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第六章 その祈り、届かなくとも……
519 オアシスの門
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仲間に足が遅い小さい子どもが増えたので、どうしても旅程が遅れがちになり、結局オアシスに到着したのは三日目の昼過ぎだった。
食料は余分にあったのでさほど問題にはならなかったが、突然走り出す子どもたちにヒヤヒヤしっぱなしで随分疲れた。
盗賊の首領だけ馬の背にくくりつけて連れて来ていたが、部下が何も食っていないのにこいつだけ食うのはおかしな話なので水しか与えてない。
「あれがオアシス、か?」
正直、ちょっとした湖があるだけの場所だと思っていた俺は驚いた。
そこは青々とした整頓された緑が茂る、大きな街だったのだ。
「ほんとうに定住しているんだな」
「オアシスの周りに定住を始めたのはだいぶ前の話なんですけど、西方人なら知らなくても仕方ないですよね」
「遊牧の暮らしをしている者もいるのか?」
「もちろんですよ。今でもかなりの数の部族が遊牧を行っています。ここで家畜を育てると緑を食い尽くしてしまいますからね」
大人である分盗賊に囚われていた男はピャラウたちよりも大連合の内情を詳しく知っていた。
話を聞いてみるとどうやら商人で、商隊が襲われたときの生き残りだったようだ。
逃げる途中で荒野馬が脚を折ってしまい捕まったのだが、逃げた商人たちはことごとく殺されたらしいので、逆に運がよかったのかもしれない。
とは言え、結局父親は殺されてしまったのだから本人はそうは思わないだろうが。
「この精霊門がある一番西の南岸が連合区になります」
「精霊門? 連合区?」
俺は巨大な門に気を取られながら聞き返した。
「精霊門はかつて降臨してオアシスをお作りになられた精霊王様とその御使いを象ったありがたいものなんです。『この門をくぐるとき、全ての者は争いを収めよ』との文言が彫られていますよ。連合区は全ての部族が交わって暮らす街です。オアシスには十の区画があって、そのうち九つは大部族がそれぞれ場所を占めているんです」
「連合区というのはその九部族が交わって暮らす場所ということか?」
「いえ、どちらかと言うと少人数の部族のための場所ですね」
「少人数の部族?」
「俺たち精霊の民は部族ごとに別れて暮らしていますが、それは荒れ地で暮らすためには人数を集中させないほうがいいからです。大地から与えられる糧は限られていますからね。人数が増えると食えなくなるから部族を分けることになります。そのせいで少人数の部族はたくさんあるんです。おそらく誰も全部は把握してないでしょうね」
「じゃあ大きな部族は大人数で暮らせる場所に長年住んでいる者たちということか」
「そうです。強い戦士を持ち、長年豊かな土地で暮らしていた部族は人数も増やすことが出来て大人数を抱えているんです。まぁ精霊王様降臨後は互いに争うことは禁じられて、協力して土地を豊かにするようにとおっしゃられたので、そのお言葉を守って今は部族の垣根を越えて助け合って暮らしていますけどね」
またヤバい言葉が出て来たぞ。
精霊王降臨とか、嫌な予感しかしない。
そして目の前にだんだん大きくなる門なんだが、デザインが……。
「美しい門ですね。羽を広げた青い鳥を両脇で男女が支えている姿を象っているんですね」
メルリルが無邪気に門を称賛するが、その門の羽を広げた青い鳥はフォルテに似ているし、左の女にはふわふわの耳と尻尾が描かれている。
幸いというか、右側の男の像にはさして特徴がないのが救いだろう。
誰も彼もがフォルテを見て精霊王とか言うのはこれが原因か。
「フォルテ、お前ちょっと上空で待機していろ」
「ピキュ?」
「ん? いや、特に何があるわけでもないが、……ああいや、上空からならオアシスの全景が見えるかもしれないだろ?」
「ピャッ!」
「いやいや、ごまかしてなどないぞ?」
「ジーッ、ギャギャッ!」
「疑い深いな、本当だって」
「ダスター……」
フォルテを必死で説得する俺をメルリルが微妙な顔で見ている。
いや、メルリルだって他人事ではないぞ、かなりヤバいことになっていそうだからな。
俺の根気強い説得が功を奏したのか、フォルテはしぶしぶ上空に上がった。
オアシスにいる間は降りて来ないで欲しい。
「せいれいおうさまー!」
子どもたちが寂しそうに飛び立つフォルテを見送るが、精霊王じゃないからな。
「フォルテは精霊王ではないぞ」
「似てる!」
子どもの一人が門の上のほうを指差す。
「似てても違うんだ。あれは昔に現れたものなんだろ?」
「むー」
子どもたちは納得していないようだった。
子どもは難しいな。
俺は気持ちを切り替える。
「さて、盗賊の件はどこに報告すればいい?」
「あ、それなら役所に行きましょう。私が証言しますよ」
「ありがたい。それならピャラウとフォウのことも一緒に相談するか」
「ありがとうございます」
大連合の盗賊に捕まっていた者たちと、西方人の盗賊に捕まっていたピャラウたちか、ややっこしいな。
説明が大変そうだ。
驚いたことに道や建物がかなり立派だった。
道にはタイルのようなものが敷き詰めてあって、何やら精霊の姿のようなものが描かれている。
道の両脇にはナツメの茂みが続いていた。
これが誰でも自由に採っていいというナツメか。
建物の多くは、櫓のように柱を組んだ上に家を作っていた。
家に階段やはしごを使って上るようだ。
それぞれの家の柱や壁は色鮮やかに塗られていて、さまざまな絵がそこここに見受けられた。
だいたいは道と同じく精霊を描いているようだったが、青い鳥の姿が目立つ。
しばらく進むと、湖のほとりにひときわ大きな建物があった。
かつての天幕の名残なのか、全ての建物の壁は織物で飾られている。
建物の床の下にあたるところに、柱に囲まれて露店のように椅子とカウンターが設置されていた。
「あそこが受付です。俺が話をして来ます」
「頼む」
それにしても……俺は活き活きとした人々でごった返す風景をしげしげと眺めた。
湖とされる場所には、向こう岸が見えない広々とした水が果てしなく湛えられている。
「ここは俺が精霊界へ行く前からあった場所なのか? ……それとも」
不思議な感慨が俺の胸を占めていた。
食料は余分にあったのでさほど問題にはならなかったが、突然走り出す子どもたちにヒヤヒヤしっぱなしで随分疲れた。
盗賊の首領だけ馬の背にくくりつけて連れて来ていたが、部下が何も食っていないのにこいつだけ食うのはおかしな話なので水しか与えてない。
「あれがオアシス、か?」
正直、ちょっとした湖があるだけの場所だと思っていた俺は驚いた。
そこは青々とした整頓された緑が茂る、大きな街だったのだ。
「ほんとうに定住しているんだな」
「オアシスの周りに定住を始めたのはだいぶ前の話なんですけど、西方人なら知らなくても仕方ないですよね」
「遊牧の暮らしをしている者もいるのか?」
「もちろんですよ。今でもかなりの数の部族が遊牧を行っています。ここで家畜を育てると緑を食い尽くしてしまいますからね」
大人である分盗賊に囚われていた男はピャラウたちよりも大連合の内情を詳しく知っていた。
話を聞いてみるとどうやら商人で、商隊が襲われたときの生き残りだったようだ。
逃げる途中で荒野馬が脚を折ってしまい捕まったのだが、逃げた商人たちはことごとく殺されたらしいので、逆に運がよかったのかもしれない。
とは言え、結局父親は殺されてしまったのだから本人はそうは思わないだろうが。
「この精霊門がある一番西の南岸が連合区になります」
「精霊門? 連合区?」
俺は巨大な門に気を取られながら聞き返した。
「精霊門はかつて降臨してオアシスをお作りになられた精霊王様とその御使いを象ったありがたいものなんです。『この門をくぐるとき、全ての者は争いを収めよ』との文言が彫られていますよ。連合区は全ての部族が交わって暮らす街です。オアシスには十の区画があって、そのうち九つは大部族がそれぞれ場所を占めているんです」
「連合区というのはその九部族が交わって暮らす場所ということか?」
「いえ、どちらかと言うと少人数の部族のための場所ですね」
「少人数の部族?」
「俺たち精霊の民は部族ごとに別れて暮らしていますが、それは荒れ地で暮らすためには人数を集中させないほうがいいからです。大地から与えられる糧は限られていますからね。人数が増えると食えなくなるから部族を分けることになります。そのせいで少人数の部族はたくさんあるんです。おそらく誰も全部は把握してないでしょうね」
「じゃあ大きな部族は大人数で暮らせる場所に長年住んでいる者たちということか」
「そうです。強い戦士を持ち、長年豊かな土地で暮らしていた部族は人数も増やすことが出来て大人数を抱えているんです。まぁ精霊王様降臨後は互いに争うことは禁じられて、協力して土地を豊かにするようにとおっしゃられたので、そのお言葉を守って今は部族の垣根を越えて助け合って暮らしていますけどね」
またヤバい言葉が出て来たぞ。
精霊王降臨とか、嫌な予感しかしない。
そして目の前にだんだん大きくなる門なんだが、デザインが……。
「美しい門ですね。羽を広げた青い鳥を両脇で男女が支えている姿を象っているんですね」
メルリルが無邪気に門を称賛するが、その門の羽を広げた青い鳥はフォルテに似ているし、左の女にはふわふわの耳と尻尾が描かれている。
幸いというか、右側の男の像にはさして特徴がないのが救いだろう。
誰も彼もがフォルテを見て精霊王とか言うのはこれが原因か。
「フォルテ、お前ちょっと上空で待機していろ」
「ピキュ?」
「ん? いや、特に何があるわけでもないが、……ああいや、上空からならオアシスの全景が見えるかもしれないだろ?」
「ピャッ!」
「いやいや、ごまかしてなどないぞ?」
「ジーッ、ギャギャッ!」
「疑い深いな、本当だって」
「ダスター……」
フォルテを必死で説得する俺をメルリルが微妙な顔で見ている。
いや、メルリルだって他人事ではないぞ、かなりヤバいことになっていそうだからな。
俺の根気強い説得が功を奏したのか、フォルテはしぶしぶ上空に上がった。
オアシスにいる間は降りて来ないで欲しい。
「せいれいおうさまー!」
子どもたちが寂しそうに飛び立つフォルテを見送るが、精霊王じゃないからな。
「フォルテは精霊王ではないぞ」
「似てる!」
子どもの一人が門の上のほうを指差す。
「似てても違うんだ。あれは昔に現れたものなんだろ?」
「むー」
子どもたちは納得していないようだった。
子どもは難しいな。
俺は気持ちを切り替える。
「さて、盗賊の件はどこに報告すればいい?」
「あ、それなら役所に行きましょう。私が証言しますよ」
「ありがたい。それならピャラウとフォウのことも一緒に相談するか」
「ありがとうございます」
大連合の盗賊に捕まっていた者たちと、西方人の盗賊に捕まっていたピャラウたちか、ややっこしいな。
説明が大変そうだ。
驚いたことに道や建物がかなり立派だった。
道にはタイルのようなものが敷き詰めてあって、何やら精霊の姿のようなものが描かれている。
道の両脇にはナツメの茂みが続いていた。
これが誰でも自由に採っていいというナツメか。
建物の多くは、櫓のように柱を組んだ上に家を作っていた。
家に階段やはしごを使って上るようだ。
それぞれの家の柱や壁は色鮮やかに塗られていて、さまざまな絵がそこここに見受けられた。
だいたいは道と同じく精霊を描いているようだったが、青い鳥の姿が目立つ。
しばらく進むと、湖のほとりにひときわ大きな建物があった。
かつての天幕の名残なのか、全ての建物の壁は織物で飾られている。
建物の床の下にあたるところに、柱に囲まれて露店のように椅子とカウンターが設置されていた。
「あそこが受付です。俺が話をして来ます」
「頼む」
それにしても……俺は活き活きとした人々でごった返す風景をしげしげと眺めた。
湖とされる場所には、向こう岸が見えない広々とした水が果てしなく湛えられている。
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