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第八章 真なる聖剣
797 存在の耐えられない怒り
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「そっちょくに、本題から言おう。俺は回りくどいのは好きではない」
勇者が浮足立っている感じの海洋公にそう切り出した。
海洋公は、浮かれた雰囲気を収め、キリリとした表情で勇者に対峙する。
これは全く本人の責任ではないのだろうが、見た目のおかげで、威厳がなく、うさんくさく見えてしまう。
海洋公を見ていると、人の外見の大切さを感じさせられる。
思うにこの人は、自分の見た目に手を加えるのが好きではないのだろうな。
普通、貴族ともなれば、髪が薄くなればしゃれたカツラを被り、元の髪よりもおしゃれな髪型を楽しむものだ。
それに、体型は運動不足によるものだろう。
貴族の多くは、政務は部下に任せ、ひたすら自分を磨くことに没頭すると聞いていたが、海洋公は、机仕事を真面目にやっているのかもしれない。
本来領主の仕事を真面目にやろうとすれば、一日机で書類を処理し続けても間に合わないとも聞いた。
それだけはない。
謁見や接待など、領主には表向きの仕事もあって、全てを完璧にこなそうと思えば、虜囚のような暮らしになるのだそうだ。
そのため、領主や王などの上に立つ人間は、書類などの単調で頭の痛い仕事は、部下に丸投げする傾向にあると言う。
まぁ、俺に真実がわかるはずもないんだ。勝手な憶測であれこれ考えるのはやめておくべきだろう。
いらんことをついつい考えてしまうのは、俺の悪い癖だ。
「は。いかようなことであろうとも、この神の下僕たるジャグラダ・ホバフ・カリオカにおまかせあれ」
海洋公は、キラキラした目で勇者に答える。
なんだか段々この人が気の毒になって来た。
「俺達は、昨日、公の名を冠する街で賊に誘拐された」
「……は?」
海洋公は、まだ勇者が何を言っているのか、理解出来ていないようだ。
「俺自身にも油断があった。腹立たしいが、それは認めよう。だが、問題はそこではない。賊共を問い詰めれば、連中はこれまでずっと、罪なき民を攫い、船で他国に運んで、あろうことか金銭と交換で引き渡していたとのことだ。実際、その船には俺達以外に不当に拉致された者達が閉じ込められていた」
続く勇者の言葉に、段々と事の次第を理解したらしい海洋公は、全身の肌が真っ赤に染まり、やがて大量の汗と共に、真っ青に変じた。
「そのような、賊が……我が足元で! なんと、なんと……おお、許しがたいことです」
「それだけではない」
勇者は、海洋公の動揺に微塵も心を動かされることなく、淡々と説明する。
「神の威に触れて、俺に従った賊によれば、その船には、この街の役人らしき者が頻繁に訪れていたとか」
「ひっ!」
ついに、海洋公はひきつけを起こして倒れた。
歯は食いしばられ、ガタガタと全身が震えている。
立ち尽くす部下達。
「おい、貴様」
そんななか、勇者が海洋公の部下の一人、武官らしき者に命令を下す。
「はっ!」
半分硬直したような武官の男は、勇者の言葉に姿勢を正した。
「何をしている。主を助けろ。それでも臣下か?」
「ははっ!」
慌てて、その武官だけでなく、侍従らしき人や、女官らしき人が海洋公に群がった。
おいおい、それって手伝ってるのか邪魔してるのかわからんだろうが。
そんななか、海洋公は自分に群がる部下を、片手でぐいっ、と薙ぎ払うと、真っ青を通りこして真っ白な顔のまま、ゆらりと起き上がる。
……ちょっと怖い。
「そ、そのような、ふ、不心得者が、我が配下にっ!」
真っ白だった肌に赤みが差し、たちまち真っ赤になる。
大丈夫か? 海洋公?
今、体のなかの血が、たぶんとんでもないことになっているぞ?
ドンッ! と、海洋公は足を踏み鳴らす。
「貴様か!」
先程振り払われて、尻もちをついたままの侍従の首を掴み、揺さぶった。
「貴様が、俺を、いや、神を裏切ったのか!」
「グ、ゲッ……ち、違い……わた……」
「落ち着け、海洋公」
激高のあまり、自分が何をしているのか理解していない風の海洋公だったが、勇者の言葉にぴたりと動きを止める。
「証拠もなく配下を疑うのは、それこそ上に立つ者として、あってはならないことだろう。徹底的に調べればいい。道理にもとる行いをしている者というのは、必ず証拠を残すものだ。無理を通すためにごまかしをすれば、署名をしたようなもの。そこには痕跡が記される」
「お、お、……ゆうじゃざまぁ……」
海洋公は泣き崩れ、勇者にすがろうとした。
しかし勇者はそれを軽く躱す。
後ろで見ていた海洋公の部下達が、なんとも言えない顔をしていた。
床に転がった海洋公は、その場にひれ伏して、うなるように誓う。
「お、俺が、この俺が、必ずや、我が領土に入り込んだ悪魔共を炙り出し、灰も残らぬほどに焼き尽くしてみせましょうぞ! そして真実を明らかにした後、我が心臓を勇者さまに捧げさせてください」
「いらん」
勇者の返事はあまりにも冷淡だが、俺だってそう答えるだろうな。
おっさんの心臓とか、いらんわ。
そして、海洋公に無下に扱われた部下達だが、なぜか海洋公と一緒に噎び泣いている。
「ああ、悪しき者共によって汚れてしまった我が心臓など、何の価値もない。確かにそうでしょう。ならば、海に投じて、永遠に神に仇なす者共を食らう魔物となりましょうぞ!」
「愚かな世迷い言を言っている暇があったら、さっさと、すでに調査を始めている憲兵隊の連中と協力して、ことを明らかにしろ」
「憲兵隊……ですか?」
「そうだ。平民出の小隊長だが、街の者に深く信頼されているようだ。ああいう者は現場に強い。そいつに、役人に文句を言わせないような、お前の信頼出来る高位の部下をつけて、一緒に調査に当たらせろ。いいか、平民を馬鹿にするような奴は駄目だぞ。身分差があろうと、相手を尊重出来る、必要なら頭を下げる覚悟のある奴をつけろ。いないならお前が直接動け。……いや、お前が直接行けば迷惑だ。なんとかまともな配下を選べ、必ずだ」
まくしたてる勇者に、ガクガクと首が壊れた人形のようにうなずく海洋公。
気づかなかったが、勇者は、どうやらかなり怒っているようだ。
だが、もうちょっと言葉を選んでやってくれ。
俺もだが、聖女さまも、青くなってるじゃねえか。
勇者が浮足立っている感じの海洋公にそう切り出した。
海洋公は、浮かれた雰囲気を収め、キリリとした表情で勇者に対峙する。
これは全く本人の責任ではないのだろうが、見た目のおかげで、威厳がなく、うさんくさく見えてしまう。
海洋公を見ていると、人の外見の大切さを感じさせられる。
思うにこの人は、自分の見た目に手を加えるのが好きではないのだろうな。
普通、貴族ともなれば、髪が薄くなればしゃれたカツラを被り、元の髪よりもおしゃれな髪型を楽しむものだ。
それに、体型は運動不足によるものだろう。
貴族の多くは、政務は部下に任せ、ひたすら自分を磨くことに没頭すると聞いていたが、海洋公は、机仕事を真面目にやっているのかもしれない。
本来領主の仕事を真面目にやろうとすれば、一日机で書類を処理し続けても間に合わないとも聞いた。
それだけはない。
謁見や接待など、領主には表向きの仕事もあって、全てを完璧にこなそうと思えば、虜囚のような暮らしになるのだそうだ。
そのため、領主や王などの上に立つ人間は、書類などの単調で頭の痛い仕事は、部下に丸投げする傾向にあると言う。
まぁ、俺に真実がわかるはずもないんだ。勝手な憶測であれこれ考えるのはやめておくべきだろう。
いらんことをついつい考えてしまうのは、俺の悪い癖だ。
「は。いかようなことであろうとも、この神の下僕たるジャグラダ・ホバフ・カリオカにおまかせあれ」
海洋公は、キラキラした目で勇者に答える。
なんだか段々この人が気の毒になって来た。
「俺達は、昨日、公の名を冠する街で賊に誘拐された」
「……は?」
海洋公は、まだ勇者が何を言っているのか、理解出来ていないようだ。
「俺自身にも油断があった。腹立たしいが、それは認めよう。だが、問題はそこではない。賊共を問い詰めれば、連中はこれまでずっと、罪なき民を攫い、船で他国に運んで、あろうことか金銭と交換で引き渡していたとのことだ。実際、その船には俺達以外に不当に拉致された者達が閉じ込められていた」
続く勇者の言葉に、段々と事の次第を理解したらしい海洋公は、全身の肌が真っ赤に染まり、やがて大量の汗と共に、真っ青に変じた。
「そのような、賊が……我が足元で! なんと、なんと……おお、許しがたいことです」
「それだけではない」
勇者は、海洋公の動揺に微塵も心を動かされることなく、淡々と説明する。
「神の威に触れて、俺に従った賊によれば、その船には、この街の役人らしき者が頻繁に訪れていたとか」
「ひっ!」
ついに、海洋公はひきつけを起こして倒れた。
歯は食いしばられ、ガタガタと全身が震えている。
立ち尽くす部下達。
「おい、貴様」
そんななか、勇者が海洋公の部下の一人、武官らしき者に命令を下す。
「はっ!」
半分硬直したような武官の男は、勇者の言葉に姿勢を正した。
「何をしている。主を助けろ。それでも臣下か?」
「ははっ!」
慌てて、その武官だけでなく、侍従らしき人や、女官らしき人が海洋公に群がった。
おいおい、それって手伝ってるのか邪魔してるのかわからんだろうが。
そんななか、海洋公は自分に群がる部下を、片手でぐいっ、と薙ぎ払うと、真っ青を通りこして真っ白な顔のまま、ゆらりと起き上がる。
……ちょっと怖い。
「そ、そのような、ふ、不心得者が、我が配下にっ!」
真っ白だった肌に赤みが差し、たちまち真っ赤になる。
大丈夫か? 海洋公?
今、体のなかの血が、たぶんとんでもないことになっているぞ?
ドンッ! と、海洋公は足を踏み鳴らす。
「貴様か!」
先程振り払われて、尻もちをついたままの侍従の首を掴み、揺さぶった。
「貴様が、俺を、いや、神を裏切ったのか!」
「グ、ゲッ……ち、違い……わた……」
「落ち着け、海洋公」
激高のあまり、自分が何をしているのか理解していない風の海洋公だったが、勇者の言葉にぴたりと動きを止める。
「証拠もなく配下を疑うのは、それこそ上に立つ者として、あってはならないことだろう。徹底的に調べればいい。道理にもとる行いをしている者というのは、必ず証拠を残すものだ。無理を通すためにごまかしをすれば、署名をしたようなもの。そこには痕跡が記される」
「お、お、……ゆうじゃざまぁ……」
海洋公は泣き崩れ、勇者にすがろうとした。
しかし勇者はそれを軽く躱す。
後ろで見ていた海洋公の部下達が、なんとも言えない顔をしていた。
床に転がった海洋公は、その場にひれ伏して、うなるように誓う。
「お、俺が、この俺が、必ずや、我が領土に入り込んだ悪魔共を炙り出し、灰も残らぬほどに焼き尽くしてみせましょうぞ! そして真実を明らかにした後、我が心臓を勇者さまに捧げさせてください」
「いらん」
勇者の返事はあまりにも冷淡だが、俺だってそう答えるだろうな。
おっさんの心臓とか、いらんわ。
そして、海洋公に無下に扱われた部下達だが、なぜか海洋公と一緒に噎び泣いている。
「ああ、悪しき者共によって汚れてしまった我が心臓など、何の価値もない。確かにそうでしょう。ならば、海に投じて、永遠に神に仇なす者共を食らう魔物となりましょうぞ!」
「愚かな世迷い言を言っている暇があったら、さっさと、すでに調査を始めている憲兵隊の連中と協力して、ことを明らかにしろ」
「憲兵隊……ですか?」
「そうだ。平民出の小隊長だが、街の者に深く信頼されているようだ。ああいう者は現場に強い。そいつに、役人に文句を言わせないような、お前の信頼出来る高位の部下をつけて、一緒に調査に当たらせろ。いいか、平民を馬鹿にするような奴は駄目だぞ。身分差があろうと、相手を尊重出来る、必要なら頭を下げる覚悟のある奴をつけろ。いないならお前が直接動け。……いや、お前が直接行けば迷惑だ。なんとかまともな配下を選べ、必ずだ」
まくしたてる勇者に、ガクガクと首が壊れた人形のようにうなずく海洋公。
気づかなかったが、勇者は、どうやらかなり怒っているようだ。
だが、もうちょっと言葉を選んでやってくれ。
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