勇者パーティから追い出されたと思ったら、土下座で泣きながら謝ってきた!

蒼衣翼

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第六章 その祈り、届かなくとも……

592 偽の使者として

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 事前にバルジからはいろいろなことを聞き出しておいたので、それを何度も口のなかで唱えるように頭に叩き込む。
 部隊の名前、主家の構成、もっとも重要なのはバルジが本来は騎士の従者に過ぎないということだ。
 従者は主を通してしか上位者にものを言うことは出来ない。
 だから今回バルジが使者として出されたのは特例中の特例ということになる。
 その理由を考えなければいけなかったのだが、勇者が「面倒なことは全部あのバカ騎士のせいにすればいい」と助言してくれた。
 いや、ちょっと助言としてはどうかとは思うが、聖騎士によると案外とこれは正しいらしい。

 位が上の人間ほど、どんな横紙破りをしても許されるし、追及されたりしないのだそうだ。
 あの女騎士は主家の継嗣、つまり勢力のなかのナンバー2ということになる。
 それは主以外誰の言うことも聞く必要がないということだ。

 俺はデーヘイリング家とやらの紋章旗、剣の刺さった蛇の印が入った旗を掲げて大公国の陣に近づいた。
 この旗は、大公国本国のデーヘイリング家の領地に入り込むときに使う予定だったものだ。
 ぜひ無事回収して後でまた使いたい。
 没収されないと助かる。

 大公国の陣は高台にあるので、登るのに苦労した。
 道なんぞないからな。
 しかも上から丸見えになるんで、いつ攻撃されるかとひやひやしながら登るため、生きた心地がしない。
 俺の姿を遠目ですでに捕らえていた陣側にはそれなりの緊張を感じるが、あわただしさはなかった。

 そりゃあこれだけの兵士がいて、不審者が一人やって来たところで慌てる必要はないからな。

「とまれぃ! 何者だ!」
「バルジ・ネクト。偽装隊の騎士、ヘイマンさまの従者で、使者として遣わされた」
「待て、なぜ従者が使者をする。おかしい」
「……イルミダス・デーヘイリングさまの決定だ」

 俺は少し苦々しい表情で言う。
 相手が押し黙ってしまった。
 む? 何か失敗したか?

「……そうか。貴様、何をやらかしたんだ?」
「殿下は偽装がお気に召されなかった。本物らしく見せるために礼を欠いたことで無礼であると。その罰として徒歩で使者として立てと言われた」
「徒歩だと! うぬう、だから連絡が遅れたのか。わかった。閣下がお待ちである。早く報告するように」
「わかりました」

 騎士団の挨拶の礼をする。
 相手が答礼してくれたのでホッとした。だが表情は変えない。
 この礼という奴が問題で、相手と状況で微妙に変える必要があるということだった。
 正直ちゃんと出来ているか自信がないが、従者は完璧じゃなくてもそうおかしな話ではないらしいので、不安ながらも決行となったのだ。

 俺は使者として待つことなくそのまま陣の奥へと通された。
 そこには小さいイスに居心地悪げに座った、ゴツい体格の鎧姿の騎士がいた。
 立派なヒゲが美しく整えられている。
 すごいな、どんだけ戦地で手間をかけて手入れしてんだ。

 だが、従者が上位者の顔をまともに見るのは失礼にあたる。
 俺は慌てて顔を伏せて、床に視線を向けた。
 おお、立派な毛皮が敷いてあるな。

「苦しゅうない、面を上げて報告せよ」
「ハッ!」

 俺は顔を上げると、あまり堂々としないようにビクビクしながら報告をする。

「我が偽装隊は目的地を占拠し、陣容を整えて南方面から敵王都を強襲。アンデル王を無事確保いたしました。作戦成功です」

 その言葉に、目前の男を除く、周囲を取り囲む偉いさんらしい者達が歓声を上げる。

「やっとこの臭い田舎から解放される!」
「やれやれ、相手に気を使ってやる我らの優しさを、不信心なこの国の輩にわからせてやりたいものですな」

 くちぐちに言い交す声を、イスに座った人物が軽く手を上げることで止めた。

「証拠は?」

 来たぞ。
 俺はうやうやしく懐からきれいな布に包まれた小さなものを取り出す。

「こちらをご確認ください」

 従者が俺から受け取ったその包みをいったんイスの人物に見せ、その目の前で包みを開いて行く。
 なかから出て来たのは小さな指輪だ。
 これも大公国本番用の小道具で、あの女騎士の持ち物である。

「……確かにデーヘイリングの紋章入りの指輪であるな」

 イスの人物が俺をじっと見る。
 思わず見返してしまいそうになるが、慌てて目を伏せた。

「貴様、従者であると申したな? それは少しおかしい」

 うおっ、何か想定外のことが起きたか?

「あの誇り高き殿下が従者などに己の持ち物を渡すはずがない。たとえそれが使者であろうともな」

 なんと! それは考えが至らなかったな。
 なるほどあのやたら誇りにこだわっていた女騎士なら確かにそうかもしれないな。
 マズいぞ。

「もしかして疑われてしまっているのでしょうか?」

 俺は相手を恐れるように縮こまった。
 顔色青く出来ないかな? さすがに無理か。

「……貴様、見張りの者に殿下に失礼をいたした罰で使者となったと申したか?」
「いえ、殿下のお心を私のような者が推測するのも恐れ多く……」

 ふーっと、閣下と呼ばれているイスの人物が深く息を吐いた。

「どうやら、殿下は私に貴様を斬れと暗に命じられたようだ」
「そ、そんな!」

 嘘だろ? あの女騎士、そういう奴だと思われているのか?
 ヤバいな。
 どうする? 俺だけならともかく、この室内まではついて来ていなくとも、陣のどこかにメルリルがいるはずだ。
 俺が牢屋とかに入れられたら無茶するんじゃないか?

 だが、俺の不安を他所に、イスの人物は軽く手を払った。

「勝ち戦の前に味方の血を流すのは不吉だ。神も芳しくはお思いになられぬだろう。貴様はこのまま祖国に戻って謹慎に入れ。勝ち戦でお館さまに褒められればあの方は貴様のことなど忘れてしまうはずだ」
「は、はあ、ありがたきご配慮……」
「黙れ。貴様のためではないわ。殿下のご経歴に傷をつけたくはないだけ。この指輪は私が預かる。貴様は下がるがよい」

 おお、どうなることかと思った。
 この閣下が信心深い人物で幸いだったな。

「あ、閣下、その、もう一つご報告が」
「なんだ?」
「殿下は祖国に自らの功績を一刻も早くご報告になりたいと、小隊を派遣なされるとのことです。その通行を事前にお知らせしておきたく」
「はぁ? ああ、いや。そうか。……まぁあのお方も初陣だ。そういう気持ちもあるだろう。わかった。小隊程度ならあの方の裁量の内だ。申し送りをしておこう」
「重ね重ね、ありがたきことです」
「もう下がれ、今はよきことだけを考えていたい。その顔を二度と見せるなよ?」
「はっ、心得まして」

 うわ、貴族口調は疲れる。
 というか、これで大丈夫かどうかすらわからない。
 なんかこの閣下俺の言葉をわりといい加減に聞いているからな。
 内容については隣でずっと何か書いている人がいるんで、大丈夫だとは思うが。
 ふう、大型の魔物と対峙するよりもずっと疲れた。
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