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第六章 その祈り、届かなくとも……
526 水底の夢の光景
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※上のほうの書影のところに2巻の表紙を載せています。
予約票も貼ってあるので必要な方はお使いください。
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首長は遠ざかりつつ湖にザバリと沈む。
その巨体が潜るときに立てた水しぶきに光が反射して、わずかな瞬間湖の上に虹が架かった。
「おおっ!」
全ての舟から同時に歓声が上がる。
「あ、あの……」
メルリルが遠慮がちに漕ぎ手にどうしたのかを尋ねた。
「俺たちの間じゃあ虹は一等の瑞兆なんだ。昔、精霊王様が奇跡を起こされたときに虹が架かったという話でなぁ。今でも聖地にはそのときの虹の滝がある。……正直余所者を聖地に入れるのはあまりいい気分じゃなかったが、あんたたちは精霊に歓迎されているようだ」
漕ぎ手の話から察するに、今のおとなしい巨大な魔物と、その魔物が作り出した虹が大連合ではとてもおめでたいことの兆しとされているおかげで、余所者の俺たちへの疑心が解けたという感じか。
不安の種は少しでも減らしたほうがいい俺たちからするとありがたいことである。
首長様様だな。
湖は時折吹き抜ける風の立てる小さな波以外大きな波がない。
この状態なら船酔いもないのではないかと思い、俺は聖女の魔法を解除することにした。
やはり全く動けないのはもどかしいというか、不安だ。
どうやら勇者も解除してしまったようだしな。
「ふう……」
動きたいと思うだけで体を固めていた何かの枷が外れたような感じがした。
聖女の魔法はさすがなもので、体に負担がほとんど感じられない。
普通長時間同じ姿勢をしていたら筋肉が固まって動かすのに痛みがあるものだが、そういう感じが全くなかった。
「あ……」
俺が体の状態を確認するように腕を回していると、メルリルが残念そうにその様子を見ていた。
そんなに動けない俺に手助けしたかったのか?
メルリルは普段自分に出来ないことばかり大げさに考えすぎているきらいがある。
料理が苦手でも巫女としての力があれば冒険者としては十分過ぎるし、それだけ美人なんだから必要以上に出来ないことを気にすることはないんだけどな。
だがこういうことは本人にしか辛さがわからないことだ。
俺にだって覚えがない訳じゃない。
師匠が教える剣の技のほとんどを俺は受け継ぐことが出来なかった。
あのときの自分に対する不甲斐ないという思いは今でも苦く残っている。
人は自分のことは出来ることよりも出来ないことで評価しようとしてしまうものなのかもしれない。
「動けない間、世話をやいてくれてありがとうな、メルリル」
「い、いえ。私、気が利かなくって」
「そんなことはないだろ。俺のパーティメンバーだからな」
「理由になってないです」
「いやいや、立派な理由だ。俺は嫌な奴とパーティを組んだりしないぞ。そのせいで今までずっとソロだった訳だしな。そんな俺にパーティを組ませたんだからもっと自分を誇っていいんだぞ」
「……ありがとう、ダスター」
俺とメルリルがそんな話をしていると、髪のなかにいたフォルテが自分も褒めろと騒ぎ出した。
「ピャッ、ピャ」
「うん? あんたそれ」
漕ぎ手の一人が気づいて何か言おうとする。
マズい。
「ああ。ちっこい鳥だろ? これでも使役獣なんだぜ」
「青い……鳥?」
何やら気にしているようだが、フォルテの見た目は精霊門を飾る大きな鳥の姿からだいぶ変化させていたので、さすがに精霊王などという騒ぎにはならなかった。
……ふう。
「はいはい。お前もパーティメンバーだよ」
転がるように手の上に乗って来たフォルテは、普段のデカい姿と違って小さくてかわいい。
木の梢でさえずっている可憐な小鳥のように見える。
いつもこの姿ならいいのにな。
そんな気持ちで俺はつい撫でてしまう。
俺は小さくてかわいい小鳥は好きなのだ。
「クルル……」
フォルテはだらしなくくちばしを半開きにして撫でられるままにしている。
お前、ドラゴンから生まれた誇りはどうしたよ?
メルリルがくすくす笑いながらそれを見る。
「師匠、水のなかに草原がある」
勇者が舟から身を乗り出して湖のなかを覗き込んでいた。
お前、バランス崩れたら全員投げ出されるんだぞ?
見ろ、漕ぎ手の人が必死で反対側に体を寄せているじゃないか。
「あんまり乗り出すなよ」
言いつつ俺も軽く水中に目をやる。
「おお、きれいだな」
水は透き通っていると言っていいのだろうか?
少し緑かかってほんわりと輝きを帯びている。
あの迷宮化した湖ほどじゃないが、この湖にも魔力が多く溶け込んでいるようだ。
そしてその澄んだ湖の底にはゆらゆらと揺れる緑の草のような水草が生い茂っていた。
まさに草原が水中にあるように見える。
「俺らの土地は雨の時期にほんの短い草が生える土地がほとんどの痩せた場所だったって親父の親父から聞いてるが、今はこの湖のような草原となった場所がいっぱいあるんだ」
漕ぎ手の一人、年上のほうの男が言った。
「この湖が出来たばかりの頃はまだ荒れ地ばかりだったんだが、いつからか湖のなかにその草原の風景が見えるようになって。あれがこの大地の未来の姿だと精霊王様が教えてくださっているのだとみんなで言い合って、希望を持って水路を作ったんだと言っていた。ありがたいこったよなぁ」
しみじみと語る声を聞きつつ、幻想的な湖の光景をただ眺める。
幸いにも到着までの間に船酔いになることもなく、舟から降りるときに少し足元がふらついた程度で舟での短い旅は終わったのだった。
勇者は少し顔色を青くしていたが、まぁ聖女がいるから大丈夫だろう。
あいつ自分から舟を揺らしてたからな。
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首長は遠ざかりつつ湖にザバリと沈む。
その巨体が潜るときに立てた水しぶきに光が反射して、わずかな瞬間湖の上に虹が架かった。
「おおっ!」
全ての舟から同時に歓声が上がる。
「あ、あの……」
メルリルが遠慮がちに漕ぎ手にどうしたのかを尋ねた。
「俺たちの間じゃあ虹は一等の瑞兆なんだ。昔、精霊王様が奇跡を起こされたときに虹が架かったという話でなぁ。今でも聖地にはそのときの虹の滝がある。……正直余所者を聖地に入れるのはあまりいい気分じゃなかったが、あんたたちは精霊に歓迎されているようだ」
漕ぎ手の話から察するに、今のおとなしい巨大な魔物と、その魔物が作り出した虹が大連合ではとてもおめでたいことの兆しとされているおかげで、余所者の俺たちへの疑心が解けたという感じか。
不安の種は少しでも減らしたほうがいい俺たちからするとありがたいことである。
首長様様だな。
湖は時折吹き抜ける風の立てる小さな波以外大きな波がない。
この状態なら船酔いもないのではないかと思い、俺は聖女の魔法を解除することにした。
やはり全く動けないのはもどかしいというか、不安だ。
どうやら勇者も解除してしまったようだしな。
「ふう……」
動きたいと思うだけで体を固めていた何かの枷が外れたような感じがした。
聖女の魔法はさすがなもので、体に負担がほとんど感じられない。
普通長時間同じ姿勢をしていたら筋肉が固まって動かすのに痛みがあるものだが、そういう感じが全くなかった。
「あ……」
俺が体の状態を確認するように腕を回していると、メルリルが残念そうにその様子を見ていた。
そんなに動けない俺に手助けしたかったのか?
メルリルは普段自分に出来ないことばかり大げさに考えすぎているきらいがある。
料理が苦手でも巫女としての力があれば冒険者としては十分過ぎるし、それだけ美人なんだから必要以上に出来ないことを気にすることはないんだけどな。
だがこういうことは本人にしか辛さがわからないことだ。
俺にだって覚えがない訳じゃない。
師匠が教える剣の技のほとんどを俺は受け継ぐことが出来なかった。
あのときの自分に対する不甲斐ないという思いは今でも苦く残っている。
人は自分のことは出来ることよりも出来ないことで評価しようとしてしまうものなのかもしれない。
「動けない間、世話をやいてくれてありがとうな、メルリル」
「い、いえ。私、気が利かなくって」
「そんなことはないだろ。俺のパーティメンバーだからな」
「理由になってないです」
「いやいや、立派な理由だ。俺は嫌な奴とパーティを組んだりしないぞ。そのせいで今までずっとソロだった訳だしな。そんな俺にパーティを組ませたんだからもっと自分を誇っていいんだぞ」
「……ありがとう、ダスター」
俺とメルリルがそんな話をしていると、髪のなかにいたフォルテが自分も褒めろと騒ぎ出した。
「ピャッ、ピャ」
「うん? あんたそれ」
漕ぎ手の一人が気づいて何か言おうとする。
マズい。
「ああ。ちっこい鳥だろ? これでも使役獣なんだぜ」
「青い……鳥?」
何やら気にしているようだが、フォルテの見た目は精霊門を飾る大きな鳥の姿からだいぶ変化させていたので、さすがに精霊王などという騒ぎにはならなかった。
……ふう。
「はいはい。お前もパーティメンバーだよ」
転がるように手の上に乗って来たフォルテは、普段のデカい姿と違って小さくてかわいい。
木の梢でさえずっている可憐な小鳥のように見える。
いつもこの姿ならいいのにな。
そんな気持ちで俺はつい撫でてしまう。
俺は小さくてかわいい小鳥は好きなのだ。
「クルル……」
フォルテはだらしなくくちばしを半開きにして撫でられるままにしている。
お前、ドラゴンから生まれた誇りはどうしたよ?
メルリルがくすくす笑いながらそれを見る。
「師匠、水のなかに草原がある」
勇者が舟から身を乗り出して湖のなかを覗き込んでいた。
お前、バランス崩れたら全員投げ出されるんだぞ?
見ろ、漕ぎ手の人が必死で反対側に体を寄せているじゃないか。
「あんまり乗り出すなよ」
言いつつ俺も軽く水中に目をやる。
「おお、きれいだな」
水は透き通っていると言っていいのだろうか?
少し緑かかってほんわりと輝きを帯びている。
あの迷宮化した湖ほどじゃないが、この湖にも魔力が多く溶け込んでいるようだ。
そしてその澄んだ湖の底にはゆらゆらと揺れる緑の草のような水草が生い茂っていた。
まさに草原が水中にあるように見える。
「俺らの土地は雨の時期にほんの短い草が生える土地がほとんどの痩せた場所だったって親父の親父から聞いてるが、今はこの湖のような草原となった場所がいっぱいあるんだ」
漕ぎ手の一人、年上のほうの男が言った。
「この湖が出来たばかりの頃はまだ荒れ地ばかりだったんだが、いつからか湖のなかにその草原の風景が見えるようになって。あれがこの大地の未来の姿だと精霊王様が教えてくださっているのだとみんなで言い合って、希望を持って水路を作ったんだと言っていた。ありがたいこったよなぁ」
しみじみと語る声を聞きつつ、幻想的な湖の光景をただ眺める。
幸いにも到着までの間に船酔いになることもなく、舟から降りるときに少し足元がふらついた程度で舟での短い旅は終わったのだった。
勇者は少し顔色を青くしていたが、まぁ聖女がいるから大丈夫だろう。
あいつ自分から舟を揺らしてたからな。
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