勇者パーティから追い出されたと思ったら、土下座で泣きながら謝ってきた!

蒼衣翼

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第七章 幻の都

706 最期の願い

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「ちっ、仕留めそこなったか!」

 投げナイフか何かを使った刺客は、プロらしく一撃で終わらせることはなかった。
 素早く駆け寄って、今度は腰だめにナイフを構えて突っ込んだ。
 だが、さすがにカーンも、その攻撃を許すほどボケてはいなかった。
 腕を一閃したかと思うと、鎖で相手のナイフを持った腕を絡め取り、そのまま投げ飛ばす。
 そして、武器である鎖分銅の両端についた、先の尖った金属のかたまりである分銅を、相手の腹に叩きつけた。

「グエッ!」

 相手はたまらず、カエルを踏み潰したような声を立てて、意識を失ったようだ。
 鎖分銅の使い手を、俺はカーン以外知らないが、カーンは、攻守共に優れた武器として使いこなしていた。
 何しろ手に持っている状態では間合いがさっぱりわからない上に、すごい勢いでぶっ飛んで来る。
 分銅部分を額にぶち込まれると、それだけで頑丈な魔物が即死したりするのだ。
 けっこうおっそろしい武器だ。

 とは言え、今は犯人の生死など気にしている場合ではない。

「メイサー! 無事か?」
「メイサー! い、生きていたのか? い、いや、どうして」

 おそらく襲撃者を撃退したのは、反射的な行動だったのだろう。
 カーンは、傍目にも気の毒なほどに動揺していた。
 
「おい、カーン、落ち着け! お前が動揺してどうする。メイサーの状態は?」

 言われて慌ててカーンはメイサーの傷口を探った。

「マズい。傷は腹だ。しかも、ナイフの刺さった周辺が、ひどく変色している」
「ち、毒か。暗殺者だな」

 なんでカーンがここにいるのか知らないが、おそらくは、どさくさに紛れてこいつを暗殺しようとした誰かの手先だろう。
 それだけ力ある立場なのだ、こいつは。
 いろいろ言いたいことはあったが、今はそれどころではない。
 
「アルフ! 急いでミュリアを連れて来てくれ! 毒付きのナイフでメイサーが刺された!」
「任せろ!」

 何を聞き返すこともせずに、勇者は素早く踵を返し、聖女のいる場所へと向かった。
 こういうときに頼りになる奴だ。

「メイサー、しっかりしろ! 生きていたならなんで、知らせなかった! なんで俺を庇った!」
「知らなかった? あたし、気位が……高いんだよ。お情けで……囲われる生活なんて……」

 と、カーンの背後から大勢の気配がして、俺は武器を構えた。
 カーンはぼんやりと俺を見ていたが、ハッとしたように背後に指示を出す。

「よせ! 彼は勇者さまのお付きだ! そこに転がっているのは暗殺者だ。厳重に縛り上げて、自害をさせないようにしておけ」
「はっ! 上のほうはだいたい終わりましたが、ご指示を」
「今回の件に関わった、主だった犯罪ギルドを強襲しろ! 今度こそ、一掃するぞ! あと、こっちは勇者さまと私に任せろ」
「は? しかし、そちらにまだ、犯罪ギルドの構成員や、未登録の探索者などが倒れているようですが?」
「こっちは勇者さま方の管轄だ。首を突っ込むな、神の怒りに触れたくはないだろう?」
「わ、わかりました!」

 カーンの部下らしき者達は、素直に引いて行く。

「よかったのか?」

 俺は尋ねた。

「いいも悪いも、奴等を残していたらメイサー達を捕縛しなくちゃならんだろうが。くそっ! 俺がもっと!」
「そういうのは後でやれ、今はそうじゃないだろうが」

 体はメイサーを強く抱きしめつつ、頭は目まぐるしく変わる今の状況を処理している。
 カーンという男は、なんというか、自分の感情のままに行動することが出来ない、なかなか幸せになれないタイプの男なのだ。

「お師匠さま!」
「お、ミュリア、ありがたい」

 早い。
 距離からして、どう考えてもこの短時間で連れて来られるはずはないのだが、勇者が気を利かせて魔力を使ったのだろう。
 とは言え、今はそれよりも、さっきからいつものように毒づくこともせずに、息遣いしか聞こえないメイサーの様子が気になった。

「おい、カーン、聖女さまが来てくれたぞ。メイサーを離せ」
「……」
「おい!」
「あ、ああ」

 あー、やるべきことをやってしまったらもう頭が真っ白になっちまったな。
 俺は構わず、カーンからメイサーを引っぺがし、聖女の前に横たえた。

「あ……」

 カーンがそれを追うように手を伸ばすが、俺は身体ごと間に入って押しのけた。
 こいつはいつもそうだ。
 仲間が傷ついたり、死んだりすることに耐えられない。
 心から愛した女ならなおさらだろう。
 だからこそ、はじけ飛ぶ火花のように、放っておけないメイサーとこいつは、相性がよかった。
 付き合っている間は、余計なことを考える暇なんてなかったからな。

「……っ! 癒しが……」

 メイサーの傷に癒しの魔法を掛けていた聖女が、驚愕したような顔で俺を見る。
 どうした?

「ふ、……ふふっ、……聖女さ、ま。貴女様の癒しは……あたしの絶望を、埋められるか、な?」

 ニヤリと、しかし、力なく笑って、メイサーが呟く。

「どういうことだ?」

 俺はその異様な状態に混乱して、聖女に尋ねた。

「癒しの魔法を受け付けません。この方が、強い力で拒否されているのです」

 聖女が真っ青になりながらブルブルと震えつつ答える。
 彼女にとっても衝撃的な出来事だったらしい。

「メイサー! バカ野郎! なにやってんだ。やっとカーンに会えたんだろうが! 癒しを受け入れろ!」
「いや……愛をほどこされるなんて、まっぴら……お情けなんて、いらない。それなら、ずっと抜けない毒の楔のように、あんたの心に……」

 メイサーの声から徐々に力が抜け、ニヤリと笑った口元が薄く開かれる。

「そ、そんな、メイサー……」

 俺の背後では、カーンが絶望したような顔で、ただひたすら愛する女が死にゆく様を見ていた。
 聖女が涙を流し、勇者は訳が分からないという顔をしていた。
 全くだ。訳がわからないよな。
 俺は怒りのあまり、カーンの胸倉を掴んで揺さぶった。
 昔はこゆるぎもしなかったたくましい男が、幽鬼のような顔でゆらゆらとただ揺さぶられている。

「馬鹿野郎! しっかりしろカーン! てめえ、欲しくもないもののために、一番大事なものを失うつもりか! 俺の知っているくそったれなカーンは、そんなひ弱な奴じゃないぞ! 宝も、差し出されたものなら何の価値もない! いつもそう言ってただろうが!」

 カーンは、ハッとしたように俺を見ると、次の瞬間、俺を吹っ飛ばす勢いで押しのけ、メイサーを再び抱きしめた。

「お前以外いらない! 貴族とか、くそっくらえだ! だから、俺のために生きろ!」

 抱きしめたカーンの手に、真っ白に色の抜けたメイサーの手が重ねられる。

「ミュリア、今だ! このバカ共を癒してしまえ!」
「は、はい!」

 ぴょこんと、飛び上がった聖女は、泣いていた顔をぐっと引き締めて、神璽みしるしを握る。

「神よ、命に再びの力を。穢れを浄化し、生命の炎を灯したまえ」

 透き通るような声が閉ざされた迷宮に響き、清らかな光が世界を染め上げる。
 メイサーは助かった。
 ただ、聖女の力が強すぎたのか、転がっていた襲撃者共も復活してしまい、その後ちょっと手間が余分にかかってしまった。
 まぁそのぐらい、成した奇跡に比べれば、大したことじゃなかったがな。
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