勇者パーティから追い出されたと思ったら、土下座で泣きながら謝ってきた!

蒼衣翼

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第六章 その祈り、届かなくとも……

597 偶然か必然か

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「貴様っ!」

 止める間もなかった。
 というよりも終わった後に何が起こったか気づいた。
 いきなり勇者がディスタス大公国の特権騎士ホーリーアイであるエンデ……なんとかという男を殴り飛ばしていたのだ。

 とはいえ、相手も英雄と言われる男、勇者の魔法の乗ったパンチを食らっても、吹っ飛んだり倒れたりすることはなく、数歩分後ろに下がっただけだ。
 咄嗟に体に魔力を巡らせたんだろう。
 さすがと言うべきか。
 いや、そんなことに感心している場合ではない。

「アルフ、バカ! やめないか!」

 駆け寄ってさらに殴ろうとしているのを羽交い絞めにして止める。

「だって、師匠もわかってるだろ! こいつがちゃんとやっていれば、今回のことも防げたはずだ!」

 勇者の言い分もわかる。
 以前俺達はタシテにある身分け山の麓の保養所に滞在したときにこの英雄殿と遭遇した。

 保養所の裏手にある山中で、ディスタス大公国の研究者が人造迷宮の実験を行っていたのだ。
 今回アンデルで使われた魔物を呼び寄せる魔道具が、その研究の成果ではないかと、俺達は考えていた。

 かつてこの英雄殿は、その危険な実験の結果生まれた怪物を倒しきれず、人に害をなさないように不眠不休で見張っていた。
 倒れる寸前だった英雄殿の態度は余裕のないもので、それに腹を立てた勇者がつっかかったものだ。
 ……あのときは大変だったな。

 そういったいろいろがあった末に、その魔道具を作った研究者は英雄殿が責任持って処罰するという話になったのである。
 同じ奴の作ったものだとしたら、この英雄殿が仕事をやり遂げなかったということになるだろう。
 とは言え、だからといっていきなり人に殴りかかっていい理由にはならない。

「いいか、俺は前も言ったよな。人は言葉を交わせる。話し合うことのほうが暴力よりも大切なんだと」
「う、む……」

 俺に止められても尚も相手を殴ろうとしていた勇者の体から力が失せる。
 それに見たところ、肉弾戦なら相手のほうがおそらく格上だ。
 勇者は魔力を体にまとわせるのが苦手で、今も、魔法紋を使って起動した簡易的な魔法をこぶしの上に発現させて殴っただけだった。
 まぁそれはそれですごい技術なんだが。

 しかし、体全体に魔力を循環することで身体機能を底上げ出来て、しかも英雄と呼ばれるほどの男相手ではさすがにそれでは通用しない。
 今も不意打ちにもかかわらず、ほとんどダメージが入っていないようだったぞ。

「すまぬ。もしかするとお前達の言っていることは俺の追っているものと同じかもしれぬ。少し詳しい話を聞かせてもらっていいだろうか?」

 ディスタス大公国の英雄殿の申し出に俺は勇者を見た。
 勇者はムスッとしていて、反応がない。
 子どもか?

 聖騎士はじっと英雄殿を見ている。
 そう言えば、確か興味があるようなことを以前言っていたか。
 聖女は勇者が人を殴ったときにびっくりした表情のまま固まっている。
 モンクは俺と視線を合わせて苦笑いをしてみせた。
 メルリルは不安そうだ。
 ……ん? フォルテ、いないな。
 あ、あいつ今のゴタゴタの間にもう飛んでったのか。

 妙に仕事が早いが、もしかすると英雄殿が苦手なのかもしれない。
 いや、報酬をもらったのに仕事をしないでぼやぼやしていたら怒られると思ったのかもな。

「……やはり俺が信用ならないか」

 英雄殿が肩を落とす。
 彼の今の姿は、以前に会ったときよりもマシではあったが、旅装の薄汚れた放浪の騎士という感じだ。
 片目の眼帯や手入れなんか考えたこともないんだろうなと思われるぼさぼさの髪に無精ヒゲ。
 到底主持ちの騎士とは思えない姿である。
 ただ、痩せてはいるが背は高いので、立ち姿には妙な迫力があった。

「いや、そういう訳じゃないんだが。ええっと、そっちも同じことを調べてる?」

 ほかの誰も口を開かないので、仕方なく俺が尋ねる。

「同じかどうかはわからぬが、ここで出会ったことと、そこなゆう……若者の言葉からして、互いの求めるものが同じである可能性は高い」

 勇者と言いかけて、俺達が秘密裡に動いている可能性を考えたのだろう。若者と言い換えてくれた。
 それにさっきのフォルテと今の騒ぎでものすごく周囲から注目されているから下手なことは口に出来ない状況となっている。

「わかった。話をしよう」
「師匠! そいつの言うことなんか!」
「お前、俺の言葉で何も学ばないなら、俺が師匠である必要などないよな?」
「……っ、俺が悪かった。ごめんなさい」

 油断するとまた殴りに行きそうな勇者にぴしりと言っておく。
 さすがに反省したようだった。
 お前の命題は、腹が立ってもまずは話し合うということだな。
 子どもだって学べるようなことなのに、果てしなく困難な道のりのような気がするのはなぜだろう。

「ここは目立つ。いい場所があるからそこに移動しよう」

 英雄殿はくるりと背を向けるとスタスタと歩きだした。
 背中を見せるのは俺達を信用しているという証か。
 騒ぎに集まった人たちになんでもなかったという態度を示しつつ、英雄殿に続いた。

 そして辿り着いたのは、若者の教育に悪そうな場所だった。
 特に女性陣にはちょっと……。

「ちょっと、どこに連れて行くつもり!」

 モンクがたまらず英雄殿を怒鳴りつける。

「ああ、女子おなごが一緒だったな。いや、安心しろ。そういう店ではない。そういう店の近くには、たいがい人がこっそりと密会出来る場所があるものだ。そういう場所に向かっているだけだ」
「そういう店にそういう場所ね、まったく男ってやつは」
「いや、男ばかりではないぞ。この一帯の一画には女向けの店もあるのだ。我が国では女も家長になれるほど立場が強いゆえ、女が遊ぶ場所もある」
「女が遊ぶ場所?」

 モンクと英雄殿のやりとりを不思議に思った聖女が聞き返す。
 おい、うちの聖女さまに何て話を聞かせるんだよ!

「ミュリアは知らなくていいことよ。堕落した連中の話だから」
「えっ? ……あっ……」

 モンクの言葉で何かを察したのか、聖女の顔が赤くなる。
 うわぁ本気で教育に悪いぞ。

「ダスター。そういう店とはどういう店のこと?」

 そしてそういうことに免疫のないメルリルが俺に曇りのないまなざしでそう聞いて来たのだった。
 頼む、やめてくれ。
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