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第六章 その祈り、届かなくとも……
525 湖の瑞兆
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この国の舟はちょっと独特だ。
西でも東でも普通は船を作るときは木を使う。
しかしこの大連合では草を使うのだ。
荒野に生える頑丈でしなやかな草があるのだとかでその草を叩いて干したものをカゴのように編んで舟にする。
正直、隙間から水が入るのではないかと不安だが意外と頑丈で、漁師はその舟で持ちきれないほどの魚を獲っていた。
大巫女様の用意した舟は漁師が乗るものよりも大きくて装飾も多かったが、基本の造りは同じようだ。
勇者たちは不安そうにその舟を見ているが、俺は事前に漁師たちが問題なく湖を行き交っているのを見ていたのでそれほど心配はしていない。
「ミュリア」
「はい」
「その船酔いにならない魔法というのはミュリアが考えて作ったものなんだな?」
「はい」
「ミュリアのことだからもちろんすでに自分で試したのだろう?」
「はい。問題ありませんでした」
ふむ。
船酔いにならない魔法について聖女に確認してみたのだが、どうも不安がある。
体が揺れを感じないようにすることで、船酔いにならないようにするというのがその大まかな理屈らしいのだが、何か問題があったときに体が動かないのは困る。
「体が動かなくなるのだろう?」
「ええ。ベースとなっているのは石化魔法です。しかし石化では生命活動も止まってしまうので、生命活動は続けつつ、揺れを感じる部分の機能を停止するようにしてあります。残念ながら体も硬直して動かなくなってしまうのがこの魔法の欠点ですが。体を元に戻すかどうかを魔法にかかった側の意思で決定出来るようにしてあります」
なるほど、ちゃんといろいろ考えてあるんだな。
しかし体が動かない状態から動けるようになるまでのタイムラグが不安だ。
大巫女様に聞いたところ船で湖を横断するのに、早朝に出立して昼前に到着する程度の時間がかかるのだとか。
以前の船酔いのことを考えると少々のタイムラグがあっても聖女の魔法を使ってもらったほうがいざというときには動けるような気もする。
悩みどころだ。
魔法を解除するわずかな時間はフォルテがいればなんとでもなるようにも思うが、フォルテをこの国の人間に見られたらいろいろマズいことが起きるのはわかりきっている。
俺はふうとため息をついた。
「わかった。舟に全員が乗ったらその魔法を頼む。船酔いにならないメルリルとテスタには申し訳ないが周囲の警戒を頼もう。アルフもそれでいいか?」
「ああ、それで構わない。正直動けないのは不安だが、ミュリアの魔法なら大丈夫だろう」
「ありがとうございます」
自分の魔法を信じてもらえたからなのか、聖女がうれしそうに礼を言った。
俺も仲間の命をいわば預かっているようなものだ。
いざというときは少々問題になったとしてもフォルテを使うしかないだろう。
そんなこんなで出立時には少々揉めた船旅だが、いざ湖に漕ぎ出すと平穏に時間が過ぎた。
一つの舟に全員は乗れないので、勇者と聖女、聖騎士とモンク、俺とメルリルで三艘、大巫女様とその護衛の戦士たちで一艘、合計四艘の舟を出してもらった。
舟の進め方もまた独特で、船首と船尾に漕ぎ手がいて両側が平たくなった一本の櫂を振り回すようにして漕いで行くのだ。
以前棒を武器にした冒険者がいたが、なんとなくその動きに通じるものがあるような気がする。
舟の上でほとんど硬直している状態だったのだが、皮膚感覚は生きているようで、風を感じることは出来た。
匂いや音もわかる。
つくづく聖女の魔法コントロールはすごいと感心した。
船酔いを防ぐ魔法が必要ないメルリルがしきりに動かない俺の体の面倒をみたがって、かいてもない汗を拭いたり、フードで日差しを遮ったりと忙しげにしていた。
時期的に湖の上は寒いのだが、それを見越して厚着をしているので寒さはそれほど問題ない。
しかし遮るもののない湖の上の日差しはかなり強く、風が止むと逆に暑くなったりもしたのだ。
「ヴォーム……ヴォッ、ヴォッ」
湖の中央辺りに差し掛かったときになにやら野太い声が響いた。
もしや魔物? と、思ったが、舟の漕ぎ手も並走している大巫女様も慌てる様子がない。
それどころか笑みを浮かべて手を振っている。
動かない体で視線だけを声のほうへ向けた。
すると、そこにとんでもないものがいた。
巨大な塔のようなものが湖に浮かんでいると思ったら、それがくねるように動いてるのだ。
明らかに魔物である。
メルリルも緊張して俺をかばうように体を寄せて来た。
「旦那、びっくりしたかもしれんが、アレは大丈夫だよ。俺らは首長と呼んでるが、気のいい奴なんだ」
俺たちの様子に漕ぎ手の一人が笑いながら教えてくれた。
どうやら人間と対立していない魔物のようだ。
それにしてもデカいな。
はっと気づいて勇者たちの舟を見ると、おもむろに立ち上がろうとした勇者を漕ぎ手の男が必死にすがりついて止めているところだった。
「ヴォッ、ヴォツ」
山岳の民が使う角笛の音のような声で何度か鳴いたその首長だったが、遠くから別の声がそれに応えると、すいーっとそっちへと泳いで行ってしまった。
人間など全く気にしていないようだ。
「旦那方は運がいいな。首長はあんな図体だが臆病でな。滅多に舟の前に姿を見せたりしないんだよ。俺たち漁師の間では首長は瑞兆でな。その日は大漁になるのさ」
そりゃああんなデカい魔物が動き回ったら魚も一斉に逃げて網に引っかかるだろう。
いやいや、この湖、あんな魔物が複数棲めるような大きさなのか。
驚いたな。
西でも東でも普通は船を作るときは木を使う。
しかしこの大連合では草を使うのだ。
荒野に生える頑丈でしなやかな草があるのだとかでその草を叩いて干したものをカゴのように編んで舟にする。
正直、隙間から水が入るのではないかと不安だが意外と頑丈で、漁師はその舟で持ちきれないほどの魚を獲っていた。
大巫女様の用意した舟は漁師が乗るものよりも大きくて装飾も多かったが、基本の造りは同じようだ。
勇者たちは不安そうにその舟を見ているが、俺は事前に漁師たちが問題なく湖を行き交っているのを見ていたのでそれほど心配はしていない。
「ミュリア」
「はい」
「その船酔いにならない魔法というのはミュリアが考えて作ったものなんだな?」
「はい」
「ミュリアのことだからもちろんすでに自分で試したのだろう?」
「はい。問題ありませんでした」
ふむ。
船酔いにならない魔法について聖女に確認してみたのだが、どうも不安がある。
体が揺れを感じないようにすることで、船酔いにならないようにするというのがその大まかな理屈らしいのだが、何か問題があったときに体が動かないのは困る。
「体が動かなくなるのだろう?」
「ええ。ベースとなっているのは石化魔法です。しかし石化では生命活動も止まってしまうので、生命活動は続けつつ、揺れを感じる部分の機能を停止するようにしてあります。残念ながら体も硬直して動かなくなってしまうのがこの魔法の欠点ですが。体を元に戻すかどうかを魔法にかかった側の意思で決定出来るようにしてあります」
なるほど、ちゃんといろいろ考えてあるんだな。
しかし体が動かない状態から動けるようになるまでのタイムラグが不安だ。
大巫女様に聞いたところ船で湖を横断するのに、早朝に出立して昼前に到着する程度の時間がかかるのだとか。
以前の船酔いのことを考えると少々のタイムラグがあっても聖女の魔法を使ってもらったほうがいざというときには動けるような気もする。
悩みどころだ。
魔法を解除するわずかな時間はフォルテがいればなんとでもなるようにも思うが、フォルテをこの国の人間に見られたらいろいろマズいことが起きるのはわかりきっている。
俺はふうとため息をついた。
「わかった。舟に全員が乗ったらその魔法を頼む。船酔いにならないメルリルとテスタには申し訳ないが周囲の警戒を頼もう。アルフもそれでいいか?」
「ああ、それで構わない。正直動けないのは不安だが、ミュリアの魔法なら大丈夫だろう」
「ありがとうございます」
自分の魔法を信じてもらえたからなのか、聖女がうれしそうに礼を言った。
俺も仲間の命をいわば預かっているようなものだ。
いざというときは少々問題になったとしてもフォルテを使うしかないだろう。
そんなこんなで出立時には少々揉めた船旅だが、いざ湖に漕ぎ出すと平穏に時間が過ぎた。
一つの舟に全員は乗れないので、勇者と聖女、聖騎士とモンク、俺とメルリルで三艘、大巫女様とその護衛の戦士たちで一艘、合計四艘の舟を出してもらった。
舟の進め方もまた独特で、船首と船尾に漕ぎ手がいて両側が平たくなった一本の櫂を振り回すようにして漕いで行くのだ。
以前棒を武器にした冒険者がいたが、なんとなくその動きに通じるものがあるような気がする。
舟の上でほとんど硬直している状態だったのだが、皮膚感覚は生きているようで、風を感じることは出来た。
匂いや音もわかる。
つくづく聖女の魔法コントロールはすごいと感心した。
船酔いを防ぐ魔法が必要ないメルリルがしきりに動かない俺の体の面倒をみたがって、かいてもない汗を拭いたり、フードで日差しを遮ったりと忙しげにしていた。
時期的に湖の上は寒いのだが、それを見越して厚着をしているので寒さはそれほど問題ない。
しかし遮るもののない湖の上の日差しはかなり強く、風が止むと逆に暑くなったりもしたのだ。
「ヴォーム……ヴォッ、ヴォッ」
湖の中央辺りに差し掛かったときになにやら野太い声が響いた。
もしや魔物? と、思ったが、舟の漕ぎ手も並走している大巫女様も慌てる様子がない。
それどころか笑みを浮かべて手を振っている。
動かない体で視線だけを声のほうへ向けた。
すると、そこにとんでもないものがいた。
巨大な塔のようなものが湖に浮かんでいると思ったら、それがくねるように動いてるのだ。
明らかに魔物である。
メルリルも緊張して俺をかばうように体を寄せて来た。
「旦那、びっくりしたかもしれんが、アレは大丈夫だよ。俺らは首長と呼んでるが、気のいい奴なんだ」
俺たちの様子に漕ぎ手の一人が笑いながら教えてくれた。
どうやら人間と対立していない魔物のようだ。
それにしてもデカいな。
はっと気づいて勇者たちの舟を見ると、おもむろに立ち上がろうとした勇者を漕ぎ手の男が必死にすがりついて止めているところだった。
「ヴォッ、ヴォツ」
山岳の民が使う角笛の音のような声で何度か鳴いたその首長だったが、遠くから別の声がそれに応えると、すいーっとそっちへと泳いで行ってしまった。
人間など全く気にしていないようだ。
「旦那方は運がいいな。首長はあんな図体だが臆病でな。滅多に舟の前に姿を見せたりしないんだよ。俺たち漁師の間では首長は瑞兆でな。その日は大漁になるのさ」
そりゃああんなデカい魔物が動き回ったら魚も一斉に逃げて網に引っかかるだろう。
いやいや、この湖、あんな魔物が複数棲めるような大きさなのか。
驚いたな。
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