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第八章 真なる聖剣
813 海を支配する者
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「なんと! 船乗りの間では海賊の本拠地についてそのような噂が流れているのですか」
俺がパーニャ姫の家出によって得られた情報を海洋公に伝えたところ、海洋公はショックを受けたように唸り声を上げた。
「しかし、よくぞそのような情報を掴んでくださった。船乗りはヨソモノには情報を流したりしないので、役人や憲兵達も調べあぐねていたようなのだ。さすが勇者さまのお師匠殿ですな」
「いえ、彼等が口を軽くしたのは、パーニャ姫のおかげです。子どもが健気に友達を助けたいと思って頑張ってると思ってくれたからこそ、彼等もその話をしてくれたのでしょう。大変失礼ながら、ある意味、パーニャ姫を利用したようなことになってしまいました。お叱りがあれば、いかようにも受けさせていただきます。あと、吟遊詩人の戯言を本気にするのはやめていただけませんか? 勇者さまも悪ノリしているので困ります」
本来直接口を利くということは考えられないような相手だが、この食事会では、お互いに身分は考えずに自由に振る舞う前提とのことだったので、この際、言うべきことはきっちり言っておいた。
それでなにか処罰されるならそれでもいいし。
勇者がなにか言いたそうにしていたが、そもそも最初の約束を忘れたとは言わさないぞ。
身分の高い相手に師匠と知られるような言動を取るなって言ってあったからな。
「謙虚ですな。冒険者においては謙虚さは美徳ではないと聞き及んでいましたが……」
「もちろんです。俺達冒険者は名を売るためにさまざまなことをやります。しかし身の丈に合わない名声は、いずれ自分を殺すものです。そのぐらい俺もわきまえています」
「わかりました。そういうことにしておきましょう。賢者は時が来るまで口を開かぬと言いますからな」
くっ、いい感じにあしらわれてしまったぞ。
なんでそんなに俺が勇者の師匠だということにしたいんだ?
「殿方のお話に口を挟むのは本意ではありませんが……」
奥方がゆっくりと言葉を発した。
「我が子の無謀な行動を褒める訳にはいきませぬ。このことは、決してあの子の手柄にはしないようにお願いいたします」
確かに母親としては複雑だよな。
実際に成果が上がったとしても、八歳の子どもには危険なことだったのは確かだ。
下手に褒めると、同じことを繰り返さないかという不安があるのだろう。
「は。ご息女のご活躍は、ご両親の胸の内にあればそれでよろしいかと」
「うむ。今回の情報については、お師匠殿……おおっと、勇者さまの従者殿のお手柄ということで収めましょう」
あ、パーニャ姫のお手柄に出来ないならそういうことになるか。
むー、これではまるで、俺がパーニャ姫の手柄を横取りした形になってしまうな。
とは言え、これは受けるしかない話だ。
「以前にも言いましたが、手柄はこちらのメルリルと、我が従魔のものでもあります。決して俺一人の活躍としないようにお願いします」
「どうだ、奥よ。実に奥ゆかしいお方であろう」
「まこと、詩人の歌う勲しに相応しいお方のようですね」
海洋公と奥方が、なにやら妙な納得をしてしまった。
駄目だこれ、その吟遊詩人、よほどの歌い手だったらしい。
全く俺の否定が受け入れられないぞ。
勇者がまるで自分のことのように誇らしげにうんうんうなずいているのも地味にイラッとする。
「さて、うちの従者からの姫君探索と、海賊のアジトについての報告はこれでいいかな?」
勇者が、おかしなアクセントを付けて従者と言ったのを聞き逃さず、ギロリと睨む。
しかし勇者は堪えた風もなく、ニコニコ顔だ。
滅多に無いぐらい上機嫌である。
「はい。勇者さま。とても実のある情報でした。これで、海賊に対する調査と捕縛、そしてその裏にいる者達に対する断罪に向けて、動きやすくなります」
海洋公が機嫌よく頷いた。
勇者もそれに頷き返す。
そして、何気ない風に切り出した。
「今回は妙な事件に巻き込まれてしまったが、本来俺達は、これから大聖堂へと向かうところであった。そこで、港でひとつ噂を聞き及んだのだが、このカリオカから、大聖堂への船がある、と」
そして、ゴブレットに入ったワインをゴクリと飲んでみせる。
海洋公は少し驚いたようだった。
「確かに、我が港と大聖堂の港の間では船が運行されています。ただし、これはこちらからは使うことの出来ない航路なのです」
「と言うと?」
「大聖堂から貴人の移動がある際に、要請を受けて出港する特別な船となります。ちょうど先日、グエンサムで行われた式典の際に船を動かしました」
「なるほど。つまり海洋公の許可だけではなんともならないということか」
勇者がやや挑発的に言った。
こらこら、止めなさい。
「大恩ある勇者さまのご要望に応えられないのは、大公国の海を治める者としての恥……」
グググッという感じで、海洋公がテーブルに置いた手に力を入れた。
「わかり申した。教会を通じて、大聖堂に直接交渉をしてみましょう。我が名誉にかけまして」
「余計なものは賭けるな。そういう意地のようなものがあると、人は力むものだ。無理なら無理でいい」
淡白な勇者のその物言いは、余計に海洋公を奮起させたようだ。
顔を真っ赤にして「いえ、必ず」と断言してしまった。
しかし、特別便の条件を考えると、大聖堂側は断るんじゃないか?
変な揉め事にならなければいいが……。
不安しかないな。
俺がパーニャ姫の家出によって得られた情報を海洋公に伝えたところ、海洋公はショックを受けたように唸り声を上げた。
「しかし、よくぞそのような情報を掴んでくださった。船乗りはヨソモノには情報を流したりしないので、役人や憲兵達も調べあぐねていたようなのだ。さすが勇者さまのお師匠殿ですな」
「いえ、彼等が口を軽くしたのは、パーニャ姫のおかげです。子どもが健気に友達を助けたいと思って頑張ってると思ってくれたからこそ、彼等もその話をしてくれたのでしょう。大変失礼ながら、ある意味、パーニャ姫を利用したようなことになってしまいました。お叱りがあれば、いかようにも受けさせていただきます。あと、吟遊詩人の戯言を本気にするのはやめていただけませんか? 勇者さまも悪ノリしているので困ります」
本来直接口を利くということは考えられないような相手だが、この食事会では、お互いに身分は考えずに自由に振る舞う前提とのことだったので、この際、言うべきことはきっちり言っておいた。
それでなにか処罰されるならそれでもいいし。
勇者がなにか言いたそうにしていたが、そもそも最初の約束を忘れたとは言わさないぞ。
身分の高い相手に師匠と知られるような言動を取るなって言ってあったからな。
「謙虚ですな。冒険者においては謙虚さは美徳ではないと聞き及んでいましたが……」
「もちろんです。俺達冒険者は名を売るためにさまざまなことをやります。しかし身の丈に合わない名声は、いずれ自分を殺すものです。そのぐらい俺もわきまえています」
「わかりました。そういうことにしておきましょう。賢者は時が来るまで口を開かぬと言いますからな」
くっ、いい感じにあしらわれてしまったぞ。
なんでそんなに俺が勇者の師匠だということにしたいんだ?
「殿方のお話に口を挟むのは本意ではありませんが……」
奥方がゆっくりと言葉を発した。
「我が子の無謀な行動を褒める訳にはいきませぬ。このことは、決してあの子の手柄にはしないようにお願いいたします」
確かに母親としては複雑だよな。
実際に成果が上がったとしても、八歳の子どもには危険なことだったのは確かだ。
下手に褒めると、同じことを繰り返さないかという不安があるのだろう。
「は。ご息女のご活躍は、ご両親の胸の内にあればそれでよろしいかと」
「うむ。今回の情報については、お師匠殿……おおっと、勇者さまの従者殿のお手柄ということで収めましょう」
あ、パーニャ姫のお手柄に出来ないならそういうことになるか。
むー、これではまるで、俺がパーニャ姫の手柄を横取りした形になってしまうな。
とは言え、これは受けるしかない話だ。
「以前にも言いましたが、手柄はこちらのメルリルと、我が従魔のものでもあります。決して俺一人の活躍としないようにお願いします」
「どうだ、奥よ。実に奥ゆかしいお方であろう」
「まこと、詩人の歌う勲しに相応しいお方のようですね」
海洋公と奥方が、なにやら妙な納得をしてしまった。
駄目だこれ、その吟遊詩人、よほどの歌い手だったらしい。
全く俺の否定が受け入れられないぞ。
勇者がまるで自分のことのように誇らしげにうんうんうなずいているのも地味にイラッとする。
「さて、うちの従者からの姫君探索と、海賊のアジトについての報告はこれでいいかな?」
勇者が、おかしなアクセントを付けて従者と言ったのを聞き逃さず、ギロリと睨む。
しかし勇者は堪えた風もなく、ニコニコ顔だ。
滅多に無いぐらい上機嫌である。
「はい。勇者さま。とても実のある情報でした。これで、海賊に対する調査と捕縛、そしてその裏にいる者達に対する断罪に向けて、動きやすくなります」
海洋公が機嫌よく頷いた。
勇者もそれに頷き返す。
そして、何気ない風に切り出した。
「今回は妙な事件に巻き込まれてしまったが、本来俺達は、これから大聖堂へと向かうところであった。そこで、港でひとつ噂を聞き及んだのだが、このカリオカから、大聖堂への船がある、と」
そして、ゴブレットに入ったワインをゴクリと飲んでみせる。
海洋公は少し驚いたようだった。
「確かに、我が港と大聖堂の港の間では船が運行されています。ただし、これはこちらからは使うことの出来ない航路なのです」
「と言うと?」
「大聖堂から貴人の移動がある際に、要請を受けて出港する特別な船となります。ちょうど先日、グエンサムで行われた式典の際に船を動かしました」
「なるほど。つまり海洋公の許可だけではなんともならないということか」
勇者がやや挑発的に言った。
こらこら、止めなさい。
「大恩ある勇者さまのご要望に応えられないのは、大公国の海を治める者としての恥……」
グググッという感じで、海洋公がテーブルに置いた手に力を入れた。
「わかり申した。教会を通じて、大聖堂に直接交渉をしてみましょう。我が名誉にかけまして」
「余計なものは賭けるな。そういう意地のようなものがあると、人は力むものだ。無理なら無理でいい」
淡白な勇者のその物言いは、余計に海洋公を奮起させたようだ。
顔を真っ赤にして「いえ、必ず」と断言してしまった。
しかし、特別便の条件を考えると、大聖堂側は断るんじゃないか?
変な揉め事にならなければいいが……。
不安しかないな。
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