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第六章 その祈り、届かなくとも……
575 侵攻の理由
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街の人たちの目の前にこの男たちを置いていると、思い余って私刑に走りかねないので、とりあえず見えないように小部屋を借りてそこに移動した。
一人はまだ昏倒したままだったんだが、起きている一人が不憫すぎるのでもう一人も起こした。
最初揉めて言い争いをしていたが、勇者が一喝したところで後から起きたほうの見張りもおとなしくなったようだ。
大公国の連中には勇者や聖女が効果的だな。
そして、この二人から事情を聞いたところ、なにやら大公国内部も複雑なことになっていることが判明した。
「つまり、魔物である甲冑イナゴの変異種によって、大公国の農耕地域がほぼ壊滅して、民が飢え苦しんでいるのに、支援要請したら断わられた。その腹いせに、有名な農業国家であるアンデルを丸ごといただこうとした訳か」
ざっくりと勇者がまとめた。
「そ、そのようなことはありませんぞ! 我らは新しいアンデル王が臣民を苦しめていると、国を捨てて身一つで嘆願を行った古くからのアンデル貴族の要請を受け、その過ちを正さんと、タシテに助力をしたまでのこと」
ここまで来て、それでも自分たちの正義を主張出来るのは逆に大したものだとは思うが、やっていることが既に正義から逸脱しているからな。
「さっきもこいつに言ったが、魔物を使って民を苦しめるような行いは神との盟約への反逆だからな」
勇者が冷徹に突き放す。
「い、いや、神に反逆など、……そのような」
いい年したおっさんがうろたえる様子というのは見苦しいな。
ここまでやったんだから堂々と神に反逆して何が悪いか! とでも嘯けばいいものを。
悪事に手を染めていながら自分は善人だと主張する小悪党のようだ。
人間というのは身分に関わらず、悪あがきが好きなんだな。
「違うと言うならあらいざらい吐くんだな。本気で懺悔をすれば魂の救済もあるかもしれないぞ」
うわっ、勇者、希望をちらつかせながら確約はしないというあくどいやり口をどこで覚えたんだか。
その勇者の言葉を受けて、二人はお互いに争うように軍の内実を暴露したのだ。
「大公国は八つの州に分かれて運営されている貴族国家だ。この八家から選ばれた一人の大公が国を治める。面倒なのは八つの州それぞれが自治権を持っていて、小さな国のようなものだということだ」
勇者が今回の騒ぎの全体像をまとめるために俺達を集めて話し出した。
「今回この戦を引き起こしたのは南部の州の一つであるデーヘイリング家というところらしい。まぁほかに協力している家もあることはあるようだが、そこまで詳しいことはあいつらは知らなかった」
「つまり大公はこのことを知らない可能性があるということか?」
勇者の説明を聞いて確認する。
「そこが難しいところだ。あいつらは小物すぎてその辺のことが全くわからない」
「ダメじゃないか」
「ただ、なんでこの街を襲ったのかは判明した」
俺のダメ出しにひるむことなく、勇者が現状を理解するための大切なポイントに言及する。
確かに大きなことも大事だが、部分的なことも大切だな。
わかってないと対処出来ない。
「この街はアンデルの南の端のほうにあって生産性のない街だ。しかも近くに砦がある。デーヘイリング家の潜入部隊はこの街で魔物騒ぎを起こし、砦の兵士をおびき出して、手薄になった砦を占拠して拠点にするつもりだ。北部から本隊が、そしてこっちの拠点から別動隊がアンデルの正規軍を挟み撃ちにして、短期決戦で戦いを決めるつもりだったようだ。戦が長期になれば農地が荒れるからという理由で」
「はー、いろいろ考えるもんだな」
俺は感心していいのかあきれていいのか複雑な気分になった。
戦を短期間で終わらせるのには賛成だが、それはあくまでも相手方の利益を得るための方法としてなのだ。
なんというか……。
「悪辣ですね」
聖女が怒りの籠った声で言った。
「自分たちの都合で民をゲームの駒のようにやりとりをする。そういう考え方が許せません」
今回聖女は信仰が篤いと有名な大公国のこのやり方に猛烈に腹を立てているようだ。
「そもそも、魔物の被害を受けて苦しいなら、なぜ大聖堂を通じて支援を申し込まないのですか? 大聖堂はそのような要請を無碍にはいたしません。完全に被害をカバーするのは無理かもしれませんが、一年を乗り越える程度の物資なら援助することぐらい出来るはずです」
「それがな。あいつらの言い草を聞いたら笑っちまうぜ」
勇者が聖女に対して肩をすくめてみせる。
「どういうことですか?」
「なんでも、神の身許をお騒がせする訳にはいかないので、自分たちでなんとかするようにしたということらしいからな」
「それで戦を起こすのは神への冒涜です!」
これは大聖堂に話が行ったら大騒ぎになるな。
最悪、そのなんとか家は神の祝福である魔法紋を奪われるんじゃないか?
西部諸国では魔法紋を持たない家は貴族とは認められない。
言うなれば、神から家を取りつぶされるようなもんだ。
本来は大聖堂や教会は政に関わらないんだが、今回の件は聖女さまの言う通り悪辣だからな。
俺はヒートアップする聖女の発言を抑えるように口を挟んだ。
「今の話によると、あの騎士団の所属する砦がヤバいんじゃないか? 騎士団がこの街に来なかったのも、途中でなんらかの伝達を受けたからかもしれないぞ」
「師匠、時間的なことを考えると、下手するとその砦、もう落ちている可能性が高い」
「あー。そうだよな」
「そして俺達はそういう戦に直接関われない」
「そこは大事だな」
巨大な力を持つ勇者が戦に関わるようになってしまうと、世界は恐ろしいことになるだろう。
たとえ正しい行いのためでも、自重しなければならない部分はあるのだ。
「そこで二つの選択肢を考えた」
勇者が俺に向かって尋ねるような目をして言った。
俺に選べっていうんじゃないだろうな?
そこは全員で選ぶべきだろう。
「……言ってみろ」
「一つは、アンデルの、この国の王であるキュイシュナ陛下にお会いして現状に対する助言をすること」
「なるほど」
「もう一つは、ディスタス大公国の大公閣下にお会いして、今回の事情を話して上から勅命を出してもらうこと、だ」
「ふむ……」
なるほど、勇者の案は確かにどちらも効果がありそうだが、どっちもどっちの問題点がある。
どうしたものかな。
一人はまだ昏倒したままだったんだが、起きている一人が不憫すぎるのでもう一人も起こした。
最初揉めて言い争いをしていたが、勇者が一喝したところで後から起きたほうの見張りもおとなしくなったようだ。
大公国の連中には勇者や聖女が効果的だな。
そして、この二人から事情を聞いたところ、なにやら大公国内部も複雑なことになっていることが判明した。
「つまり、魔物である甲冑イナゴの変異種によって、大公国の農耕地域がほぼ壊滅して、民が飢え苦しんでいるのに、支援要請したら断わられた。その腹いせに、有名な農業国家であるアンデルを丸ごといただこうとした訳か」
ざっくりと勇者がまとめた。
「そ、そのようなことはありませんぞ! 我らは新しいアンデル王が臣民を苦しめていると、国を捨てて身一つで嘆願を行った古くからのアンデル貴族の要請を受け、その過ちを正さんと、タシテに助力をしたまでのこと」
ここまで来て、それでも自分たちの正義を主張出来るのは逆に大したものだとは思うが、やっていることが既に正義から逸脱しているからな。
「さっきもこいつに言ったが、魔物を使って民を苦しめるような行いは神との盟約への反逆だからな」
勇者が冷徹に突き放す。
「い、いや、神に反逆など、……そのような」
いい年したおっさんがうろたえる様子というのは見苦しいな。
ここまでやったんだから堂々と神に反逆して何が悪いか! とでも嘯けばいいものを。
悪事に手を染めていながら自分は善人だと主張する小悪党のようだ。
人間というのは身分に関わらず、悪あがきが好きなんだな。
「違うと言うならあらいざらい吐くんだな。本気で懺悔をすれば魂の救済もあるかもしれないぞ」
うわっ、勇者、希望をちらつかせながら確約はしないというあくどいやり口をどこで覚えたんだか。
その勇者の言葉を受けて、二人はお互いに争うように軍の内実を暴露したのだ。
「大公国は八つの州に分かれて運営されている貴族国家だ。この八家から選ばれた一人の大公が国を治める。面倒なのは八つの州それぞれが自治権を持っていて、小さな国のようなものだということだ」
勇者が今回の騒ぎの全体像をまとめるために俺達を集めて話し出した。
「今回この戦を引き起こしたのは南部の州の一つであるデーヘイリング家というところらしい。まぁほかに協力している家もあることはあるようだが、そこまで詳しいことはあいつらは知らなかった」
「つまり大公はこのことを知らない可能性があるということか?」
勇者の説明を聞いて確認する。
「そこが難しいところだ。あいつらは小物すぎてその辺のことが全くわからない」
「ダメじゃないか」
「ただ、なんでこの街を襲ったのかは判明した」
俺のダメ出しにひるむことなく、勇者が現状を理解するための大切なポイントに言及する。
確かに大きなことも大事だが、部分的なことも大切だな。
わかってないと対処出来ない。
「この街はアンデルの南の端のほうにあって生産性のない街だ。しかも近くに砦がある。デーヘイリング家の潜入部隊はこの街で魔物騒ぎを起こし、砦の兵士をおびき出して、手薄になった砦を占拠して拠点にするつもりだ。北部から本隊が、そしてこっちの拠点から別動隊がアンデルの正規軍を挟み撃ちにして、短期決戦で戦いを決めるつもりだったようだ。戦が長期になれば農地が荒れるからという理由で」
「はー、いろいろ考えるもんだな」
俺は感心していいのかあきれていいのか複雑な気分になった。
戦を短期間で終わらせるのには賛成だが、それはあくまでも相手方の利益を得るための方法としてなのだ。
なんというか……。
「悪辣ですね」
聖女が怒りの籠った声で言った。
「自分たちの都合で民をゲームの駒のようにやりとりをする。そういう考え方が許せません」
今回聖女は信仰が篤いと有名な大公国のこのやり方に猛烈に腹を立てているようだ。
「そもそも、魔物の被害を受けて苦しいなら、なぜ大聖堂を通じて支援を申し込まないのですか? 大聖堂はそのような要請を無碍にはいたしません。完全に被害をカバーするのは無理かもしれませんが、一年を乗り越える程度の物資なら援助することぐらい出来るはずです」
「それがな。あいつらの言い草を聞いたら笑っちまうぜ」
勇者が聖女に対して肩をすくめてみせる。
「どういうことですか?」
「なんでも、神の身許をお騒がせする訳にはいかないので、自分たちでなんとかするようにしたということらしいからな」
「それで戦を起こすのは神への冒涜です!」
これは大聖堂に話が行ったら大騒ぎになるな。
最悪、そのなんとか家は神の祝福である魔法紋を奪われるんじゃないか?
西部諸国では魔法紋を持たない家は貴族とは認められない。
言うなれば、神から家を取りつぶされるようなもんだ。
本来は大聖堂や教会は政に関わらないんだが、今回の件は聖女さまの言う通り悪辣だからな。
俺はヒートアップする聖女の発言を抑えるように口を挟んだ。
「今の話によると、あの騎士団の所属する砦がヤバいんじゃないか? 騎士団がこの街に来なかったのも、途中でなんらかの伝達を受けたからかもしれないぞ」
「師匠、時間的なことを考えると、下手するとその砦、もう落ちている可能性が高い」
「あー。そうだよな」
「そして俺達はそういう戦に直接関われない」
「そこは大事だな」
巨大な力を持つ勇者が戦に関わるようになってしまうと、世界は恐ろしいことになるだろう。
たとえ正しい行いのためでも、自重しなければならない部分はあるのだ。
「そこで二つの選択肢を考えた」
勇者が俺に向かって尋ねるような目をして言った。
俺に選べっていうんじゃないだろうな?
そこは全員で選ぶべきだろう。
「……言ってみろ」
「一つは、アンデルの、この国の王であるキュイシュナ陛下にお会いして現状に対する助言をすること」
「なるほど」
「もう一つは、ディスタス大公国の大公閣下にお会いして、今回の事情を話して上から勅命を出してもらうこと、だ」
「ふむ……」
なるほど、勇者の案は確かにどちらも効果がありそうだが、どっちもどっちの問題点がある。
どうしたものかな。
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