474 / 885
第六章 その祈り、届かなくとも……
579 勇者対女騎士
しおりを挟む
指揮官が斬られて、砦を占拠した大公国の兵達は一瞬行動に迷ったようだった。
「アルフ、今だ!」
すかさず勇者に指示を飛ばす。
「おう。……見よ! 神の怒りを!」
勇者が仰々しく剣を掲げ、呪文を唱えない神罰魔法を周囲に散らす。
人間を避けて放つようにという打ち合わせだったのだが、壁や地面がえぐれて、その余波で数人が巻き込まれたようだ。
あと、運悪く魔法に触れてしまった者もいる。
その兵士は声もなく昏倒した。
……まぁ死んではいないだろう。
「おお、神の光の槍。神鳴りの魔法……ほ、本物!」
おそらくかなりの知識がある人間なのだろう。
勇者の神罰魔法を一目で見破った兵の一人が叫び、混乱をさらに加速させた。
「静まれ! 神の盟約は無慈悲なものではない。命を刈った者は、その刈った命の分、命を守ることで償える。貴様たちの行いは、償うには少々重いものではあるが、贖いは無理ではあるまい」
「こ、これは戦。戦は政の一部なり。国の政には勇者は関わらぬのが不文律。引くのは勇者殿のほうであろう!」
勇者の宣言に真っ向から対抗したのは、勇者の魔法を見破った同じ者だった。
声が高い。
男のなりをしているが、もしかして女か?
「そのような理屈をこねるか? ならばはっきりと言ってやろう。お前たちはやってはならないことをやったのだ」
「否、この世にやってはならないことなどない。出来ることは全て神に赦された行い。やってはならぬことならば、最初から出来るはずもないからだ!」
あ、これは間違いない、かなりのお偉いさんだ。
この考え方は下位の貴族や平民には出来ない。
こりゃあかなりの高位の貴族かもしれないな。
相手の言葉に、しかし勇者は面白そうにニヤリと笑ったのみだった。
「赦されないさ。神の子たる俺が赦さないからな」
「なっ!」
勇者の屁理屈に相手は絶句する。
だが、これは勇者が正しいと言えるだろう。
神に対する立ち位置から言えば、勇者は神の地上の代理人なのだ。
「な、ならば! 我らの正しさを我が剣を持って証明しようではないか!」
「バカはいくら知識を詰め込んでもバカだな。好きにしろ」
「おのれ、たとえ本物の勇者であっても、その侮辱許さぬぞ!」
激高する騎士らしき女性に対して勇者は冷ややかに応じる。
あー、噂に聞く一騎打ちってやつか?
あれって戦場で本格的な戦いの前にやるんじゃなかったっけ? まぁ俺は吟遊詩人の語りでしか知らんけど。
とりあえず俺は勇者と聖騎士が注目を集めている間に弓を構えている奴らの弓の弦を片端から斬って行った。
状況に混乱して棒立ちしているのでとても簡単なお仕事だ。
最近は『断絶の剣』の射程もだいぶ伸びたので、ある程度まで近づけば相手に悟られる前に弦だけ切断出来るのである。
なんなら返しの技で繋ぐことも出来そうだが、まぁそんなバカなことはしない。
勇者と聖騎士がいい目くらましになってくれたぜ。
後は魔法だが、これは術者を昏倒させるしかないか?
あ、いや待てよ。魔力の流れを絶てないかな? 意識が逸れているから何の防御も出来てないし、やれるか?
「ぐあっ!」
試しに魔術紋を光らせている奴の魔力の流れを断ち切ってみたら、なんと魔法が暴走した。
放つ寸前で溜めてあったらしい火の魔法がその術士を中心に発生して近くの数人を巻き込んで渦を巻き、術士本人と巻き込まれた連中は、苦しそうにうめきながら倒れ込んだ。
……思ったのと違うが、まぁ結果オーライか。
「な、何事!」
やばい、兵士が騒ぎ出した。
俺は何食わぬ顔でその場を後にすると、元のように勇者の近くへと戻る。
勇者が何やら言いたそうな顔で見て来るが、素知らぬ風を装った。
「キュルッ?」
フォルテも知らんぷりだ。
勇者に突っかかっていた女騎士らしき相手は、一瞬騒ぎのほうを見たが、すぐに勇者に向き直り、剣を構えて勇者に斬りかかる。
うわあ。
俺にもわかるような素直すぎる剣だ。
確かに鋭さはあるし、俺だとちょっと危ないかもしれないが、いくらなんでも勇者の真正面から突っ込んで勝ち目がある訳がない。
「ふん……」
勇者はバカにしたように鼻を鳴らすと、剣を鞘に納めて右手を相手に向ける。
「燃えろ」
なんのひねりもない火炎魔法だ。
だが、相手の騎士はその火をを正面から受けてギャアと悲鳴を上げて転がった。
女かもしれないのに容赦ないな。
「剣に対して魔法を使うとは卑怯なり!」
「バカはどこまで行ってもバカだな。今お前が何をやってもいいと言ったばかりじゃないか。俺はお前の流儀に従っただけだぞ?」
「貴様、きさまぁ!」
うわっ、どうもあの女騎士顔にやけどを負ったっぽいぞ。
勇者、お前女の顔を焼いたら恨まれるぞ。
俺は知らんからな。
「待て! いや、お待ちください! この場の責任者は私である。責めるならこの私を。そのお方はお赦しください!」
片腕を聖騎士に斬り飛ばされた指揮官らしき男が必死に勇者を止める。
……ん? この男がこの集団の指揮官なのに、あの女騎士の命乞いのために頭を下げるのか?
もしかして偉いさんの娘さん?
何はともあれ指揮官が勇者に慈悲を乞う事態になったので、周囲を取り囲む連中も武器を下ろした。
そのときにどうやら弓持ちが自分の武器の不備に気づいたっぽい。
なにやら驚きの声が上がっている。
遅いぞ、お前ら。
「アルフ、今だ!」
すかさず勇者に指示を飛ばす。
「おう。……見よ! 神の怒りを!」
勇者が仰々しく剣を掲げ、呪文を唱えない神罰魔法を周囲に散らす。
人間を避けて放つようにという打ち合わせだったのだが、壁や地面がえぐれて、その余波で数人が巻き込まれたようだ。
あと、運悪く魔法に触れてしまった者もいる。
その兵士は声もなく昏倒した。
……まぁ死んではいないだろう。
「おお、神の光の槍。神鳴りの魔法……ほ、本物!」
おそらくかなりの知識がある人間なのだろう。
勇者の神罰魔法を一目で見破った兵の一人が叫び、混乱をさらに加速させた。
「静まれ! 神の盟約は無慈悲なものではない。命を刈った者は、その刈った命の分、命を守ることで償える。貴様たちの行いは、償うには少々重いものではあるが、贖いは無理ではあるまい」
「こ、これは戦。戦は政の一部なり。国の政には勇者は関わらぬのが不文律。引くのは勇者殿のほうであろう!」
勇者の宣言に真っ向から対抗したのは、勇者の魔法を見破った同じ者だった。
声が高い。
男のなりをしているが、もしかして女か?
「そのような理屈をこねるか? ならばはっきりと言ってやろう。お前たちはやってはならないことをやったのだ」
「否、この世にやってはならないことなどない。出来ることは全て神に赦された行い。やってはならぬことならば、最初から出来るはずもないからだ!」
あ、これは間違いない、かなりのお偉いさんだ。
この考え方は下位の貴族や平民には出来ない。
こりゃあかなりの高位の貴族かもしれないな。
相手の言葉に、しかし勇者は面白そうにニヤリと笑ったのみだった。
「赦されないさ。神の子たる俺が赦さないからな」
「なっ!」
勇者の屁理屈に相手は絶句する。
だが、これは勇者が正しいと言えるだろう。
神に対する立ち位置から言えば、勇者は神の地上の代理人なのだ。
「な、ならば! 我らの正しさを我が剣を持って証明しようではないか!」
「バカはいくら知識を詰め込んでもバカだな。好きにしろ」
「おのれ、たとえ本物の勇者であっても、その侮辱許さぬぞ!」
激高する騎士らしき女性に対して勇者は冷ややかに応じる。
あー、噂に聞く一騎打ちってやつか?
あれって戦場で本格的な戦いの前にやるんじゃなかったっけ? まぁ俺は吟遊詩人の語りでしか知らんけど。
とりあえず俺は勇者と聖騎士が注目を集めている間に弓を構えている奴らの弓の弦を片端から斬って行った。
状況に混乱して棒立ちしているのでとても簡単なお仕事だ。
最近は『断絶の剣』の射程もだいぶ伸びたので、ある程度まで近づけば相手に悟られる前に弦だけ切断出来るのである。
なんなら返しの技で繋ぐことも出来そうだが、まぁそんなバカなことはしない。
勇者と聖騎士がいい目くらましになってくれたぜ。
後は魔法だが、これは術者を昏倒させるしかないか?
あ、いや待てよ。魔力の流れを絶てないかな? 意識が逸れているから何の防御も出来てないし、やれるか?
「ぐあっ!」
試しに魔術紋を光らせている奴の魔力の流れを断ち切ってみたら、なんと魔法が暴走した。
放つ寸前で溜めてあったらしい火の魔法がその術士を中心に発生して近くの数人を巻き込んで渦を巻き、術士本人と巻き込まれた連中は、苦しそうにうめきながら倒れ込んだ。
……思ったのと違うが、まぁ結果オーライか。
「な、何事!」
やばい、兵士が騒ぎ出した。
俺は何食わぬ顔でその場を後にすると、元のように勇者の近くへと戻る。
勇者が何やら言いたそうな顔で見て来るが、素知らぬ風を装った。
「キュルッ?」
フォルテも知らんぷりだ。
勇者に突っかかっていた女騎士らしき相手は、一瞬騒ぎのほうを見たが、すぐに勇者に向き直り、剣を構えて勇者に斬りかかる。
うわあ。
俺にもわかるような素直すぎる剣だ。
確かに鋭さはあるし、俺だとちょっと危ないかもしれないが、いくらなんでも勇者の真正面から突っ込んで勝ち目がある訳がない。
「ふん……」
勇者はバカにしたように鼻を鳴らすと、剣を鞘に納めて右手を相手に向ける。
「燃えろ」
なんのひねりもない火炎魔法だ。
だが、相手の騎士はその火をを正面から受けてギャアと悲鳴を上げて転がった。
女かもしれないのに容赦ないな。
「剣に対して魔法を使うとは卑怯なり!」
「バカはどこまで行ってもバカだな。今お前が何をやってもいいと言ったばかりじゃないか。俺はお前の流儀に従っただけだぞ?」
「貴様、きさまぁ!」
うわっ、どうもあの女騎士顔にやけどを負ったっぽいぞ。
勇者、お前女の顔を焼いたら恨まれるぞ。
俺は知らんからな。
「待て! いや、お待ちください! この場の責任者は私である。責めるならこの私を。そのお方はお赦しください!」
片腕を聖騎士に斬り飛ばされた指揮官らしき男が必死に勇者を止める。
……ん? この男がこの集団の指揮官なのに、あの女騎士の命乞いのために頭を下げるのか?
もしかして偉いさんの娘さん?
何はともあれ指揮官が勇者に慈悲を乞う事態になったので、周囲を取り囲む連中も武器を下ろした。
そのときにどうやら弓持ちが自分の武器の不備に気づいたっぽい。
なにやら驚きの声が上がっている。
遅いぞ、お前ら。
21
お気に入りに追加
9,275
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

異世界転生してしまったがさすがにこれはおかしい
増月ヒラナ
ファンタジー
不慮の事故により死んだ主人公 神田玲。
目覚めたら見知らぬ光景が広がっていた
3歳になるころ、母に催促されステータスを確認したところ
いくらなんでもこれはおかしいだろ!
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。

5歳で前世の記憶が混入してきた --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--
ばふぉりん
ファンタジー
「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は
「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」
この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。
剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。
そんな中、この五歳児が得たスキルは
□□□□
もはや文字ですら無かった
~~~~~~~~~~~~~~~~~
本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。
本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。

放置された公爵令嬢が幸せになるまで
こうじ
ファンタジー
アイネス・カンラダは物心ついた時から家族に放置されていた。両親の顔も知らないし兄や妹がいる事は知っているが顔も話した事もない。ずっと離れで暮らし自分の事は自分でやっている。そんな日々を過ごしていた彼女が幸せになる話。

異世界に召喚されたが「間違っちゃった」と身勝手な女神に追放されてしまったので、おまけで貰ったスキルで凡人の俺は頑張って生き残ります!
椿紅颯
ファンタジー
神乃勇人(こうのゆうと)はある日、女神ルミナによって異世界へと転移させられる。
しかしまさかのまさか、それは誤転移ということだった。
身勝手な女神により、たった一人だけ仲間外れにされた挙句の果てに粗雑に扱われ、ほぼ投げ捨てられるようなかたちで異世界の地へと下ろされてしまう。
そんな踏んだり蹴ったりな、凡人主人公がおりなす異世界ファンタジー!

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。
彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。
父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。
わー、凄いテンプレ展開ですね!
ふふふ、私はこの時を待っていた!
いざ行かん、正義の旅へ!
え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。
でも……美味しいは正義、ですよね?
2021/02/19 第一部完結
2021/02/21 第二部連載開始
2021/05/05 第二部完結
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。