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第六章 その祈り、届かなくとも……
599 正義は弱く理想は儚い
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「まずは英雄殿が何をお探しかわからないと、情報の提供も出来ませんが」
勇者と英雄殿が直接会話を交わすとろくなことにならないということがわかったので、俺は仕方なく会話のサポートをすることにした。
この二人がここで斬り合いでも始めたら収拾がつかなくなるからな。
「む? 貴殿には名を明かしたはずだが」
ええっと、これは名前で呼べということだな。
もちろん家名のほうだろう。
「あー、確かサーサム卿でしたね」
「うむ」
満足そうだ。
いや、本題のほうの返事がまだなんだが。
「ええっと、それでサーサム卿は何をお調べだったのですか?」
「それは言えん」
「は?」
勇者がまた苛立たし気に声を上げた。
気持ちはわかるが落ち着け。
「しかしお話くださらないと、正確な情報の交換が出来ませんよ? 俺達のほうもあまりおおやけに出来ない情報なので、意味のない開示はしたくないのです」
「なるほど。貴公の言うことは筋が通っている。ならばこちらが譲るべきであろう。先の事件のときにも貴公等は正義に基づいた行動を示したゆえな」
なにやら大仰な言い方をした英雄殿は、一枚の羊皮紙を取り出した。
料理などを片側に寄せ、床にその羊皮紙を広げる。
そこには複雑な図形のようなものが描かれていた。
正直な話、俺にはそれが何を意味しているのかさっぱりだ。
「……これは、魔物を寄せる魔道具の設計図か?」
羊皮紙の図面を見て内容を理解したのは勇者だった。
じっと見つめると、おもむろに荷物をあさって例の回収した魔道具を取り出す。
「なんと、実物を持っておったか」
「言っておくが俺達が使った訳じゃないからな」
「当然だ」
英雄殿は俺達の潔白については全く疑いもしていないらしい。
迷いのない肯定が少しうれしい。
「いいだろう話してやる。聞いて驚け。この装置はな、アンデルの南の国境近くで使われた。一つの街を犠牲にした物だ」
「ぬうっ!」
英雄殿は虚を突かれたような深刻な表情になり、そして居住まいを正すと深々と頭を下げた。
「先に勇者殿が俺を殴ったのは当然。いや、生ぬるいほどの仕儀であった。俺が頭を下げた程度で何がどうなる訳でもないが、申し訳ない」
いきなり大公国で尊敬を集める英雄殿に土下座されてしまい、すっかりそういう流れに慣れた俺はともかくとして、純真なメルリルや聖女がオロオロしてしまった。
「お、お師匠さま、許してさしあげてはいかがでしょう?」
何を思ったか聖女が俺に寛恕を願う。
いや、この流れなら勇者に言わないと。
「いや、許すも許さないも、被害を受けたのは俺達じゃない。アンデルの民だ。しかも今も国境ではにらみ合いというか、圧力を掛けられ続けていて、国王陛下が苦しんでいると聞くぞ」
勇者が何も言わないので仕方なく俺が下げられた英雄殿の頭の上にそう言葉を投げた。
謝る相手が違うだろという話だ。
「やはりそのようなことになっておったのか。愚かなデーヘイリングよ」
「おい。いくらなんでも国のトップの一画である八家の一つが戦争始めたことも把握してなかったのか?」
勇者がやっと口を開いたかと思えば、強い口調で攻め立てる。
気持ちはわからないでもないが、ちょっと酷かな。
「言い訳と言われるであろうが、我が国の貴族連中は大小さまざまな戦を常に行っておるのだ。ただし国内で、だがな。そのため、どのような戦がどこで始まって終わったかは把握しきれないのが現状だ。しかしさすがに外国とことを構える場合には当然法の体現者である大公陛下の許可が必要だ。此度のアンデルとの戦に大公陛下は許可を出してはいない。本来なら許されざる行いよ」
「ならさっさと断罪しろ。他国に迷惑をかけるな。そもそも農作物の凶作で大打撃を受けたせいでアンデルを攻めていると聞いたが、州内はそう貧しそうには見えないぞ?」
「それよ。俺が調べていたことの一つもそこに関連している。奴が本来国のための貯蔵庫を開けたのではないかとの嫌疑がかけられているのだ」
「それこそすぐに調査をすればいいだけだろ。お前が動く必要もない」
勇者がまるで叱責するように激しく攻め立てた。
ちょっとやりすぎな感じはあるが、言っていることは間違ってはいない。
英雄殿も甘んじて受け入れているようなので、俺は制止せずに二人の会話を見守った。
「相手は八家だ。国に使える調査官など『知らぬ』のひとことで追い払われたわ。確固たる証拠がないとならぬのだ。それと、この人造迷宮の魔道具をずっと辿って、最終的にデーヘイリング家に行きついたものの、それもまた証拠がない」
「どう考えても真っ黒じゃねえか!」
勇者が憤ったように怒鳴った。
「勇者殿。怪しいというだけで八家の一画を裁くことは出来ぬ。ことを正すならば慎重に調査して、言い逃れ出来ぬ証拠を突きつけるぐらいでないと全てはひっくり返されてしまうのだ」
「そのための国のトップの大公陛下だろうが!」
「だからだ。大公陛下はこの大公国のトップゆえ、公明正大でなくてはならぬ。以前陛下御一家が襲われて、その事件に関わった家がはっきりとわかっておっても、証拠をつかみきれずに処断することも出来なかった。情けないが、大公の権力はそれほど大きくないのだ。今やお飾りとあざ笑う者もいる始末」
英雄殿がそうとつとつと語ると、勇者が激高したように立ち上がった。
「貴様、それで悔しくないのか! 自らが仕える主の命を危うくされ、あまつさえ、そのあるべき権能すら蔑ろにされている! 英雄などと担ぎ上げられながらその始末か!」
「悔しくないはずがない。悔しくないはずがあるまい。だからこそ、俺は栄誉を返上し、猟犬となったのだ。かならず連中の尻尾を捕まえてみせる。此度の件がそのきっかけになるやもしれぬのだ」
勇者の熱さと英雄殿の秘めた鋼のような思い。
ぶつかり合いながらも同じものを目指す二つの大きな力は、やがてこの巨大な国を大きく揺さぶることになる。
まぁ俺にとっては現実味が薄い遠い出来事のような話だったが、結局巻き込まれてしまうことになるんだよな。
勇者と英雄殿が直接会話を交わすとろくなことにならないということがわかったので、俺は仕方なく会話のサポートをすることにした。
この二人がここで斬り合いでも始めたら収拾がつかなくなるからな。
「む? 貴殿には名を明かしたはずだが」
ええっと、これは名前で呼べということだな。
もちろん家名のほうだろう。
「あー、確かサーサム卿でしたね」
「うむ」
満足そうだ。
いや、本題のほうの返事がまだなんだが。
「ええっと、それでサーサム卿は何をお調べだったのですか?」
「それは言えん」
「は?」
勇者がまた苛立たし気に声を上げた。
気持ちはわかるが落ち着け。
「しかしお話くださらないと、正確な情報の交換が出来ませんよ? 俺達のほうもあまりおおやけに出来ない情報なので、意味のない開示はしたくないのです」
「なるほど。貴公の言うことは筋が通っている。ならばこちらが譲るべきであろう。先の事件のときにも貴公等は正義に基づいた行動を示したゆえな」
なにやら大仰な言い方をした英雄殿は、一枚の羊皮紙を取り出した。
料理などを片側に寄せ、床にその羊皮紙を広げる。
そこには複雑な図形のようなものが描かれていた。
正直な話、俺にはそれが何を意味しているのかさっぱりだ。
「……これは、魔物を寄せる魔道具の設計図か?」
羊皮紙の図面を見て内容を理解したのは勇者だった。
じっと見つめると、おもむろに荷物をあさって例の回収した魔道具を取り出す。
「なんと、実物を持っておったか」
「言っておくが俺達が使った訳じゃないからな」
「当然だ」
英雄殿は俺達の潔白については全く疑いもしていないらしい。
迷いのない肯定が少しうれしい。
「いいだろう話してやる。聞いて驚け。この装置はな、アンデルの南の国境近くで使われた。一つの街を犠牲にした物だ」
「ぬうっ!」
英雄殿は虚を突かれたような深刻な表情になり、そして居住まいを正すと深々と頭を下げた。
「先に勇者殿が俺を殴ったのは当然。いや、生ぬるいほどの仕儀であった。俺が頭を下げた程度で何がどうなる訳でもないが、申し訳ない」
いきなり大公国で尊敬を集める英雄殿に土下座されてしまい、すっかりそういう流れに慣れた俺はともかくとして、純真なメルリルや聖女がオロオロしてしまった。
「お、お師匠さま、許してさしあげてはいかがでしょう?」
何を思ったか聖女が俺に寛恕を願う。
いや、この流れなら勇者に言わないと。
「いや、許すも許さないも、被害を受けたのは俺達じゃない。アンデルの民だ。しかも今も国境ではにらみ合いというか、圧力を掛けられ続けていて、国王陛下が苦しんでいると聞くぞ」
勇者が何も言わないので仕方なく俺が下げられた英雄殿の頭の上にそう言葉を投げた。
謝る相手が違うだろという話だ。
「やはりそのようなことになっておったのか。愚かなデーヘイリングよ」
「おい。いくらなんでも国のトップの一画である八家の一つが戦争始めたことも把握してなかったのか?」
勇者がやっと口を開いたかと思えば、強い口調で攻め立てる。
気持ちはわからないでもないが、ちょっと酷かな。
「言い訳と言われるであろうが、我が国の貴族連中は大小さまざまな戦を常に行っておるのだ。ただし国内で、だがな。そのため、どのような戦がどこで始まって終わったかは把握しきれないのが現状だ。しかしさすがに外国とことを構える場合には当然法の体現者である大公陛下の許可が必要だ。此度のアンデルとの戦に大公陛下は許可を出してはいない。本来なら許されざる行いよ」
「ならさっさと断罪しろ。他国に迷惑をかけるな。そもそも農作物の凶作で大打撃を受けたせいでアンデルを攻めていると聞いたが、州内はそう貧しそうには見えないぞ?」
「それよ。俺が調べていたことの一つもそこに関連している。奴が本来国のための貯蔵庫を開けたのではないかとの嫌疑がかけられているのだ」
「それこそすぐに調査をすればいいだけだろ。お前が動く必要もない」
勇者がまるで叱責するように激しく攻め立てた。
ちょっとやりすぎな感じはあるが、言っていることは間違ってはいない。
英雄殿も甘んじて受け入れているようなので、俺は制止せずに二人の会話を見守った。
「相手は八家だ。国に使える調査官など『知らぬ』のひとことで追い払われたわ。確固たる証拠がないとならぬのだ。それと、この人造迷宮の魔道具をずっと辿って、最終的にデーヘイリング家に行きついたものの、それもまた証拠がない」
「どう考えても真っ黒じゃねえか!」
勇者が憤ったように怒鳴った。
「勇者殿。怪しいというだけで八家の一画を裁くことは出来ぬ。ことを正すならば慎重に調査して、言い逃れ出来ぬ証拠を突きつけるぐらいでないと全てはひっくり返されてしまうのだ」
「そのための国のトップの大公陛下だろうが!」
「だからだ。大公陛下はこの大公国のトップゆえ、公明正大でなくてはならぬ。以前陛下御一家が襲われて、その事件に関わった家がはっきりとわかっておっても、証拠をつかみきれずに処断することも出来なかった。情けないが、大公の権力はそれほど大きくないのだ。今やお飾りとあざ笑う者もいる始末」
英雄殿がそうとつとつと語ると、勇者が激高したように立ち上がった。
「貴様、それで悔しくないのか! 自らが仕える主の命を危うくされ、あまつさえ、そのあるべき権能すら蔑ろにされている! 英雄などと担ぎ上げられながらその始末か!」
「悔しくないはずがない。悔しくないはずがあるまい。だからこそ、俺は栄誉を返上し、猟犬となったのだ。かならず連中の尻尾を捕まえてみせる。此度の件がそのきっかけになるやもしれぬのだ」
勇者の熱さと英雄殿の秘めた鋼のような思い。
ぶつかり合いながらも同じものを目指す二つの大きな力は、やがてこの巨大な国を大きく揺さぶることになる。
まぁ俺にとっては現実味が薄い遠い出来事のような話だったが、結局巻き込まれてしまうことになるんだよな。
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