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第八章 真なる聖剣
796 踊る海洋公
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その日、海洋公は、かの式典の折に聖者さまから賜ったお言葉を反芻しながら、お抱えの絵師に、勇者が聖剣を掲げ、その剣に聖者さまが祝福を施す場面を描かせていた。
むろん、二人の足元に侍る己の姿を描かせることも大きな目的だが、厚顔無恥ではない海洋公は、自らの顔は描かせないようにするつもりだ。
ただし、現在の自分の薄い頭頂部をそのまま描かせるか、少しだけ若返った姿とするかという、深淵なる悩みに苦悩していた。
「神の前で偽りはならぬ。権威など、現世の飾り。虚飾を捨ててこそ、正しき信仰の道であろう」
そのように、本人からすれば痛みを伴う決意を固めたとき、腹心の部下より急ぎ知らせがもたらされることとなる。
「なんと! 勇者さまが俺に挨拶をしたいとおっしゃって、我が城に立ち寄られたと申すか?」
海洋公はこれこそが天啓であると感じた。
自らの清らかな信仰心に神が褒美をくだされたのだ、と。
◇◇◇
俺達は、海賊の隠し船着き場の洞窟に入ると、恭順の意思を示した元海賊達の見張りとして聖騎士を残し、勇者と俺とで急ぎ宿に戻った。
心配していた宿の主に簡単に事情を説明すると、信用出来る憲兵に連絡してくれると言う。
また、一日分、宿賃を払ってない状態になっていたのだが、荷物がそのままだったので、部屋を確保していてくれたようだ。
頭の下がる思いで、迷惑料を込みで余分に宿賃を支払わせてもらった。
「美味い食事をまた食べに来る」
勇者が別れ際にそう言うと、夫婦揃って嬉しそうにしていたのが印象的だ。
勇者はよくも悪くも正直なので、こういうときにはそのまっすぐさが伝わるのだろう。
やって来た憲兵隊に勇者の素性を明かすと、その場にひれ伏さんばかりに敬われたが、そういう場合ではないので、用件を優先させてもらった。
魔道馬車に並走してもらい、共に隠し洞窟へと赴き、賊の引き渡しと、被害者の保護、あと、恭順した者達に対する罪の軽減を頼む。
宿の主が言った通り、担当してくれた憲兵隊の隊長は話のわかる男で、こちらの話を聞き、要望は全て確約してくれた。
念の為、勇者の署名付きの書類を急遽作成し、もっと上の立場の者に握りつぶされないように予防措置を取っておく。
その憲兵隊長も、役人に賊に通じる者がいるかもしれないということを聞いて、かなりの懸念を抱いていたようだ。そこで……。
「とりあえず、俺達で州公である海洋公にお会いして来ようと思う。そのときに名前を出させてもらっていいか?」
と、確認したのだが……。
「そ、その、私は単なる小隊長なので、……雲上人のお話としか……」
と、憲兵隊長は少々尻込みしていた。
聞いたところでは、どうもこの隊長さん、庶民出身らしい。
そりゃあね、貴族は雲上人だよな。
「そんなことで街の者達を守れるのか? 覚悟を決めろ!」
それでも、勇者のその言葉に腹をくくったようだ。
がんばれ。
海賊と誘拐事件を憲兵隊に任せた俺達は、その足で州公の城へと向かった。
海洋公の城は、城というよりは、砦と呼んだほうがいいような威容を誇っている。
川の水を落としている、大きな橋から続く崖沿いに、張り付くように、真っ白な壁の城が、いくつもの塔を連ねて建っているのだ。
城門は、切り立った崖の一本道の奥にあり、なかなかきつい坂となっていた。
きっちりと正装して来たので、門衛には勇者のマントの紋章を見せるだけで話が通じる。
相変わらず便利だ。
豪華な応接間らしき部屋に通されて、上等なお茶と、軽食を振る舞われた俺達は、海洋公が来るまでに存分にそれ等を味わった。
なんと言っても、半日以上食事をしていなかったのだ。
事件が握りつぶされないうちにと、急いで動いたので、飯を食っている暇がなかった。
そのため、この振る舞いのおかげで、対面する前に、勇者の海洋公に対する評価はかなり上がったのではないかと、俺は見ている。
茶や軽食を楽しむ時間もゆったりと取ってくれたようだしな。
こっちからしてみれば急ぎの用件ではあったが、偉い人間がせかせか動くことはないと知っている俺は、それでもだいぶ早い対応だと感心していた。
部屋に遠慮がちにノックをして入室した海洋公は、式典で出会ったときから変わらずに、少しぽっちゃり体型で、頭髪の薄さが気になる感じの風貌だ。
立派な仕立ての衣装が、却ってその風貌を貧相に見せているようにも思えた。
「よくぞおいでになられた!」
満面の笑み。
熱烈歓迎という感じだ。
俺達は全員立ち上がり、大聖堂式の礼をする。
今回の立場は、大聖堂所属の勇者としてのものであると示すためだ。
何しろ、式典では大公陛下や魔獣公のカーン寄りの立場で動いていたので、下手に疑われると困る。
今回は、はっきりと態度を示す必要があった。
とは言え、それは余計な配慮だったかもしれない。
見たところ、海洋公は明らかに浮かれていた。
「まぁまぁ、そのようにかたぐるしい挨拶は抜きにいたしませんか? 本来なら、俺こそが勇者さまの足元に侍らなければならぬ身。礼などされてしまっては、身の置き所がありません」
と、朗らかに笑ってみせる。
まぁ落ち着け、と言いたいぐらいだ。
ほら、後ろに立っている護衛の人や侍従の人なんかが困っているぞ。
とは言え、この人は俺なんか一息で吹き飛ばせるようなお偉いさんなのだ。
せいぜい勇者と聖女の影で控えている従者らしく振る舞うとしよう。
ただ、かわいそうなのは、俺達につきあわされたルフで、目が覚めてから事情を聞いたときはぼんやりとしていたのだが、城に入る段になると真っ青になって震え出した。
茶も軽食も無理やり食べさせたが、全然味がわかってない感じだ。
だが、このぐらい慣れておいたほうがいいぞ? お前が弟子入りしようとしている相手は、もっと凄い威厳のある人だからな。
むろん、二人の足元に侍る己の姿を描かせることも大きな目的だが、厚顔無恥ではない海洋公は、自らの顔は描かせないようにするつもりだ。
ただし、現在の自分の薄い頭頂部をそのまま描かせるか、少しだけ若返った姿とするかという、深淵なる悩みに苦悩していた。
「神の前で偽りはならぬ。権威など、現世の飾り。虚飾を捨ててこそ、正しき信仰の道であろう」
そのように、本人からすれば痛みを伴う決意を固めたとき、腹心の部下より急ぎ知らせがもたらされることとなる。
「なんと! 勇者さまが俺に挨拶をしたいとおっしゃって、我が城に立ち寄られたと申すか?」
海洋公はこれこそが天啓であると感じた。
自らの清らかな信仰心に神が褒美をくだされたのだ、と。
◇◇◇
俺達は、海賊の隠し船着き場の洞窟に入ると、恭順の意思を示した元海賊達の見張りとして聖騎士を残し、勇者と俺とで急ぎ宿に戻った。
心配していた宿の主に簡単に事情を説明すると、信用出来る憲兵に連絡してくれると言う。
また、一日分、宿賃を払ってない状態になっていたのだが、荷物がそのままだったので、部屋を確保していてくれたようだ。
頭の下がる思いで、迷惑料を込みで余分に宿賃を支払わせてもらった。
「美味い食事をまた食べに来る」
勇者が別れ際にそう言うと、夫婦揃って嬉しそうにしていたのが印象的だ。
勇者はよくも悪くも正直なので、こういうときにはそのまっすぐさが伝わるのだろう。
やって来た憲兵隊に勇者の素性を明かすと、その場にひれ伏さんばかりに敬われたが、そういう場合ではないので、用件を優先させてもらった。
魔道馬車に並走してもらい、共に隠し洞窟へと赴き、賊の引き渡しと、被害者の保護、あと、恭順した者達に対する罪の軽減を頼む。
宿の主が言った通り、担当してくれた憲兵隊の隊長は話のわかる男で、こちらの話を聞き、要望は全て確約してくれた。
念の為、勇者の署名付きの書類を急遽作成し、もっと上の立場の者に握りつぶされないように予防措置を取っておく。
その憲兵隊長も、役人に賊に通じる者がいるかもしれないということを聞いて、かなりの懸念を抱いていたようだ。そこで……。
「とりあえず、俺達で州公である海洋公にお会いして来ようと思う。そのときに名前を出させてもらっていいか?」
と、確認したのだが……。
「そ、その、私は単なる小隊長なので、……雲上人のお話としか……」
と、憲兵隊長は少々尻込みしていた。
聞いたところでは、どうもこの隊長さん、庶民出身らしい。
そりゃあね、貴族は雲上人だよな。
「そんなことで街の者達を守れるのか? 覚悟を決めろ!」
それでも、勇者のその言葉に腹をくくったようだ。
がんばれ。
海賊と誘拐事件を憲兵隊に任せた俺達は、その足で州公の城へと向かった。
海洋公の城は、城というよりは、砦と呼んだほうがいいような威容を誇っている。
川の水を落としている、大きな橋から続く崖沿いに、張り付くように、真っ白な壁の城が、いくつもの塔を連ねて建っているのだ。
城門は、切り立った崖の一本道の奥にあり、なかなかきつい坂となっていた。
きっちりと正装して来たので、門衛には勇者のマントの紋章を見せるだけで話が通じる。
相変わらず便利だ。
豪華な応接間らしき部屋に通されて、上等なお茶と、軽食を振る舞われた俺達は、海洋公が来るまでに存分にそれ等を味わった。
なんと言っても、半日以上食事をしていなかったのだ。
事件が握りつぶされないうちにと、急いで動いたので、飯を食っている暇がなかった。
そのため、この振る舞いのおかげで、対面する前に、勇者の海洋公に対する評価はかなり上がったのではないかと、俺は見ている。
茶や軽食を楽しむ時間もゆったりと取ってくれたようだしな。
こっちからしてみれば急ぎの用件ではあったが、偉い人間がせかせか動くことはないと知っている俺は、それでもだいぶ早い対応だと感心していた。
部屋に遠慮がちにノックをして入室した海洋公は、式典で出会ったときから変わらずに、少しぽっちゃり体型で、頭髪の薄さが気になる感じの風貌だ。
立派な仕立ての衣装が、却ってその風貌を貧相に見せているようにも思えた。
「よくぞおいでになられた!」
満面の笑み。
熱烈歓迎という感じだ。
俺達は全員立ち上がり、大聖堂式の礼をする。
今回の立場は、大聖堂所属の勇者としてのものであると示すためだ。
何しろ、式典では大公陛下や魔獣公のカーン寄りの立場で動いていたので、下手に疑われると困る。
今回は、はっきりと態度を示す必要があった。
とは言え、それは余計な配慮だったかもしれない。
見たところ、海洋公は明らかに浮かれていた。
「まぁまぁ、そのようにかたぐるしい挨拶は抜きにいたしませんか? 本来なら、俺こそが勇者さまの足元に侍らなければならぬ身。礼などされてしまっては、身の置き所がありません」
と、朗らかに笑ってみせる。
まぁ落ち着け、と言いたいぐらいだ。
ほら、後ろに立っている護衛の人や侍従の人なんかが困っているぞ。
とは言え、この人は俺なんか一息で吹き飛ばせるようなお偉いさんなのだ。
せいぜい勇者と聖女の影で控えている従者らしく振る舞うとしよう。
ただ、かわいそうなのは、俺達につきあわされたルフで、目が覚めてから事情を聞いたときはぼんやりとしていたのだが、城に入る段になると真っ青になって震え出した。
茶も軽食も無理やり食べさせたが、全然味がわかってない感じだ。
だが、このぐらい慣れておいたほうがいいぞ? お前が弟子入りしようとしている相手は、もっと凄い威厳のある人だからな。
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