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第八章 真なる聖剣
810 敗者のプライド
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「どうもこの部屋に入るたびにだらけている気がするな」
俺はぐったりと厚手のラグに埋まりながらそう口にした。
どんなときにも自由であるフォルテは、すでに俺の頭の上でぐっすりと眠っている。
メルリルは、健気にもお茶の準備をしようとしたが、モンクに止められて、今は隣ですやすやと寝息を立てていた。
「向こうが全部用意するって言ってるんだから、ダスターやメルリルがあくせく働くことはないのよ」
と、モンク。
確かに正しい。
「俺達は何もしてはいかなったんだが、不安そうにうろうろするあのオヤジを見ているだけで疲れた。まぁ美味いものを食わせるというなら、勘弁してやるが」
勇者よ、それは海洋公に何の責任もないことじゃないか。
むしろ娘が行方不明で、不安にならない親のほうが、お前的には腹が立ってひと悶着起こしたんじゃないか?
まぁ勇者としては、どんな理由であれ、美味しいものを食べられるなら儲けものという感じなんだろう。
と、勇者が突然俺のほうを見て何やら焦ったように言葉を継いだ。
「俺は、本当は師匠の手料理が一番なんだが、ここの城の連中の心づくしを断る訳にもいかないからな」
いや、それは何の言い訳なんだ?
俺はお前に料理の腕を評価されても嬉しくもなんともないぞ。
そもそも俺は料理人じゃねえ、冒険者だ。
もしかして、忘れてないだろうな?
「おかしいです。わたくし、本日は何もしていなかったのに、とても疲れてしまって……」
なぜか聖女がクッションを抱えてふらふらしている。
今にも寝てしまいそうだ。
「ミュリアは寝てていいよ。そもそも魔力が回復しきってないのに、心配事で気が休まらなかったんだ。私はあんまりわかんないけど、魔力ってのは精神にすごく影響されるんだろ? 疲れて当然さ」
モンクの言うようなことは、教会でちょっとだけ教わる。
精神が乱れているときには一時的に魔法が使えなくなるみたいな話だ。
俺の経験から言うと、魔力というのは本来、持ち主の精神に従って、体の補助的機能を高めるためのものだ。
魔法というのは魔力を使った二次的な技術なので、魔力本来の作用のほうが優先されるんだろう。
不安や恐怖に精神が支配されているときには、魔力はその不安や恐怖の元を探ろうと、四方に展開される。
魔法という技術を使わずに、魔力が体から遠く離れてしまうと、もはやコントロールが出来なくなるので、その分の魔力は無駄に消費されることになるのだ。
普段なら気になるような消耗ではないんだろうが、それまでに魔力を消耗していた勇者や聖女には、それなりの負担となってしまったのだろう。
ああいや、勇者は勝手にイライラしただけだから、状況の犠牲になったのは聖女のみだな。
「テスタの言う通りだ。食事どきになったら起こすから、寝ているといい。テスタに部屋に連れて行ってもらえ」
俺は聖女にそう言った。
「わたくし、ここにいます。一人で寝ているのは嫌なんです」
「そうか」
聖女がそう言うのなら、俺も特に寝室にこだわる必要もない。
この部屋全体が裸足で歩き回れるようになっているので、どこに転がっていても、汚れたりはしないだろう。
俺自身に限定して言えば、それほど疲れてはいない。
パーニャ姫が見つかった時点で、少し力が抜けてしまった感じだ。
それよりも少し気になることがあった。
「アルフ。なんでルフはクルスに稽古をつけてもらってるんだ?」
そう、庭のほうで、ルフが短剣を振っていて、それを聖騎士が動き方を修正したりして指導しているのだ。
「あいつだって男の子だからな。自分だけ役立たずな気がして嫌だったんだろ」
「おい、下手に付け焼き刃を身に着けて、逃げるべきときに戦いを選んだりしたらマズいだろ」
人は戦い方を覚え始めたぐらいのときが一番危険だ。
冒険者になりたての若い連中が死にやすいのもそのせいと言える。
以前より少し強くなり、自信がつく。
そうして、引き際を見失うのだ。
「そこはクルスが徹底的に教えるだろ。あいつほど負け続けて来た奴はいないぞ」
なんでもないことのように勇者が答えた。
そこには絶対の信頼がある。
なるほど、負け続けた者、か。
魔法が使えない騎士として、格上に挑戦し続けた結果として今の聖騎士が存在する。
負けるということがどういうことか知っているからこそ、引き際の見極めに優れているということだな。
ルフは賢い子だ。
出来ないことを出来ると思い込んだりはしないだろう。
「あ、なるほど。受け身中心に教えてるな」
「あれは当たったフリをして自分から派手に吹っ飛ぶやり方だな。クルスがやると本当に当たって吹っ飛んだようにしか見えないのがえげつないんだよな。相手の油断を誘うことにおいては、あいつ天才だぞ」
「お前、立ち合いのときに、二度に一度は剣を巻き取られているもんな」
「言っておくが、俺が勝った二度に一度は譲ってくれてるんだぞ? 魔法を使わない立ち合いで俺が敵う相手じゃねえよ」
「へえ」
勇者は聖騎士のことをかなり認めているとは思っていたが、自分が剣技では絶対に敵わないと思っていたとはな。
「も、もちろん、いつかは必ず実力で勝ってみせるぞ!」
「五回に一回は勝ってるだろ」
「!……師匠よく見てるな。いや、俺はちょっと自信がなかったんだが、あれって俺がちゃんと勝ってたのか」
「クルスはなぁ、ときどき気分にムラがあるんだよな。お前に魔法を使わせたいんじゃないか?」
「普通の場所でそんな立ち合いが出来るはずがないだろ」
「それもきっとわかってるんだろうけど、あいつ相当の負けず嫌いだぞ」
「……知ってる。そのせいで、今回の件でかなりプライドが傷ついてた。昨日の落ち込みっぷりといったら、酷いもんだったぞ」
なんだかんだ言って勇者はちゃんと仲間を見ているな。
聖騎士も別に戦って負けた訳じゃないんだからそう引きずらなくていいと思うんだが、騎士はプライドが高い生き物だと言うし、どっかで思いっきり発散させてやるべきだろう。
俺はぐったりと厚手のラグに埋まりながらそう口にした。
どんなときにも自由であるフォルテは、すでに俺の頭の上でぐっすりと眠っている。
メルリルは、健気にもお茶の準備をしようとしたが、モンクに止められて、今は隣ですやすやと寝息を立てていた。
「向こうが全部用意するって言ってるんだから、ダスターやメルリルがあくせく働くことはないのよ」
と、モンク。
確かに正しい。
「俺達は何もしてはいかなったんだが、不安そうにうろうろするあのオヤジを見ているだけで疲れた。まぁ美味いものを食わせるというなら、勘弁してやるが」
勇者よ、それは海洋公に何の責任もないことじゃないか。
むしろ娘が行方不明で、不安にならない親のほうが、お前的には腹が立ってひと悶着起こしたんじゃないか?
まぁ勇者としては、どんな理由であれ、美味しいものを食べられるなら儲けものという感じなんだろう。
と、勇者が突然俺のほうを見て何やら焦ったように言葉を継いだ。
「俺は、本当は師匠の手料理が一番なんだが、ここの城の連中の心づくしを断る訳にもいかないからな」
いや、それは何の言い訳なんだ?
俺はお前に料理の腕を評価されても嬉しくもなんともないぞ。
そもそも俺は料理人じゃねえ、冒険者だ。
もしかして、忘れてないだろうな?
「おかしいです。わたくし、本日は何もしていなかったのに、とても疲れてしまって……」
なぜか聖女がクッションを抱えてふらふらしている。
今にも寝てしまいそうだ。
「ミュリアは寝てていいよ。そもそも魔力が回復しきってないのに、心配事で気が休まらなかったんだ。私はあんまりわかんないけど、魔力ってのは精神にすごく影響されるんだろ? 疲れて当然さ」
モンクの言うようなことは、教会でちょっとだけ教わる。
精神が乱れているときには一時的に魔法が使えなくなるみたいな話だ。
俺の経験から言うと、魔力というのは本来、持ち主の精神に従って、体の補助的機能を高めるためのものだ。
魔法というのは魔力を使った二次的な技術なので、魔力本来の作用のほうが優先されるんだろう。
不安や恐怖に精神が支配されているときには、魔力はその不安や恐怖の元を探ろうと、四方に展開される。
魔法という技術を使わずに、魔力が体から遠く離れてしまうと、もはやコントロールが出来なくなるので、その分の魔力は無駄に消費されることになるのだ。
普段なら気になるような消耗ではないんだろうが、それまでに魔力を消耗していた勇者や聖女には、それなりの負担となってしまったのだろう。
ああいや、勇者は勝手にイライラしただけだから、状況の犠牲になったのは聖女のみだな。
「テスタの言う通りだ。食事どきになったら起こすから、寝ているといい。テスタに部屋に連れて行ってもらえ」
俺は聖女にそう言った。
「わたくし、ここにいます。一人で寝ているのは嫌なんです」
「そうか」
聖女がそう言うのなら、俺も特に寝室にこだわる必要もない。
この部屋全体が裸足で歩き回れるようになっているので、どこに転がっていても、汚れたりはしないだろう。
俺自身に限定して言えば、それほど疲れてはいない。
パーニャ姫が見つかった時点で、少し力が抜けてしまった感じだ。
それよりも少し気になることがあった。
「アルフ。なんでルフはクルスに稽古をつけてもらってるんだ?」
そう、庭のほうで、ルフが短剣を振っていて、それを聖騎士が動き方を修正したりして指導しているのだ。
「あいつだって男の子だからな。自分だけ役立たずな気がして嫌だったんだろ」
「おい、下手に付け焼き刃を身に着けて、逃げるべきときに戦いを選んだりしたらマズいだろ」
人は戦い方を覚え始めたぐらいのときが一番危険だ。
冒険者になりたての若い連中が死にやすいのもそのせいと言える。
以前より少し強くなり、自信がつく。
そうして、引き際を見失うのだ。
「そこはクルスが徹底的に教えるだろ。あいつほど負け続けて来た奴はいないぞ」
なんでもないことのように勇者が答えた。
そこには絶対の信頼がある。
なるほど、負け続けた者、か。
魔法が使えない騎士として、格上に挑戦し続けた結果として今の聖騎士が存在する。
負けるということがどういうことか知っているからこそ、引き際の見極めに優れているということだな。
ルフは賢い子だ。
出来ないことを出来ると思い込んだりはしないだろう。
「あ、なるほど。受け身中心に教えてるな」
「あれは当たったフリをして自分から派手に吹っ飛ぶやり方だな。クルスがやると本当に当たって吹っ飛んだようにしか見えないのがえげつないんだよな。相手の油断を誘うことにおいては、あいつ天才だぞ」
「お前、立ち合いのときに、二度に一度は剣を巻き取られているもんな」
「言っておくが、俺が勝った二度に一度は譲ってくれてるんだぞ? 魔法を使わない立ち合いで俺が敵う相手じゃねえよ」
「へえ」
勇者は聖騎士のことをかなり認めているとは思っていたが、自分が剣技では絶対に敵わないと思っていたとはな。
「も、もちろん、いつかは必ず実力で勝ってみせるぞ!」
「五回に一回は勝ってるだろ」
「!……師匠よく見てるな。いや、俺はちょっと自信がなかったんだが、あれって俺がちゃんと勝ってたのか」
「クルスはなぁ、ときどき気分にムラがあるんだよな。お前に魔法を使わせたいんじゃないか?」
「普通の場所でそんな立ち合いが出来るはずがないだろ」
「それもきっとわかってるんだろうけど、あいつ相当の負けず嫌いだぞ」
「……知ってる。そのせいで、今回の件でかなりプライドが傷ついてた。昨日の落ち込みっぷりといったら、酷いもんだったぞ」
なんだかんだ言って勇者はちゃんと仲間を見ているな。
聖騎士も別に戦って負けた訳じゃないんだからそう引きずらなくていいと思うんだが、騎士はプライドが高い生き物だと言うし、どっかで思いっきり発散させてやるべきだろう。
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