勇者パーティから追い出されたと思ったら、土下座で泣きながら謝ってきた!

蒼衣翼

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第七章 幻の都

727 ひたひたと

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 深部へと降りる洞穴は、人ひとりは余裕を持って通れるものの、二人以上並ぶ余地はない。
 急な角度なのだが、幾重にも張り出しがあり、一気に滑落する危険はなかった。

「階段みたい」

 メルリルが小さく呟く。

「階段は地面を段々と降りて行きますよね?」

 メルリルの呟きに答えたのは、聖女だった。

「街で、石造りの階段を横から見たことがあるけど、あの石のなかを潜っているみたいな気がして」

 なるほど。
 階段の表面ではなく、内部側を通っているみたいと言いたいんだな。
 確かに、似ているのかもしれない。
 内側からは、全体の造りは予想するしかないが、段差をつけて、少しずつ下れるようになっている感じが、自然のものというよりも、人の手による意図的なものを感じさせた。

「なるほどです」

 聖女も俺と同じように思ったのか、納得したように応じる。

 それにしても、迷宮の深部で、外からはだいぶ遠いはずなんだが、わずかにだが風を感じ始めていた。
 そして、その風が、冷気を伴って、急激に周囲の温度を下げている。

「む? 広い場所に出たぞ。気を付けて降りるんだ」

 広い空間に出て、今までの感覚が残る体が、前に傾いて転がりそうになってしまい、踏ん張る。
 今出て来た場所を見ると、そこだけ、ぽっかりと、四角く穴が開いていた。

 そして、冷気の、流れ出て来る方向を向いて、俺は思わず息を呑んだ。
 空間全体の形は、卵を横に倒したような楕円形で、左右に、空洞を支えるように、真っ白で太い柱が並んでいる。
 柱の間の中心は、まるで祭壇へと続く道のようだ。
 そして、その奥に、分断された扉がある。

「デカい……」

 勇者が、息を呑むのを感じた。
 勇者の言葉通り、まるで巨人のためにしつらえられた通路のような大きさと、扉だった。
 いや、元扉と言ったほうが正しいだろう。

 おそらく扉であっただろうそれは、もはや扉の役割を果たしていない。
 扉本来の縦の亀裂だけではなく、少し斜めに傾いた横の亀裂が、扉だったであろうものを四つに破壊していたのだ。

 この空間にも迷宮草はなく、暗視と、覆いを被せたカンテラで、全体を把握するしかない。

「これだけ広いなら、警戒時のフォーメーションで行こう」
「わかった」

 勇者がうなずいて前に出て、俺が半歩下がる。
 聖騎士が少し前に出て、トップに勇者、中衛の左右を俺と聖騎士が堅め、中心にメルリルと聖女、そしてやや後方にモンクという立ち位置だ。

 個々人の稼働範囲によって、完全なひし形よりもいびつになっているが、それなりの空間がある場合に、有効なフォーメーションだった。

「それにしても、この冷気、おかしい」
「ときに地中に、夏でも氷が残る場所があると聞いたことがあります」

 聖女が意外な博学ぶりを見せる。

「そうだな。そういう場所もある」

 だが、そういう場所は、たいがい山脈のなかにある洞穴で、ここのように、平野部の迷宮のなかということはまずない。
 それが少し不思議ではあった。

 扉へと全員で向かいながら、なぜか視界が揺らぐのを感じる。
 暗視は、それほど体内魔力を消費しない。
 魔力切れということはないと思うが……。

「違う! これは、外部からの干渉だ!」

 振り向けば、聖女とメルリルの足取りがゆらゆらと頼りない。
 俺は瞬間暗視を解いた。
 途端に周囲が真っ暗になるが、聖騎士が翳すカンテラからの灯りに、キラキラと光る魔力が見えた。

 暗視は、暗闇を見通すことが出来るが、周囲に存在するものを見ることに集中しているので、魔力を見ることは逆に出来なくなる。
 いつのまにか、地面近くを水のように流れる魔力があり、それが飛沫を上げて、俺達を呑み込まんとしていた。

「まずい! ミュリア! メルリル!」

 返事が返らない。
 まだ動いてはいるが、意識が朦朧としているのかもしれない。
 俺は、メルリルの言葉を思い出し、フォルテに指示した。

「フォルテ、お前の魔力で、異質な魔力を跳ねのけるんだ!」
「キュピッ!」

 少しぼんやりしていた風だったフォルテは、俺の言葉にハッとすると、羽根を広げて魔力を放出する。
 そして周囲を埋め尽くそうとしていた、銀色の霜のような魔力を押しのけた。

 そう、ヒタヒタと満ちていた冷たい魔力は、フォルテの魔力を受けても、跳ね退くことはなかったのだ。
 ただ、水を板で押しのけるように、その魔力の流れを変えることは出来た。

「アルフ! お前は大丈夫か?」
「し、師匠? いったい何が?」

 どうやら勇者はこの不思議な魔力の影響を受けていないようだった。
 
「何があったのですか?」

 そして、もう一人、聖騎士も全く影響を受けていない。
 俺はそれに答えようとして、舌がもつれるのを感じた。
 ちょっとでも動くと、倒れて眠ってしまいそうだ。

「くそっ、……おそらく、魔法攻撃だ。俺達の未知の魔法の可能性がある」

 魔力の流れを見る。

「あの、扉から……流れて来ている」

 さらさらと音もなく押し寄せる銀色の魔力は、ひどく美しく、幻想的に見えた。
 まるで、音もなく降り積もる雪のようだ。

「ちっ! クルス、行くぞ!」
「はっ!」

 勇者と聖騎士が走る。
 先走るな! と、叫びたいが、口が動かない。

 俺は必至にフォルテに呼びかける。
 力を、貸してくれと。

「クルルルルッ!」

 フォルテは一声鳴くと、その姿を俺のなかへと融け込ませた。
 すぐに意識がはっきりとする。

「ミュリア、大丈夫か? 結界を張るんだ」
「ふあ? お師匠さま……今日はとても……涼しいです。わたくし、眠くて」

 いかん、俺も慌てていた。
 こんなときのための魔道具だ。
 荷物から吸魔の卵を取り出し、聖女の額に押し当てる。
 吸魔の卵は、本人以外の魔力を吸い出す魔道具だ。
 本当は憑依を警戒して持って来た魔道具だったが、まさか魔力そのものが、なんらかの効果を及ぼすとは思わなかった。
 普通、聖なる魔力以外の他者の魔力は、反発して、内部に干渉出来ないものだが、太古の魔物は常識で考えてはいけないということか。

「あ……なんだかすっきりします」
「大丈夫か? 結界は張れそうか?」
「あっ! はい! ごめんなさい!」
「いや、いい。俺もうかつだった。これで、ほかの二人を頼む。俺は勇者達を追う」
「わかりました。こちらも準備を整え次第、援護に入ります」

 俺は、聖女に吸魔の卵を渡すと、先に突っ込んで行った勇者達を追った。
 原因を止めれば問題は解決すると踏んでの行動だろうが、それは無謀というものだ。

 四つに分断されたまま壁に固定されていた扉を、勇者の剣が斬り落とす。

『盗人共め、我らの聖なる墓地を荒らすことはならぬ。墓地へ至るのならば、死者の列に加わるがよい』

 まるで、大きな鐘が鳴り響くような声が、頭のなかで厳かに宣言した。
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