~~~~~~~~
本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。
本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。

異世界に召喚されたが「間違っちゃった」と身勝手な女神に追放されてしまったので、おまけで貰ったスキルで凡人の俺は頑張って生き残ります!
椿紅颯
ファンタジー
神乃勇人(こうのゆうと)はある日、女神ルミナによって異世界へと転移させられる。
しかしまさかのまさか、それは誤転移ということだった。
身勝手な女神により、たった一人だけ仲間外れにされた挙句の果てに粗雑に扱われ、ほぼ投げ捨てられるようなかたちで異世界の地へと下ろされてしまう。
そんな踏んだり蹴ったりな、凡人主人公がおりなす異世界ファンタジー!

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
底辺から始まった俺の異世界冒険物語!
ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。
しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。
おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。
漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。
この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。