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2巻
2-1
しおりを挟む年季の入った冒険者である俺、ダスターは国からの依頼を受け、勇者パーティのサポート役に就いていた。しかし突然首を言い渡され、理不尽にも追放されてしまう。
ところが数週間もしないうちに、パーティの一人が俺の前に現れ、なんと土下座をかましてきた。勇者アルフたちが死の淵をさまよっているので、助けてほしいと。
結果的に彼らの命を救った俺は、一転「師匠」として懐かれることになってしまった――。
そして今、俺は困惑していた。この場には微妙な空気が流れている。
長い間封じられていた火喰いの獣が蘇り、自分たちの集落が滅びるかもしれないという危機的状況に、森人のメルリルは勇者たちに助けを求めた。
彼女の必死の思いは実を結び、熱の山にて、無事に魔物の再封印は成功した。
そこまでは良かった。ところが、封印から戻って来て早々、メルリルは自分のいない間に黒茨の実を食べてしまった勇者たちの姿を見て、すっかりむくれてしまったのである。
そして美人のすねた姿にほだされた俺は、彼女のために再び黒茨の実を採って来たという訳だ。
おかげで、なんとなくしまらない喜びの再会となってしまった。
「――だって、私、黒藪の実が大好きなんです」
俺から黒茨の実を受け取ったメルリルも、さすがに微妙な空気を感じたのだろう。恥ずかしそうに言い訳をした。
「森人は黒藪の実と呼んでるのか」
「平野の人はなんと?」
「黒茨の実と呼んでいる」
俺の言葉に、メルリルは猛然と抗議した。
「黒藪は、確かにトゲがありますけど、茨とは種類が違うんですよ!」
どうやら森人的に、何か譲れない部分だったらしい。
「す、すまん。俺たちはけっこう、適当に名前を付けてしまうからな」
俺は以前学者先生にも怒られたことを思い出しながらメルリルに謝った。
「あっ! ふふっ、ごめんなさい」
俺はよほど困ったような顔をしていたのだろう。
メルリルはちょっと笑い混じりに謝る。だが、すぐに今度は突然泣き出した。
「ど、どうした!」
「だって、頼んだことはもう終わって、だから、みんな帰っちゃったと思っていたから、……私、ほっとして」
涙ぐみながらそう言うメルリル相手に、どうしたらいいか困っていると、背中を誰かがつつく。
振り向いたら勇者がいい顔をしながら抱きしめる動作をやってみせた。
お前また殴られたいのか?
「俺にとっては、今回の件は仕事じゃないからな。ええっと、メルリル、おかえり。無事でなにより」
「……ただいま帰りました。ありがとうございます」
メルリルが涙を拭いて少し微笑んだ。
ううむ、何度見ても綺麗な人だな。
それから勇者、ため息を吐いて肩を竦めるな、全部見えているからな!
「そう言えば、この辺りに黒藪の群生地があったんですね。森がだいぶ燃えて、様子が変わってしまっていたから全然気づきませんでした。森人失格です」
「いやいや、こんな風に燃えてしまったらそりゃあ気づかないだろ」
「でも、気づいてしまうダスターさんは凄いですね。森人の狩人としてもやっていけるのでは?」
それはメルリルにとって最大限の褒め言葉だったのだろう。
山から戻ってから、どこか情緒不安定気味のメルリルだったが、少しだけ落ち着いたようだった。
「森人の暮らしもいいが、俺は、同じ場所に留まり続けることは、やっぱり出来ないかな。一つところに長くいると、別の新しいものが見たくてたまらなくなる。典型的な平野人だからな」
俺の言葉にメルリルはフフフと笑った。その笑顔は先程のものと違って、どこか寂しげだ。
「それで、封印は終わったのか?」
俺たちに任せていては話が進まないと思ったのか、勇者がメルリルに尋ねる。
「ええ、無事に火喰いの獣を山のなかに封印しました。と言っても、封印されたのは山のほうで、火喰いの獣にとっては慣れた家に戻れたというだけの話なんでしょうけど」
「俺は師匠ほどの放浪人の衝動はないが、それでも山のなかに千年も居続けたら別のところへ移りたいと思うだろうなとは思う。だがまぁ、あの鈍さだ。あいつは引き篭もっているほうが向いているのかもしれん」
珍しく勇者が饒舌だ。戦ったことで、火喰いの獣に対し、何か思うことがあったのかもしれない。
というか、戦いの序盤は見ていたが、そんなに鈍そうでもなかったよな、あの魔物。
「鈍いとは? けっこう素早い奴だったようだが」
「斬ったり殴ったりしても、そのときは素早く反応するんだが、すぐに痛みも忘れる感じだった。わりとやりにくい相手だったな。纏っているという熱のせいだったのかもしれないが」
「ふーむ。いろんな魔物がいるもんだな」
メルリルの言葉も、山の様子も、封印がちゃんと成功したことを証明している。
だが、それにしてはメルリルの様子はどこか沈んで見えた。
いや、彼女の名誉のために言うが、決して俺たちだけで黒藪の実を楽しんでいたせいではないと思う。
実際、今も俺が採ってきた黒藪の実を、勇者の仲間たちと分け合って美味しそうに食べているしな。
……それは突然だった。
「同胞の気配を感じて訪れてみたが、どうやら奇妙なことになっているようだな」
ふいに、聞き覚えのない声がしたのだ。
いや、声じゃない。これは!
「……!」
メルリルが悲鳴の形に口を開け、真っ青になって震えている。
聖女ミュリアもほとんど同じ様子だ。
モンクのテスタと剣聖クルスは目を見張って、無言で俺に視線を寄越した。
ん? あっ!
「馬鹿っ! やめろ!」
いくらなんでも普通はそんな反応はしないだろ! お前、危険に対する感覚がどっか壊れてるんじゃないのか?
勇者は突然現れた相手に気づくと同時に抜剣したらしく、すさまじい踏み込みで斬りかかった。
青く輝く鱗の巨大なドラゴンに。
◇ ◇ ◇
当然と言えば当然だが、勇者の攻撃は全く通用しなかった。
鱗が硬くて剣が通らないという段階ですらない。なんと、ドラゴンの体の手前で剣が止まってしまうのだ。
なにがどうなっているのかわからないが、勇者がどれほど魔力を高めてもその状況は変えることが出来なかった。
青いドラゴンが、すっと前脚を持ち上げた。
一瞬肝が冷えたが、そのまま触れるか触れないかという軽い接触で勇者を転がし、勇者が立ち上がって再び斬りかかるとまた転がす。
俺はこれと似たような光景を見たことがある。動物の親が子どもと遊んでいるときの姿だ。
「力の差がありすぎて本気とは思われなかったのか。助かった」
緊張していた体から力を抜いて、どんな状況になってもすぐに動けるように、心と体の状態を平坦にする。
戦って勝てる相手じゃないが、いざとなって選べる行動は戦いだけじゃないからな。
「メルリルさん!」
聖女の声に振り向けば、メルリルが崩れ落ちるところだった。
「メルリル!」
駆け寄ろうとする俺を制して、モンクが素早くメルリルに近寄ってその首に手を当てる。そして、大丈夫というようにうなずいた。
どうやら気を失っただけらしい。
封印のために、精神的な負担を抱え続けた挙げ句にドラゴンが現れたんだ。ショック死しなかっただけありがたいと思うべきなんだろう。
聖女もだいぶキツそうだが、モンクが傍に寄って、守るようにドラゴンとの間に体を滑り込ませている。
そちらはモンクと剣聖に任せることにして、改めてドラゴンと対峙する。
青いドラゴンなど聞いたことがない。
ドラゴンは四種いて、白、緑、赤、黒の体色をしている。色ごとに性質が違い、白と緑は穏やかな気質で、赤と黒は攻撃的だ。
青色のドラゴンは記録にない。
これは一つの恐ろしい事実を示唆している。
このドラゴンは、下手をすると変異種なのではないか。
魔物の変異種は短命な種ほど生まれやすい。逆に言えば、長命な魔物は変異しにくいということになる。
あらゆる魔物のなかで、ドラゴンは最も長命だと言われている。百年とも千年ともはっきりとしないのは、調べようがないからだ。
つまり変異種が最も生まれにくい魔物と言えるだろう。ただでさえ人間など羽虫程にも脅威に感じないドラゴンに変異種が生まれたら、とんでもないことだ。
いや、通常種だろうが変異種だろうが、どちらも人間が敵わないという意味ではそう違いはないか。
「人間は知性がある生き物ということだが、我の言葉に応じることが出来るか否や?」
またも頭に響く声。
恐ろしくはっきりと意味がわかる。うっかりしていると、普通に言葉で話しかけられたのかと勘違いしてしまうレベルだ。以前出会った白いドラゴンは、意識の塊をぶつけられているような感じで、意味として受け取るのにある程度の努力が必要だった。
なによりも恐ろしいのが、この青いドラゴンには全く威圧感がないことだ。
近づいて来たときも気配すらなかった。
力が無い訳ではない。その証拠に勇者の剣は触れることすら出来ない。
つまり、外に自分の力を放射しないように完全にコントロールしているのだ。もはや強さの予想さえ出来ない。
「何か聞きたいことでもあるのでしょうか? 先程は同胞の気配を追って来られたというようなことを言われていましたが」
俺はゆっくりと、言葉を意識しながら紡ぐ。
「おお、やはり会話が可能なのか。小さいのになかなか優秀な生き物だな」
感心されている。つまりこのドラゴンは人間と出会うのは俺たちが初めてということだ。
あまりの責任の重大さに、一瞬気が遠くなるが、歯を食いしばって耐える。下手をすると俺たちの対応一つで今後の人間との関係性が決まってしまうのだ。
「うむ、実に好ましい女性の香りがしたもので、それを追って来たのだが、香りの元は、このじゃれている小さいのと、そこの特別小さいのからであった。理由はわかるか?」
そうか、勇者はじゃれていると思われていたのか。さすがは神に選ばれし者、強運だな。
その強運の勇者は、どうやらすっかり疲れ果てたらしく、ふてくされたように座り込んで、俺とドラゴンの会話を聞いていた。
「少し前に、その二人は病の治療のために、ドラゴンの魔力を借りました。その魔力が体内に残っているのだと思います」
「ほう、して、その相手はどのような女性であった?」
「はい。真っ白な姿で膨大な魔力を持っていました。好奇心が旺盛で、気前のいい方です。食事の内容を決めかねていたようで、彼らが食べた魔物を伝えたところ、たいそうお喜びになって、果物をいただきました」
「おお、興味が出て来たぞ。どうも我の近くにいる同胞は、がさつで頭の悪いやつばかりでつまらなかったところだ。……ふむ」
青いドラゴンはしばし考えるように俺をしげしげと眺めた。
「そなた、我と盟約を結ぼうではないか」
「えっ!」
素で声を上げてしまい、慌てて、気持ちを抑える。
「どういうことでしょう?」
「実はな、我らにはいくつか種族に課せられた盟約があるのよ。その一つが互いの同意なく、他所の家を訪れないというものでな。通常は同胞同士のつながりを通じてお互いを紹介の上、同意を取って訪問するものなのだが、今回はそなたたち小さき者の紹介という予想外のことで、相手の同意が取れない」
「なるほど」
正直、ドラゴン種族の盟約なぞ知りたくないぞ。
「そこで変則的ながら、そなたと盟約を結び、伝言を相手に伝えてもらうという方法を取ることにしたのだ」
「えっ!」
またも叫んでしまった。
いや、だって、伝言を相手に伝えるって、まさか竜の営巣地に行けということだろうか?
いくらなんでも人間に可能なこととは思えない。というか「した」?
「やはり新しいことをするというのは楽しいものだな」
ワクワクしたような青いドラゴンの声。
いやいや、俺は全く楽しくないから。というか、なんで俺なんだ?
「待っていただきたい。あなたは二人から仲間の気配がするからと接触して来られたはず。それなのになぜ俺なのですか?」
「簡単なことだ。他の小さき者たちからはすでに別の盟約の気配がする。盟約は重ねると重い負担となるからな。我としては無事に伝言を伝えたいのだ」
なるほど、始まりの盟約か。勇者たちは全員神の祝福を受けている。それのことだろう。
メルリルは精霊のせいか? それ以前に意識がないから除外されたか。
魔法については深く学んだことが無いから、盟約がどういうものかいまいちピンと来ないな。
そこへ勇者が凄まじい勢いで走って来た。
「師匠、この話受けたほうがいい」
恐ろしく真剣な顔でそう囁く。
なるほど、お前は魔法の専門家だからその意味がわかるんだな。
だがお前は勘違いしているぞ。
この話、もはや受ける受けないの段階ではない。すでにその先に勝手に進んでいるようだぞ。
だがまあ情報は大事だ。聞いておこう。
「死ぬかも知れない危険を犯す価値があると?」
勇者は深くうなずいた。
「かつて個人でドラゴンの盟約を受けたのはただ一人。初代勇者のみだ」
……ん? 説明はそれで終わり?
俺は初代勇者については教会で語られる逸話ぐらいしか知らないぞ。
魔物を倒して人びとを救った話と魔王を下して国を拓いた話だ。
ドラゴンに力を借りたという話はあったような気はするが、盟約については知らん。
まあいいか。うだうだ考えてもどうせ断れない話っぽいしな。ならば生き残る可能性を高めるために出来るだけ相手から譲歩を引き出すまで。
「青き御方よ、あなた方にとって我々人間は矮小な存在。相手が俺からの伝言を受け取るとは思えません。どうやって証を立てればいいのでしょう」
「それは考えてある。安心して我が盟約を受けるがよい」
青いドラゴンの言葉と共に、俺の眼前に光が生じた。
思わず目をすがめたままの視界のなかで、何かが形を成すのをぼんやりと眺める。
光が収まり、そこに在ったのは、目前のドラゴンを小さくしたような存在だった。
いや、これはドラゴンというよりも長い尾羽を持つ青い鳥か?
ドラゴンの鱗の一枚一枚が羽毛に姿を変え、青い色が光を反射しているようだ。
「こ、これは?」
「それは我が影。そなたの盟約よ」
「分身ということですか?」
「いや。我が魂の一部を使い、生み出した正真正銘一つの新しき存在よ。祝福と成すか災いと成すかもそなた次第。だがそれが在れば同胞はそなたを攻撃せぬし、伝言もわかるであろう。ふむ、我にとっても新しき試みで心が躍るわ」
何か楽しそうだが、つまりこのドラゴンのような鳥がメッセージということか?
いや、今何かとんでもないことをさらっと言われたぞ。この青のドラゴン、俺の眼前で生命を創造してみせたのか? 神と崇めている地域があるのも当然だな。
「ではさらば小さきものよ。伝言を頼んだぞ。我が影と共に数奇な生を楽しむがよい」
「えっ、あっ……」
現れたときも唐突だったが、去るときもまた唐突すぎた。まるで今の姿が幻ででもあったかのように、青いドラゴンはその痕跡さえ残さずに消え去ってしまっていた。
小鳥と言うにはいささかデカイ青い鳥を残して。
「どうするんだ、これ」
「ツィー! チチチチチ!」
「うわっ!」
盟約の鳥が俺の髪を引っ張りながら何かを催促するかのように鳴く。
「お師匠さま。名付けの儀式を! 形を竜が成し、存在をお師匠さまが認めて初めて、その盟約はこの世界に認識されます。お早く!」
聖女が慌てたように駆け寄って来てそう促した。
「俺が名付けをするのか?」
「ピッ!」
そうだというように鳥がうなずく。
あのドラゴン、人間の賢さを信頼しすぎだ。ここに聖女さまがいなかったら名付けなんかわからなかったぞ。
いや、それも込みの盟約なのか?
ここには盟約をすでに授かった者がいるから大丈夫だと。
しかし名前か。
青いから青というのは単純すぎるよな。そう言えば、以前遠い場所から流れて来た若い冒険者が言っていたっけ。
青い色のものを身に着けていると幸運が訪れるとか。ふむ、幸運は女性名だからそのままじゃ駄目だな。
「じゃあ、お前の名前はフォルテだ」
そう告げた瞬間、鳥の全身を包む羽毛が光を発した。
元はキラキラとした光を反射した金属的で硬質な色合いだったものが、深くどこまでも続く明るい夜の空のような透明感のある青に。
単なる竜に似た鳥といった感じだったものが、どこか威厳のある知性を感じさせる存在に。
おかしなことに、まるで変化が無かったようにも、驚くほどに変わったようにも見えた。
「我はフォルテ。そなたの盟約であり唯一無二の存在」
「うおっ! しゃべった!」
驚いた俺が勇者や聖女に助言を求めようと振り向くと、二人はポカンと口を開けて俺とフォルテを見ていたのだった。
「師匠とんでもないぞ。盟約と意思疎通が出来るなんて前例がない」
勇者が酷く真剣な顔で俺に言って来た。
とは言え、それがどのくらい大変なことなのかということが俺にはピンと来ない。
ただ、国の、いや、この大陸のトップに手が届く勇者が大変と言うのだから、大変なのだろうということはわかる。
しかし、今ごちゃごちゃ考えたところで、ドラゴンから託された依頼が無くなる訳でもない。現実として受け入れるしかないなら、その存在に慣れるしかない。
それに、今はそれよりも。
「メルリルは大丈夫か?」
俺がそう言って後ろで固まっていた四人に視線を向けたときだった。
俺の肩に止まっていた青い鳥の姿をした竜の盟約フォルテが、おもむろに飛び立ち、そのままついとメルリルの上に舞い降りたのである。
そしてその瞬間、ふわりと青いやわらかな輝きがメルリルを包んだ。
「っ! おい!」
俺が焦って駆け寄ると、フォルテは再び飛び立ち、俺の頭に降り立った……ようだった。
頭に違和感が無いので、存在が感じられない。
長い美しい尾がまるで髪飾りのように肩口に垂れているので、いるのがわかるだけだった。
「あ、……私?」
メルリルの声に、俺はフォルテを意識するのをやめて、声のほうに顔を向けた。
メルリルはきょとんとした表情だが、先程までのどこか憔悴した様子が消え去っている。
顔色がよく、目に輝きが戻っていた。
「さっきドラゴンがいませんでしたか? いえ、そんなはずありませんよね」
気を失う前の状況を思い出したのだろう、一瞬青くなって周囲を見回したが、何もいないことを確認して、自分の記憶を疑ったらしい。
「いや、青いドラゴンならさっきまでいたぞ。俺に盟約を押し付けて行った」
「ドラゴンの盟約ですか!」
メルリルは目を見張ったが、俺の顔から頭へと視線が移動する。
「……綺麗な鳥」
「この鳥がそのドラゴンの盟約らしい」
「えっ! えっ?」
意味が呑み込めないのだろう。メルリルは困惑したように、俺の顔と頭上のフォルテとの間で視線をうろうろさせた。
そこへ、先程より深刻な顔になった勇者が寄って来る。
「師匠。その鳥がドラゴンの盟約であることは、ここにいる者たちだけの胸にしまっておいたほうがいい。教会や国の上層部に知られたらとんでもないことになる」
いつの間にか勇者の横にやって来ていた聖女も、ブンブンと首を縦に振って同意を示す。
「そこまでの話か? まぁ初代勇者だけの偉業というなら、庶民が受けていいものじゃないとかいろいろとうるさく言われそうではあるが」
「師匠は今、何が起きたか理解していないからそんなに呑気なんだよ。その盟約は、師匠の気持ちのままに命令もなしに力を振るったんだぞ」
「今のはやはり魔法の類か」
「魔法として分類するにはきちんと形が整っていません。あえて言うなら力の衝動とでも表現出来るでしょうか」
酷く焦りを感じさせる勇者の言葉と、普段と違って怜悧さを感じさせる聖女の言葉。二人の言動から、この現象がかなり危険を孕んだものであるということがわかる。
「わかった。詳しい話は後からするとして、しばらくの間俺は強い衝動を感じないようにすればいいんだな」
「さすがお師匠さまは理解が早いです」
「ミュリア。あなたまで師匠呼ばわりは無いんじゃないか? 俺は全くあなたに何かを教えた覚えはないが」
「勇者さまのお師匠さまは私のお師匠さまです」
「いやいや」
「あの……」
深刻な話をしていたはずが、いつの間にかいつもの問答に移行していた俺たちに、メルリルが声を掛けて提案した。
「一度村においでになりませんか? お疲れでしょうし、ご馳走も用意出来ると思います。それにお話し合いなら私の家で行えば、他に漏れる心配もありませんし」
「あ、そうだな。勇者たちもメルリルも疲れているのに、悪かったな」
「いえ、とんでもありません。それに、私はかつてないほどすっきりとした心地です。今なら、何があっても受け止められる、そんな気分なんです」
「俺は疲れてないから大丈夫だぞ」
「私も十分に休ませていただきましたから。でも村の方々は心配されているでしょうから、早く戻って安心させてあげたほうがいいでしょう」
メルリルが微笑み、勇者が胸を張る。
そんななかで、最もまともなことを言ったのは、勇者パーティにおいて常識人として苦労をしているであろう剣聖であった。
「えへへ、正直お腹すいちゃった」
「私は、少しだけ喉が渇きました」
モンクと聖女が遠慮がちに弱音を吐いた。
そうだよな。今回はけっこう、勇者たちにはキツかったんじゃないかと思う。
半日以上まともなものを食ってないし、水も最小限で分け合って飲んでいた。
魔物退治にしても、あまり奥地には出向かずに、人の住む場所周辺の安全を確保する活動が中心の勇者たちは、野営をほとんどしない。
むしろ今回、よくぞ弱音を吐かずにメルリルを待っていたと感心するほどだ。勇者パーティとしての自覚が、彼らを支えているのかもしれない。
「じゃあ、メルリルの凱旋と行こうか。ご馳走もあるみたいだしな!」
場を盛り上げるように、わざと元気よく言ってみる。
「ご馳走!」
「楽しみです!」
途端に元気になった女の子たちを見つめて、メルリルがにこにこと嬉しそうにしていた。
俺はそんなメルリルをそっと見つめて、目をすがめた。
「何があっても受け止められる」か。火喰いの獣を封印した村の英雄だろうに、いったい何があるというのだろう。
そんな俺の顔の横で、青く美しい鳥の尾羽根がゆらゆらと揺れていた。
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