勇者パーティから追い出されたと思ったら、土下座で泣きながら謝ってきた!

蒼衣翼

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第六章 その祈り、届かなくとも……

492 山越え一日目の終わり

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「い、今のはなんだ?」

 モル少年は少し震えながら俺に尋ねた。
 そうだよな、聞くよな、聞かないほうが幸せだと思うけど、普通は聞くだろう。

「……従魔、みたいなもんだ」

 苦しい。
 なんと言っても若葉は俺たちに従っている訳じゃないからな。
 だが正直に自由に勝手について来たドラゴンの子どもとか言えないだろ!
 怖すぎるわ!

「じ、従魔か、すごいなあの死喰い鳥ダカッカを一瞬で倒した? 消えたみたいに見えたけど……」
「魔法だ」
「なるほど、魔法か!」

 いいぞ魔法の万能感。
 平野人以外はどうも魔法に夢を持っているみたいだからな。
 別になんでも出来る訳じゃないんだが、訳のわからないことは魔法と言っておけばだいたい信じる。

「……師匠」
「言いたいことがあるならお前が説明しろ」
「……師匠が正しい」

 さすがにごまかしが過ぎると思ったのか、勇者が俺にもの言いたげな視線を向けて来たが、自分で説明はしたくないらしい。
 そりゃあそうだろ。
 絶対怖がられるか、頭がおかしいと思われるかの二択だ。
 旅路を平穏に過ごしたいなら正直に説明するべきではない。

 若葉はまた小さくなって戻って来ると、リンの上に寝そべり満足気にゲップをした。
 あんなのに乗られてさして動揺した風もない山岳馬リャマのリンは大物だと思うぞ。
 さて、アクシデントはあったが、尾根伝いに先へ進み、岩場を下る。
 谷には清流が流れていて、緑が広がっていた。
 身分け山のなかにはところどころにこういう風に肥沃な土地が点在している。
 そしてこういう土地にはだいたい山岳の民の集落があった。

 モル少年が懐から取り出した動物の角らしきものを口に当てる。
 パウー! という、少し甲高い音が響いた。
 そしてその角を懐にしまうと、耳を澄ませる仕草をする。
 少し遠くから似た音が聞こえた。

「よし、今日はここの土地を借りる。そこの岩のくぼみで休もう」
「わかった」
「待て、村に行くんじゃないのか?」

 モル少年の言葉に俺がうなずくと、勇者が不思議そうに聞く。

「山の村はよそ者を歓迎しない。一つリズムが乱れると村が全滅するときだってあるんだ」
「そ、そんなおおごとな話じゃないだろ?」

 驚いた勇者をモル少年がじっと見つめる。

「いいか、山で生きるのは平地で生きるのとは全然違う。村の住人全員がそれぞれ大切な仕事を毎日やってるんだ。よそ者の世話をするような暇はない」
「……そうなんだ」

 勇者はモル少年の言葉に少し呆然としたようだった。
 そして俺のほうを見る。
 勇者になって最初に身分け山を越えたときのことを思い出したのだろう。
 あのときは山岳の民の集落に立ち寄り、勇者一行として勇者の名乗りを上げて宿と食料の提供を求めたのだ。
 どっちも無理だと言われて険悪になったところで、春先はどこも余裕がないから迷惑をかけるなと言ったんだっけな。
 たった二年ほど前のことなのに懐かしい。

 俺はしょんぼりとしてしまった勇者の背を思いっきり叩いた。
 あの熊のような道場主ボードンに倣ったのだ。
 痛みはあるが励ます気持ちは伝わるだろう。

「知らないことは聞いて覚えればいい。誰だって知らないことに対処は出来ないからな」

 咳き込む勇者にそう告げる。
 その様子をモル少年が不思議そうに見ていた。

 ──……カッカッカッ・カカカ・カッカッ

 鳴き声だか打撃音だかわからないものが遠くから響くなか、モル少年が薪を拾い、俺たちは食事の支度をすることとなった。
 薪拾いを俺たちにさせないのは、他所の集落の縄張りでは取っていいものと取って悪いものがあるからなのだそうだ。

「部族の縄張りが近いと危険な魔物がいない。ハグレが迷い込むことはあるが、春先にそういうことは少ないからな」
「なるほどな。勉強になる」
「よせ、俺は自分に教養がないことぐらい知っている」

 モル少年の話に感心すると、なぜかぶすっとした顔でそう言われた。

「何言ってるんだ。長年身分け山の案内人をしているんだろ? その知識に俺たちは全く及ばないし、学ぶことは多いぞ。教養というのは文字を読み書きしたり数字を数えたりすることだけの話じゃない」
「そ、そうかな」
「それとも何か? モルは案内人としての自分の知識に自信がないのか?」
「まさか! うちの村で一番いい案内人は俺だ!」
「ならもっと自分の知識に誇りを持て。この地で生きるには俺たちよりもモルのほうが優れた知恵を持っている」
「そ、そうか、……そうだな」

 お、ちょっとうれしそうだぞ。

「あの……」

 そんなモル少年に聖女が声をかけた。

「どうした?」
「さきほどから聞こえている鳴き声? は、何なのでしょう? もうすぐ日が落ちる時間なのに不気味で」
「ああ、あれは杭打ち鳥ポロルだ。別に危険はない。あれは縄張りを主張しているんじゃなくて食べ物を探している音だ」
「そうなのですね! よかった、安心しました」

 ニコニコと微笑む聖女に、モル少年は照れているようだった。

「そ、そんなことよりも、尾根道では怖がってたくせに音を上げなかったじゃないか。見直したぜ」
「本当ですか? うれしい」
「お、おう」

 あ、顔が真っ赤だ。
 もしかして女の子と話すのに慣れてない?

 まぁそれはともかくとして、モル少年が薪を見つけて来てくれたので、今夜は温かいものを作ることが出来そうだ。

「早めに使ったほうがいい食料はあるか? 今日の分は出し合ってスープか煮込みを作ろう」
「あ、わたくし、お野菜があります」
「野菜?」
「はい。こちらです」

 聖女が荷物から出したのは、芋とカブだった。
 おお、これはまた重くてすぐに食べられないものを持って来たな。
 まぁスープには丁度いいか。

「では私はこれを」
「腸詰めか」

 これまた調理前提の食料だ。
 もしかして山越え中に料理が出来ると考えているのかな?
 いや、今回は案内人がいるからなんとかなるか。
 そう言えば、前回もなんとか毎回料理を作ったものな。

「私はこれ」

 メルリルは塩漬けされた木の実を出して来た。

「これは料理が出来ないときに取っておいたほうがいいだろ。ほかに生っぽいものとかないか?」
「ではこれは?」

 次にメルリルが出して来たのは半生っぽい干し果だった。

「やわらかいな」
「見た目よりも持ちがいいと聞いたので」
「ほー」

 そう言われると保存しておきたい気持ちになるが、まぁ使ってしまったほうが無難だろう。

「ん~、今朝作って来たんだけど」

 そう言ってモンクが出したのがパンに燻製肉を挟んだものだった。
 肉はよく燻されたもので、水分が少ない。
 パンも固く焼いて長く食べられるものだ。

「ちょっと塩っけが足りないかも?」
「あ、なら私が持って来た漬物を使ってみて」

 モンクが物足りなさそうに言うと、メルリルが壺漬けを取り出して勧める。
 
「お、いい感じ。ダスター、これもみんなで食べよ」
「ああ、ありがたくいただくよ」

 聖騎士の腸詰めもあるしちょっと肉が多めかな? まぁそのほうが力がついていいか。

「俺はこれだ!」

 勇者が取り出したのはモンクと同じく燻製肉だった。
 ただし塊の状態だ。
 ためしにナイフで少し切ってみる。

「なかが赤いな。このタイプの燻製肉は美味いんだが、持ちが悪いんだよな。早めに消費するか。しかし肉が多いな」

 こうなるとちょっと荷物を圧迫していたものの野菜を持って来た聖女の気が利いていたということになるだろう。
 かく言う俺は全部干しものなので、特に急いで消費する必要はないが、川魚を干したものとペースト状の薬味スパイスを使って少しピリッとした味のスープを作るか。
 今回は大鍋も持って来ているから十分満足出来る食事になるだろう。
 たっぷり食べられるときには食べておかないとな。

「モルも一緒に食べるだろ?」
「え? 俺は別に……」

 目が鍋に釘付けだぞ?

「少しの間とは言え一緒に旅をする仲間なんだから遠慮するな」
「お、おう。……ありがとう」

 その夜はたっぷり食べて安心出来る場所で休めた。
 案内人がいるとさすがに違うな。
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