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第八章 真なる聖剣
836 聖女、故郷に再び戻る
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「世界のために日々戦っておられる勇者さまに、このようなことを申し上げるのは大変心が痛むのですが」
「なら言わなければいい」
おおう。
勇者がそろそろジレ始めているぞ。
「我らは主の剣であり、主の成さんとするところを実現する力である者です」
「……で、戦うのか?」
これはさすがに止めるべきか。
しかし、相手のお偉いさんらしい大男は、勇者の挑発にも全く動じる風もなく、まるで世間話でもしているように堂々と応じている。
まだ大丈夫そうか。
「いたずらに戦いを求められるのですか?」
「そちらが望むのなら」
「ならば、戦いにはなりえませんな。私は戦いを望んではいないので」
お、上手いぞ。
そうはっきり明言されれば、勇者とて、無下にすることも出来ないだろう。
この辺りが出番だな。
「勇者さま。差し出がましいと思いますが、このお方は信用出来ると俺は見ました」
今まで、全く気にも留められていなかった俺に、注目が集まる。
はぁ、嫌な気分だ。
「大切な言伝を託すのに、適任ではなかろうか、と」
勇者は、俺をじっと見て、視線を移して、お偉いさんっぽい大男を改めてじっくりと見る。
当の、お偉いさんっぽい大男は、ここに来て、初めて緊張らしきものを顔に浮かべた。
「そうだな。悪くはない。……ミュリア」
勇者がその名を呼んだ途端、砦のなかから怒涛のようなどよめきが起きる。
それは、押し殺した感情が、そのまま声に乗ったような、熱のこもったどよめきだった。
「はい」
勇者に呼ばれて、聖女が馬車の影から姿を現す。
今度は明確な「おおーっ!」という、野太い声が重なって、門のところに多くの顔が並んだ。
すると、お偉いさんっぽい大男が、くるりと振り向いて一喝する。
「貴様ら! 失礼であろう! そのように卑しく覗くなら、いっそ、その場に平伏しておれ!」
「はっ!」
飛び上がった兵士達が、ドドドッと音を立てて、門の内側で平伏したようだった。
こっち側からは一人二人しか見えないが、音からするとだいぶいたようだ。
「勇者さま、そして聖女さま、私の部下が大変失礼をいたしました」
体を戻して大男は、深々と一礼した。
だいぶ真面目な人のようだな。
「いえ、わたくしのせいで申し訳ありません。皆様も、いろいろとお騒がせしてしまって」
聖女が大男に近づきながら、顔を伏せて消沈した様子をみせた。
「そのようなことは髪一筋ほどもありません。責任があるとしたらこの私めです。いかようなお叱りも受けるつもりであります!」
あれだな、この人、主家に対する忠誠が突き抜けているタイプの兵士だな。
もしかして騎士なのかもしれない。
そう言えば、マントを羽織ってるし。
「その紋章はロードワン家のお方ですね。古くから我が家を支えてくださっているお方を叱る言葉などあろうはずもありません。むしろお礼を述べるべきでしょう」
聖女がそっとその大男の手を取ると、それまで、無骨一辺倒という感じだった男の目に涙が浮かび、むせび泣きし始めてしまった。
聖女、いや、ミュリアの効果がてきめんすぎる。
そう言えば、前もここの領はこんな感じだったな。
「あの……」
聖女がおずおずと声をかけると、大男、ロードワン卿は慌てて顔を上げた。
男の泣き顔ほど見たくないものはないが、まぁ仕方ないな。
そんなロードワン卿に聖女がそっと手巾を差し出す。
「よろしければこれでお顔をお拭きください」
手巾を手渡されたロードワン卿は、まるでそのまま石化したのかと思うほど身動き一つしなくなる。
あれ、呼吸も止めてないか?
「あの……」
聖女が、また困ったように声を掛けると、パッと弾かれたように直立不動になった。
「こ、こ、このような、む、むさ苦しい身に、す、過ぎたるものをいただき……」
落ち着け、それ、普通の手巾だぞ!
あ、そう言えば、聖女が刺繍を入れてたっけな。
刺繍を見たら、あまりのもったいなさに家宝にするとか言い出しかねない。
というか、それ、聖女はやるとは言ってないと思うぞ?
まぁ、顔を拭けと言った時点でやるつもりだったとは思うけどな。
「そんなものよりも、騎士たる方の体面のほうが大事ですもの。さ、遠慮なさらずに」
「は、はっ」
ロードワン卿は、ここまで聞こえるほどの大きさで、ごくりと喉を鳴らすと、手にした手巾をおそるおそる自分の顔に近づけ、慎重な手付きで目の下をちょんちょんと拭いた。
いや、拭いてないな、触れただけだ。
「光栄のあまり、涙も引っ込んだようです」
「それはよかったです」
聖女がにっこりと微笑む。
すると、大男のロードワン卿の目にまた涙が浮かぶ。
あと、門の向こうの連中も、いつのまにか伏せた状態から起き上がり、食い入るように聖女を見ている。
「おい、お前。あまりミュリアに手間を掛けさせるな!」
勇者がおかんむりだ。
お前そういうこと言うから嫌われるんだぞ?
この場の雰囲気ってもんがあるだろ?
「はっ、申し訳ありません!」
だが、ロードワン卿は本当に出来たお方らしい。
勇者に向かって深々と頭を下げると、気持ちを立て直したのか、ピシッと姿勢を正した。
もちろん、その間に聖女の手巾はふところにしまわれている。
「こちらを、お父さま、いえ、領主さまにお届けいただけませんか?」
聖女は、ロードワン卿に祖父から預かった手紙を手渡す。
封蝋は、大聖堂の特別なものであり、宛名の本人以外が開封出来ないようになっている。
「こ、これは。……はっ、確かに承りました。我が部隊で一番の早駆けに持たせましょう」
「よろしくお願いいたしますね」
聖女が再び笑顔を見せると、ロードワン卿の目にまた涙が浮かんだのが見えたが、今度は大泣きするのをこらえたようだ。
だが、背後の者達はこらえきれなかったようで、むせび泣いている者が何人かいた。
「大隊長、ずるい」
「俺も欲しい」
うん、まぁ、ロードワン卿は、その手巾をぜひ守り抜いて欲しい。
「なら言わなければいい」
おおう。
勇者がそろそろジレ始めているぞ。
「我らは主の剣であり、主の成さんとするところを実現する力である者です」
「……で、戦うのか?」
これはさすがに止めるべきか。
しかし、相手のお偉いさんらしい大男は、勇者の挑発にも全く動じる風もなく、まるで世間話でもしているように堂々と応じている。
まだ大丈夫そうか。
「いたずらに戦いを求められるのですか?」
「そちらが望むのなら」
「ならば、戦いにはなりえませんな。私は戦いを望んではいないので」
お、上手いぞ。
そうはっきり明言されれば、勇者とて、無下にすることも出来ないだろう。
この辺りが出番だな。
「勇者さま。差し出がましいと思いますが、このお方は信用出来ると俺は見ました」
今まで、全く気にも留められていなかった俺に、注目が集まる。
はぁ、嫌な気分だ。
「大切な言伝を託すのに、適任ではなかろうか、と」
勇者は、俺をじっと見て、視線を移して、お偉いさんっぽい大男を改めてじっくりと見る。
当の、お偉いさんっぽい大男は、ここに来て、初めて緊張らしきものを顔に浮かべた。
「そうだな。悪くはない。……ミュリア」
勇者がその名を呼んだ途端、砦のなかから怒涛のようなどよめきが起きる。
それは、押し殺した感情が、そのまま声に乗ったような、熱のこもったどよめきだった。
「はい」
勇者に呼ばれて、聖女が馬車の影から姿を現す。
今度は明確な「おおーっ!」という、野太い声が重なって、門のところに多くの顔が並んだ。
すると、お偉いさんっぽい大男が、くるりと振り向いて一喝する。
「貴様ら! 失礼であろう! そのように卑しく覗くなら、いっそ、その場に平伏しておれ!」
「はっ!」
飛び上がった兵士達が、ドドドッと音を立てて、門の内側で平伏したようだった。
こっち側からは一人二人しか見えないが、音からするとだいぶいたようだ。
「勇者さま、そして聖女さま、私の部下が大変失礼をいたしました」
体を戻して大男は、深々と一礼した。
だいぶ真面目な人のようだな。
「いえ、わたくしのせいで申し訳ありません。皆様も、いろいろとお騒がせしてしまって」
聖女が大男に近づきながら、顔を伏せて消沈した様子をみせた。
「そのようなことは髪一筋ほどもありません。責任があるとしたらこの私めです。いかようなお叱りも受けるつもりであります!」
あれだな、この人、主家に対する忠誠が突き抜けているタイプの兵士だな。
もしかして騎士なのかもしれない。
そう言えば、マントを羽織ってるし。
「その紋章はロードワン家のお方ですね。古くから我が家を支えてくださっているお方を叱る言葉などあろうはずもありません。むしろお礼を述べるべきでしょう」
聖女がそっとその大男の手を取ると、それまで、無骨一辺倒という感じだった男の目に涙が浮かび、むせび泣きし始めてしまった。
聖女、いや、ミュリアの効果がてきめんすぎる。
そう言えば、前もここの領はこんな感じだったな。
「あの……」
聖女がおずおずと声をかけると、大男、ロードワン卿は慌てて顔を上げた。
男の泣き顔ほど見たくないものはないが、まぁ仕方ないな。
そんなロードワン卿に聖女がそっと手巾を差し出す。
「よろしければこれでお顔をお拭きください」
手巾を手渡されたロードワン卿は、まるでそのまま石化したのかと思うほど身動き一つしなくなる。
あれ、呼吸も止めてないか?
「あの……」
聖女が、また困ったように声を掛けると、パッと弾かれたように直立不動になった。
「こ、こ、このような、む、むさ苦しい身に、す、過ぎたるものをいただき……」
落ち着け、それ、普通の手巾だぞ!
あ、そう言えば、聖女が刺繍を入れてたっけな。
刺繍を見たら、あまりのもったいなさに家宝にするとか言い出しかねない。
というか、それ、聖女はやるとは言ってないと思うぞ?
まぁ、顔を拭けと言った時点でやるつもりだったとは思うけどな。
「そんなものよりも、騎士たる方の体面のほうが大事ですもの。さ、遠慮なさらずに」
「は、はっ」
ロードワン卿は、ここまで聞こえるほどの大きさで、ごくりと喉を鳴らすと、手にした手巾をおそるおそる自分の顔に近づけ、慎重な手付きで目の下をちょんちょんと拭いた。
いや、拭いてないな、触れただけだ。
「光栄のあまり、涙も引っ込んだようです」
「それはよかったです」
聖女がにっこりと微笑む。
すると、大男のロードワン卿の目にまた涙が浮かぶ。
あと、門の向こうの連中も、いつのまにか伏せた状態から起き上がり、食い入るように聖女を見ている。
「おい、お前。あまりミュリアに手間を掛けさせるな!」
勇者がおかんむりだ。
お前そういうこと言うから嫌われるんだぞ?
この場の雰囲気ってもんがあるだろ?
「はっ、申し訳ありません!」
だが、ロードワン卿は本当に出来たお方らしい。
勇者に向かって深々と頭を下げると、気持ちを立て直したのか、ピシッと姿勢を正した。
もちろん、その間に聖女の手巾はふところにしまわれている。
「こちらを、お父さま、いえ、領主さまにお届けいただけませんか?」
聖女は、ロードワン卿に祖父から預かった手紙を手渡す。
封蝋は、大聖堂の特別なものであり、宛名の本人以外が開封出来ないようになっている。
「こ、これは。……はっ、確かに承りました。我が部隊で一番の早駆けに持たせましょう」
「よろしくお願いいたしますね」
聖女が再び笑顔を見せると、ロードワン卿の目にまた涙が浮かんだのが見えたが、今度は大泣きするのをこらえたようだ。
だが、背後の者達はこらえきれなかったようで、むせび泣いている者が何人かいた。
「大隊長、ずるい」
「俺も欲しい」
うん、まぁ、ロードワン卿は、その手巾をぜひ守り抜いて欲しい。
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