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第六章 その祈り、届かなくとも……
486 ドラゴンを背に負うもの
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聖女の魔法のおかげで勇者一行とさとられず、余計な問題を起こさずに普通の旅人として旅立つことが出来た。
朝は朝で村の人が採れたての野菜と焼き立てのパンを差し入れてくれる。
普通の旅人でこれだと勇者一行とバレたら絶対に歓迎の宴が開かれるんだろうな。
実際以前は開かれたし、山までずっとパレードで最初の村からついて来た人までいた。
ああいうところが信心深い人間の怖いところだ。
何事もほどほどがいい。
とは言え、親切であることに文句を言うのは筋違いだろう。
胸の内で神さまに謝っておこう。
とは言え神は変化を望んでいるんだからあまり神に固執されるのも神さま的にはどうなんだろうな。
この国の穏やかさは嫌いじゃないが、誰でも受け入れる懐の深さが水面下で争いを招いているところもあるんだよな。
いかに同じ人間とは言え、種族の違いは大きい。
他種族は過酷な環境に適応して変化した者たちなので、生活に対する認識が根本的に違うのだ。
摩擦が起こらないはずもない。
だが、東部で奴隷にされていた他種族の者たちを見た後では、その程度の問題はささいなことと思える。
やはり、この国の懐の深さは批判するべきものではないと今となっては強く思う。
「旅人さん、今年最初のお花をどうぞ」
山岳の民の少女がぴょんぴょん跳ねるように近づいて来て花を手渡して来た。
雪下草だ。
冬に花をつける薬草で、根はやけどの薬になる。
たしか花びらの部分も血止めになるはずだ。
うちには聖女さまがいるが、ちょっとしたケガなどにはこういう薬草もあったほうがいい。
「ありがとう。助かる。お礼に飴をあげよう」
昨夜もらった野菜のなかに根に独特の辛味があって喉にいいものがあったので、それを使って飴を作ってみたのだ。
女の子の口に入れてあげると「甘くて辛い!」と楽しそうにはしゃいでいた。
もらった花は縛って背嚢に結びつけ逆さにして吊るす。
後で鮮度のいいうちに塗り薬を作っておこう。
「クルルル?」
「お前の分はないぞ。何もしてないだろうが」
「ピャ?」
「この先のために手頃にエネルギーを補給出来る飴や乾物は大事なんだ。ここで食って減らせない」
「キュー」
フォルテが自分にも飴をくれとうるさかったが、事情を説明して諦めてもらった。
強い視線を向けていた勇者もそれを聞いて諦めたようだ。
だが、なお諦めない者もいた。
『それ、なに? それ、なに?』
若葉である。
「飴だ。非常食の一つだな」
『欲しい!』
「だから言っただろうが、山に入ってからの非常食だ。今はやらん」
『さっきのニンゲンに食べさせた』
「あれは花のお礼だ」
『わかった! 任せて!』
「ちょっと待て!」
バサッと羽を広げて飛び立とうとする若葉をがっしりと掴んで止める。
「ギャウッ!」
ものすごく怒っているようだが、ここで離す訳にはいかない。
「若葉、おとなしくしないと俺も怒るぞ」
勇者が凄い顔で若葉を睨む。
いつにない迫力だ。
『だって!』
「だってもくそもあるか。みんな我慢しているのにお前だけもらおうとか姑息なんだよ!」
『アルフのバカ!』
「は? お前に何を言われても痛くも痒くもないね」
「喧嘩もやめろ! ッ!」
若葉が手のなかで激しく暴れだした。
やばい、これは俺の手のほうがもたないかも?
「ピャウ!」
俺の頭から飛び立ったフォルテが両足のツメでがっしりと若葉の頭を掴んだ。
「ガウッ! ガウッ!」
「ピギッ! キッキッギャッ!」
「お前ら俺の手を挟んで争うな、痛いだろうが!」
どうやらフォルテが若葉の力を抑え込んだらしい。
若葉は見た目通りの少し大きいトカゲ程度の力で抗うだけに留まった。
まぁトカゲ程度の力でも十分痛いんだけどな。
あっ、噛むな!
「若葉は腹が減っているなら先に身分け山に行って魔物でも狩って待ってればいいだろ。あそこなら十分食い物があるはずだ」
『いやだ』
若葉はなおもガジガジと俺の親指を齧った。
本気ならとっくに千切れているはずなので、じゃれているだけなんだろうな。
十分痛いが。
「そもそもお前の家はもっと東だろうが。帰れ」
「そうだ帰れ!」
俺が若葉に帰ることを勧めると、勇者もここぞとばかりに若葉に帰るように言った。
どうやら厄介払いをしたいらしい。
『いやだ、帰らない! べーだ!』
若葉はするんと俺の手を抜け出し、勇者の外套の背中に貼り付く。
勇者がなんとか捕まえようとするが、全く触れることすら出来なかった。
やれやれ。
するとフンフンと鼻を鳴らしたリンがぱくっと若葉に噛み付いた。
「おい、やめろ!」
俺は慌ててリンを引き剥がす。
力関係から言えばドラゴンにかかれば山岳馬なぞちょっとしたおやつ程度の認識だろう。
怒らせたらただでは済まない。
『ふ、なかなかやるではないか、こいつ』
「ブフン!」
だが、若葉は怒らなかった。
逆にリンが気に入ったようだ。
『仕方がない、我が乗り物たる栄誉を与える』
言うなり、若葉はひょいとリンに飛び乗り、荷物の間に自分の居場所を定めたようだった。
リンはしばし歯をむき出したりして抗議していたが、特に暴れる様子もなく、やがて諦めたらしい。
リンの弟たちは、若葉が気になるようで興味深そうに近づいては鼻を寄せて匂いを嗅いでいる。
「すごいなリン、おそらくドラゴンを乗せた山岳馬はお前だけだぞ」
そう言ってやると褒められたと思ったのか俺の手に頭をこすりつけて来た。
思わず撫でてやると目を細めて喉を鳴らす。
何かとんでもないことになっているような気がするが、ポジション的にはとりあえず落ち着いたようだし、まぁいいか。
俺は当面若葉についてはあまり深く考えないことにしたのだった。
朝は朝で村の人が採れたての野菜と焼き立てのパンを差し入れてくれる。
普通の旅人でこれだと勇者一行とバレたら絶対に歓迎の宴が開かれるんだろうな。
実際以前は開かれたし、山までずっとパレードで最初の村からついて来た人までいた。
ああいうところが信心深い人間の怖いところだ。
何事もほどほどがいい。
とは言え、親切であることに文句を言うのは筋違いだろう。
胸の内で神さまに謝っておこう。
とは言え神は変化を望んでいるんだからあまり神に固執されるのも神さま的にはどうなんだろうな。
この国の穏やかさは嫌いじゃないが、誰でも受け入れる懐の深さが水面下で争いを招いているところもあるんだよな。
いかに同じ人間とは言え、種族の違いは大きい。
他種族は過酷な環境に適応して変化した者たちなので、生活に対する認識が根本的に違うのだ。
摩擦が起こらないはずもない。
だが、東部で奴隷にされていた他種族の者たちを見た後では、その程度の問題はささいなことと思える。
やはり、この国の懐の深さは批判するべきものではないと今となっては強く思う。
「旅人さん、今年最初のお花をどうぞ」
山岳の民の少女がぴょんぴょん跳ねるように近づいて来て花を手渡して来た。
雪下草だ。
冬に花をつける薬草で、根はやけどの薬になる。
たしか花びらの部分も血止めになるはずだ。
うちには聖女さまがいるが、ちょっとしたケガなどにはこういう薬草もあったほうがいい。
「ありがとう。助かる。お礼に飴をあげよう」
昨夜もらった野菜のなかに根に独特の辛味があって喉にいいものがあったので、それを使って飴を作ってみたのだ。
女の子の口に入れてあげると「甘くて辛い!」と楽しそうにはしゃいでいた。
もらった花は縛って背嚢に結びつけ逆さにして吊るす。
後で鮮度のいいうちに塗り薬を作っておこう。
「クルルル?」
「お前の分はないぞ。何もしてないだろうが」
「ピャ?」
「この先のために手頃にエネルギーを補給出来る飴や乾物は大事なんだ。ここで食って減らせない」
「キュー」
フォルテが自分にも飴をくれとうるさかったが、事情を説明して諦めてもらった。
強い視線を向けていた勇者もそれを聞いて諦めたようだ。
だが、なお諦めない者もいた。
『それ、なに? それ、なに?』
若葉である。
「飴だ。非常食の一つだな」
『欲しい!』
「だから言っただろうが、山に入ってからの非常食だ。今はやらん」
『さっきのニンゲンに食べさせた』
「あれは花のお礼だ」
『わかった! 任せて!』
「ちょっと待て!」
バサッと羽を広げて飛び立とうとする若葉をがっしりと掴んで止める。
「ギャウッ!」
ものすごく怒っているようだが、ここで離す訳にはいかない。
「若葉、おとなしくしないと俺も怒るぞ」
勇者が凄い顔で若葉を睨む。
いつにない迫力だ。
『だって!』
「だってもくそもあるか。みんな我慢しているのにお前だけもらおうとか姑息なんだよ!」
『アルフのバカ!』
「は? お前に何を言われても痛くも痒くもないね」
「喧嘩もやめろ! ッ!」
若葉が手のなかで激しく暴れだした。
やばい、これは俺の手のほうがもたないかも?
「ピャウ!」
俺の頭から飛び立ったフォルテが両足のツメでがっしりと若葉の頭を掴んだ。
「ガウッ! ガウッ!」
「ピギッ! キッキッギャッ!」
「お前ら俺の手を挟んで争うな、痛いだろうが!」
どうやらフォルテが若葉の力を抑え込んだらしい。
若葉は見た目通りの少し大きいトカゲ程度の力で抗うだけに留まった。
まぁトカゲ程度の力でも十分痛いんだけどな。
あっ、噛むな!
「若葉は腹が減っているなら先に身分け山に行って魔物でも狩って待ってればいいだろ。あそこなら十分食い物があるはずだ」
『いやだ』
若葉はなおもガジガジと俺の親指を齧った。
本気ならとっくに千切れているはずなので、じゃれているだけなんだろうな。
十分痛いが。
「そもそもお前の家はもっと東だろうが。帰れ」
「そうだ帰れ!」
俺が若葉に帰ることを勧めると、勇者もここぞとばかりに若葉に帰るように言った。
どうやら厄介払いをしたいらしい。
『いやだ、帰らない! べーだ!』
若葉はするんと俺の手を抜け出し、勇者の外套の背中に貼り付く。
勇者がなんとか捕まえようとするが、全く触れることすら出来なかった。
やれやれ。
するとフンフンと鼻を鳴らしたリンがぱくっと若葉に噛み付いた。
「おい、やめろ!」
俺は慌ててリンを引き剥がす。
力関係から言えばドラゴンにかかれば山岳馬なぞちょっとしたおやつ程度の認識だろう。
怒らせたらただでは済まない。
『ふ、なかなかやるではないか、こいつ』
「ブフン!」
だが、若葉は怒らなかった。
逆にリンが気に入ったようだ。
『仕方がない、我が乗り物たる栄誉を与える』
言うなり、若葉はひょいとリンに飛び乗り、荷物の間に自分の居場所を定めたようだった。
リンはしばし歯をむき出したりして抗議していたが、特に暴れる様子もなく、やがて諦めたらしい。
リンの弟たちは、若葉が気になるようで興味深そうに近づいては鼻を寄せて匂いを嗅いでいる。
「すごいなリン、おそらくドラゴンを乗せた山岳馬はお前だけだぞ」
そう言ってやると褒められたと思ったのか俺の手に頭をこすりつけて来た。
思わず撫でてやると目を細めて喉を鳴らす。
何かとんでもないことになっているような気がするが、ポジション的にはとりあえず落ち着いたようだし、まぁいいか。
俺は当面若葉についてはあまり深く考えないことにしたのだった。
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