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第八章 真なる聖剣
777 リストランテの夜
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庭をそぞろ歩きして部屋に戻ったら、腹ペコな勇者が半泣きで文句を言って来た。
文句を言われる筋合いじゃないと思うが、あまりにも切々と空腹を訴える姿が憐れだったので、おとなしく謝る。
「夕日は見えたのか?」
「はい! とても綺麗でした」
むくれている勇者ではなく、素直なルフが元気に感想を言った。
「実は海を見るのは初めてなんです。とても広くて美しいですね」
そこまで純粋な感動を見せつけられると、こっちまでよかったなぁという気持ちになるのが不思議だ。
「そうか、俺も見たかったな」
「見せてあげたかったですよ。勇者さまはずっと、師匠が一緒だったらって、寂しそうでした」
「おい、ルフ、余計なことは報告しなくていいぞ」
なるほど、晩飯だけでなく、そういうことでも拗ねていたんだな。
そして、わずかな間に、勇者とルフの距離はぐっと縮まったようだ。
最初あんなに、勇者に憧れてオドオドしていたルフだが、今や近所の悪ガキのように勇者を扱っている。
あと、ずっと一緒にいることになるんだから、別に師匠呼びを隠せとは言わんが、そんなに堂々とバラすのはどうなんだ?
勇者の奴、もしかして、俺との約束をとっくに忘れてるんじゃないか?
いや、俺もだいぶ妥協して来たとは思うけどな。
だからと言って、俺が悪いという話にはならんはずだ。
勇者から求めて来たから、条件付けしたんだぞ? わかってるのか?
俺は内心いろいろと不満はあったが、ここで説教するよりは、はやく飯を食わせてやるべきだと考えた。
勇者も、飯を食えば少しは理性的になるだろう。
「じゃあ晩飯を食うから下の食堂に行くぞ」
とりあえず口に出して言ったのはそれだけだった。
ぞろぞろと大階段を降りる。
ほかの宿泊客とは食事の時間が違うのか、かち合うことはなかった。
一階に降りて、今降りて来た大階段の裏にある、開かれた扉をくぐる。
宿の夫婦が料理店と呼んでいた食堂は、なかなか落ち着く空間だった。
この宿自体と同じように、テーブルや椅子などの家具類は、古いものだが、綺麗に手入れをされていて、しっとりとした手触りが気持ちいい。
天井から下がる、ガラスを使った照明は、かなり贅沢なものだが、少しススでくすんでいて、こちらも長年使われ続けたものとわかる。
なんとなく、手に触れる全てのものを丁寧に扱いたくなる空間だ。
「いらっしゃいませ」
落ち着いた声が出迎えた。
宿のカウンターに座っていた男性、つまり宿の主人が、深く頭を下げて、にこやかに俺達を見ている。
おそらく名前で勇者が何者か気づいてるだろうに、そういった特別感をおくびにも出さない。
「七名と一羽さまですね。こちらのお席へどうぞ」
フォルテまで数に入れて、案内してくれた席は、大きめの四角いテーブルを二つつなげた席だった。
椅子は八つあり、俺の斜め前で向かいの一番端が勇者、その隣にルフ、その隣には聖女が座り、その隣、向かい側の勇者の逆端に聖騎士が座った。
手前側は、俺から一番遠いのがモンク、その次がメルリル、その隣が俺で、俺の右の一番端の席には、なぜかフォルテが、わが者顔で椅子の背に止まっている。
「一品ものとコースがございますが、いかがなさいますか?」
そのフォルテの暴挙を咎めだてることもなく、宿の主人が料理の内容を確認に来た。
「コースの内容は?」
勇者が質問する。
「白湯で割った白ワインとスープ、前菜、魚料理とデザートですね。こちらがお一人さま一銀貨となります」
「一品料理には何がありますか?」
今度は俺が尋ねた。
「はい。魚料理を中心に、海のものを使った料理が五種類ほど。どれもお一人さま一大銅貨でお出し出来ます」
やはり全体的に値段は安めだ。
この宿、どうやって営業を続けているんだろう?
それともこの街では物価が安いのかな?
「悩ましいな。コースなら任せてしまえるので楽だが、いろいろ食べたい」
勇者が贅沢な悩みを口にする。
「ルフは何が食べたい?」
「ぼ、僕は全然わからなくって、あの、おまかせします。いえ、一番安いもので」
俺に問われたルフがそんなことを口走ったので、隣に座る勇者がすかさず頭をはたく。
「馬鹿か、俺と師匠に恥をかかせる気か? こういうときは一番美味いものを食わせろと言うんだ」
どういう理屈だ。
だがまぁ正しくはある。
「あわあわ」
ルフはわかりやすく焦っていた。
「私が一番美味しいと自信を持って言えるのは、コースのメインですね。この時期に一番美味しい食材を使って作るものですから」
その様子を微笑ましげに見ていた主人が、おだやかに言った言葉で、全員がコースを選ぶ。
やはり食うなら美味いものを食いたいしな。
「コースの後にまだ食えるようなら、追加で一品料理を頼んでいいんだろう?」
「もちろんです」
勇者が更に確認する。
食いしん坊で申し訳ない。
「あ、あの」
今度は聖女が声を上げた。
「はい」
「ワインを甘く割ったものにしていただけますか?」
「大丈夫ですよ」
「それなら私もそれで」
「私も同じでお願いします」
聖女とモンクとメルリルはハチミツなどでワインを割ってもらうようだ。
「そちらの、鳥のフォルテさまの分は、別に用意しなくてもよろしいですか?」
おお、フォルテの分まで気にしてくれるのか。
「ピャウ」
「ああ、こいつは俺の皿から適当に食うので、気にしないでください」
「ピャッ!」
フォルテは何やら抗議をするが、俺は断固として、別に注文したりはしなかった。
お前、本当は食う必要あんまりないんだろうが、味さえわかれば満足なくせして、贅沢を覚えるな。
「承りました」
宿の主人が厨房へと下がると、メルリルが俺の隣からフォルテに、自分の分もわけてあげると言っていた。
甘やかすのはよくないぞ?
文句を言われる筋合いじゃないと思うが、あまりにも切々と空腹を訴える姿が憐れだったので、おとなしく謝る。
「夕日は見えたのか?」
「はい! とても綺麗でした」
むくれている勇者ではなく、素直なルフが元気に感想を言った。
「実は海を見るのは初めてなんです。とても広くて美しいですね」
そこまで純粋な感動を見せつけられると、こっちまでよかったなぁという気持ちになるのが不思議だ。
「そうか、俺も見たかったな」
「見せてあげたかったですよ。勇者さまはずっと、師匠が一緒だったらって、寂しそうでした」
「おい、ルフ、余計なことは報告しなくていいぞ」
なるほど、晩飯だけでなく、そういうことでも拗ねていたんだな。
そして、わずかな間に、勇者とルフの距離はぐっと縮まったようだ。
最初あんなに、勇者に憧れてオドオドしていたルフだが、今や近所の悪ガキのように勇者を扱っている。
あと、ずっと一緒にいることになるんだから、別に師匠呼びを隠せとは言わんが、そんなに堂々とバラすのはどうなんだ?
勇者の奴、もしかして、俺との約束をとっくに忘れてるんじゃないか?
いや、俺もだいぶ妥協して来たとは思うけどな。
だからと言って、俺が悪いという話にはならんはずだ。
勇者から求めて来たから、条件付けしたんだぞ? わかってるのか?
俺は内心いろいろと不満はあったが、ここで説教するよりは、はやく飯を食わせてやるべきだと考えた。
勇者も、飯を食えば少しは理性的になるだろう。
「じゃあ晩飯を食うから下の食堂に行くぞ」
とりあえず口に出して言ったのはそれだけだった。
ぞろぞろと大階段を降りる。
ほかの宿泊客とは食事の時間が違うのか、かち合うことはなかった。
一階に降りて、今降りて来た大階段の裏にある、開かれた扉をくぐる。
宿の夫婦が料理店と呼んでいた食堂は、なかなか落ち着く空間だった。
この宿自体と同じように、テーブルや椅子などの家具類は、古いものだが、綺麗に手入れをされていて、しっとりとした手触りが気持ちいい。
天井から下がる、ガラスを使った照明は、かなり贅沢なものだが、少しススでくすんでいて、こちらも長年使われ続けたものとわかる。
なんとなく、手に触れる全てのものを丁寧に扱いたくなる空間だ。
「いらっしゃいませ」
落ち着いた声が出迎えた。
宿のカウンターに座っていた男性、つまり宿の主人が、深く頭を下げて、にこやかに俺達を見ている。
おそらく名前で勇者が何者か気づいてるだろうに、そういった特別感をおくびにも出さない。
「七名と一羽さまですね。こちらのお席へどうぞ」
フォルテまで数に入れて、案内してくれた席は、大きめの四角いテーブルを二つつなげた席だった。
椅子は八つあり、俺の斜め前で向かいの一番端が勇者、その隣にルフ、その隣には聖女が座り、その隣、向かい側の勇者の逆端に聖騎士が座った。
手前側は、俺から一番遠いのがモンク、その次がメルリル、その隣が俺で、俺の右の一番端の席には、なぜかフォルテが、わが者顔で椅子の背に止まっている。
「一品ものとコースがございますが、いかがなさいますか?」
そのフォルテの暴挙を咎めだてることもなく、宿の主人が料理の内容を確認に来た。
「コースの内容は?」
勇者が質問する。
「白湯で割った白ワインとスープ、前菜、魚料理とデザートですね。こちらがお一人さま一銀貨となります」
「一品料理には何がありますか?」
今度は俺が尋ねた。
「はい。魚料理を中心に、海のものを使った料理が五種類ほど。どれもお一人さま一大銅貨でお出し出来ます」
やはり全体的に値段は安めだ。
この宿、どうやって営業を続けているんだろう?
それともこの街では物価が安いのかな?
「悩ましいな。コースなら任せてしまえるので楽だが、いろいろ食べたい」
勇者が贅沢な悩みを口にする。
「ルフは何が食べたい?」
「ぼ、僕は全然わからなくって、あの、おまかせします。いえ、一番安いもので」
俺に問われたルフがそんなことを口走ったので、隣に座る勇者がすかさず頭をはたく。
「馬鹿か、俺と師匠に恥をかかせる気か? こういうときは一番美味いものを食わせろと言うんだ」
どういう理屈だ。
だがまぁ正しくはある。
「あわあわ」
ルフはわかりやすく焦っていた。
「私が一番美味しいと自信を持って言えるのは、コースのメインですね。この時期に一番美味しい食材を使って作るものですから」
その様子を微笑ましげに見ていた主人が、おだやかに言った言葉で、全員がコースを選ぶ。
やはり食うなら美味いものを食いたいしな。
「コースの後にまだ食えるようなら、追加で一品料理を頼んでいいんだろう?」
「もちろんです」
勇者が更に確認する。
食いしん坊で申し訳ない。
「あ、あの」
今度は聖女が声を上げた。
「はい」
「ワインを甘く割ったものにしていただけますか?」
「大丈夫ですよ」
「それなら私もそれで」
「私も同じでお願いします」
聖女とモンクとメルリルはハチミツなどでワインを割ってもらうようだ。
「そちらの、鳥のフォルテさまの分は、別に用意しなくてもよろしいですか?」
おお、フォルテの分まで気にしてくれるのか。
「ピャウ」
「ああ、こいつは俺の皿から適当に食うので、気にしないでください」
「ピャッ!」
フォルテは何やら抗議をするが、俺は断固として、別に注文したりはしなかった。
お前、本当は食う必要あんまりないんだろうが、味さえわかれば満足なくせして、贅沢を覚えるな。
「承りました」
宿の主人が厨房へと下がると、メルリルが俺の隣からフォルテに、自分の分もわけてあげると言っていた。
甘やかすのはよくないぞ?
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