勇者パーティから追い出されたと思ったら、土下座で泣きながら謝ってきた!

蒼衣翼

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第八章 真なる聖剣

830 心で答える

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「ふむふむ」

 聖女の祖父であり、大聖堂で未来の聖女や聖人の教育係をしているという、ブローディファという爺さんは、俺をジロジロ見ながらなにやらうんうんと、一人うなずいていた。
 それにしても、ブローディファって覚えにくい名前だな。

「皆が俺の名前はちと覚えにくいと言うからな、ブロブと呼んでくれていいぞ」

 まるで俺の心を読んだようなタイミングで、ブローディファはそう言った。
 本格的に恐ろしい。
 本当にこっちの心を読んでいるのだろうか?

「ああ、心配しなくとも、俺は読心のすべなど知らぬ。人の心など読めぬさ」
「今まさに心のなかで考えていたことに答えられたんだが……」
「偶然だよ、偶然。まぁ偶然とは、必然でありながら、気づかれることなく発生した出来事の呼び名ではあるが、貴君が気づいてないのなら偶然だ」
「ちょっと、待ってください。混乱して来たので」
「よいよい。悩めよ、若者」

 ヤバい。
 このご老人は、どことなく聖者さまに似ている気がする。
 聖者さまがもし性格が悪かったらこうなるみたいな感じだ。
 性別の違いのせいって訳でもない。

「ブローディファさま。あまりお師匠さまを困らせないでください。わたくし、とても助けていただいているのです。もしブローディファさまが、これ以上、わたくしの仲間達を翻弄して楽しまれるようなら、これ以降、一切ブローディファさまとお話しいたしませんわ」
「むっ?」

 今の今まで自由奔放に行動していたブローディファ、いや、本人の希望通り、ブロブと呼ぼう。
 ブロブ爺さんは、聖女の哀しげな訴えを耳にして、ピタリと動きを止めた。

「まさか、ミュリア、怒ったのか?」
「……怒ってなど、おりません」

 あれは怒ってるな。
 聖女の顔を見ると、目は半眼で口元はうっすら開いている。
 無表情と言ってしまうことも出来るが、呼吸が普段よりも深くなっていて、俺の目には、魔力が体内を力強く循環し始めたのがわかった。
 つまり力を溜めている状態だ。

「ふむ。このようなさむざむとした場所では嫌であったか。あかあかと火が踊る、暖炉のある部屋へとゆくか?」
「別にこちらでもよろしいです」

 これは、怒っている。それも滅多にない程に。
 俺は、勇者から順繰りに、仲間達に視線を送ったが、あえて聖女をなだめようと思っている者はいないようだった。
 タイミングを間違うと、聖女の怒りに巻き込まれかねないので、手控えているのだろう。

「わかっておる。不肖の息子、イェンフィディリアスのことであろう」

 長い。
 ロスト伯の名前ってそんなんだったのか。
 ちょっと覚えるのが嫌になる名前だな。
 まぁロスト伯で問題ないか。
 普通、貴族は家名に敬称をつけて呼び名とするものだ。
 名前を呼ぶのは、よほど親しい間柄だけの話。
 俺が名前を呼ぶ機会などあろうはずもない。

 そんなことを考えていると、ブロブ爺さんが、グリンと、首だけを回して再び俺を見た。
 
「息子はイェンでよい。わかりやすいであろう?」
「いえ、愛称呼びなど、出来得るはずもありません」

 丁寧にお断りする。
 頼むから俺の心を読むのを止めて欲しい。

「今はああだが、昔は彼奴もかわいらしい子どもだったのだぞ? 城の奥にお化けがいると泣きじゃくり、何度もおねしょを繰り返すような」
「ブローディファさま!」

 とうとう聖女が自らの祖父を叱りつけた。

 だが待て。
 今のはロスト伯に関する情報だよな。
 城の奥のお化けというのは、アドミニス殿のことではないのか?

 俺に答えるように、聖女の怒りを受け流しつつ、ブロブ爺さんは言葉を続ける。 

「ご先祖さまは、なかなかに得体のしれぬ御仁であるからな。怖がりのイェン坊が怯えて近づきもしないのは仕方のない話よ。俺の兄の時代には、そこそこ交流もあって、神がかりとも言われた武器や武具が取り引きされたものだが、イェンの時代になると、地下への通路も塞いでしまい、ご先祖さまを存在せぬものとしてしまったのだ」

 そう言うと、ブロブ爺さんはハァと息を吐いた。

「あの子は、怖がりなのは、どうやっても治らなかったからなぁ」

 どうでもいいが、この人、口に出してない俺の考えに答えたよな。
 心を読むのは止めてくれと言ってるのに。

「ややっ、すまなんだ」

 途端に謝られる。
 俺は、諦め気味に首を振った。

「ピャッ」
「おお、そなたフォルテと申されるか? ダスター殿の相棒なのだな。よきかな、よきかな」
「私も、ダスターの相棒です」

 なぜかメルリルがフォルテに競うように主張した。
 何もフォルテに張り合わなくてもいいのに。

「怪異のような爺さんだな。ロスト伯も、遠い祖先よりも自分の父親を恐れるべきなんじゃないか?」

 と、勇者は辛辣だ。
 怪異というのは得体の知れない化け物を総称する言葉だ。
 幽霊などもこのカテゴリーに入る。
 だいぶ失礼な物言いである。

 まぁ俺も、その意見に同意ではある。
 だが、いろいろと重要な話も聞けた。
 先代のロスト伯は、このブロブ爺さんの兄であったらしい。
 それが何がどうなって、この爺さんの息子が現ロスト伯となったのか、不思議だ。

 貴族家というのは、継承については厳格な掟があり、よほどの事情がない限りは、直系長子が家を継ぐ。
 現ロスト伯の、大聖堂嫌いや、聖女となった娘ミュリアに対する執着も、その辺に理由があるのかもしれない。

 思考を巡らせている俺をちらりと見て、またブロブ爺さんが不気味に笑う。
 むう、考えを読まれるのに慣れてしまうと、それなりに便利かもしれないと思ってしまいそうになるが、あまりよくない考えだ。
 怠惰は魂を腐らせるからな。

 ブロブ爺さんは俺にうなずいてみせた。

「ミュリアの望みは聞いたし、そっちのちっこい坊主の至るべき道も見えた。イェンの説得をせよと言うのなら、もちろん俺に出来ることはやってやる。だがな、結局、イェンを納得させるのはお前達自身よ。神の子たる勇者、魔力に愛されし聖女、魔力を寄せ付けぬ聖騎士、孤高を怖れぬモンク、そして道を開く冒険者と森の娘よ。ドラゴンより孵りし、新たな星達と共に、不可能を可能としてみせるや?」

 急に、ブロブ爺さん、いや、聖なるブローディファは、ピンと背筋を伸ばしてすっくと立った。
 枯れ木のような体躯は、まるで一本の杖のようだ。
 小さな体とは思えない程の存在感で、俺達を呑まんとしているように感じられる。

「俺は冒険者だ。冒険者は請けた依頼を達成する。ただそれだけだ」

 するりと口をついて出た言葉は、俺の一番根っこにある、冒険者としての誇りだった。
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