勇者パーティから追い出されたと思ったら、土下座で泣きながら謝ってきた!

蒼衣翼

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第六章 その祈り、届かなくとも……

620 早すぎた羽化

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 勇者が空を駆ける。
 すでにさまざまな手段を試みて、攻撃を諦めた騎士団や、城のなかから様子を窺う使用人達が、その姿を祈るような面持ちで見守っていた。

 勇者が空中に作る一瞬の足場は、使用した瞬間に消滅するので、まるで勇者の足跡が光となっているかのように見えて、見ている分にはとても幻想的だ。
 実際に鍛錬を指導した俺からすると、あれは次の行動の邪魔にならないようにとの配慮の元での工夫であった。
 見た目のことなど考えてはいなかったが、勇者としてふさわしい副次効果がついてしまったものである。
 足場を作って使用したらすぐ壊すというのは、見た目よりも難しい技術なので、技として昇華するまでかなり苦労したものだ。

 さて、繭状になって動かない魔物へと、それでも油断なく空中を走って近づいた勇者は、作戦通り体内魔力を剣へと集約し始めていた。
 勇者の持つ剣が、純粋な魔力によって目に見える光を放ち始める。
 魔物の繭が光っているのも同じ現象によるものだろう。
 もう一つ言えば、ドラゴンの身体の周囲がいつも光に覆われて見えるのも同じ理屈だと思われる。

「うおおおおおーっ!」

 期せずして、城のほうから地鳴りのようなどよめきが起こる。
 これは、おそらく勇者がこれから魔物を倒してくれるという期待の表れだろう。
 だが、俺も勇者自身も、そこまで楽観視はしていない。
 勇者たちが魔物を食べて死ぬほどの腹痛を味わったのは、あくまでも自ら他者の魔力を体内に入れたからであって、外から他者の魔力を押し込むとなると、また違った結果になるかもしれないという不安があるからだ。
 とは言え、それはやらない理由にはならない。

 だがこの調子だと、勇者が失敗すると城の人間が絶望するんじゃないかという不安がある。
 魔力も何もない一般人の絶望ですら、他人に辛い気持ちを呼び起こすものだが、魔力持ちの貴族の絶望はそれとはまた違った意味合いを持つ。
 魔力持ちがダメだと思ったら、なんとなかる場面でも本当にダメになることがあるのだ。
 これは、冒険者の間でささやかれているジンクスのようなものなのだが、俺は案外バカに出来ないと思っている。
 魔力というのは世界を動かす力だ。
 負の意識が乗った魔力が、ものごとに影響しないと思うほうが楽観的すぎる。

「城の人間が勇者の邪魔になるかもしれないぞ」

 俺がボソッと呟くと、英雄殿が不安な顔になった。

「し、しかし、彼らは何も知らない者が大半だ。主が罪を犯したからと、全員を処罰するのはあまりにも……」
「いや、サーサム卿、あんた、俺をなんだと思ってるんだ?」

 まさかと思うが、俺が城の全員を処分するとか考えてないだろうな?
 そんなつもりはさらさらないし、仮にやろうとしても出来ないからな!

「あ、いや、ならばどうすれば?」
「サーサム卿の権限で、奥に引っ込んでじっとしているように言い含められないか?」
「うーむ」

 英雄殿は騎士団と城のあちこちから顔を覗かせている人々を一瞥した。
 
「説得するのに時間がかかりすぎるであろうな」
「……まぁ仕方ないか」

 勇者なんだからそのぐらいのハンデは背負って戦えということなんだろうな。
 がんばれ!

 俺と英雄殿がそんなバカを言っている間に、まぶしい程に剣に魔力を集めた勇者は、繭の上空からまっすぐに剣を突き入れた。
 途端に繭を形作っている糸が反応して、勇者を取り込もうとし始める。
 間一髪、勇者は剣を手放して繭を離れた。
 糸はそれ以上勇者には構わずに、剣にぐるぐると巻き付くと、繭のなかにズブズブと沈めて行く。

「よし、ここまでは想定通り」

 勇者は何が起こってもいいようにか、繭と俺達のいる間の中間に足場を固定して立っている。
 そう言えば、勇者の剣って国宝とか神宝とか言っていたように思ったが……いや、考えるな、今はアイツを倒すことだけを考えよう。

 やがて、繭の内側に黄金色の光が灯った。
 まるで火にかけた鍋がぐつぐつと煮えるように、繭の内部が揺らめいているのが透けて見える。
 ズズズズズズッ……と、繭が溶けるように形を崩した。
 そこから何かが蠢きながら出て来ようとしている。

「っ、逆効果だったか?」

 急激に成長した魔物が姿を現す!
 そう考えた俺の目に、妙に形の崩れた化け物の姿が映った。

「うっ……ぐっ!」

 英雄殿がその魔物から顔を背ける。
 いや、英雄殿だけではない。
 
「ひぃっ!」

 モンクが悲鳴を上げて後ずさり、聖女がガタガタと震え、メルリルが真っ青になってまばたきもせずに見つめていた。
 城の人間達の様子はさまざまだったが、城のなかから様子を窺っていた使用人の多くはふいに姿を消したので、どうもその場に倒れたようだ。
 騎士団はかろうじて踏みとどまっているが、かなり及び腰になっている。
 それはそうだろう。
 出て来たソレは、あまりにも醜かった。
 半分溶けたむくろのようなその姿があまりにもおぞましかったのだ。

 勇者の作戦は、半分成功、半分失敗なのかもしれない。
 過剰な魔力によって魔物自体は急成長したのだが、羽化するほどに身体が出来上がってなかった。そういうことなのではないだろうか?

 ドロドロの身体には羽の痕跡のようなものがあり、それがゆっくりと広がって行く。

「飛べるのか!」

 まずい。
 俺は慌てて駆け出す。

「断絶の剣!」

 星降りの剣から伸びた剣光が、化け物の羽にあたる部分を斬り裂いた。
 だが……。

「くそっ!」

 斬ったと思った部分が再び伸び始める。
 再生能力持ちか。
 羽を広げられたら終わりだ。
 誰もがそう思ったそのとき。
 
 夜へと急激に向かう空を、美しい緑光が覆った。
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