勇者パーティから追い出されたと思ったら、土下座で泣きながら謝ってきた!

蒼衣翼

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第六章 その祈り、届かなくとも……

610 人はそれを悪あがきと言う

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 結界で隔離された空間となった広間で、俺たちは情報交換を行った。

「俺はあの姫騎士殿に近いしい人間を探してゆさぶりをかけて情報をもらうつもりだったんだが、いきなり奥方が出て来てしまってな。だいたいの事情を少しソフトに伝えたんだ。そしたら旦那に直談判ということになった訳だ。……それにしても、夫婦喧嘩ってのは貧民でも貴族でもさして変わらないものだな」
「師匠は大物だな」

 俺の報告と感想を勇者がそんな風に評した。
 どこがどう大物なのか、あまり聞かないほうがいいような気がする。

「しかし、マズいことになったな」

 英雄殿が少し考えて言った。

「やはり州公は隠蔽しようとする、と思うか?」

 勇者がその言葉に対してそう問いかける。
 隠蔽というのは、今回の魔道具についてということか。
 だが奥方が騒ぎ出してしまったものを隠蔽するとなると、奥方の口を防ぐ必要がある訳だが、そこまでやるだろうか?

 いや、奥方はいわば身内だ。
 言い含めることが出来ればなんとでもなる。
 問題は俺達だな。
 特に勇者や聖女の発言は世界に対して大きい。
 なんとしてでも口を塞ぎたいところだろう。

 うへえ、ってことは相手はこっちを始末しようとして来るってことか。
 こんな相手の腹のなかで暴れなければならないのか、大ごとだぞ。

「間違いなく我々を始め、今回の件自体をなかったことにするだろうな。ここにいる全員を密かに始末して、アンデルを物量で押しつぶす。富国公はケチでな、戦でも自分のところの犠牲は出来るだけ少なくしたいと考える男だ。だからこそ、アンデルとの戦いでもこそこそと裏工作をしたりしていたんだろう。だが、多少の犠牲を覚悟すれば今言ったこと全てをやってしまえる力はある」
「わかった。こいつは真っ黒だな」

 勇者はいっそ朗らかなほどの笑顔を見せた。
 え? お前本当にわかっているのか?
 なんで笑顔なんだよ。

「ひとつ頼みがある」

 英雄殿が勇者と俺達に向かってあらたまった姿勢で言った。

「なんだ?」

 勇者が面倒くさそうに答える。
 
「富国公への断罪は俺にやらせてほしい。せめてものケジメだ」
「ふん、そうすることで国全体の問題ではなく、州公のみの問題として処理したいんだろう?」

 勇者がいじわるな指摘をする。
 英雄殿が膝を折って身を伏せた。

「なにとぞ頼む」
「別に俺はいいぞ」
「なんと!」

 英雄殿の覚悟とは裏腹に、勇者は実にあっさりと了解する。

「お前は忘れてるかもしれないが、俺には奴を裁く大義名分がないからな。せいぜい大聖堂に言いつけるぞと脅すぐらいだ。俺は大聖堂に頼るのは嫌だし、自分の力でないもので威張るのも嫌いだ」

 うんうん、実にお前らしい答えだな。
 要は面倒くさいことを引き受けてくれるならむしろありがたいと言いたいんだろ?
 もう俺もここは英雄殿に任せて先駆けの郷うちに帰りたいぐらいだ。
 珍しく俺と勇者の気持ちが一致している。

「ありがたい。この御恩はいつか必ず報わせていただく」
「そう言うからにはお前、俺の手を煩わせることなく生きてあいつを断罪しろよ。というか、お前の主、ちょっと情けなくないか? なんでこんなのを放置しているんだ? 大公はお飾りというのは本当だったか」

 勇者が言った瞬間、英雄殿の姿がブレた。
 次の瞬間、ガギッ! という鈍い音が響く。

「俺のことはどう言われても構わん。彼奴をここまでのさばらせてしまったのは俺がふがいないからだ。だが、だからと言って大公陛下へのその言いようは許せぬ。知らぬ相手を悪しざまに言うのは勇者らしくないのではないか? 訂正せよ」

 勇者が咄嗟に剣を抜く暇もなく鞘で受けた。さすがはディスタス大公国の英雄だ。勇者はギリギリと押し込まれている。
 強いな。
 ふと聖騎士を見やると、何やら真剣な顔をして腕を組んで両者を見ていた。
 二人に任せるつもりなのだろう。

「そうだな、謝ろう」

 勇者がそうあっさりと言って、英雄殿が虚を突かれたようにガクンと力を抜いた。

「そ、そなた」
「だがな、言われたくないなら師匠の助言を心することだな。貴様そうとう不器用だぞ。自覚がないんだろうけどな」
「む……ぐっ」

 英雄殿は剣を鞘に納めると、一礼して元の席に戻る。
 ぐるっと回り込んで戻って来たんだが、さっき、一瞬でテーブルを飛び越えたよな?
 まったく勇者とか英雄とかいう人種はこれだから。

「主さま、何事ですか?」
「扉を開け、痴れ者を捕らえる」
「は?」

 扉の外から声が聞こえて来た。
 片方は姫君の乳姉妹だな。
 もう一人は言わずもがなのここの城主である富国公だ。
 どうやら勇者達を捕らえることにしたようだ。
 名目はなんだろう? 勇者の偽物とかかな?

「ここな者共は勇者の名を騙り、奥に偽りを吹き込んだ大罪人である! 許されざる邪悪だ!」
「……まさか」
「そなたは本来の仕事に戻るがいい。奥は少し休ませるゆえ」
「奥方さまはいかがなさったのですか?」
「こ奴らに偽りを吹き込まれて少々錯乱しておるのだ。やがて落ち着くゆえ、それまでの辛抱よ」
「姫さまは! 姫さまはどういたしますので? 敵に囚われておいでなのですよ。早く解放してさしあげないと!」
「落ち着きなさい。その話も本当のことかどうかまだわからぬ。我らを混乱させるための嘘やもしれぬぞ」
「なんと!」
「あの武勇に優れ、剣も魔法も師をすぐに越えてしまった姫が早々敵に後れを取ると思うか?」
「そ、それは確かに」
「ならば心安く、お前はお前の仕事をするがいい」
「はい。主さま。奥方さまのご様子を見に行ってもよろしいでしょうか?」
「まだ一人にしておいてあげなさい」
「……はい」

 どうやら乳姉妹さんは富国公に丸め込まれてしまったようだ。
 声だけ聞いていると、堂々としているし、悪びれない。
 さすが州公の貫禄と言っていいだろう。
 小物の悪党のようにすぐに馬脚を表すということがない。

 俺が感心しているうちに、扉を開こうとしているのだろう、ガタガタと激しい音がする。

「早く開け!」
「そ、それが、びくともしません! もしや結界魔法では?」

 答える騎士らしき者の声には畏れが感じられた。
 そりゃあそうだろう。結界魔法を使うのは聖女や聖人だけだ。
 つまり結界魔法を使っている時点でなかにいるのは本物ということになる。

「愚か者、扉の内側に物を重ねているだけであろう。開かないのであればほかにやりようはある。聞こえるか! 勇者の誉れある名を汚せし偽物よ! 自ら出て来るならば恩情もあり得るぞ」
「愚かなのはお前だ。そっちこそ悪かったと謝れば許してはやらないが、一発殴るだけで済ませてやろう」

 そうか、謝っても一発は殴るんだな。

「ほざけ! やれっ!」

 富国公の号令と共に、頭上で何かがきしむ音がして天井がいっきに崩落した。
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